16話
本拠地について、数時間後には宴会が始まった。思い思いに食べて飲んで歌い出す者、頼まれもしないのに裸踊りを始める者。
どいつも大食らいの酒豪ときているから、大騒ぎの馬鹿騒ぎだ。
隅でいじけるハルは、風が慰めている。
「銀髪が良ければ、誰か紹介してやる」と宣う風を、ハルは鬱陶しそうに腕で払いのけた。
「バッキャロ〜!俺は、銀髪が好きなんらねえ、マシュターが好きなんらぁ」
ぐでんぐでんに酔っぱらって大声で喚こうと、風以外は誰も気にしていない。
なんせ久々の大宴会、誰もが食う飲む騒ぐに忙しい。
頭から酒を浴びる者まで現れる中、やはり部屋の片隅で酒を飲みながら、しゅういちはイーと話していた。
「で、どうすんだ?幻の宝は見つかった。売り飛ばすのか?」
「それなんだが」
魚のフライを一口囓り、しゅういちは前方を見やる。
「あー!もうっ、ケチャップをかけたら台無しじゃないか!?フライにはソース、基本だぞ!」
ソルトに大声で怒られて、シュガーがベェッと舌を出す。
「何をかけようと私の勝手でしょ。ソルトはソースが好きでも、私はケチャップがお気に入りなの」
傍らでは赤ら顔のホイがゲラゲラ笑っている。
「おう、フライにケチャップ、新しい味の革命だぜ!ソルト、調味料に基本ってのはねぇんだ。なんでも美味しく食べられりゃ〜いいのよ」
「えっ、でもソースが基本だってハッドが言ってたぞ」
腑に落ちないソルトへ、グンサが畳みかける。
「そいつはハッドの好みってだけだ。たまには変わったもんを付け合わせてみろ、ソルト。新しい発見があるかもしんねぇぞ?」
「そうそう、だからフライにケチャップをかけるのも問題ないよね」
どこか得意げになってシュガーが言うのへは、ホイもグンサも頷いた。
「そういうこった」
ソルトは進んでシュガーの目付役になったようだが、彼女は早くも新しい環境に溶け込んでいる。
仲間達と楽しげに笑いあうシュガーを見ながら、しゅういちはポツリと呟いた。
「売り飛ばすのはやめて、この船に残そうと思う」
驚いた目で、傍らに座ったイーが見つめてくる。
「マジかよ?せっかく手に入れた宝を売らねぇたぁ」
「彼女は生きている。生き物なんだ。使われすぎると死んでしまう、か弱い生き物だ。変な奴に買われたら、酷使されて死んでしまうかもしれない……」
「へぇ、心が痛むってか。奴隷室を作った時に、そんな良心は手放したのかと思ってたぜ」
軽口を叩いてくるイーを見もせずに、しゅういちは続けた。
どことなく、硬い表情で。
「それに……気になることも言っていた。彼女を呼び出したのは、ラグナルにある屋敷だと」
「ラグナルの?」
ラグナルとは、西大陸南部に広がる地帯だ。
かつては巨大貿易都市や亜種族の住む村が存在していた。
今は小さな港町と、亜種族の村があった奥地には人の手で作られた街がある程度だ。
お屋敷というからには、シュガーを転送させたのは奥地の街に住む者で違いあるまい。
「もし、その屋敷が俺の知る家と同じであるならば、シュガーを売りに出すのは危険だ。その家の者に嗅ぎつけられると、面倒なことになりかねない」
「あ〜、取り返そうと接触してくる、とかか?」
シュガーが何故屋敷の手を逃れられたのか、そしてカルキの件も、しゅういちは皆に話していない。
だがイーは勝手な予想で納得すると、しゅういちの横顔を見やった。
憂いの差した、浮かない表情だ。
ラグナルに彼の知己がいたとは初耳だが、この様子を見る限りでは良い関係とは言えなさそうだ。
或いは、陸地で何かやらかしたか。
自分も身に覚えがあるだけに、しゅういちの杞憂を考えすぎだと言い切れない。
「よっしゃ、んじゃあ新規のお仲間一名ご案内だな!」
わざと明るく笑い飛ばして、イーは膝を打つ。
「あぁ、安心しろよ、しゅういち。無闇にベロベロ舐めたりしねーから。使いすぎると死ぬんだろ?だったら、皆で大事に可愛がっていこうじゃねぇの」
「そうしてくれると助かる」
僅かばかりに、しゅういちの顔も笑顔で綻ぶが、すぐに、それは消えてしまう。
「だが」
「なんだ、まだ心配事を抱えてんのか?言え言え、この際全部ぶちまけちまえ」
イーに促され、しゅういちは己の胸の内に浮かんだ懸念を全部吐き出した。
「その屋敷に住む者は、生きる調味料を三種類もいっぺんに呼び出しているんだ。三つのどれもを失った今、また呼び出す可能性が高い……その屋敷を調査する必要があるかもしれない。これ以上、無益な転送をさせないよう」
「けどよ、俺らに、そんな権限あんのか?転送をやめさせるなんてーのが、よ。つぅか現実的に考えて、どうやって転送をやめさせるんだ?」
イーの指摘は尤もだが、しゅういちだって何の策もなしに言い出したわけではない。
「魔術師を雇っているなら、その契約を破棄させる。魔力で転送しているなら、魔力ボックス補給の経路を絶つ。やりようは色々あるはずだ」
けど、とイーの疑問追及は続く。
「なんだって、お前が幻の調味料相手に、そこまで心を砕かなきゃなんねーんだ?」
異世界の住民なんて、所詮は赤の他人だ。
転送するのも赤の他人の仕業だし、それで死に至ったとしても、俺達のせいではない。
などと無情な一般論を放つイーを一瞥し、しゅういちは俯いた。
「シュガーの境遇を知って、彼女の故郷に、これ以上の迷惑をかけたくないと俺は思ったんだ。あまり横暴がすぎると、そのうち異世界の住民が怒ってファーストエンドに侵略してくるかもしれない。突飛な考えかもしれないが、不安で仕方ないんだ」
異世界へ行ってみたい。
それが、しゅういちの望みだというのは海へ出る前に聞いた覚えがある。
彼の未来の旅を安全にするためにも、今から各異世界との関係を修復しておいたほうが良かろう。
ファーストエンドの住民は、これまで傍若無人に転送しすぎた。
たとえ濁流の中に投げ込んだ小石だったとしても、出来るところから改善するのは悪い手ではない。
「屋敷か、屋敷ってこたぁ、それなりに知名度も高いんだろうな?そこが転送を辞めたとなりゃあ、他の奴らも自重しようって気になるかねぇ」
かつては陸に住んでいたこともあるが、イーは、その屋敷を知らない。
自分が活動拠点としていたのは東大陸北部に広がる、サクヤ地方であったから。
「あの地域周辺で屋敷を知らない者は、いないんじゃないかな。港町の住民も知っていると思う。それに……商人としての知名度が絶大だ。あの家が転送を停止するのは、大きな意味を持つ」
しゅういちは頷き、視線をコップに落とす。
「この中でラグナルに詳しいのは俺だけだ。だから、俺が探ってこよう」
「お前一人で!?」
素っ頓狂な大声を出して、イーが驚く。
地域に詳しい奴が行ったほうがいいのはイーにだって判っている。
しかし、しゅういちを一人で行動させるのは不安だ。来たる未来の侵略予想よりも。
Oceansはギルドマスターあっての海賊団だ。
万が一しゅういちが命を落としようもんなら、ギルドは解散の憂き目になろう。
「一人で行くつもりはないよ」
しゅういちは、どんちゃん騒ぎに興じる仲間達へ目を向ける。
「何人かは護衛として、つれていく。イーサンは俺が戻るまで船を守って欲しい」
ラグナル奥地を偵察となると、港町に何日かは停泊しなければいけなくなる。
その間、冒険者が何もしてこないとは限らない。
くだらないイチャモンをつけて、海賊の船に乗り込こうとする輩が全くいないでもないのだ。
「――わかった。けど、危なくなったら」
「あぁ。一目散に逃げてくるよ」
しゅういちは素直に頷き、この話をお終いにした。
途端、それまで話が終わるのを待っていたソルトやシュガー、その他諸々が雪崩れ込んでくる。
「しゅういち!イーサンとばかり話していないで、俺とも話そう」
「そうだマスター、そんな隅っこにいちゃあいけねぇぜ。あんたも今回の宴会じゃ主役なんだからな!」
「何言ってんだ。マスターは、いつだって俺らの主役だろうが!」
「主役っていうか中心人物?リーダーだもんね、しゅういちは」
「だから!お前が気安く、しゅういちって呼ぶなと言っているだろ!?」
「マシュタァァァ〜ッッ、しゅきだぁぁぁ〜〜!」
全員一斉に話し出すから、誰が何を言っているのか聞き取りきれない。
それでも陽気な仲間に囲まれて、暗かったしゅういちの顔に、ようやく本来の笑みが浮かんだ。
宴会の翌日。休息を取る暇もなく、船が再び出発する。
次の目的地はラグナル地方だと聞かされた。
シュガーら三昧を転送させた人物の調査をしたいのだそうだ。
マスターの杞憂はイー経由で皆に伝えられ、皆それぞれに納得する。
だが一人、納得できない者がいた。ソルトだ。
「なんで俺を連れて行かないんだ!俺は、役に立つぞ!!」
「うん、判っている。けどソルト、これから行く街は危険なんだ……君を連れて行くわけにはいかない」
「危険だったら、なおさら俺は必要だろ!?」
必死に食い下がってくるソルトを見ながら、しゅういちは思案する。
連れていってやりたいのは山々だ。
しかし、今から行くのは三昧を転送した相手の住む街である。
もしかしたら、彼らがソルトをも強奪転送した張本人かもしれないのだ。
ソルトを奪われたら、きっと自分は生きていけなくなる。
「大丈夫だ、カゼを連れていくから。それに、俺の逃げ足は知っているだろ?」
護衛として同行するのは風の他に、エドガー、ジャッキー、ミトロンの三人だ。
ゴロツキみたいな容貌の多い当ギルドで比較的、人受けしやすい顔の者を選んだ。
向かう先の住民を警戒させない為である。
イーやゴロメでは、街の人を怖がらせてしまう。
「うぅ……約束だぞ?絶対逃げるって」
「あぁ、俺は必要のない無茶は、しない主義だ。信じて待っていてくれ」
涙目なれど一応は納得したソルトを見て、誰もが胸をなで下ろす。
いくら恋人になったとはいえ、あまり我が儘が過ぎると船を降ろされてしまうのではと危惧したのだ。
「次はラグナルへ偵察に行くのね、判ったわ。それはそれとして、私の部屋はどこ?」
シュガーに尋ねられ、しゅういちは女性メンバーを視線で示す。
「あぁ、君の部屋は移動中に作っておく。出来るまでは、エリーとの相部屋で我慢してもらえるかい。それと」
ちらっとソルトを見て、しゅういちは二度三度、咳払い。
「……俺達の部屋の改装も、やっておかなきゃな」
「俺達?」と耳聡く何人かが突っ込んでくるのへは、「なんでもない」と軽く受け流し、船長室へと歩いていった。
「俺達……ぐぅぅぅっ、マスターは、まさかソルトとの相部屋になろうってんじゃあ!」
苦悶の声をあげているのは、ハルだ。
血管が破れて血が噴き出しかねないほど、こめかみをピリピリ引きつらせている。
「そうしても、おかしくはあるまい。恋人同士なのだからな」
宴会の時にはハルを気遣っていたのに、今日の風は、えらく冷淡だ。
邪険にされたことを、根に持っているのかもしれない。
「お前ぇ!マスターを危険に晒したら、許さねぇからな!」
面と向かってソルトと争うのは嫌なのか、ハルの八つ当たりは風に向けられて、やれやれと皆も肩をすくめたりして、それぞれの自室へ戻っていった。
自室へ戻ってすぐ、しゅういちはソルトの訪問を受ける。
ソルトは、ぴったりしゅういちに寄り添うと、上目遣いに尋ねてよこす。
「なぁ、どうして皆に言わないんだ?」
「なにを?」と、質問に質問で返すマスターへ、重ねて問う。
「俺の正体を皆に教えなくて、いいのか?」
「あぁ、それは」と微笑み、しゅういちはソルトを抱きしめた。
「教えなくていいと判断したんだ」
それにも何故?と首を傾げる恋人に、懇切丁寧な説明をしてやる。
「ソルトが幻の調味料だというのは、俺だけが知っていればいい情報だ。だって甘いと判ったら、どうしても皆、試したくなるじゃないか。人間は、甘味に弱い。甘味が一番美味しいと感じるからだ。俺はソルトを他の人に味わわれたくない。ソルトだって」
その続きを、彼は言わせてもらえなかった。
ソルトがキスしてきたせいで。
しゅういちの口の中には、ふわぁっと甘い味が広がった。
ほどよい甘味で、何度飲んでも飲み足りない。
一度知ったら、癖になる味だ。
絶対に、他の奴らに知られてはいけない秘密だ。
でないと、ソルトが死にかねない。
放っておけば補充されるような事をシュガーは言っていたが、誰も放っておかないだろう。
ラグナルの屋敷で二十四時間フルタイムで酷使されて死んでしまった、本当のシュガーのように。
思えば、ソルトはOceansに入った当日から皆に好かれていた。
あれも調味料効果だったのだろうか。
そっと唇を離して、ソルトが、しゅういちの首に腕を回してくる。
「俺も、しゅういち以外にはペロペロされたくない」
「うん、だから――」
超至近距離にソルトの顔がある。
どんどん自分の心音が早まっていくのを感じた。
「だ、だから、えぇと、も、もし俺が、その、君を舐めたくなったとして、だね」
次第に、しどろもどろになっていくしゅういちを見つめて、ソルトはニッコリ微笑んだ。
「しゅういちにだったら、どこを舐められてもOKだ。そういや、排泄物も甘いって書いてあったよな。今、試してみるか?」
「えっ!えぇぇ……えー、うん。その、それはまた今度」
放っておいたら、ここで踏ん張りかねないソルトにストップをかけると、「え〜」と何でか残念そうな彼に再度言い含めておく。
「それよりも俺がいない間、絶対に口を滑らすんじゃないぞ?あいつらは貪欲だから、知ったら君を自分のものにしようと争い始めるぞ」
「うん」とソルトは素直に頷き、ぎゅっと抱きついてくる。
「しゅういちも、俺のいない処で浮気しちゃ駄目だからな」
浮気なんて言葉も知っているのか。
情報源はイーサンかミトロン辺りだろう。
あいつらなら、余計な知識をソルトに与えかねない。
信頼しているが、同時に油断もならないのが我がギルドの仲間達だ。
財宝への独占欲は、余所の海賊と同じぐらいに溢れている。
「浮気なんて、するはずないさ。俺が好きなのは生涯、君だけだよ。ソルト」
優しい匂いに包まれながら、しゅういちは誓いの言葉を並べたのであった。
