己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


シン&リュウ

クリスマスイベントの特設フィールドは、初めての非戦闘イベントということもあってか非常に混雑していた。
どの参加者も、新品のスキーウェアに身を包んでいる。
特設フィールド内にはレンタルもあったが、シンとリュウもスキーウェアを買い込んできていた。
スキー競争のルールは極めて単純。
高い場所から滑り降りて、タイムを競うというものだ。
「さて、まずは八人で滑るか、それともサンタと一対一で競うか……」
サンタとのタイマンスキーはソロプレイ、つまり個別フィールド扱いになっている。
対して八人同時プレイのスキー競争は、共闘フィールド扱いだ。
リュウと一緒に滑りたい野望を燃やすシンは、真っ先に八人同時プレイを選んだ。
「リュウさん、ここはまず、肩慣らしに勝負といきましょう!」
ビシッと人差し指を立てるシンを見、リュウが首を傾げる。
「ん?俺と君で競うのか。しかし、待って欲しい」
「なんです?」
「俺はスキーに関しては、ずぶの素人だ。従って、まずはチュートリアルをやるべきかと考えているのだが」
スキー未経験者用に設置された、専用のお試し滑りチュートリアルフィールド。
誰にも迷惑をかけないで滑り方の基本を学ぶ場所だ。
だが、それよりもシンは、たった今聞いた情報を何度も脳内で反芻していた。
まさかの初心者宣言。
参加前の自信ありそうに見えた姿は、一体何だったのか。
今だって一分の隙もなくゴーグルをかけ、黄色のスキーウェアを着こなしているというのに、全くの初心者だって?
全然そうは見えない。
人は見かけによらないものだ。
「無論、シンが教えてくれても構わない」
「いいい、いいでしょうッッッ!お教えします、何が判らないんです!?」
鼻息荒くズイズイ詰め寄ってくるシンを手で抑え、リュウがいつもの調子で答える。
「何をどうやれば前に進むのかも判らない」
「えっとですね、前に進むにはストック、この棒を地面に突くことで体重を前に傾ければ板が滑り出します」
ここぞとばかりにギュッと手ごとストックを握ってみたりもしたのだが、リュウは全くの無反応。
まぁ、シンだってドキドキしたり顔を赤らめるリュウなんてのは想像もつかない。
つかないが、しかし、多少は期待していたのも本音だ。
じっとゴーグルの奥から見つめられているような気がしたので、シンは止まっていた解説を続ける。
「ホントは一番最初に転び方の練習をしたほうがいいんですが……チュートリアルフィールドへ移動しますか?」
「あぁ、そうしよう」
リュウはコクリと頷き、シンと二人でお試しフィールドに入ったのだが、入った瞬間シンの姿はかき消え、リュウは一人ぼっちになってしまった。
代わりに耳元で女性の声が話し始める。
『こんにちは!私は、チュートリアルのインストラクターです。これから、私と一緒にスキーの滑り方を学びましょう』
挨拶されても、姿は見えず。
これは、こういうものなのだろう。
チュートリアルが個別フィールドならば、最初にそう書いておいて欲しかった。
きっと今頃は、シンが半狂乱になって自分を探しているかもしれない。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったシンを思い浮かべ、リュウはインストラクターの話を待つ。
さっさとスキーのやり方を覚えて、シンの元へ戻らねば。
『スキーは楽しいスポーツですが、怪我をしやすいスポーツでもあります。不用意な怪我を避けるため、まずは転び方を練習しましょう』
ピッと音がして、右と左で交互に矢印が点滅する。
『転ぶ時は、必ず体重を左右のどちらかへ傾けて下さい。倒れる時は体を横に倒すと、これ以上滑っていかないので上手く止まれます』
ぐっと体を右に傾ける。
当然ながら重力に従い、リュウの体は雪の上に横倒しとなった。
雪の上に倒れても、痛みは感じない。
対人モードをオンにしてあるはずなのに。
『チュートリアルモードでは、痛みを遮断してあります。怖がらずに、どんどん試してみてください』
リュウの疑問へ答えるかのように、インストラクターが説明する。
『次に、起き上がる方法です。いきなり起き上がるのではなく、上半身はそのままに足だけ持ち上げて板をピッタリ揃えたら、斜面の下へ板の方向を向けて下さい』
言われたとおり尻をついたままの状態で、足だけ浮かせて板を平行に並べる。
さらに坂の下へ板の先を向けると、インストラクターが続きを話す。
『その状態で、ひざを曲げ、ゆっくり上半身を起こして下さい。滑り出していかないよう、ストックで押さえるのを忘れずに!』

リュウの杞憂が当たったか、シンは急に一人になってしまったショックで半べそをかいていた。
「リュ、リュウさ〜ん……どこ行っちゃったんですかぁぁ……」
心細そうにキョロキョロ辺りを見渡していると不意にポンと背後から肩を叩かれるもんだから、ビクゥッ!とシンは飛び上がって、後ろを振り向いた。
「ひゃあ!!」
「きゃっ!?」
相手も驚いたようだったが、すぐに笑いかけてくる。
見覚えのない顔だ。
「あのね、あなたもスキーイベントに参加する人?」
背丈はシンの半分ほどもない、小柄な少女だ。
屈託なく笑いかけてくる相手にシンの緊張も解けて、笑い返す余裕が生まれた。
「うん、そうだよ。君も?」
「うん。けど友達が直前でお腹壊しちゃって一人の参加になっちゃって……」
「そうなんだ。一人じゃ参加しても寂しいね」
無難に会話しながらシンには薄々、彼女が何故自分に話しかけてきたのか判ってきた。
こんなトコで一人キョロキョロしている奴、一緒に滑る相手がいないと見られても仕方ない。
「そうなの。それでね、もしよかったら――」
「シン。チュートリアルは完了した。滑り方は一通り覚えたぞ」
こちらへ向かって歩いてくるリュウを見た瞬間、少女の息がハッと飲み込まれる。
視線が彼に釘付けだ。
美麗。
そう呼んでも差し支えない、リュウの素顔が他の人々の前で平然と晒されている。
リュウはゴーグルを上に押し上げいた。
「リュウさん、どうしてゴーグルを外して」
「ゴーグルは、つけないほうがいいとチュートリアルで教わった。視界が狭くなるらしい」
「あ、あぁ、でも今回のレースは斜面を滑り降りますから、つけていたほうがいいんじゃないでしょうか?」
そっとリュウのゴーグルへ手をやるシンを遮るように、先ほどの少女が声を張り上げる。
「あの!そちらのかたも一緒に、私と滑りませんか!?」
シンの肩越しにリュウが答えた。
「君は誰だ」
「私、Rinkoって言います!あの、お二人の名前も教えて下さい!!」
少女は声が完全に裏返っている。
リュウを前に、緊張しているのか。
シンと話した時は、緊張の欠片もなかったくせに。
なんとなくムッとしながら「俺はシン」とシンが名乗り、横でリュウも「リュウだ」とポツリと答え、勢いよく差し出されたフレカードに勢い負けして、二人ともRinkoとフレンドになった。


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