己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


シン&リュウ

シンはリュウ、それからRinkoと一緒にスキーイベントへ参加する。
このイベントでリュウのハートを鷲掴みというシンの野望は、数回のレースで早くも崩れかけていた。
「うわ、7秒78だって。また新記録伸ばされちゃったじゃん」
電光掲示板で点滅する最新タイムを見て、Rinkoが絶望の悲鳴をあげる。
最新タイムを出したのは、もちろん彼女でもなければシンでもない。
全く知らない名前のプレイヤーだ。
スキーには自信があった。
しかし皆のタイムが、これほどまでに速いとは誤算だった。
シンのベストタイムは、今のところ9秒ジャストだ。
全く及ぶ処ではない。
レースのルールは簡単で、障害物を避けながら坂道を滑り降りる、これだけだ。
これだけなのに、何故こうもタイムに大差が出るのかは謎だ。
「空気抵抗だな」
ぽつりとリュウが呟く。
「無駄のない滑降フォルムが空気摩擦を軽減する」とかなんとか呟いて、一人で納得している。
リュウはチュートリアルフィールドで一通りの用語を覚えてきたらしく、知識はシンのものを上回る勢いだ。
これじゃスキーでイイトコを見せるというシンの野望が、うまくいくはずもない。
タイムは並、知識も並ときては。
あえて長所を探すならば、一度も転倒していない点ぐらいか。
褒め称えるほどでもない。
リュウも転倒していない。
なぜならば、彼は転びそうになるたび、完全に停止して危険を避けていた。
そんなだから、タイムも当然お察しだ。
毎回ビリを飾っていたが、本人に気落ちした様子はない。
その彼が「楽しいものだな」と呟いたので、シンも、そしてRinkoも我が耳を疑い、リュウを驚愕の眼差しで見つめる。
「た、楽しい、ですか?」
聞き返すシンへ頷き、リュウが繰り返す。
「あぁ。初めてやる行為は何であれ楽しいものだ」
そして言葉を切り、じっとシンを見つめてくるものだから、シンのほうが落ち着かなくなる。
「あ、あの……」
モジモジ居心地悪そうに身を揺するシンへ、唐突に労りの言葉が飛んでくる。
「シン。先ほどのレースは残念だった」
「えっ!?」
「青い髪の男が一秒遅れてゴールすれば、君が二位だったのにな」
のたのた一番ドケツを滑っていたからこそ、リュウには全体の流れが見えていたのだろう。
滑っている間は夢中で、シンは隣前後に誰が居たかなど全く気にする余裕もなかった。
終わってからも、あぁ、また一位を取れなかった――考えたのは、それぐらいで、二位に入りたいとは考えていなかったので、シンは首を傾げる。
もしかして二位でも、良かったのだろうか?
リュウにスキーの腕前を褒めてもらうには。
「それにしても」とリュウの話は、まだ続いていて、Rinkoもシンも耳を傾ける。
「見事な青い髪だったな」
「そうですねぇ。シンさんの白い髪とタメを張る珍しさでしたね」と、Rinkoが相づちを打った。
先ほどの記録は、もうとっくに消えてしまっているが、青い髪のプレイヤーの名前はブルーなんとかだったと記憶している。
もっともシンにとっちゃ名前が青だから髪の毛も青いのかなぁ、ぐらいの印象しかなかった。
青や白の髪の毛は珍しいのだ。
少なくとも、Rinkoやリュウにとっては。
「あ、あの」
遠慮がちに声をかけてくるシンへ、リュウが目線で促す。
「俺の髪の毛も珍しい……と思ってますか?リュウさんも」
「いや」
悩むかと思いきや、返事は割合早く来た。
「初めは驚いた。だが、もう見慣れてしまったよ」
「けど、なんでそんな真っ白なんです?どうせ染めるなら、もっとカラフルにすればよかったのに」
Rinkoに尋ねられ「いや、これは」と、染めているんじゃないと説明しようとするシンと「シンは白が好きなのだ」と答えるリュウの声が重なって、本人が、えっ?となっているうちに、Rinkoは勝手に納得したらしかった。
「そうなんだ。まぁ、白も綺麗ですよね〜雪みたいで!」
雪みたいで綺麗。
そんなふうに評されたのは、生まれて初めてだ。
なにせシンの住んでいた街は、雪の降らない世界だったから。
雪は外世界――他の次元で初めて見た。
ちらほらと舞い散る白いものは、とても綺麗で、何時間でも眺めていたくなるシロモノであった。
雪が滅多に降らなくても、そしてシンだけが真っ白の頭でも、クロムでシンを指さし冷やかす者はいなかった。
誰もが、『それはそういうものだ』と暗黙のうちに納得していたのである。
雪みたいで綺麗、か。
なんだか嬉しくなってしまう褒め言葉だ。
言ったのがリュウではなくRinkoだってのが、少々残念だけど。
ほわっと無意識に口元を緩ませて喜ぶシンをリュウは無言で眺めていたが、ぽつりと「シンは雪も好きだからな」と付け足して、踵を返した。
「え、あ、あのっ、リュウさん、どこへ?」
慌てて追いかけてくるシンへは、振り返りもせずに答える。
「――そろそろ飽きてきた。俺は、ここらで辞めるが、君達は楽しんでいくといい」
「え、ちょっ」
さっきまで楽しいと言っていたはずなのに、飽きるの早くないか?
Rinkoもシンも、リュウの唐突な心変わりには呆れるやら驚くやら。
それに、全然こちらを振り向いてくれないのも気になった。
「ごめん、俺達はもう帰るから、じゃあね!」
シンは早口でRinkoへ別れを告げると、リュウの後を追いかける。

イベントフィールドを出て、しばらく歩いた後にリュウが立ち止まり、シンもなんとなく足を止める。
沈黙が続き、怒らせたんじゃないかと心臓をバクバクさせるシンへ振り返ると、リュウはボソッと呟いた。
「次にイベントへ参加する機会があれば」
「え?」
「今度は二人っきりで参加しよう」
「え??」
マヌケに二回も「え?」を繰り返してしまったが、シンがポカンとなるのも無理はない。
だって。
まさかリュウがRinkoに嫉妬していたなんて、前後の会話だけで誰が判別できようか。
シンとRinkoは特別仲が良かったわけではない。
雑談は多少したが、一緒にイベント参加したんだから、それぐらいは誰だってするだろう。
それにRinkoは、もっぱらリュウへ話しかける回数のほうが多かった。
心なしか、シンと話す時よりも彼女の声は弾んでいたように思い出される。
リュウは、ほとんどを言葉少なに対処していた。
無感情の無表情で。
「え、と、は、はい。あの、リュウさん、もしかして」
勘違いだったら思い上がりも甚だしいのだが、むっつりへの字に口を折り曲げる相手へ、勇気を出して尋ねてみた。
「もしかして、その……Rinkoさんと俺が仲良くなるのは、嫌なんですか?」
それには答えず、リュウが小さく呟く。
「あの少女が、君の髪の毛を雪に例えた時――悔しいと思った」
「え」
「俺には全く思いつかなかった。あのような詩的な感想は。君が雪に感動するのを見ていたはずなのに」
くすりと自嘲し、リュウは言葉を締めくくる。
「これが、人間の言う"独占欲"という感情なのだろうか?だとしたら、俺は君に対して相当の強い独占欲があるようだ」
ポカーンと大口を開けるシンへ、優しく微笑みかける。
「今回のイベントは、君が一緒に参加しようと誘ってくれて嬉しかった。願わくば、次も君から誘ってくれると嬉しいものだな」
「……え、あの」
もしかして。
もしかして、リュウが今までイベントに全く乗り気ではないように見えたのは。
シンが、リュウを一度も誘わなかったから――ではなかろうか?
そう言われてみれば、思い当たらなくもない。
自分は、いつも『イベントがありますよ?どうします?』と尋ねていたように思うのだ。
一緒に参加してみませんか?と言ったのは、今回が初めてだったかも。
さぁっと自分のKYっぷりに青ざめるシンの肩を、意味ありげにリュウがポンと叩く。
「一人で置いて行かれるのは寂しい。君なら、よくご存じのはずだ」
「あ、は、はいっ!すみません!!次も一緒に参加しましょう、是非ッ!」
シンは脂汗と共に、絶叫に近い平謝りを叫んだのだった。


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