己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


ハリィ&グレイグ

ホワイトデーダンジョンは一周につき、多くても五階層までと浅い。
これでは高レベルの者は瞬く間に飽きて、出て行ってしまうのでは?と予想された。
だが、こちらの予想を大きく覆し、ハリィ一行がグレイグに追いついたのはシークレットドアの内側であった。
ただしハリィの目には見えていないので、呼び止めたのは斬である。
「待たれよ、グレイゾン殿」
待つも何も、グレイグはパーティの面々と何をするでもなく隠し部屋の中で待機していた。
「こんなとこで何やってんすか?」とジロに尋ねられ、グレイグが言葉少なに答える。
「沸きを待っていた」
沸きというのは、一定時間で出現するモンスターの位置を指す。
しかし、今回のイベントモンスターは最初から出現しているシンボル方式だ。
"シンボル"と呼ばれるマークがひょこひょこ動いていて、近づくとモンスターに変身する。
エリックの指摘に、グレイグは緩く首を振って言い直す。
「シークレットドアの向こう側には、時々レアモンスターが出現するそうだ。レアモンスターだけは、シンボル形式ではなく沸き形式だと人づてに聞いた」
二人が話している間、斬とハリィはグレイグのパーティメンバーに目をやった。
先ほども不思議だったのだが、彼女達は一言も会話をしていない。
パーティを組んでいるのに何も話さないなんて不自然だ。
連携が取れるのだろうか?
じろじろと無遠慮に眺めているうちに、不意にハリィの脳裏に閃くものがあった。
そういえばソロプレイヤーの為に傭兵システムというのが実装されたと以前、告知で読んだ気がする。
適応レベルのNPCを金で雇い、パーティが組めるようになった。
フレリスがカラッポの新規や、普段ソロで活動している人が難関ダンジョンへ挑むためのシステムらしい。
女性達は、どれも同じような外見で、同じような装備をつけている。
NPCである可能性は高そうだが、何故、女性なのだろう?
グレイが女性好きとは思えないのだが。
地元じゃ一般民から騎士団の一部でまで女性人気の高い彼だが、彼自身には浮いた話が一つもない。
また、グレイグが娼婦館や繁華街へ通っているという噂も聞いたことがなかった。
「お主に対するアテツケやもしれんな」
斬がぼそりと呟き、ハリィが振り返る。
「あてつけ?」
「うむ。普段より浮気性の誰かさんが逆嫉妬するように仕向けたとも考えられる」
だとしたら可愛いものだが、ハーレムを指摘された時のキョドり具合を考えると違うのではないか。
グレイグは、本気で心外と言いたげであった。
女性だらけになってしまったのは、或いは女性しか雇えなかった――とも考えられる。
この女性達が本当にNPCであるならば。
「ちょいと失礼?」
何を思ったかハリィがいきなり手前に立つ女性の胸を、むんずと掴むものだから、「なっ!何をしているのです、ハリィ!」「セクハラっす、白昼堂々のセクハラっす!」と、仲間達は騒然となる。
掴まれた女性は「キャッ!」と叫び、胸を隠す仕草をした。
だが、それだけだ。
一旦離れると、あとは無言で元の場所に戻ってくる。
ハリィを罵倒したり、平手打ちをかましたりは、してこない。
じっと眺めていた斬が、ぼそりと呟く。
「……なるほど。NPCというわけか」
その呟きに反応したか、グレイグが振り向いた。
「今、彼女に猥褻行為を働いたのは誰だ……?」
「誰かなど、聞くまでもないでしょう」と、エリックが肩をすくめる。
この場にいて、グレイグにだけ姿の見えない奴が犯人だ。
続けて「この女性達は、あなたのフレンドですか?」とエリックが問うのへは、首を真横に振った。
「いや、傭兵……NPCを雇った」
「NPC、必要っすか?ここ、めっちゃ簡単ですけど」と、ジロ。
低レベルのジロでも生き残れる、簡単なダンジョンだ。
ジロより格段にレベルの高いグレイグなら、ソロでも余裕だったのではなかろうか。
「用心のために連れてきたんだが……杞憂だったようだ」
グレイグも頷き、一点を、じっと見据えた。
見つめる先が沸きのポイントか。
「……なんで女ばっかなんス?」
またまたジロには尋ねられ、グレイグは顔をしかめる。
嫌なことを聞かれたとでもいうように。
「男を借りようと思ったら、ちょうど品切れだった。なので仕方なく女を借りたまでだ」
「こういうのって女性が先に品切れになりそうなもんだけど」
ラルフの軽口へ受け応えたのは斬だ。
「単純にスキルの違いであろう」
もしかしたらジロの役に立つかもしれないと思い、一応は目を通しておいたのだ。
斬が確認した範囲によると、男傭兵は直接の攻撃スキルが多かった。
女傭兵はプレイヤーへの補助スキルが豊富である。
男傭兵は初心者用、女傭兵は熟練者用を想定しているのかもしれない。
「なるほど、それでハーレムとなっていたのか」
何度も頷き、続けて斬が放ったのは、仲間や本人にも青天の霹靂な内容であった。
「それではハリィが嫉妬してしまうのも、無理無からぬ事よ」
「えっ!?」
ハリィを含めた全員が驚くのを横目に、淡々と続ける。
「突然行方をくらました相手がハーレムパーティを作っているのを目撃したら己がいらない存在だと言われているような気になったとしても、おかしくなかろう」
とんでもなく斜め上の当てこすりに、グレイグがガバッと立ち上がる。
「俺は……俺は、そんなつもりで傭兵を雇ったわけではッ!」
「うむ、判る、俺には判っている。しかし、ハリィはどうかな?」
斬は鷹揚に頷き、ちらりとハリィのいる場所を見やる。
ブロックしているグレイグには見えていまい。
ハリィが皆と一緒にポカンとしているのなど。
「ハリィは申していたぞ。お主を見つけた時に、どう謝ろうかと。だが、貴殿の状況を見た瞬間に嫉妬が上回ってしまい、あのような暴言に出たのだ」
そうだったのか?と、ラルフが目線でハリィに尋ねると、ハリィは困惑の表情を浮かべた。
からかったのは嫉妬ではない。
だが、言われてみれば嫉妬と取れなくもない。
女性に囲まれたグレイを見た時、羨ましいという感情が発生したのは間違いないのだから。
「先ほどの暴言は彼の本音ではない。それは貴殿も、お判りのはずだ」
ようやくレアモンスターが出現するが、最早グレイグは、それどころではなくなっていた。
目の前の男、斬とは交流がないので、彼がどのような性格なのかは判らない。
上から下まで黒装束に包まれており、どのような表情を浮かべているのかも判らない。
ハリィとパーティを組んでいる以上、全くのでたらめを言ったりしないだろうとは思うのだが。
「負けず嫌いで弱音を見せたがらぬ男だから、貴殿には判らなかったかもしれぬ。俺には痛いほど伝わってきたが、な。ハリィの嫉妬心が」
横合いから出てきた奴に、ハリィの事なら何でも知ってますな顔をされるのは不愉快だ。
ハリィに関しては自分のほうが、ずっとずっと交流も長いし色々知っている。
彼が嫉妬深い――?
そんなわけがない。
如何なる時でも飄々として、常にマイペースで自信家なのがハリィだろう。
今だって嘘を並べる斬のことを、ニヤニヤしながら眺めているのではないか。
沈黙するグレイグを横目に、エリックがハリィへ対一メッセージを送ってくる。
ハリィのトークレシーバーにしか表示されない文字発言だ。
『迷っておられるようですよ。今のうちに、悲しい表情でも作っておきなさい』
ハリィは肉声で答え返す。
「ブロックされているんだぞ?演技したって見えないんじゃ」
重ねて説得メッセージが飛んできた。
『ブロックを解いて、あなたの様子を伺ってくるかもしれません。グレイゾン様も、性根はお優しい方ですからね……斬の発言に心が揺らいでいるのかもしれません』
そんな、まさか。
エリックは知らないだろうが、グレイは一度思いこんだら一ヶ月は意志を曲げない頑固野郎である。
その彼がキレてブロックしてきたのだ。
ハリィへの怒りだって、一年ぐらいは持続するはず。
――と考えていると、じわじわと何もない場所にグレイグの姿が浮かんできたものだから、ハリィは仰天し、すぐさま悲しそうな表情を作って俯いた。
見破られるんじゃないかとドキドキしたが、その時は、その時だ。
開き直って謝り倒そう。
エリックの読み通り、グレイグはハリィへのブロックを外す。
一時的に解いて様子見するつもりだった。
斬の言い分が嘘なら、再びブロックしようと。
だが泣きそうなハリィを見た瞬間、グレイグの決意は、いともあっさり揺らいでしまう。
「ハリィ、すまない!」
だっと駆け寄ってきたかと思うと次の瞬間には思いっきり抱きしめられて、目を白黒させるハリィなどお構いなしにグレイグが平謝り倒してきた。
「ハリィ、俺は君へ謝罪する為に、このイベントでドロップするレア装備一式と菓子を用意してから君に会うつもりでいた……この女性達はNPCだ。傭兵なんだ、誤解させてしまって、すまないッ」
「あー、それで傭兵雇ったんすね。何百周もマラソンしようってんで」
背後では納得したかのように、ポンとジロが手を打つ。
「す、スイーツを、俺に?」
ぎゅうぎゅう抱きしめられながらもハリィが首を傾げれば、「君は甘いものが好きだったはずだ」と返ってきて、まぁ好きか嫌いかと言われれば嫌いではないが、大好きアピールした覚えもない。
それに、レア装備一式だって?
装備がドロップするのは知っているが、一式揃えるのに何日かかる計算だと思っているんだ。
ハリィがポツリと「君は、イベント終了まで俺を放っておくつもりだったのかな」と問えば、「それも、すまない、浅はかだった……!」とまぁ、グレイグは泣き出すんじゃないかってぐらい切ない表情で抱きしめる力を強めてきた。
横手でエリックが睨んでいるのに気づいたハリィは、そっとグレイグの手から逃れ出る。
「いや、俺も、すまなかった。冷やかしなんか、してしまって。君が女性に囲まれているのを見た瞬間に、大人げなくも嫉妬してしまったんだよ」
ようやく謝罪の言葉を口にし、グレイグを喜ばせたのであった。


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