おうとほうかい

三話 嬉々再会!

ゴルゴル王国がダークエルフの手で崩壊してから一ヶ月が過ぎた。
炎に包まれた街でクレアを見失ったシドは今、帰路を歩いている。
彼は何も、お人好しの善行でクレア姫を助けたわけではない。彼女を守ったのには理由があった。
あったのだが――逃げられた今となっては、最早どうでもいいことであった。
「……ひぃふぃみぃと……」
路銀を数えて、舌打ちする。
手持ち金は底をつきかけており、日暮れまでに次の街へ辿り着けたとしても、宿に泊まれるかどうかも怪しい。
「カモがネギ背負ってくるのを待つ、か」
がさっと藪をかき分けて、黒い肌のエルフが道を塞ぐ。
「誰がカモだって?」
「王都炎上の生き残りかよ」
いつの間にか、ぐるり一帯を数人のダークエルフに囲まれていた。
「何とでもいいな。我らの魔力は如何に無知なお前でも知っているだろう?命が惜しければ、有り金を全部渡してもらおうかッ」
逃げ場なしでもシドに焦りは見えない。
ニヤリと口元を歪ませて、逆に煽ってきた。
「やなこった。金が欲しけりゃ自分で働いて稼げよ」
「ほざけッ!」とダークエルフの軍勢が一斉にナイフを引き抜く。
構わず、シドは残りの気配へも誘いをかけた。
「おい。隠れてる奴らも出て来いよ……こっちも有り金が乏しいんだ、てめぇらの金を有効利用してやるぜ」
返事のかわりに茂みから飛んできたのは炎の球だ。
シドは身を翻して魔法をかわすと、棒を握りしめたまま手近な茂みへ飛び込む。
飛び込んだ直後、黒い影が体当たりしてきて、棒と剣がぶつかりあった。
「どこのどいつか知らねぇが、俺と差し向かいでやりあうたぁいい度胸だッ」
「アハハハ!その言葉、そっくり返させてもらうよ!」
相手はダークエルフ、世界一貧弱な種族のくせに、しかも女だというのに男の自分と対等に戦っている。
互角の力で打ち合いながら、シドは瞬殺できない己に苛ついていた。
「さぁさぁさぁさぁッ、野郎ども、無粋な魔法援護は止めだ!こっからはアタシとこいつのタイマンバトルなんだからねッ」
「よそ見してんじゃねぇよ!!」
脇腹を狙った一撃にどつかれて、女エルフが「ぐはッ!?」と悲鳴をあげるも、「親分が危ない!」と慌てる子分どもは逆に親分から「やかましい、黙ってみていな!」と叱咤される始末。
そんな二人の一騎討ちを背に、ホーリーはこっそり、その場を離れていった……
冗談じゃない。
なんだって、こんな処にシドがいるんだ。
ホーリーより前に街を出ていったから、それっきり会うこともないだろうと思っていたのに。
彼とは同郷幼馴染の腐れ縁だが、けして仲が良くもない。
どっちかというと仲は悪い。
こちらのやることなすこと全てにケチはつけてくるし、ことあるごとに弱さをからかってくるしで、関わるとろくな目に遭わない。
ちらっと一回振り返った後、一気に逃走したホーリーは無事、日が暮れる前に近くの街で一晩の宿を取った。
食堂でガツガツ飯を食っていると、話しかけてくる者がいる。
「あ、あのぅ。もしかして、ホーリー様ではありませんか?」
「んあ?あぁっ!あなたは、もしかしてクレアさんっ!?」
「はい、そうですわ。ああ……よかった。ご無事でいらしたのですね、ホーリー様っ」
感激にぎゅっと抱きつかれて、ホーリーは照れ隠しに笑って誤魔化した。
「いやぁ~はっはっは、こう見えても僕ぁ一応騎士ですから!」
「いよっ兄ちゃん達、お熱いねっ」と、食堂にいたオッサンには冷やかされるしで、すっかり注目の的だ。
「いえいえ、はっはっはっ。……クレアさん、ここで抱き合うというのも何ですから部屋へ行きませんか?」
「あ……っ、ごめんなさい。私ったら嬉しさのあまり、ついはしたない真似を」
ささっと照れ隠し気味に俯いて身体を離すクレアに、これでもかってぐらいのキメキメ笑顔でホーリーは微笑みかける。
「いえいえ、はしたない真似なら部屋の方でじっくりとやりましょう、じっくりと」
「えっ?」
「あ、こっちの話です。ささ、どうぞ僕の部屋で祝して一杯あけましょう」
「はい、ではお言葉に甘えまして♪」
下心満載に、姫を自分の取った部屋へ誘い込んだ。
広場で別れたままの服かと思いきや、クレアは何処で買い求めたのか質素な身なりをしていらっしゃる。
だがホーリーは変装なのだなと特に気にも留めず、彼女が今まで何処で何をしていたのかを訊き出した。
「えぇっ……!で、では国王様は……そ、そうでしたか。すみません、嫌なことを思い出させてしまいまして」
まるで初めて聞いたかのようにオーバーリアクションで驚くホーリーの目の前で、クレアは俯く。
「いえ、ホーリー様が気に病む事ではないのです。悪いのは全てお父様を地下牢に閉じこめたダークエルフなのですから……」
かと思えば、きりっと顔をあげて握り拳を固める。
「私、決めました。たとえ復讐など馬鹿な真似だと天上のお父様に窘められようと、ダークエルフを王都から追い出してみせます!」
「こ……心意気は御立派ですが、しかし姫。お一人では無理なのでは?」
現実を指摘しても、彼女の信念は曲げられないようだ。
「無理でも、やりとげてみせます!私はゴルゴル王の忘れ形見ですもの」
それにしても彼女が火事現場に来ていたとは、心底驚いた。
爺やと王様は余計な告げ口を姫にしていなかっただろうか?
――彼女の様子を見る限り、それは余計な心配と思われた。
ホーリーが加担していると知っていたら、このような話自体をするはずあるまい。
今だってダートの元へ殴り込む気満々で、奴との繋がりに気づかれたら一巻の終わりだ。
「……ホーリー様」
気づくと、クレアがじっと見つめている。
「はっ、はいっ!?」
「お力をお貸し願えませんでしょうか……?」と囁いた彼女の顔ときたら、まるで捨てられた子犬のようで頼りない。
「私にできるお礼といえば、王都奪還の際に貴方を高位の地位につけることぐらいしか思いつかないのですけれど」
だが、姫に協力するのは一攫千金のワンチャンでもある。
ダークエルフが余計なくちを叩く前に始末してしまえばいいのだし、王都を奪還すれば世間からは英雄扱いされよう。
不意にホーリーの脳裏を、シドの姿が横切る。
あの体力格闘馬鹿なら、盾と剣のかわりぐらいにはなるだろう。
ホーリーは真面目な顔を作り、じんわり涙ぐむクレア姫の側で跪いた。
「判りました、他ならぬ姫様の頼みです。このホーリー、不肖なれどお手伝いすることを神に……いえ、姫に誓いましょう」
「ホーリー様!」と喜ぶ姫に、立ち上がってチッチと指を振る。
「おっと、僕はあなたに忠誠を誓ったのです。ですから、様はいりませんよ。たった今よりホーリー=クライスト=エンジェルは、あるじをクレア=ニーハット=ゴルゴルと定めここに永遠の忠誠を誓います。生涯をかけてあなたの騎士になりますよ、姫」
何を言われたのか、すぐには察せず、ぽつんとクレアは呟く。
「私……だけの騎士に?で、でもホーリー様 本当にあるじが私でよいのですか?」
「騎士が忠誠を誓ったのです。これは絶対ですよ」
「ああ……ホーリー様、ありがとうございます!」
二度目の微笑みがクレアへも喜びを浸透させたか、本日二度目の抱きつきに、ホーリーは内心ニヤニヤが止まらない。
フラグは充分立った。
王都奪回の暁には、ゴルゴル王家の立場になるのも夢ではない。
「で、では姫。自由騎士から騎士への昇進を兼ねて乾杯の祝杯を……」
「いえ、王都奪回に向けて策を練りましょう」
「で、でも今日はもう遅いですし、明日からにしません?」
「ホーリー様。騎士はあるじの命令には絶対服従ではなくて?」
「うっ。そ、そうでしたね……」
有無を言わせぬ強い笑みで圧されて、ホーリーは渋々頷いたのであった。


ホーリーが去った後も、ダークエルフ盗賊団リーダーとシドの戦いは互角であった。
いや、間合いの分だけシドが有利だった。
しかし焦れた子分が火炎魔法を繰り出し、シドは劣勢に立たされた――
「お馬鹿!どーして余計な真似をするんだいッ!?おかげでタイマン勝負にケチがついちまったじゃないか!おい、誰か回復呪文を覚えてる奴はいないのかい!」
びえびえ泣きじゃくる子分に落胆の溜息をつきつつ、他の子分を見渡しても、誰も手を挙げない。
それも仕方ない。回復魔法を覚えている者が一人もいないのでは。
「おい、どうだい。両足は、もげちゃいないだろうねぇ?悪かったね、馬鹿な子分が燃やしちまってさ」
炭化しきった両足を投げ出して座り込んでいたシドが、投げやりな視線を向けた。
「勝負はついたんだ、好きなだけ持っていけよ。結果がどうであれ、お前らは目的を果たしたんだ」
ところが女盗賊ときたら腕組みで「ハン!悪いけどそれはできないね」と拒否してくるではないか。
なんでも、タイマンバトルを自分の子分が妨害してしまったせいで矜持を削がれてしまったんだとか。
「……盗賊団ってな、徒党を組んでいるんだろ?なら、子分が援護すんのも当然じゃねぇのか?」
首を傾げるシドへダークエルフが返す。
「違うね、あたしらダークエルフ盗賊団は自分の策が成功した時のみ、お宝をチョウダイするってポリシーがあるのさ!」
変なプライドのある軍団だが、いらないと言っているんだったら無理に渡す必要もあるまい。
それより当面の問題は、動けなくなった自分をどうするかだ。
「足の痛みはどうだい?」と隣にしゃがみ込んできたダークエルフを横目に、シドも答える。
「痛みも感じないぐらい消し炭になっちまっているよ。なんだ、さっきから親切ヅラして医者にでも運んでくれるッてのか」
「ふふん……あたしはね、あんたの足を治せる奴を知っている。人間の賢者さ。そいつの処に案内してやろうか?」
試すような視線に、間髪入れずシドは尋ね返した。
「そいつの名前は?」
「言ったところであんたは信じやしないだろうけど、よくお聞き。そいつの名は」

ゴォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!

盗賊団リーダーの声は、上空で響くドラゴンの咆吼でかき消された。
「ど、ドラゴンだ!親分、ドラゴンが現れた!!」
「ドラゴンだってぇ!?奴ら、なんだってこんな処の空を飛んでいるってんだい!」
「に、二匹いる!二匹で争ってるみたいだ」
慌てふためく盗賊団を余所に、シドも上空を見上げてみた。
彼らの言う通り、二匹の大きな影がぶつかりあい、お互いに真っ赤な炎や白い霧を吹きつけあっていた。
「ドラゴンってな絶滅種じゃなかったのか?」
「馬鹿だね、あいつらが滅びたりするもんか!奴らはねぇ、聖戦を最後に天空都市に引っ込んだんだよ!」
「天空都市?」と、なおも疑問のつきないシドを抱きかかえようとして、女ダークエルフは泡を食う。
「いちいち説明してる暇はないよ!奴らに見つかって一番ヤバイのは、あたしらダークエルフ、闇の一派なんだ!!」
「あ、姐さん大変だ!一匹こっちに落ちてくる!」
指をさされるまでもない、巨大な影が此方の頭上目掛けて降ってくる!
「に、逃げろォォーーーーーーッ!!」
辺りの岩やエルク達や木々を根こそぎ吹き飛ばし、落下してきたドラゴンはシドの目前で首を横たえる。
もう一匹は落ちたドラゴンを眼下に据えると一度旋回し、そのまま東の空へと飛び立っていった。
ドラゴンは空を舞っていた時よりも数倍巨大に見える。
思わず、ごくりとシドの喉が鳴った。
しかし一緒に見ていたダークエルフ盗賊団が驚いたのは、ドラゴンの大きさにではない。
「あいったたた……」と呟いて、ドラゴンの背中で身を起こした人影がいたのだ。
「人間だ!人間の子供が乗っているぞ!」
そいつはドラゴンの身体をつたって降りてくると、ゆさゆさとドラゴンを揺さぶった。
「ねぇビルビー、大丈夫?」
だが、すぐに気絶していると判って「っちゃぁ~。すっかりノビているじゃん、駄目だこりゃあ」と頭を掻いた。
見た目、黒髪を短めにまとめた人間の子供だ。
白地に緑のラインが入ったシャツと、下は緑色のスカートを履いているから女の子であろう。
このあたりでは見かけない格好をしていたし、黒髪という点からしても地元の人間ではあるまい。
「おい」とシドが声をかけたら、「びっくぅっ!!……び、びっくりしたーっ。いつからそこにって、うわぁぁぁ!!」とオーバーリアクションが返ってきて、声をかけてきた此方が驚かされる。
「……今度は何だ?」
「ナンダじゃないよ、その足!つ、つらくないの?痛くないの?っていうか、どうなってるの!?」
真っ黒に炭化したシドの両足を見て、パニックに陥ったようだ。
魔法での怪我を見たことがないのかもしれない。
「魔法でコゲただけだ、気にすんな」と、却って怪我人のほうが落ち着いている。
「気にすんなって気にするに決まっているだろ!?と、とにかく医者行こう、医者に見せようよ!」
「見せたところでどーにもなんねぇよ、街医者ぐらいじゃ。高位の神官に見せりゃーなんとかなるかもしれねぇが」
「神官なんかに会いに行く必要はないね!」と二人の問答に割り込んだのは、ダークエルフ盗賊団のリーダーだ。
「えっ?だれ、オバサン」
子供の素朴な質問にカァーッと怒りで頬を上気したものの、すぐに大きな溜息をついて平常心を取り戻した彼女は名乗りを上げる。
「あたしはダークエルフ盗賊団を率いる、エルクってんだ!神官よりも頼りになるヤツの元へ連れて行ってやるよ」
「さっきの賢者ってやつか?」とのシドの問いにも頷き、エルクは自信満々言い切った。
「そうだよ。賢者笹川にかかったら、そんな足は完璧に治してくれるさ!」
「笹川!?」「ササガワだと……!?」
声は二つあがった。


To Be Countinued!