おうとほうかい

八話 以下次回!

「戦いすんで、日が暮れて~……っと。あぁ、いたいた、エルクさん~。探しましたよー」
ゴルゴル王宮内の中庭にて、にへらっと笑いかけるホーリーに対し、エルクは気まずそうに頬をかいた。
後ろ手に持っているのは大きなザック。一ヶ月分の着替えが入りそうな大きさだ。
「オヤ?大荷物ですね、どちらへお出かけですか」
「ちょっと、旅行にでも行こうかと思ってね」
「ご旅行ですかぁ。いいですねぇ。おみやげ期待してもいいですか?」
「あぁ。じゃあな、あんたも元気で」
旅行へ出かけるにしては変わった挨拶に、ホーリーは一瞬キョトンとなる。
だがエルクはダークエルフだし元盗賊だしで、一般の民とは感覚が異なるんだろうと軽く受け流した。
手を振るホーリーに見送られてゴルゴル王国の門を出たエルクは、街の外に人影を見つけて走り寄る。
その人影とは、フードで顔を覆い隠したダートであった。
「仲間との別れは済ませてきたのか」
「ハ!よしとくれよ、誰が誰の仲間だって?あいつらはね、そんなんじゃないのさ。あんたの目を覚ますために利用した、それだけのつきあいだよ。あたしの仲間はダート、あんたと可愛い子分たち。昔っからそう決めてんだ」
「エルク、俺は一度お前を裏切った男だぞ。なのに、お前は俺を連れて、この国を離れるという……一体、何故」
「一度だろうが二度だろうが裏切り結構!男はそれぐらい向こうっ気が強くなくっちゃね」
ぽんぽんと肩を叩かれ、エルクには軽く微笑まれて、それでも納得いかないのかダートは食い下がった。
「しかしッ」
「何だい、いやにこだわるねぇ。もしかして、あたしと旅するのは御免被りたいとでも?」
「いや、そんなことは……ない、が」
「だろ?さーってと!まずは、どこへ行こうかねぇ。東の大陸もいいけど島国を回ってみるのも面白そうだ」
手元で地図を広げる彼女へ、そっと尋ねる。
「ゴルゴル王国は、お前を宮廷魔術師として迎え入れるという話じゃなかったのか?」
「んー…そういうおいしい話も、あるにはあったんだけど」
「なら、無理に旅立つ必要もあるまい。お前の好きな贅沢が、そこでできるだろう」
「嫌だね」
ニヤッと笑うと、エルクはダートの肩をひっつかんで抱き寄せた。耳元で囁く。
「あたしは与えられた贅沢にゃ満足できないんだ。そいつは、あんたが一番よく知ってるはずさ。それに、あたしがここに残ったら、あんたはどっかに消えちまうつもりだったんだろ?」
「……お見通しだったか」と視線を逸らすダートを見て、エルクはニヤニヤ笑う。
「何年コンビを組んでいると、お思いだい?だからさ、あたしも一緒につきあったげるよ。あんたの放浪に、さ♪」
「エルク……変わったな」
「さぁー行こうか!新しい街目指してっ」
二つの人影は、やがて地平線の影に隠れて見えなくなった。

エルクの姿が見えなくなるや否や、さっさと踵を返してホーリーは王宮内に戻る。
もうすぐ召還師による、アキラの転送が始まる。見送りのすっぽかしだけは避けたかった。
「クレアさ……いえ、クレア姫!アキラさんの転送は」
「あ、ホーリー様。どこへ行っていらしたのですか?今、使いの者を探しに行かせようかと」
王座の間にはクレアの他に、アーサーやホーリーの父グリーデンの姿などもあった。
「すみません、エルクさんを見送ってきたもんですから」
「エルク様が、どうかなさったのですか?」
きょとんとするクレアに、細やかながらアーサーが補足する。
「あの女はダークエルフですから、どこかへ旅だったのでございましょう」
「まぁ。ダークエルフというのは旅がお好きな種族でいらっしゃったのでしょうか」
あまり判ってもらえなかったようだが、アーサーは遠回しに種族差を伝える。
「人間の多くいる宮殿では、住みにくいと感じることもあるようです」
「まぁ……お気遣いなさる必要なんてありませんのに」
「しかしながら、姫に一言申し上げます。ダークエルフは災いの種!今はよくともやがて、きゃつら本来の邪悪な本性をさらけ出す恐れがありましょう。当人が旅に出るというのであれば、行かせてやった方が無難です。追い出すとなれば一筋縄では出て行かぬでありましょうからな」
熱弁を振るい、声高らかに笑うグリーデンを姫が一喝する。
「………おだまりなさいッ!エルク様は我が祖国を救って下さった勇者様のお一人。その勇者様に対する無礼な振る舞い、並びに侮辱の言葉を投げかけるのは、例えロイス王国の聖騎士様であろうと断じて許しません!」
思いもよらぬ反論には、ロイスの騎士でもビクゥッ!と震えるしかない。
「こいつは、お前の親父殿の負けだな」
小さく笑うアーサーに、ホーリーも肩を竦める真似をする。
「いえいえ。昔っから、かかなくてもいい恥をかくのが得意なかたですから♪」
「こら、ホーリー!何がおかしいというのだっ」と父の八つ当たりが飛んできて、「わわっ」と慌てたホーリーは話を元へ戻した。
「そ、それでクレア姫。肝心のアキラさんは、どこですか?まさか、もう帰っちゃったなんてことは」
「いいえ。アキラ様なら、ご指名を受けてシド様の部屋に向かわれました。恐らく、別れの挨拶を交わしておられる最中でしょう」
「何ィッ!まさか、二人っきりでか!?」と叫んだのはアーサーで、勢いの激しさに姫はポカンとなる。
「え、えぇ。お人払いをされていましたから、二人きりだと思いますけれど」
「ガーンッ!何でもっと早くに教えてくれなかったんですかぁ」
ホーリーまでもが騒ぎ出し、意味のわからなさにクレアは動揺するしかない。
「いいですか、シドは、奴はこと性欲に関しては、ケダモノ以下のゾウリムシ繁殖野郎なんですよっ!そんな下半身野獣男と神聖な乙女であるアキラさんを、一緒の部屋に二人っきりにしておくなんて!!」
「いくぞホーリー、あの女を助けるんだ!」
「合点承知です!」
二人はバタバタ走っていき、あとにはクレアが残される。
「な……何なんですの?」
尋ねられても、グリーデンは頭を振るしかない。
二人のシドへ寄せた評価は、至極真っ当だ。
あの界隈に昔から住んでいる者であれば、彼の品性に欠けた行動の数々など知っていて当然なのだから。

宮廷内の王の間から一番遠く離れた塔の一角に、シドにあてがわれた部屋がある。
呼び出されて、のこのこと出かけていったアキラは数分間、無言の時を過ごした。
いい加減アキラの我慢袋も、尾が切れそうである。
「ねぇ……」と声をかければ、すぐ「ちょっと待て!今、今言うからもう少し待て!!」とばかり返ってきて、それで待っているのだが、さっきから黙ったっきりで何も言う気配がない。
今日のシドは、どこか落ち着きがなく、始終視線を彷徨わせていた。
「さっきからそう言ったっきり、黙ったまんまじゃないかっ!ボク、早く家に帰りたいんだよ!?」
「判っている!判ってっから、もう少し時間を俺にくれッ」
「う~っ……もうちょっとだけだぞ?あと五分たったら出てくからね」
ちらっと時計を見上げる。クレア姫と約束した時間には、まだ多少の余裕があるが……
「あ、ああ。五分もありゃあ……大丈夫だ」と言ったっきり、やはり言葉が出てこない相手を見て、待ち時間を短縮した。
「……やっぱ、あと一分で行くね」
「何ぃ!てめぇ嘘つくつもりかよッ」
「だって、これ以上待たせたら召喚師の人達にも悪いし。ボク、もう行くね!」
ガチャッと扉を開けられて、ようやくシドの決心も固まった。
「ま、待て!!……あー、そのアキラ。お前、確か十七だっつってたよな?」
「何が?あぁ、歳のこと?うん、そうだよ。十七歳だけど、それがどーかした?」
「そうか……なら、俺と同い年で間違っちゃいなかったってわけだ」
どこか安堵の表情を浮かべるシドに、「えぇぇっ!?」とアキラの驚愕が突き刺さる。
「うっそ!シド、キミって十七歳だったの!?初耳だよっていうか老けてるーっ!」
「悪かったな、老け顔で!」と怒鳴る彼に、重ねて尋ねた。
「んで、同い年がどーかしたの?」
「う……あぁ。十七なら結婚できるんじゃねーかと思ってよ」
「うん、まぁ。できないこともないけど、それが何なの?」と言った後、すぐにアキラはポンと手を打つ。
「あ、わかった!シドおめでと~。結婚するんでしょ、ねぇ誰とするの?」
「ちっ、違う!大体なんで、んな突拍子もねぇ展開に飛ぶんだ、結婚できる歳だって言っただけで」
「あれ?違うの。じゃーなんで急に結婚の話なんか持ち出すのさ!紛らわしいなぁーもぅ。で?話ってそれだけ?」
再び思案した後、シドは話の舵を切った。
「……クレアが、ホーリーと結婚するそうだ」
「へ?マジで?あんなバカチンが国の王様になんのっ!?」
歯に衣を着せないバカチン呼びに、シドの頬も綻ぶ。
「せっかく復活したってのに、また滅びちまいそーだがな」
「でもクレアが一緒だもん!大丈夫だよっ。よーし、そうと判ったら、帰る前にお祝い言っとかなきゃ!」
勢いよく廊下へ出られそうになり、「あ おい、待て!話はまだ終わっちゃいねぇっ」とシドは慌ててアキラの袖を引っ掴む。
もういい加減、五分経ったかもしれない。
話の長さにアキラは内心イライラした。
「あいつらは十六歳だったりするわけだが、それでもちゃんと結婚できるってわけだ」
「だから?」
「そ、その……お、俺と結婚してくれ!!!
顔面真っ赤になってのプロポーズには、しばしの間が空いた。
「……ハァ?」と怪訝な目を向けるアキラをまともに見られず、シドは床に視線を落としながら告白する。
「マジでなんだ、今までマジに手が出せなかった女は、お前だけなんだ。だから……な?」
「クレアだって、そーじゃん」
「アホかお前っ!?ありゃあ一国の姫君だろーが!いくら俺でも姫に手を出すほど間抜けじゃねぇッ」
「……ふんだ。アホでもバカでも結構。ついでにいうとね、ボクはキミみたいな人……」
一旦言葉を切り、じろっとシドを睨みつける。
アキラは大きく息を吸い込んで、返事をしてやった。
「だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっい、っきらい!!!!!」

バタンッッッ!!!!!!!

返事以上の大きな音を立ててドアが閉まり、シドは呆然と立ち尽くす。
やっと時間が戻ってきたのは、完全に彼女の足音が廊下から消えた後だった。
「………おいっ!俺のどこが大嫌いなんだ、はっきり説明しやがれ!」
ドアを開けた直後、「わぁっ」と驚くホーリー、それから「誰が誰を嫌いなんだって!?」と、何故か嬉々としたアーサーと鉢合わせる。
「何だてめーら、いつからドア前にいたっ!?」
「今さっき到着したばっかですよぅ~。そこの曲がり角で、アキラさんともぶつかっちゃって……って。アキラさんが怒って出ていって、シドが残っている。ということは」
「振ったんだな?よくやった、シド!それでこそ漢だ!!」
喜ぶアーサーに、ホーリーはずっこける。
「違うでしょう、アーサーッ。シドはアキラさんに盛大にフラレたんですよぅっ」
「盛大にフラレて悪かったな……!」
だがブチキレるシドには、すぐ気がついて、慌てて来た道を引き返した。
「わ~~、暴力反対です~っ!」

王の間では、ゲート召還の儀が始まろうとしていた。
「アキラ様……本当によろしいのですか?アーサー様やホーリー様とお別れせずに」
「あ、うん、あの二人とは、さっき曲がり角で会ったから!」
「あ、そうなのですか」
「それよりクレア……ありがとね。ボクとの約束、守ってくれて」
少しばかり瞳を潤ませるアキラに、クレアも涙を拭って微笑みかける。
「アキラ様は私の故郷を救って下さった恩人ですもの。今度は私がアキラ様をお救いする番です」
「……ホントにありがとう。クレア、バイバイ」
しんみりした空気の流れる別れの場面を台無しにする勢いで、バタバタッと誰かが走り込んできた。
「待てーいっ!帰るのはちょっと待て、アキラ!」
これでもかって眉間に青筋を立てて必死の形相には、クレアも困惑顔でアーサーへ尋ねる。
「剣士アーサー、シド様は何を怒っておられるのですか?」
「ふられた原因が判らないから理由が聞きたいとのことです。全く、未練がましい」
ふっと鼻で笑う目前では、言い争う二人の男女が。
「フラレた原因がわかんない?はっきり言わなきゃわかんないの!?」
「あったりめーだろ、このタコがッ。俺は正直にホレた理由を話したっつーのに、てめぇは一方的に出ていきやがって、判るも判んねーもねーだろ!」
「じゃあ面と向かって言ってあげるよ!ボクはね、キミのそーゆー遠慮もへったくれもないガサツなところが大っっ嫌いなんだ!」
ひそひそっとホーリーがクレアに囁く。
「がさつなのは、お互い様ですよねぇ」
クレアも苦笑いで「しっ」と嗜める真似で返した。
「だいたいねぇ、キミは初対面の頃から無遠慮すぎるんだよ!バカとかアホとか乙女に向かって言いたい放題っ。ちょっと顔がいいからって女が皆キミになびくとか思わないでよね、この三白眼!!」
「あ、あのー……そろそろ召還の儀を始めてもよろしいか、通過者殿」
すっかり蚊帳の外になっていた召喚師に話しかけられて、アキラもハッと我に返る。
「あ。は、はい。お願いします!」
「アキラさん!お元気で。また、お会いしましょう!」
にこやかなホーリーの笑顔には、アキラも大きく頷いた。
「うんっ!」
――こうして。
笑顔を残し、アキラは魔法陣の向こうへと消えていった。


ホーリーはクレアと婚式を挙げ、正式にゴルゴル国の王位を引き継いだ。
アーサーは剣の修行へと旅立ち、そして―――
夜中にクレアはハッと目を覚ました。
見ると隣で寝ていたはずのホーリーの姿はなく、開いた窓のカーテンが夜風にたなびいている。
「……ホーリー様?ホーリー様っ!」
――ホーリーは今、シドと共に東大陸行きの船に乗り込んでいる。
行き先はシドの所属する闇ギルドだ。
「勝手に出てきちまってよかったのか?」
「いやぁ~。だってホラ、王様になってしまっては女の子達と遊ぶわけにも参りませんし」
「逆だろ、逆。王様ならハーレムでも何でも作り放題じゃねぇか」
「それでクレアさんを泣かせるのは、ちょっと……その点、シドの勤めているギルドなら女の子も選び放題見放題ですし♪どうせ一旦戻るつもりだったんでしょ?」
「まぁ……な。あれ以上ゴルゴルにいる義理もねーし」
「な~んちゃってー、またまたっ。フラレたショックから立ち直る為に戻るんでゲショーが☆」
下衆笑いを浮かべる幼馴染のせいで、シドの機嫌も急降下していく。
「……お前、ほんっとーに楽しそうだな。いっぺん船底の染みになるか?それとも海の藻屑がお好みか」
「わっ、たんま!船の上での乱暴は勘弁してくださいよ~。僕もおつきあいしますから♪」
「あぁ?てめーは成就しただろうが、お姫様と」
「いえいえ、その代わり聖騎士への夢は断たれてしまいましたから。それに……」
空へ視線を逃すホーリーを見て、シドは怪訝な顔になる。
言いたかったけど言えなかった言葉を脳裏に浮かべ、ホーリーは心の中で溜息をついた。
シドの旅へついていこうと思ったのは、女遊びだけが目的ではない。
アーサーに脅されたのである。きっちりシドを見張っておけと。
「だってほら、僕達、友達じゃないですか?生来きっての幼馴染ですからねぇ~」
「腐れ縁の間違いだろ」
この後、船が嵐に見舞われ二人はとんでもない大航海を強いられるのだが……
それは、またの機会にでも。
ひとまずホーリーの王都奪回のお話は、この辺で終幕とする。
それでは皆様、ごきげんよう。


The End.