FES

ジパン狂乱

肆の陣:検問制圧

オオエドにて焚き火を起こし、見張りを引き寄せるのが半蔵らの役目であった。
だが一向に来ない次の手合いに痺れを切らし、半蔵と九十九、カイルの三人は検問へと近づいた。
検問では人だかりが出来ており、編笠の男を囲んでいるようだ。
「あの御方は……大地殿?」
九十九が呟く。半蔵も男を見やり、相槌を打った。
「大地殿はナゴヤにおられたはずでござるが……なんとも移動の激しい御仁よ」
「援軍として呼ばれたのが大地殿、ということでございますか?」
九十九に問われ、左様と半蔵は頷いた。
「恐らくは。しかし、よりによって援軍が大地殿とは……ならば今こそが真実の見極め時でござる」
「真実の見極め、とは?」
首を傾げられても、半蔵は確信めいた顔で頷く。
「うむ。大地殿の真意を確かめる時にござる。九重殿、カイル殿。お主らは焚き火へ戻り、更なる火を焚くのでござるよ。できる限り大きな火を頼むでござる。それに合わせた嘘を、拙者が今からつきに行ってくるでござる」
「待たれよ。お一人で行かれるつもりでございますか」
九十九の目は、やめろと言っている。
危険もあるが、不安のほうが大きいのであろう。
これまでの言動を踏まえても、この忍者が何をやらかすか判ったものではない。
「なぁに、心配めされるな。簡単な嘘をお伝えするのみでござる。オオエドに異国の者が入り込み、好き勝手をやらかしている……と。今は焚き火で済んでいるが、そのうち家に火をかけかねないとお伝えするでござる。拙者が必死の形相で頼み込めば、あの御方とて動かぬわけにはいくまい」
大地だけを誘導して、こちらへ連れて来る予定らしい。
「そう簡単に引っかかってくれますかねぇ」
訝しがるカイルを一瞥し、九十九もしばし腕を組んで考え込んだ後に結論を下す。
「仕方ありませぬ。ここは貴殿にお任せして、我々は火を大きく致しましょう……」
九十九とカイルが去っていく背中を見送ってから、半蔵は来た道を戻っていき、充分な距離を置く。
そして、一気に走り出した。
「大変でござるーーー!大変でござるぅーーー!!」
大声を出しながら、大通りを駆けてゆく。
人垣の一人が気づいたか、こちらを指さして叫んだ。
「ややっ!大地はん、こっちゃ向こうて誰ぞが駆けてきまっせ!」
編笠の男が目を凝らし、他の者も、ざわめき出す。
「あれは!オオエドの愉快忍者やんけェッ」
「大変でござるぅぅぅ!大変でござるっ!!」と勢いきって到着した半蔵を、見張りがざっと取り囲む。
「なんが大変ぞ、貴様がこっちに駆けてくるのが大変やぞ!」
はぁはぁと息を切らして、半蔵は皆をきっと睨みつけた。
「大変でござる!オオエド、いやジパン最大のピンチでござるぞ大地殿!」
「黙れ黙れ!オオエドの忍びが検問に何の用や!」と他の見張りに邪魔されても、なんのその。
「オオエドだのナゴヤだのと言い争ってる場合ではござらぬ!我が国が異国の民に滅ぼされようかという、この大危機に!」
「大危機?」と反応した大地をまっすぐ見つめて、半蔵は演技を続ける。
「そうでござる!もはやオオエドは奴らに占領され、町は火をかけられる寸前でござるなり」
背後を指差すと、大地や見張りの視線もそちらへ向かう。
灰色の煙が空を覆い隠す勢いで上がっていた。
ぽつりと大地が呟く。
「………煙か、あれは」
「今はまだ焚き火程度の煙でござる。しかし、あれが大きくなれば、さしものオオエドと言えど被害甚大でござる!」
半蔵の言葉に、見張りの一人が煽り立ててきた。
「はっはっはっ、いい気味じゃい!こっからじゃ、オオエドの奴ゥらが慌てふためく姿を見られんのが残念やがのォ」
「何を暢気な!奴らが次に攻め行く場所はナゴヤでござるぞ!」
食って掛かる半蔵にも、見張りは余裕の笑みで切り返す。
「おうおう、なんぼ異人が来ようぞ儂らが一発で地獄に沈めたるわィ」
「言ったでござるな?」と、半蔵も目つき鋭く煽り返す。
「しかし、その熱弁……敵が間近に来ても続けられるでござるか?」
「何ィ?」
「敵を見る前ならば、何とでも大口が叩けようが」
「忍者ァ!貴様こそ、その言葉、忘れんなよ!」
歩き出した仲間を、別の見張りが引き止めにかかる。
「お、おい!どこへ行く気じゃ、大渡!」
「知れたこと!その異国の民ってのをブッ潰しに行くのよ」と鼻息の荒い相手に、話しかけたほうは首を傾げる。
「せやけんど、一人は危なか。オオエドの忍者が逃げ出す強さっちゅうこっちゃろ?」
ちらっと見られた瞬間、すかさず半蔵は下がり眉を作り、大地の袖にすがりついた。
「ささ、大地殿も早く!大地殿ほどの法力であれば、奴ら如き敵ではありますまい」
大地と呼ばれた男は目を瞑って何やら考え込んでいる。
その間に血の気の多い見張りが何人か、町外れを目指して走っていった。
検問の陣形が崩れてゆくのを見送りながら、大地がぼそりと囁く。
「半蔵殿……ひとつ、聞きたい」
「何でござる?」
「犬神殿は如何致した?異国の民にやられてしまったというのか」
「その通りでござる!九重殿も手負いの今、オオエドの統制は全く整わず敗退濃厚でござるッ」
「そうか……ならば、俺は此処を守るとしよう」
どっかと椅子に腰掛けて動かない姿勢には、半蔵も「へ?」と素で呆気に取られてしまう。
「オオエドが潰れようと、ジパンが潰れたわけではない。守る場所がどこであろうと、俺の役目に代わりはない……」
半蔵の演技につられることなく、大地は落ち着いた構えだ。
もしかしたら、とっくに演技だと見抜かれていたのかもしれない。
「何故動かぬッ!?大地殿の生家はオオエドにござるはずッ。なればオオエドを第一に守るのが大地殿の義務ではござらぬのか!」
演技を捨てて怒鳴る半蔵を意味ありげに見つめ、大地が口の端を僅かに上げる。
「違うな……オオエドの家は仮蓑に過ぎん。古きの契約により俺の役目はジパン、この国を守ることにある」
半蔵の作戦は、半分成功して半分失敗したようだ。

焚き火の傍で待機していた面々は、走って戻ってきた九十九により、作戦の変更を知らされる。
「よし。燃え移らん程度に大きくすりゃーいいんだな?枯れ木枯れ葉は、まだ残ってっか?」
オーギュの指示を受けて、あちこち見渡したカイルが家の裏手から枯れ葉をかき集めてくる。
「これでいいでしょうか」
火をつけ直した後、上着を脱いだオーギュは「うぅ、寒ィ」と呟きながらも、ばっさばっさと上着でもって扇ぎだす。
カイルや九十九も手伝い、煙は次第にもくもくと周囲を真っ白に染める勢いで噴きあがった。
「ちと燃え過ぎではないか?」
口元を押さえて、犬神が一歩下がる。
「でも、これぐらい大きくしないと半蔵さんの嘘とで齟齬が出てしまいます」
煙に巻かれて噎せながら、カイルもオージェに習って炎を扇ぐ。
「あそこじゃあー!あそこに焚き火がありよんで!」
遠目に誰かが騒いでいる。
例の羽織を着ているから見回り組には違いないが、此方へおびき寄せるのは大地という人物だけではなかったか?
「手違いがあったか」
「そのようでございます」
犬神と九十九に動揺はない。
はなから半蔵が成功するとは、期待してもいなかったのであろう。
駆けつけた見張りが吠えてきた。
「オオエドのォ!そちらに異国の民が攻め込んだと聞くがッ!?」
「……人に話を聞く時は、まず名乗るのが礼儀であろう!私の名は九重 九十九!オオエド侍が第一師団を預かる者だッ」
「なんば悠長な!オオエドは異国の民に攻め込まれよっとが!なして仲良う火付けば見とんがね!!」
おかしな話が向こうに伝わっている。これが半蔵の策とやらなのか?
そっと見守るカイルとオーギュの前で、侍同士の口論は激しさを増していく。
「オオエドが異国の者に……?何を、世迷い言を!ジパンを汚しておるのは、貴様らナゴヤのならず者どもであろうが!」
「なら、そこな青い眼の異人は何者ぞ!奇怪な成り、不気味な双眸!そして異人の火付けをオオエドは何故、平然と見守っておるのだ!?それこそ、オオエドば侍が異国の力に尻尾を振っとる証拠ではないか!」
両者の話は、全く噛み合っていない。
「お、おいおい、二人とも待ってくれよ」と口を挟むオーギュに殺気だった視線が集まる。
「俺達は何もジパンを乗っ取ろうとして来たんじゃないんだ。金儲けの匂いを感じて」
「戦禍に乗じて金ば稼ぎにきよったと抜かすか、この盗人風情が!この国の状勢ば見たら、そげな寝言ばほざいとる暇ァあらへん事に気づきよっと!!きさんもナゴヤの城と同じか!ジパンの平穏を乱す畜生よの!」
口から唾を飛ばして激昂した挙げ句、刀まで抜き払うさまは、よほど癇に障る煽り文句を半蔵に訊かされたとしか思えない。
「黙って聞いておれば、好き放題言いおって……力で力を滅する貴様らが、ナゴヤの殿を詰れた立場か!ジパンの平穏を乱した元凶が寝言をほざくんじゃないッ。貴様らは一人も生かして返さぬ、我が刀の錆となれィ!!」
嗚呼、売り言葉に買い言葉。
九十九が抜刀したのをきっかけに、駆けつけた見張りは全員が刀を抜く。
「あっ!?」
一触即発のタイミングで、カイルが大声をあげる。
「ど、どうした」と彼の指し示す方向を見て、オーギュもぽかんと大口を開けた。
検問を覆い隠すような球状の黒い煙が、いつの間にやら出現しているではないか。
来た道を振り返った見回り組にも動揺が走る。
「なんや、何が起こったんや!?」
「まさか、大地殿が半蔵めに襲われたのではッ!?」
検問に大地 神太郎がいて半蔵が戦いを仕掛けたとしても、あの黒い煙は何だというのか。
「なんだあれ、忍術ってやつか!?」とオーギュに尋ねられたって、忍びではない犬神には答えられない。
「大地殿が心配や!」
「ウム、戻るぞ皆の衆!!」
見回り組は泡をくって駆け足後退、検問へと戻ってゆく。
その後を追いかけるのは九十九だ。
「待てッ!オオエドを侮辱した罪、許しはせぬ!!」
「おっ、おぉい!待て、作戦は――」
こうも予定外の出来事ばかり起きていたんじゃ、策などあってないようなものだ。
舌打ち一つで思考を切り替え、オーギュは残りの三人へ呼びかける。
「俺達も行くぞ!」
返事を待たずに走り出した。

検問を包み込む巨大な黒い煙、その内部では――
「……これでゆっくり話もできよう。すまなかったな、半蔵殿。無礼をお許し願いたい」
編笠を取り、大地が微笑む。
齢七十を越えるはずだが、大地の風貌は若々しく、半蔵が七年前に出会った時と寸分変わらない。
「いや、無礼はお互い様でござる。それよりも、何故に目くらましを?」
黒い煙は彼の生み出した六角禍災、法術による強力な結界だ。
「なに、見回り組の輩に聞かれては困ることを今から言おうというのだ。楼殿と俺が見回り組についたことはご存じのようだから、その辺は省略するぞ。我らは直接壬生を叩く。貴殿らには陽動と雑魚共の相手をお任せしたい」
「ちょ、ちょっと待たれよでござる」
大地の切り出し口上を遮り、半蔵は率直な意見を出した。
「まずは見回り組の味方についた経歴を説明して欲しいでござる。なにも壬生に手を貸さずとも、オオエドの侍師団を率いて攻め入れば良いのではござらんか?」
血気盛んな意見に苦笑いを浮かべて、大地が顎をかく。
「それでは民を巻き込んでの大惨事となってしまう。俺の役目は先祖代々、ジパンの平和を守ること……戦乱は望まざる事態だったんだ。まぁ、今となっては手遅れだが。それにな、半蔵殿。俺にはやることが増えてしまったのだよ。オオエドの殿、井妻之殿がお忍びでナゴヤに出かけたのは知っているな?その殿が、見回り組の手に落ちた。俺は彼も救わねばならん。面倒だが」
「なんと、殿が……!」
一旦は絶句して言葉が続けられなくなったものの、半蔵はすぐ立ち直った。
「なればこそ、冒険者の手を借り、共に壬生を打ち倒すでござる!楼殿もそうでござるが、大地殿がいくらお強くとも、お二人では無謀でござる」
「まぁ、そういう選択肢もありか?」
妥協を見せる大地に、ここぞとばかりに半蔵が畳み込む。
「そうでござる。よく言うでござる、使えるモノは親でも使えと」
「言わん、言わん」
とんちんかんな例え話には、しっかり突っ込みつつ、にっと笑って半蔵を見据える。
「しかし、そうまで言うなら力を貸して貰おうか」
「検問占拠でござるな?」と、半蔵。
「そうだ。俺は守りの術しか使えんから、前衛は貴殿にお任せするぞ」
大地が指を鳴らすと同時に、すっと黒い煙が晴れていく。
煙が晴れて二人の目前に現れたのは、見回り組隊員の驚愕した表情であった。

九十九やオーギュらが検問に辿り着いた頃には、すでに決着がついていた。
検問のあちこちでくたばっているのは、先ほど息巻いていた連中の他に検問に残っていた見張りまで含む全員であった。
命こそは取られていないものの、武士の魂であるはずの刀を放り出し、鼻血を流している奴や失禁してる奴までいて、見るも情けない惨敗っぷりだ。
駆けつけた九十九は、真っ先に半蔵へ声をかけた。
「半蔵殿、ご無事でしたか!」
「もちろんでござる」
自信満々に頷く半蔵の横で、すかさず法師が皆を促す。
「だが、喜んでばかりもいられんぞ。すぐに第二波が攻めてくる。まぁ、俺が嘘の連絡を入れて発見を遅らせるという手もあるが……どうする?」
「やはり、大地殿であったのか……!」と驚く犬神へ笑いかけると、大地は改めて名乗りを上げた。
「あぁ。新古神社が神主、大地 神太郎。この場を以て、ジパン平穏をかけた戦いの助太刀を致そう」


-伍の陣へ続く-