ハリィ&グレイグ
ハリィと一緒にホワイトデーダンジョンへ突入するパーティーは総勢六人。斬・ジロ・エリック・ラルフの他に、ハリィのフレでクレイという名の青年が加わった。
クレイは目にも鮮やかな真っ青の髪の毛に屈強な体躯と、やたら目立つ風貌であった。
ハンサムではあるが、口元はきゅっとへの字に結ばれている。
「すげーっすね、髪の毛青なんて初めて見たッス」
ひそひそと斬の横でジロが囁き、小声でも聞こえたのかクレイが俯いてしまう。
「ジロ、他人の外見を指さして珍しがるなど行儀が悪いぞ」
甥を窘めると、斬はクレイに握手を求めた。
「斬だ。このイベント期間中、仲間として仲良くやっていこう」
「よろしく」と言葉少なに手を握り返し、ほんの少しだけクレイも微笑んだ。
「今回は六人編成を組んでみたけど、ダンジョンの難易度は低めだそうだ」
ハリィが言うのへ、ラルフが尋ねる。
「つまり周回に向いている、と?」
「その通り。バレンタインデーでは、脱落者続出だったらしいからね」
ハリィは苦笑し、傍らのクレイに話題を振った。
「そういやクレイ、春名と連絡が取れなかったんだが、君は何かご存じないかい?」
再び仏頂面に戻り、クレイが答える。
「春名は、他の友人のパーティに加わった」
「春名って?」と興味津々ジロが問うのへは「クレイの友達だよ」とだけ答え、ハリィは地面にダンジョン入場用の札を置く。
今回のイベントダンジョンは、レベル制限が一切ない。
レベル1の初心者でも入れるし、ラスボスはプレイヤーのレベルに準じて変化する仕様だ。
目映い光に包まれたかと思うと、一瞬で全員がダンジョンに移動する。
「さて、リタイアするつもりはないから、各自体力には気をつけて進んでくれよな」
この頃にはハリィもレベル40を越えており、一番レベルの低いジロの危険が予想された。
「了解っす」
当のジロは、緊張感が欠片もない。
相変わらず、ぼんやりとした表情で突っ立っている。
ジロは今、レベル26。
斬と二人で回る機会が、なかなか巡ってこないので、修行も一時停止中だ。
ラルフはエリックと離れている間にレベルあげを行なったようで、現在は29になっている。
クレイのレベルは40。
初めて出会った頃の初々しさは、すでにない。
こうして雑魚敵と戦ってみても、動きに無駄がない。
すっかり戦いに馴れており、もはやハリィの手助けを必要としなくなっていた。
最近、一緒に行動した記憶もない。
こうしてパーティを組むのは久しぶりである。
「かなり強くなったじゃないか、見違えたよ」
ハリィが褒めてやると、クレイは無言でコクリと頷く。
恥ずかしがり屋な部分は、さほど改善されていないようだ。
「あっ!」
「むっ」
何回か雑魚戦を終えた後、不意にエリックと斬の双方が同時に声をあげたので、皆もそちらへ目を向けると。
見間違えようにも見間違えようもない、非常に見覚えのある銀髪イケメンが雑魚と戦っていた。
「グレイじゃないか。なんだ、意外と簡単に見つかったな」
「誰かとパーティを組んでるみたいッスね」
ジロの指摘通り、グレイグはソロではなかった。
見覚えのない、綺麗な女性達とパーティを組んでいる。
クレイ以上にシャイで奥手なグレイグが、まさかのハーレムパーティとは。
少しからかってやろうと、ハリィはそのパーティに近づいた。
「よぉお隣さん、しばらく見ないうちに、この世界でも君専属の親衛隊をこさえたみたいだね」
グレイグの反応はハリィの期待以上のもので、ビクゥッ!と全身を震わせ剣を取り落とすと、怖々とした視線を、こちらへ向けてきた。
「どうしたんだ?俺に見られちゃ困る現場だったか」
ニヤニヤ笑って見せただけで、彼は「ち、違うんだ、これは」と酷く狼狽している。
「ハリィ、お戯れはその辺にしておかないと」
エリックが止めるのも聞かず、ハリィはからかうのを続けた。
「俺との共同生活を捨てたのは、可愛い女の子とパーティを組むためだったのかな?いやいや、無論それを責めるつもりはないよ。むしろ喜ばしい事じゃないか」
「喜ばしい……こと?」
狼狽していたグレイグが、眉間に縦皺を寄せる。
あっ、これヤバイ、爆発フラグだ――とエリックや斬は危惧したが、ハリィに気づいた様子はない。
「俺離れした君が、新しい友人や恋人を作ろうってんなら喜んで祝福すると言ったのさ」
半分ぐらいは本音だった。
グレイグは可愛い弟分だけど、束縛してくる部分には時々辟易していた。
多少は他人と馴れあってくれたほうが、ハリィにとっても負担が軽くなる。
一緒にいない間は寂しかったけれど、干渉されない開放感も確かに存在していたのだから。
「恋人が出来たら……祝福する、とは、つまり……」
ふるふると震えていたグレイグが、ぴたりと震えるのをやめた。
「……俺との同居が、そこまで苦痛だったと言いたいのかッ!」
血を吐く叫びに驚いたのは、ハリィだけではない。
ジロやクレイ、ラルフ、それからグレイグと一緒にパーティを組んでいた女性陣も驚いた。
斬とエリックの両名だけは、当然の呆れ顔を浮かべていた。
グレイグがキレるのではないかという予感は、二人ともあった。
今の彼は傷心中なのだ、もっと優しい言葉をかけてやらねば。
「いや、そんなことは一言も」と言い訳するハリィを遮り、グレイグの叫びは続く。
「君は!厄介払いが出来て嬉しいのだろう!!だから祝福するというんだな!?いいだろう!君が俺を嫌うというのなら、俺も今から君とは赤の他人だ!!!」
それこそハリィが口を挟む暇もない速さで言い切ると、くるりと踵を返す。
慌ててパーティメンバーが彼の背中を追い、ハリィも「待ってくれ、グレイ!」と叫んだのだが、そのグレイの姿が、すぅっと消えて見えなくなり、女性群が遠ざかるのを唖然として見送った。
「どうしたんだ?ハリィ」
ラルフの問いに「……ブロックされた」とハリィが呟き、斬はフゥと溜息を漏らす。
「何故からかった?いつもの悪癖か。慰めてやらねば彼も戻ってき辛かろう」
「まぁ、その……面と向かって謝るのは難しいってことさ」
決まり悪そうにぼやくハリィには、エリックが重ねて説教する。
「あなたがグレイグと仲直りしてくれない事には、スタート地点にも立てないのですよ?ここは私の友のように恥も外聞もかなぐりすてて、必死の形相で平謝りするべきでした」
「お、おい、ちょっと、こんな公で俺の恥を大公開しないでくれるか!?」
後方からは当の友人の抗議が飛んできたが、お構いなしにエリックは続けた。
「今からでも遅くはありません。追いかけましょう。同じダンジョン内です、急げばラスボス前までには追いつけるはず」
「いや、しかし……ブロックされてしまっては」
歯切れの悪いハリィの背を、斬も押す。
「我々はブロックされておらぬ。追いつきさえすれば挽回のチャンスもあろう」
「ありますかねぇ?」
ジロは何やら懐疑的であったが、横腹に斬の肘鉄をくらってもんどり打つ。
「ちょ、痛ェ!痛ェっすよ、叔父さん!俺が死んだら、どうするんスか!」
「この程度で死ぬ体力か、お前は。大丈夫だ、お前が死んでも俺がドロップ品を死守する」
「全然フォローになってねッスよ!?」
ぎゃんぎゃん喚く二人を横目に、渋々ながらもハリィが妥協した。
「判った……それじゃ、先導をよろしく頼むよ」
「えぇ。グレイグの動きを抑える役目は、斬とジロにお任せ下さい」
「え?俺?」と、斬とやり合っていたジロが振り向く。
傍らで斬が頷いた。
「そうだ。お前のトラップで壁際に追い込んで、俺がノックダウンを狙う。そうすれば、消滅ではない方法でグレイグの動きを止められる」
ノックダウンとは、攻撃対象を壁にぶつけて一定時間動けなくする技である。
そいつを斬は、グレイグに仕掛けるつもりでいるらしい。
「え……そ、それって、ピッピッピ……PKじゃね〜〜ッスかァァ!おおお、俺がグレイグさんにPKするんスか!?ひぃぃっ!」
めちゃくちゃ泡を食うジロへ、もう一度頷くと、斬は皆にも出発を促した。
「急ごう。このダンジョンの難易度では、先に出られる可能性のほうが高い」
「では、これを」
エリックが呪文を唱え、一行の足が一時的に速くなる。
雑魚シンボルを振り切る速さで、ダンジョンを疾走した。