七話 王都奪回!
人っ子一人見あたらない無人の宮廷内……だが、しかし。
奥の王座の間からは、魔力のないアキラですら禍々しい気配を感じ取ることができた。
「この奥……なんか、ぞっとするよ」
腕をさすりながら呟くアキラを庇う位置で、シドも奥を睨みつける。
「だろうな。この奥にダークエルフの親玉がいるってわけだ」
「しかし、ここまで来たからには一刻も早く倒してエルクさんと賢者様を助け出さないと!!」
拳を固めて力説するホーリーの背後で、アーサーが囁く。
「ホーリーが、まともな事を言っているぞ」
「明日は台風だな」とシドも笑い、たちまちホーリーは格好を崩す。
「あのですねぇっ。僕だって、たまにはシリアスちっくにだってなりますよぅ~」
おちゃらける三人組に「って、そんなことよりアレ見てアレッ!」と叫んだアキラは、次の瞬間「あ……アレアレッ?」と間抜けな声をあげる羽目に。
彼女の横を駆け抜けたアーサーの手により、今しがた出現したはずの魔物軍団は一瞬で塵と化した。
「姫様、先を急ぎましょう。この程度の魔物とはいえ、あまり多く出てこられては此方が不利……いかな魔剣ブレイクブレイズといえど許容量を越える魔物は退治しきれません」
アーサーに促され、一行は彼を先頭に足音を忍ばせて歩いてゆく。
途中で出会った魔物は叫ぶ暇もなくバラバラの粉微塵になり、障害はないに等しい。
「……なんか、ビクビクしてたのが馬鹿みたいだ」
ぽつりと呟くアキラの背後で、ホーリーは釘を差しておく。
「でも油断は禁物ですよ、アキラさん。相手はあのダークエルフですからね、どんな残忍な手を使ってくるか」
「あのって言われても知らないもん。ホーリーの知っている人なわけ?」
「し、知ってるわけないじゃないですかぁ~」
明後日に視線をそらして挙動不審なホーリーには、クレアも小首を傾げる。
「でも、エルクさんの味方がどうこうと、あのダークエルフも」
「マイマスター!今は人命救助が先です、僕の詮索など後回しにしてくださいっ」
「は、はい!すみませんっ」
前方のやりとりを些か白けた目で眺めつつ、最後尾のシドも会話に混ざった。
「それよっか魔ナントカ石の対策は考えたのか?」
「あなた自身は考える気まるでナシなんですねぇ。もちろん対策は万全ですよ♪」
にこやかに笑いつつ、しかし対策を考えるのは自分ではないともホーリーは考えていた。
賢者笹川が何かを知っているようだったし、対策だって考えていそうである。
「ですが今それをここでお聞かせするわけには……どこで盗聴されてるか判ったもんじゃないですからね」
「早い話が、ダークエルフと対峙してからの対策ってわけか。なら急ごう、ダークエルフが残忍な奴ならば賢者の身が心配だ」
歩く速度を早めるアーサーへアキラのツッコミが飛ぶ。
「エルクは?心配してあげないの?」
「あの女はダークエルフだ。ダークエルフが同族を殺すとは思えんな」
「そうでしょうか……」と異を唱えたのはクレアで、物憂げに呟いた。
「裏切りがどうこうと言っていましたから、けして安全とは言えないのでは」
最後尾は既に考えるのすら放棄しているのか、先の決断を委ねてくる。
「で、このまま奥行っていいのか?っつーか、そもそも奴はどこにいやがるんだ。王座の間か?それってなァどこにあんだよ」
答えたのはクレアだ。
「王宮というものは門を入って、まっすぐつきあたりが王座の間になっているのです。ですから、このまままっすぐ歩いていけば、やがて大きな門に突き当たるはずですわ。でも、道はそれだけではありませんの。皆様に特別、王座の間へ行く秘密の道をお教えしますわ」
詳しい道案内にアキラが「へぇ~さっすがお姫様!詳しいんだね~」と感心してみせれば、姫は寂しそうに笑う。
「この城のことでしたら、隅から隅までよく存じ上げておりますわ。だって、ここはわたくしの生まれ育ったお城ですもの……」
「あ……そ、そうだったっけ?ご、ごめん」
謝るアキラへも、やはりクレアは力なく微笑んだ。
「いいのです。その知識が今こうして役に立とうとしているのですから」
「ダークエルフを倒せば、この城も元に戻せましょう」と話を締めるアーサーの背後で突如「キィ~ッ!」と奇声が上がる。
「ん?どうした、ホーリー。発情期の猿の鳴き真似などして」
「トンビにあぶらげさらわれたぁ~っ」
発狂するホーリーの前では、アキラが不意に何かに気づいたのか、あちこちを見渡した。
「あれ。ねぇ」
だがアーサーはホーリーの奇行が気になって仕方ないのか、アキラのほうを見もしない。
「トンビに何だって?いきなり訳のわからんことを言い出すんじゃない」
「その台詞は今、僕がキメようと思っていたとこだったんですよ!それを横からかっさらうなんて、この汚い泥棒猫がぁっ」
「大丈夫か?お前……最終戦を前に気が狂ってくれるなよ」
もう一度、アキラは皆の注意を促した。
「ねぇってば。シド、いないよ?」
「うるさい、今はそれどころじゃ……なんだって!?」
言われて全員が気づいた。
一番後ろを歩いていたはずの三白眼が、どこを見渡してもいないことに。
「もしかして私達が話している間に、まっすぐ歩いて行かれてしまわれたのではっ!?」
「まっすぐって?でもさ、クレア。まっすぐ先は、やもやしてて、なーんかよく見通せないんだけど」
アキラの示す方向を見てみると、これから行こうとしていた先は、黒い靄に包まれていて通路があるのかどうかすらも疑わしい。
霧の奥が時折揺らめいているのを見るに、この場とは別の次元にでも繋がっているのだろう。
「霧の魔法?……ではないみたいですねぇ、なんでしょう」
「わかりません、でも魔法には違いありませんわね……まさか、シド様はこの中を突き進んで?」
「まさか、いくらシドが馬鹿で阿呆でも、そこまでマヌケではないと思いますよ」
アッハッハッと笑い飛ばしたホーリーは次の瞬間、アーサーの手によりボッコボコにされた。
「誰が馬鹿で阿呆で間抜けだって?あぁ~ん」
「あうあうあう……」
最終戦の前に仲間割れは勘弁してほしいところだ。
ボコボコに殴り倒して気が済んだのか、ぽいっとホーリーを放り投げると、アーサーは真面目に戻る。
「姫。敵も、これ以上楽に進ませるつもりはないようです。あれは闇の時空魔法……魔界へ通じる門を召還しているのです。近づくのは危険です」
「ダークエルフとはいえ、たった一人で門召還ができるなんて……」
改めてクレアは脅威に慄く。
ダークエルフの怖さは知っていたつもりであったが、そこまでの強敵となるとブレイクブレイズだけで立ち向かえるのだろうか。
震える姫に、そっとアーサーが囁く。
「それも恐らくは魔眼石の力によるものかと。ですから奴と戦う前に、石をどうにかせねばなりません」
「キィーッ!」という誰かさんの奇声は「うるさい黙れ。また泥棒猫の発作が始まったのか?」と一喝しながら。
廊下でホーリー達が漫才を繰り広げていた頃――
馬鹿で阿呆で間抜けのシドは、クレアが予想したとおり霧の中を前進中であった。
さらにその様子を、使い魔の視線を通して見守る者がいた。
王座の間に陣取っているダークエルフのダートである。
「あの娘の仲間にも魔法を魔法と見抜けぬ愚かな兵がいようとはな」
「あの馬鹿ッ。ちったぁ疑えよな、オイ!」と悪態をついたのは、囚われの身となった――
いや、ダートの元へ連れ戻されたエルクだ。
「エルク。これを見てもまだクレアとかいう小娘に味方する気は変わらないのか?」
「言っただろ?善も悪も関係ない、あたしが好き勝手に生きるために、あんたを倒しに来たんだって。その為だったら汚い人間の小娘だろうが手を組んでやるさ!」
「……嫌われたものだ。そんなに俺が憎いか」
「憎いも何も、魔眼石であたしを殺そうとしたのはどこのどいつだい!?あんたが力を暴走させたりしなきゃ、あたしゃこの城を丸々あたしの物にできたはずだったんだ!それを、あんたが!!」
食って掛かるエルクを冷ややかに眺め、ダートは吐き捨てる。
「俺が魔眼石を使わなければ、あの後城はザイナロックの兵士共に奪い返されていた。あれは人間どもに立ち向かおうとしなかった、お前の尻を叩くつもりで使っただけなのだ……まさか、あれほどまでに威力があるとは、この俺にも予測がつかなかったが」
「ハ!尻を叩くだって?あたしが率いていた盗賊団のボスは一体誰だったんだい、ダートッ。お前かい?それとも、あたしかい!?笑わせんじゃないよッ、石がなけりゃあたしにだって勝てないくせに!」
「挑発したとしても無駄だ。俺はお前と戦う気などない」
視線を外されて、なおもエルクは挑発した。
「逃げるのかい?天下のダークエルフ盗賊団、そのメンバーだったあんたがさ。お得意の爆弾でもいいから、かかってこいよ!この城の正当な持ち主を今ここで決めようじゃないかッ!」
「この城が欲しいというのならくれてやる。だから……俺と手を組み直さないか、エルク」
じっと深い瞳で見つめられて、エルクは息を呑む。
ダートの瞳に浮かぶのは憎悪でも嫌悪でもなく、憐憫、または愛情。そう言ってもいい。
「い、今更どのツラさげて何寝言を言ってんだい!あたしを殺そうとしといてチョーシいいこと言ってんじゃないよッ。どーしても手を組みたかったら、まず命を脅かした件への落とし前をつけてもらおうじゃないか!」
「どうすればいい?どうすれば許すというのだ」
「そうさねぇ……とりあえず、まずはあの賢者を床に降ろして服でも着せてやってくんない?」
と、エルクが指をさしたのは天井だ。
「あうあうあう~。あ~た~ま~に~ちが~の~ぼ~り~ますぅ~」
天井にて足首から逆さに裸の恰好でぶらさげられ、ブランブランと振り子のように揺れる賢者がいた。
なかなか哀れな恰好だ。
ダートは溜息をつき、賢者の足を括ったロープを切ってやる。
真っ逆さまに落ちてきた賢者は、落下の勢いで真っ赤なトマト……にはならず、ふわりと魔法で着地する。
「あうぅ~助かりましたぁ。エルクさんありがとうございます~」
そっと彼女の手枷も外してやりながら、エルクは小声で囁いた。
「いいから。ここはあたしに任せて、あんたはさっさと逃げな」
「え~?でも、エルクさんは?まさかこの残虐ダークエルフと手を組んで、世界征服に走ろうなんておつもりですか?」
「しないよ。何度も言ったろ?あたしゃ、ほんのちょっとの贅沢さえありゃー他は何もいらないんだって」
小声でのやり取りを聞き咎められ、ダートに「何故だ?」と尋ねられたエルクは肩を竦める。
「めんどくさいんだよ、命と命の取り合いなんて。奪ったものが物なら相手だって、そのうち諦めるだろ?金さえ残ってりゃあ、また買うことができるんだからさ。命を奪うってのは後々やっかいなんだ。向こうは敵討ちとばかりに躍起になって追いかけてくるからねェ」
盗賊団での経験則が、その妥協に彼女を落とし込んだのだろう。
だが、ザイナロックの警備隊と直接やりあったダートの腑に落ちる結論ではない。
奴らは言っていた。
どうせダークエルフなのだから、捕らえる時は殺しても構わない……と。
普通に暮らしていては、虐げられる闇の眷属に明るい未来など永遠に来ない。
「……交渉炸裂、か?」
「あんたが考えを改めない限り、そうなるね」
「なるほど……ならば、どうあっても組みたくなるよう仕向けるしかないか。お前の仲間である人間どもを殺す。まずは一人……魔界の闇に堕ちた男から始末してやろう」
「行かせるもんかッ!」と叫んでエルクが投げつけたナイフは、ダートに当たる直前で床に叩き落とされた。
次々と何もない空間から魔物が姿を現す背後では、ダートの体が徐々に消えていく。
増幅された魔力によるテレポートだ。
「またしても魔眼石をお使いになられたようですわね~。うふふふふ~破滅へのプレリュ~ドォ~」
ニタァと笑って呟く賢者には、エルクも一歩引き気味だ。
「な、なんだい、やぶからぼうに。気持ち悪いねぇ」
「説明は後ですわ~エルクさん。まずはあの雑魚をぶちのめしましょうか~」
そうだった。魔物軍団を倒さないと、この部屋からは出られない。
さっさと倒して、早いとこ仲間を助けに行ってやらないと。
――その頃、クレア一行は秘密の抜け道を通って、王宮の中庭に出ていた。
中庭には羽の生えた黒い魔物の石像が四体、噴水を囲むように建っている。
「これって、やっぱりガーゴイル、ですかねぇ……?」
「そうだと思いますわ。でも、ご安心下さいませ、ホーリー様。この石像はガーゴイルにはなりませ」
「伏せろッ!!」
思いっきり肩をどつかれ、クレア姫様は地面にどべちゃと倒れる。
姫を突き飛ばしたアーサーは、身を翻して剣を一閃。
襲いかかってきたガーゴイルの腕を斬り飛ばす。
「コルァーッアーサー!おんどれェ姫様になんちゅーことさらすんやァ!お顔に傷でもつけたら許さんでぇ!」
白目をむいてキレまくるホーリーのほうなど見もせずに、アーサーも怒鳴り返す。
「やかましいッ。文句を言うなら、お前が姫を守れ!」
「がってん承知!さぁ、クレアさん。ここは危険ですから僕と一緒に逃げましょう!」
「逃げてどーすんだよッ!キミも一緒に戦わなきゃ駄目だろ!?」
アキラの腕をひっつかみ、クレアを小脇に抱えて、ホーリーは断言した。
「アキラさんッ、騎士は女性を守るのが仕事!そして剣士は戦うのが仕事なんです!というわけでご一緒に、さぁッ!」
「あ、こらっ!放せったら放せーッッ!」と叫ぶ声も遠ざかってゆき、廊下にはアーサー一人が残された。
「さぁ来い、魔物ども!一匹残らず剣の錆にしてやろうッ!」
勇ましいアーサーの声を背に、ホーリーは中庭目指してひた走る。
狭い廊下を駆け抜けて、曲がり角をターンした直後に対向者と正面衝突して、ひっくり返った。
「……あ~、よかったぁ。モンスターじゃなくてお姫様でしたぁ~」
なんと、ぶつかったのは大騒ぎのどさくさで誘拐されたはずの賢者様ではないか。
「どーして賢者さんが、ここにいるの?エルクと一緒に捕まってたんじゃなかったの?」
「はい~ですが、エルクさんは一人残り、私に逃げるようにとおっしゃってぇ~」
ダートとタイマンバトルでもしているのかと思いきや、相手はグレートデーモン、ダートの呼び出した魔物軍団だという。
彼女一人で大丈夫なのかと慌てるホーリーを制し、賢者は皆との合流を優先した理由を話す。
「魔界に堕ちたシド様を~お助けするために、ゲートへ入りに来たのですぅ~」
ゲートとは何なのか?
そう尋ねるアキラに賢者が「廊下に黒い霧が出ていたでしょう?あれが入口です~」と答えるからには、あの場所まで戻らないといけないようだ。
だが戻ろうかという時、ホーリーのくちからは甲高い悲鳴が飛び出した。
「何だよ、いきなり変な悲鳴あげて!」
「後ろ見て下さい、後ろーっ!」
半狂乱のホーリーに急かされてアキラは後ろを振り向いた。
魔剣を片手にアーサーが立っている。
だが、その顔はいかにも悪霊にとりつかれていますといった窶れ具合を見せていた。
「操られているのですかっ!?何者かに」
「操られてるっていうより、取り憑かれているって感じだけど……」
怯えるクレアの横で、アキラは首を傾げる。
アーサーは低い唸り声をあげて荒い息遣いだ。口元からは涎が滴り、瞳に赤い光が宿る。
「嫌ですわ~涎ぐらい拭いたらよろしいですのに~。レディが三人もいるんですのよ~?」
「ていうか既に理性が飛んじゃっているんじゃ!?」
アキラが叫ぶと同時に、アーサーがクレアへ襲いかかる。
「危ないクレアさぁん!あうんっ」
間一髪でホーリーが間に割って入るも、魔剣の柄で腹を打たれて情けない声をあげた。
「柄で幸いでしたわ~。刃でしたら一刀両断でしたもの~」
「怖いことノンビリ言わないでよ!」
半狂乱の三人と比べると、賢者は些か落ち着いている。
「うふふふ~ですが今ので彼は取り憑かれているのではなく、操られているのだと確信しましたわ~。柄に持ち替えたのは恐らく彼自身の意志!彼は彼の中で、必死に抵抗しているのですわ~」
「じゃ、じゃあ洗脳を解くにはどうしたらいいの!?」
と、真面目にやっている二人の背後では、クレアに膝枕してもらっているホーリーの姿があった。
「あぁ~ん、ぽんぽん痛いですぅ~」
「ホーリー様、大丈夫ですか?」
「うーんうーん、痛くて死んでしまいそうですー。クレアさんが、お腹をナデナデしてくれたら治りそうなんですが」
「って、あーもう、うるさいなぁっ!柄で殴られたぐらいで死ぬ人間が一体どこにいるってーのさ!!」
アキラが怒鳴った直後、三人の鼻先寸前を剣が一閃。
転がる勢いで逃げた三人は、続く連撃に体勢を整える暇もない。
「はヒーッ、はヒーッ、よ、よけるだけで精一杯ですぅっ!」
「ホーリー、キミの剣であの魔剣、受け止められないの!?」
「そんなことしたら剣ごと真っ二つにされちゃいますよ!」
一方で、ふわっと後方へ下がった賢者が三人をけしかける。
「いいんです、このまま避けまくって下さいな~♪」
「えっ、でも、彼をこのまま放っておくわけには」
「ふふふふ~~破滅へ~の行進曲ぅ~~操れば操るほど、魔力を使えば使うほど、あやつは奈落へ堕ちていくのじゃあ~~」
怪しげな旋律で歌う賢者には、アキラやクレアも戦慄するしかない。
「うわーん、賢者さんが怖いよーッ」
「ホーリー様、あれはどういう意味なのでしょう?まさか賢者様まで、何者かに操られてしまわれたのですか!?」
「いやぁ、たぶんあれが本来の賢者様のノリなんじゃないですか」
どこか余裕を残しつつ、しかし操り人形と化した狂気のアーサーから死にもの狂いで逃げ回るホーリー達。
そして、魔界に堕ちたシドはというと――
立ち止まって考える事をしない性格が幸いしたのか、未だダートとは鉢合わせていなかった。
しかし、とシドは歩きながら周辺をくまなく見渡す。
てっきり王宮の中にいるとばかり思っていたのに、至る場所には変な草が生えているじゃないか。
おまけに誰もいない。
後をついてくると思っていたアーサーまでいないとは何事だ。
さては全員迷子になったのか?一本道の廊下で?
不思議に思っていると、脳裏に直接響いてくる声がある。
――聞こえますか?シドさん――
「げッ。こんなとこまで、あの馬鹿賢者の声が聞こえてくるたぁ」
――しくしくしくしく……馬鹿じゃないもん~馬鹿じゃ~――
「幻聴がツッコミを入れてきやがった」
――んーもう~、幻聴ではありませ~んっ!これは~テレパスといいましてぇ~笹川家に代々伝わる能力なのでぇ~す――
「なんだそりゃ?聞いたこともねぇ……魔法か?」
――魔法ではありませんわ~、太古の昔では超能力と呼ばれておりました~ってそんなことはどうでもよく~――
「どうでもいいなら話しかけてくんじゃねぇよ」
――いや~ん、本題はここからなんですぅ――
人間界では目を瞑ったまま黙り込んでしまった賢者を抱えて、ホーリー達がオロオロしていた。
「ねぇッ、賢者さんどーしちゃったの!?急に立ち止まって目ー瞑っちゃって!」
「ぼっぼっ僕に尋ねられましてもぉ~、わかりませんよ!寝ちゃったんじゃないですか!?」
「この緊急事態にですか!?賢者様、賢者様っ起きてください賢者様ーっ!!」
揺すっても叩いても耳を引っ張っても、全く目を開ける様子がない。
かといって寝ているようでもない。突然意識を失った、そうとしか言えない状態だ。
「ホ………ホーリー……じ、かんかせぎは……ヤメロ」
アーサーのものではない声が、彼の口から紡ぎ漏れる。
「これは……誰の声でしょうねぇ?」
「こ、の、ダート……ダークゾーンを……わ す れ る な」
言われて、やっとホーリーは思い出す。
そうそう、この低くて静かな、それでいて人間への憎しみがこもった声は、あのダークエルフの物ではないか。
しかし、ダートの苗字がダークゾーンというのは知らなかった。
わざわざ、この場で言うぐらいだから名門なのかもしれないが、ホーリーには、とんと聞き覚えがない。
「ダークゾーンですってぇ!?」
いきなりカッ!と目を覚ました賢者には、三人も驚愕する。
「け、賢者様、目覚められましたか!?」
「ダークゾーンといえば、かつて私のご先祖様と共に聖戦を戦い抜いたダークエルフと聞いていますわ。その末裔が盗賊団に身売りだなんて、ダークゾーンの名が聞いて呆れますわね、ダートッ!」
ビシィッ!と、かつての盟友の末裔に指をさされ、魔剣ブレイクブレイズが輝きを増した。
その輝きに呼応するかのように、アーサーの背後の空間が割れる。
「お止めなさい!その力は、あなたの力量を越えています。それでも魔眼石に頼るというのなら、あなたは確実に自滅の道を歩むだけ。石を渡し、去りなさい!!」
「ダ……マ…………レ……ダマレェェェッッ!!」
視界が白く染まる。
割れた空間が片っ端から、全てを飲み込んでゆく。
その勢いが止まったのは、ちょうどシドが魔界でダートの本体と対面した時であった。
「よぅ。どこに歩いていっても誰とも会わねぇから心配になってきたんだが、ここはどこだ?でもって、あんたは何してんだ」
呑気な挨拶に、ダートは舌を打つ。
「まさか、このような時に……間の悪い!」
「おいおい、何敵意燃やしてんだよ。歳なんだから無理すんなッての」
肩を竦めたりなんかして、場の空気を読まないシドの態度にダートの怒りは跳ね上がる。
「誰が歳だと!」
「アァ?誰がどう見ても年寄りだろ。ハゲてッし、シワシワだしよ」
ハッとなり、ダートが頭に手をやると、ごっそりと毛が抜け落ちる。
かつては黒くて艶のあったダートの髪の毛は、すっかり白くなっていた。
動揺しながらダートは己の手を、そして顔を、自分の手で触って確かめる。
この手は、皮膚の感触は、どうしたことだ!
枯れ木のように、かさかさに乾いている……
それを知った時、ダートの目からは涙がこぼれ落ちた。
「あー、泣くなよ。もしかしてハゲッてな禁句だったのか?なら前もって言ってくんなきゃ判んねぇよ」
「ば、馬鹿な……エルフの中でも長寿を誇る、ダークエルフなのだぞ俺は!!それが、どうしてこんな」
よろよろと跪くダークエルフを見て、シドは考える。
そういや、ここには悪のダークエルフが陣取っているんじゃなかったっけ?
「じゃ、もしかしてダートってなテメェのことか」
やたらすごい触れ込みであったように思うが、こんなシワシワジジイだったとは拍子抜けだ。
ホーリーも爺さん相手に逃走しているようでは、ロイス騎士の恥さらしだ。
「おいジジィ、じゃなかったダートとかいう奴。とりあえず、ここを出る方法を教えろや」
「黙れ!こうなったら、せめて貴様とだけでも差し違えて……ぐおぅっ!?」
話途中で変顔になるダートには、シドも呆れ顔で「何だいきなり、面白い顔見せてんじゃねぇ」とドン引きだ。
だがダートが変な顔になったのは、本人の意思ではない。
吸い込む勢いが止まった隙を見計らって飛び出したホーリーが、アーサーに当て身をくらわしたのだ。
その衝撃は、アーサーとシンクロしていたダートにも影響を与えたのだろう。
ダートは身をよじり、腹を押さえて倒れ込む。
と同時にシドの周囲の風景が一瞬にして元に――いや、またも見知らぬ景色へと移り変わった。
そして、それはシドだけではない。王宮にいたアキラ達にも異変が起きていた。
「どういうこと?お城が消えちゃったよ、今度は何が起こったの!」
「恐らく……この王宮自体がダートの作り出した幻影だったのですわ~。ゴルゴル城は以前の破壊で、すでに住める場所ではなくなっていたのでしょうね~。建て直す技術もなければ人材もない、だからダートは幻術であるかのように見せかけていた~」
賢者の推理に、ホーリーがそっと突っ込む。
「あのーそれって、ものすっごく悲しい現実なんですけど」
「……結局お城を取り戻すことは、できませんでしたのね」とクレアも失意に俯くが、アキラの結論は違った。
「いいんじゃない?悪いダークエルフは、これで退治したも同然なんでしょ?」
「う……」と呻いて、アーサーが意識を取り戻す。
「目覚めましたよ、この人騒がせ野郎が」とジト目なホーリーを、アキラが嗜める。
「そんな言い方しないの。アーサーはアーサーなりに活躍してくれたじゃん」
身を起こしたアーサーは、しばし呆けていたのだが。
「ホーリー、俺は一体……そうだ、シドは?シドは、まだ見つかっていないのか!」
「俺がなんだって?」
ひょっこり柱の陰から姿を現したシドを見つけて、全員が「あーっ!」と叫ぶ。
シドが担いできたダートは隣国の警備隊に引き渡され、息も絶え絶えで倒れていたエルクはクレア達の看病により元気になった。
――数ヶ月後。
大陸にはゴルゴル国復活のニュースが広まり、隣国は勿論、海の向こうからも祝いの民がかけつけた。
さらに数週間が経ち、ゴルゴル宮廷には数多くの召還師が集められていた。
アキラを元の世界へ返す為に。
To Be Countinued!