Un-known

17話

ラグナル偵察は強い護衛もいるのだし、大丈夫だ。
船に残った全員が、そう思っていた。
だから――
ボロボロになったミトロンが船に駆け込んできた時には、誰もが驚いて目を見張った。
「たっ、大変だ、マスターがさらわれたッ!」
「なんだと!」と、いきり立ったのはハルだけじゃない。
その場にいた全員が血相を変える。
「てめぇ、何のために一緒に行ったと思ってんだ!死ぬ気で守らなきゃ駄目だろうが」
襟首を掴まれてガックンガックン揺さぶられながら、ミトロンが言い訳する。
「ま、守ったよ、けど、圧倒的な数の差があって」
「他の奴らは、どうした?」とはイーの問いに。
「ジャッキーは街でノビてる、両足折られて動けないんだ。エドガーは海に叩き落とされた。たぶん、生きているとは思う……マスターをつれさった連中は、カゼが後を追いかけてったよ」
ミトロンは一刻も早く仲間に伝えなきゃ、と思って全力疾走してきた。
つまりは仲間を置いて逃げてきたわけだが、最早それを責める者は一人もいない。
話を聞く限りでは奇襲を受けて、ジャッキーとエドガーは瞬く間にやられてしまったようである。
ミトロンまで返り討ちにあっていたら、この誘拐が仲間に知られないままになっていたところだ。
「しゅ……しゅういち!」と叫んで飛び出しかけたソルトは、戸口近くに立っていたロンドに止められる。
「待て待て、敵の全貌も判らねぇってのに飛び出して、どうする」
「あぁ。俺達まで全滅したら、あいつを助けられる奴がいなくなる」
立ち上がり、ミトロンの側まで歩いてくると、イーは重ねて尋ねた。
「しゅういちをさらった奴ら、どんな風貌だった?」
「あ……黒い服を着て、そうだ、全員黒服に黒めがねで統一されていたッ」
ミトロン曰く、街の住民で黒い服を着た者は一人も見かけなかった。
奴らは細い路地から一斉に駆け寄ってきて、瞬く間にマスターを強奪していったのだ。
「そいつらは、しゅういちをしゅういちだと判って狙ってきたのか?」と、イー。
少し考え、ミトロンが答える。
「いたぞ!とか見つけた!とは叫んでいたから、誰なのかは判っていたんだと思う。でも、違う名前で呼んでいたようにも」
ラグナルには彼の知る商家があるから、そこの仕業とも考えられる。
だが海賊顔負けの誘拐事件をやってのける商家など、今の時代に存在するのであろうか。
誰が犯人にせよ、奪われたんなら奪い返さねばなるまい。
このギルドはマスターが全てを取り仕切ってきた。
しゅういちがいてこその海賊団である。
ミトロンの話を総合するに、敵は大勢で奇襲をかけてきた。
しゅういちが何者か判った上での誘拐だ。
連中の足取りは風が追跡中。
ただし彼一人では、やられる可能性も高い。
「まずは街で聞き込みだな。そんだけ目立つ輩なら、誰かしら知ってんだろ」
「そんな悠長にやってて大丈夫なのか!?マスターが殺されっちまうんじゃっ」
すっかり顔色をなくしたハルが、イーの作戦に割り込んでくる。
傍らではソルトも涙ぐんでいるし、悠長にやっていたら、この二人は二人だけでも飛び出して行きかねない。
バラバラに動くのは一番の愚策だ。
向こうが人海戦術で仕掛けてきたのならば、こちらも人数で攻める必要がある。
「よし、じゃあ、向こうに習って迅速に動くとしますか。まずはラグナルの商家を探そうぜ。しゅういちの通信機を使って、な」
作戦を一部変更したイーに、すかさずカザンが突っ込んでくる。
「通信機を?あんなのマスター以外に誰が使えるんでェ」
「俺が」と答え、颯爽とイーは歩き出す。
向かうは船長室、通信機のある場所だ。

「ソロで暗殺業をやってた頃は、こいつを使いこなさねぇと仕事も見つかりゃしなかったんだ」とは、イー談で。
まさか自分達と同じ戦闘バカだと思っていた相手が、通信機を使いこなせたとは。
イーの指が軽やかにキーボードを叩くのを、全員呆気にとられて見守った。
モニターはパッパと目まぐるしく切り替わり、かと思えば文字が一面に表示されて目眩に襲われる。
マスターは毎日こんなのと睨めっこして情報を収集していたのかと思うと、頭が下がった。
何枚か屋敷全体の画像が表示され、やがてイーが「よし」と呟きスイッチを切る。
今ので何が判ったんだ?と首を傾げる仲間へ向かって、検索結果を報告した。
「しゅういちが向かった街の名はラグナラントってんだが、そこを代々仕切っている地主みたいなのがいて、そいつが商人も兼用しているそうだ」
「すげぇな、イー様!あんた、商人にだってなれるんじゃねぇか!?」
興奮して詰め寄ってくるゴロメを手で押し戻し、イーは鼻で笑った。
「通信機使えたぐらいで商人になれるってんじゃ、誰もが商人になってんだろ。商人ってなぁ交渉術と頭の良さ、それから時として日和見になれる姑息さが必要なんだよ。だから、しゅういちも俺も商人にならず海賊になったんだ。俺は知恵が足りねぇし、あいつは姑息さがなかったからな」
「そうだな。確かにマスターは姑息さってもんが全然ねぇ」
それぞれに納得し、皆してウンウンと頷く。
「今から向かう先は、姑息さでヒヨッてる商人の家か」と呟いたのは、マーダー。
手にしたナイフをベロリと舐めて、邪悪な笑みを浮かべた。
「マスターを取り返しがてら、そこんちの奴らは全員ぶったぎってやる。俺らを敵に回したこと、後悔させてやろうぜ?」
「あぁ。奥地の連中は、どうにも海賊を下に見てやがる。一度痛い目に遭わせてやんねぇと」
他の仲間にも、いつもの勢いが戻ってきて、船内が活気に包まれた。
落ち込んでいたはずのソルトも「早く出かけよう!」と意気込んでおり、すっかり強気モードだ。
「よっしゃ。じゃあ海賊ギルドOceansは、これよりマスターの奪還に向かう!」
イーの号令で全員が「おう!」と鬨の声をあげ、それぞれのエモノを取りに自室へ走っていった。


意識を取り戻したしゅういちは、己の両手が縛られて、上から吊り下げられた格好なのを確認する。
薄暗い部屋で、何者かの声がした。
「お目覚めかね?私の愛しき息子よ」
しゅういちが黙っていると、コツ、コツと足音を響かせて男が近づいてくる。
男は年の頃、五、六十代でブラウンの髪の毛には白いものが混ざっており、きっちり背広を着込んでいる。
顔に見覚えがある。いや、声を聞いた瞬間から誰なのかは判っていた。
しかし、まさか、こうも早く動いてくるとは誤算だった。
偽名を使っていたし滅多に表に出ないから、ギルドの知名度は高くても自分の顔は知られていない。
例え故郷に戻ったとしても、見破られない自信が多少はあったのだが……
「驚いているな?だが、この私が、お前を忘れるわけがない」
つぅっと顎を指で撫でられて、しゅういちの背中に悪寒が走る。
それでも歯を食いしばって、声が出るのを我慢した。
声を出せば、この男が喜んでしまう。
この男が喜ぶ真似など、一切したくなかった。
親だと思ったことだって、一度もない。
憎むべき相手だ。自分を、世界と切り離そうとした張本人なのだから。
「フフ……しばらく会わぬうちに、随分と成長したな。より美しく、より逞しく。声も昔より大人になったのだろう?さぁ、声を聞かせておくれ、カイ」
顔に息を吹きかけられた事よりも名前を呼ばれたのがきっかけか、しゅういちがキレて叫ぶ。
「その名を、お前が使うなッ」
やはり男を喜ばせるだけの結果に終わった。
「おぉ、男らしくなったじゃないか。幼子時代の甲高い声も、あれはあれで可愛かったが。カイ、お前の家出も今日で終わりだ。今日からは、また私の屋敷で一緒に暮らそう」
返事はない。
俯き黙り込んだしゅういちを見て、男の口元には、にんまりと笑みが浮かぶ。
そうとも。冒険の時間は、もう終わりだ。
海賊ゴッコなんて幼稚な遊びには、二度と戻らせない。
これからは、また二人だけの蜜な時間を過ごすのだ。
誰にも邪魔されることのない、この屋敷の中で、永遠に。

屋敷を見おろす崖の上で、風は一人思案する。
ここまで追いかけてきたが、まさかマスターを誘拐したのが、あの男だったとは。
ここからは、慎重に動かねばならない。
あの男を、ここで逃すわけにはいかない。
マスターを追って、仲間が突入してくる可能性もある。
彼らの手を借りるという案もあるか。
いや、彼らは必ず奪還しにくるだろう。
あのギルドの連中は、どいつも勝ち気な奴ばかりだから。
ふとソルトの顔が脳裏に浮かび、風は海岸を振り返る。
彼は、どう出るだろうか。
土壇場で、マスターを人質に取られたりしたら。
見捨てるのか、言いなりになるのか、それとも――
あれは不思議な人物だ。
子供のようでいて、子供とは思えない気配を纏っている。
それでいて、やはり本質は純粋だ。
生まれたての赤子のように、人を疑うことを知らない。
誰かが守ってやらないと、危なっかしくて仕方がない。
マスターが恋人宣言していたが、適任だ。
彼ならば、ソルトを正しい道に導けるだろう。
いずれにせよ、ソルトに悲しい決断をさせるのは忍びない。
Oceansの手助けをしよう。
風は考えをまとめると、崖を降りていった。


Topへ