合同修学

三日間、ガッコに寝泊まりする行事が始まった。
こんな学校行事、生まれて初めてやわ。けど、面白そ。
ウチのお気に入り、祐実ちゃんは第一体育館なんやて。
なぁんだ、つまんな。
ま、えぇわ。
二組と六組が一緒やし、よさげな友達見つけたろ。


お昼ご飯、高校生にしては簡単メニューだったんは、家庭科苦手な子に併せたんやろね。
チキンを蒸焼きして、野菜を切って、おしまい。
レンチンでも出来そな料理やったけど、友達は美味しいゆうて完食。嬉し。
包丁扱うの苦手な子もおったんで、ちょっとばかりアドバイスしてあげたら、めっちゃ喜ばれた。
巷じゃヤンキー高校って呼ばれとるけど、中にいるのは良い子ばっかりや。
ヤンキーも、そうじゃない子も。
ここらの子はファッションに興味津々で、ウチの使ぉとるシャンプーやらパフュームやら何やら一切合切聞き出そうとしてくるん。
んー。使ぉとるのはママのパフュームやし、シャンプーは市販の一番安いやつなんやけど。
こうゆう話を振られるんは、正直苦手や。けど、我慢、我慢。
ウチが突然ブチキレたりしたら、みんな驚いてまうもんねぇ。
全部「内緒、内緒」で乗り切ったわ。ヒミツにしたほうがエェこともあるんよ。
休み時間、友達の梓ちゃんが「あっちでバスケやってるって!行こ行こ!」と誘ってきたので見に行ってみたら、あらあら、すごい人だかり。
バスケゆうても三対三で、ノッポ二人のうち一人は小野山くん、も一人は見たことない子やけど「香取くーん!」って黄色い声援が飛んでいて、分かりやすぅ。
小さい子がちょこまかボールを奪って走り回る試合を期待していたんやけど、ほぼノッポ二人のシュート合戦やった。
飛び交う声援も、ほとんど小野山くんと香取くんに集中していて、他の四人が可哀想になってしまうわぁ。
あっちへこっちへボールがポンポン。バスケっちゅうよりボール投げ遊びかぃな?って試合運びで、ウチは早くも飽きてしもうたんやけど、梓ちゃんは何が楽しいのか「小野山くーん、ダンクシュート決めてぇぇぇー!」って大声を張り上げとる。
あ。
どこから入ってきたのか、体育館の上空を、ひらりひらり。
白いちょうちょさんが飛んどる。
下の喧騒も知らんと、ふわりふわ。優雅に飛んではる。ふふ。
せやけど、あんまり下に降りてきたらあかんよ、危ない。
ボールに当たりはしないと思うけれど、踏みつけられて潰れるちょうちょさんは見とうないねん。
とうとうウチの目線近くまで降りてきたちょうちょさんに、ぱたぱた手を振る。
あかん、もっと上、上を飛ぶんや。
ちょうちょさんは、どんどんコートの中に入っていってしまって、競り合う二人の背中でぺっちゃんこにされるんじゃないかと、気が気やない。
二人の、ちょうど真ん中へ飛んできた時やった。
大きな手が、ふんわり優しく、ちょうちょさんを包みこんだのは。
「おう、どうした小野山!?」と尋ねる香取くんには答えず、無言でコートを出た小野山くんが両手を空へかざす。
白いちょうちょさんは飛び立って、二階の窓から空へ出ていった。
その後、何事もなかったかのように小野山くんはバスケに戻っていったけど、ウチはびっくりして、唖然と眺めてしもうた。
なんや、今の。
バスケに夢中で、絶対気づいとらんと思っとったのに。
虫取り網ナシで、あっさり捕まえたのもさることながら、潰さず逃がしてあげる細かな気遣いといい、只者やあらへん。
香取くんや周りで見ていた子らも、小野山くんが何で中断したのかは、よく判ってないみたいやった。

そのうちに休み時間が終わって次は裁縫実習、パッチワークでトートバッグを作るんやて。
ミシンを使ぉてもえぇし、手縫いでやってもえぇ。
面倒ならミシンでやるのもアリやけど、パッチワークは手で縫ったほうが味わいのある出来上がりになるやろな。
「悠ちゃん、どこでやろっか?」
話しかけてきた梓ちゃんに目線で、ちょっと待ってと合図を送る。
立ち去ろうとしていた小野山くんに声をかけた。
「ねぇ、小野山くん。もしよかったら、ウチらと一緒に裁縫やらない?」
「え!!」と叫んで硬直する梓ちゃんを背中に感じる。
打ち合わせなしのお誘い、ごめんなぁ。けど、どうしても確かめておきたい事があるんや。
「……誰だ?」と誰何されたので、名乗っとく。
「あ、ウチは桜丘 悠。こっちはウチの友達で中村 梓ちゃん」
「ははっは、ははじめっ、めすて!中村でし!」
梓ちゃんってば、同学年が相手なのにカッチコチや。思いっきし噛んどるし。
さっきはナチュラルに名前を呼んどったけど、こうして直に話すのは初めてやったんやね。
挨拶が終わった後、しばし沈黙が続く。
何か言うのかと待っていたけど、小野山くんは無言の棒立ちや。
「他にも一緒にやる人いるんだったら、そっちでやろ?」と促してやったら、踵を返して歩き出した。
んー。会話が苦手なコミュ症なんかな。にしては友達多そうやし、よう判らん子やね。
何人か男子の座っとる場所まで案内された。途端、五分刈りの男子が慌てて立ち上がる。
「わっ、桜丘さん!え、何?一緒に裁縫すんの?よ、よろしくな!」
誰や思うたら、ウチのクラスの男子やんか。こいつ、小野山くんと友達やったん?
いつもアホっぽいお仲間とギャースカ騒いどる、やっかましぃグループの一人や。
虫さんには全く興味なさげやったから、ウチも存在ごと無視しとったんやけど、こないなトコで合流するとは、ね。
「は、はじめまして。六組の月見里と申します」
折り目正しくお辞儀してきたんは、見覚えのない男子。ウチも卒なく「はじめまして、桜丘です」と返しとく。
月見里くんは、いかにもベンキョが好きそって顔や。
小野山くんと同じぐらいに背は高いけど、なんやヒョロっとしとる。
手足は細いけど、男の子の"細い"やからねぇ……
他にもハジメマシテな子が一人、二人。
赤茶色に髪の毛染めた小森 紗也華ちゃんと、真っ黒な髪の毛をポニテにまとめた渡良木 美桜ちゃん。
どっちも女の子やけど、手足の細さは普通。顔も特別かわいいわけでもなし、普通。
挨拶終わったら、すぐ小野山くんの両隣へ陣取って、裁縫二の次なんが丸わかり。
ウチは真正面に陣取って、持参の裁縫ボックスを取り出す。
ちらと小野山くんを見ると、彼も裁縫道具持参やった。
他の子は一旦、材料置場へ取りに行きよった。梓ちゃんもや。
思いがけず二人きりになって、ウチは迷わず尋ねていた。
「ねぇ。小野山くんは、虫さんが好きなの?」
「……え?」と戸惑う彼に、さっきの話をした。
「ちょうちょさん、逃がしてあげていたでしょ。さっき。だから、虫さんが好きなのかなって」
あぁ……と小さく嘆息した小野山くんが、視線を上へ逃がす。
「……捕まえられたり叩き落されたら可哀想かと思って、な」
「そうなんだ。優しい」
「別に優しいってわけじゃ……あの場合は、誰だってそうするだろ」
「そうかなぁ?香取くんは全然気づいてなかったし、ちょうちょさんに気づくだけでも優しいと思うよ」
ウチが下から覗き込む真似をすると、ますます視線を上向き加減に逸らそうとする。
さっきのバスケでの人気っぷりを考えても、褒められ慣れてないとは思えんのやけど、一対一じゃ恥ずかしいんやろか。
「好きか嫌いかと言われたら、まぁ……好きな方だ」
え?となって彼をマジマジ眺める。
ずっと目をそらしとったのに、今はウチの顔をしっかり見下ろして小野山くんは繰り返した。
「だから……虫、が」
「そうなんだ!ウチも虫さん大好きや!」
自制する前にウチの口からは、ぽろり本音が飛び出てもうた。
やば。
慌てて口元を抑えて、ちらっと小野山くんを見ると、なんと微笑んでいた。
あれ、引いとらんの?虫好きな女子やで?しかも高校生で。
初対面で虫好きアピールとか、どう考えてもウチ、変な子やろ。
もし社交辞令で微笑まれとるんだとしたら、好意やのうて生暖かい笑みってやつやろね。泣きそ。
「そうか……桜丘も虫が好きか。なら」
小さく呟いて、小野山くんはウチの顔を見つめてきよる。
「夜、うちの担任が蛍を見せてくれると言っていた。よかったら、一緒に見に行かないか?」
ポツポツ、そんなことまで言ってきた。
ホンマ?蛍って今じゃ田舎でしか見られへん虫さんやん。
それを今日の為に持ち込んだんだとしたら、すごすぎ。二組のセンセ、雰囲気作りの天才ちゃう?
小野山くん曰く、同クラスの友達を誘ったんだけど、あんま良い返事がもらえなかったんやって。
そやろね。今の子は自然よりTVに出てくる偶像のほうが好きやし。
せっかくセンセが気を使ってキャンプめいた虫さんを持ってきても、しらんぷりや。
屋上では四組の子らが花火大会やる言うてたし、これに体育館での蛍鑑賞が加わったら、一日目からテンションあっげあげやぁ。
疑似キャンプったって室内やし、たいしたことないんやないかと侮っとったけど、最高やわ。
「いこう!」と喜びを満面に表して、ウチは即答。
小野山くんも微笑んで、「寝る前だが……大丈夫か?」と、気遣いまで見せてくる紳士っぷり。
「平気平気、蛍が見られるんだったら喜んで夜ふかししちゃう!」
ついはしゃぎすぎてしもうたけど、小野山くんは引いたりしないで好意的な目を向けてくれとる。
虫が好きってのは社交辞令やのうて、ホンマやったんね。
虫友が一人見つかったし、蛍情報まで入手できて、これ以上ないくらいの好スタートや。
「悠ちゃーん、材料取ってこなかったの?早くいかないと、なくなっちゃうよ」
布を抱えて梓ちゃん達が戻ってきたんで、ウチは急いで小野山くんと一緒に材料を取りに向かった。

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