肆の陣:検問制圧
雑木林で待ち構える間、竜魔は部下に確認を取っていた。
「里の結界は万全か?」
「二重にかけなおしてございます」
「よし……伊南薙の姿が見えないようだが?」
「ナゴヤの偵察へ向かわせました」
「呼び戻せ。里の警備を厳重にする」
「御意」
二言三言遣り取りをしたのちに月影は雑木林を離れていき、辺りは静まりかえる。
沈黙に耐えられなくなったのか、テトラがぼそぼそと月斗に話しかける。
「おいら達、いつまで待ってりゃいいんだべか?」
「んーまぁ、劫火が戻って来るまですることないよなぁ」
月斗は落ち着いている。劫火が戻ってきたら、戦闘が始まるかもしれないというのに。
「おめさ、こういう戦争は慣れっこだべか?」
「んー?いや、今まで内乱は、ずっと無視していたんだけどさ」
月斗は足元に落ちていた樹の実を拾って、ぽいっと投げる。
「今回はナゴヤが原因だって言うじゃん?や、ナゴヤっつっても厳密には見回り組なんだけどさ、原因。だから……しらんぷりしているのも、どうかなぁと思ってさ。ほら、俺って一応地元民なわけだし?」
軽く見えて、意外や地元愛があるようだ。
話題もなくなり、ぼーっと座って待つこと数時間。
テトラは座り込んで船を漕ぎ、ねこむーちょに至っては竜魔の足元でおねんねだ。
不意に何者かが枯れ葉を踏む音を、竜魔の耳が聴き取った。
こちらに向かってくる者がいる。
音はやがて影を伴い、誰の目にも人影だと判る頃には、大荷物を担いだ三人の旅客がやってきた。
「止まれ!」と飛鳥に命じられ、十歩ほど離れた場所で三人が立ち止まる。
「はにゃあ、誰でちゅか」と身を起こすねこむーちょや大きく伸びをするテトラを背に、竜魔が問いかけた。
「何者だ?」
「あ、あんたが降魔忍群の竜魔……そうだな!?」
旅客姿の少年が、荷物を放り投げて平伏する。
「頼む、匿ってくれ!俺、俺達は、もう、頭目についていけなくなったんだ!!」
いきなり土下座されたって、わけが判らない。
竜魔や飛鳥にしても同じこと、困惑に顔を見合わせてから飛鳥が少年に問いた。
「待て、順を追って話してくれないか。お前の言う頭目とは誰だ?何故、我々に助けを求めてきた」
「俺、俺達は柳一族だ!俺達は、壬生がジパンの天下取りを狙っていると知っていながら荷担していた……でも、ナゴヤの城を攻め落とす算段を命じられた時、これ以上あいつらへ力を貸すのがイヤになったんだッ!見回り組に城を落とされたあんたらに、こんなことを頼むのはムシが良すぎると思うけど……頼む、ナゴヤを助けてくれ!」
「どうすべぇ」と困惑に下がり眉な虎男を見て、少女が少年の背後に隠れた。
「ヒッ!……あ、妖かし!」
「あ、違う違う。こいつはワータイガーっつう種族だよ」と訂正する月斗にも、少女は怯えた目を向ける。
「こいつが頭目の言ってた獣人……お願い、出ていって!」
「は?」となったのは月斗のみならず、妖かし扱いされた本人もだ。
「これ、あんたらのでしょ!これ持って、ジパンから出ていって!あんた達がいると、戦火がますます広がってしまうじゃないッ」
彼女が手荷物を解くと、プレートメイルや紫に輝く槍など、明らかに西方の武具が転がり出た。
「あ、これ、おいらの斧」と伸ばしたテトラの手は、少女にバシッと払われる。
「いてぇ!何すっだ」
涙目での抗議も「出ていくって約束しなきゃ返さない!」の一点張りで、とても救助を求めに来た人間の態度ではない。
どうにも二人の言い分は、ちぐはぐだ。
柳一族だというのも信じられないし、どうしたものか。
「俺の話を信じてもらえないんですね。いいんです、疑われるのは判っていましたから」
少年は唐草と名乗り、じっと竜魔を見つめる。
先ほどの泣き言の中で気になった部分を、竜魔は尋ねてみた。
「壬生がナゴヤの城を攻め落とす、と言っていたな……それは、いつの決行だ?」
「一週間後です!」
そこまではっきり判っているなら、キョウへ行くよりナゴヤの城へ進言すべきではないのか。
そう追及する竜魔へ唐草は首を真横に否定した。
「ナゴヤ城では門前払いされました……もう、頼れるのはキョウの住民、降魔を率いるあんたしかいないと思ったんです!あんたが此処にいるってのは見回り組の奴らが話しているのを訊きましたッ」
彼の話が本当だとすれば、すぐにもキョウ全域で捜索が始まるだろう。
のんびり待ち伏せ作戦を敢行している場合ではないかもしれない。
だが――竜魔の視線が唐草から少女へ移る。
異国民を追い出したいのは、どういった理由だ?救助要請と噛み合わない。
じっと竜魔に見つめられて、異国の武具を抱きしめた少女が後ずさる。
「あ……だ、だって、頭目が、楼様が言っていたんだもの。内乱を掻きまわす獣人がいるから、見回り組まで引っ張り回されて余計な戦いが増えている……って。だから、あたし。異人を追い出せば、この国が平和になるって思ったの……!」
「ふむ。だが、我々も手数が足りないが故に彼らを仲間に迎え入れたのだ。彼らを外しては、お前達を匿いきれないぞ」と答えながら、飛鳥は竜魔に耳打ちする。
「如何致しましょう。もし、ここへ劫火殿が戻ってきたら」
言っている側から、こちらに向かって走ってくる大勢の人影が。
「うおぉぉぉー!オレが一等賞だー!」
何を張り合っているのか知らないが、トップを全力疾走してくるのはジェイドだ。
劫火や志摩は、時折ちらちらと背後を振り返っている。
「連れてきたぞ!二人以上いるっ」と叫んでいるのはシェスカで、あれじゃ誘導した見張りにも目的がバレバレだ。
「お?なんだ、オマエら」
到着したジェイドに尋ねられて、残る旅客、物腰からして女性と思わしき人物は一歩引いて「異人……?」と呟く。
「おう!オレはジェイド、僧兵だ!」
ニッカと笑うジェイドの耳を「くそッ、逃げんじゃねぇ!」と劫火の悪態が劈き、囮で走ってきた面々が慌てて振り返る。
見れば、こちらへ向かってきたはずの見張りが一斉踵を返して逃げていくところであった。
「待ちやがれーッ!」と来た方角へ突進していくケンタウロスを追いかけて、ジェイドやシェスカもUターン。
「お、おい!?」
飛鳥が呼び止める暇もありゃしない。志摩以外の全員が、逃げる見張りを追いかけていった。
見回り組の羽織を着た男達が、雑木林を飛ぶように駆けていく。
だいぶ痛めつけたと思っていたが、なかなかどうして元気ではないか。
「待てー!待ちやがれぇぇーッ」などと口々に騒ぎながら、ジェイドたちも執拗に後を追う。
勢いをつけたケンタウロスは、男たちの頭上を飛び越え、反対側へ回り込む。
「逃げられると思うな!」
「だぁぁーっ、どけぇ!?」
先頭の隊員は止まりきれず、槍に足を引っ掛けられて地面を転がった。
後ろを走る隊員は首根っこをジェイドに掴まれて捕まったが、土竜部隊を追ったはずの劫火が舌打ちと共に戻って来る。
「あいつら、垂直に掘って逃げやがった」
いくら忍びの足が早くとも、地面の中までは追いつけない。
「せ……せっかく誘導したのに、元の木阿弥か……」
一気に脱力感がシェスカを襲う。
逃げた先は判っている。検問だ。十中八九、奴らは検問まで逃げおおせただろう。
「くそー、もっかい襲ってくるか?」とジェイドに尋ねられて、劫火が何かを答えるより先に。
金属と金属がぶつかりあう剣戟の音が、雑木林の方角から聞こえた――!
「なんなんだ、次から次へと!」
捕虜を尋問する暇さえない。
「仕方ねぇ!シェスカにジェイド、お前ら二人で捕虜を」と言いかける劫火の横を風が横切る。
「うぉぉぉー!」と走っていったのはジェイドで、勝手な行動にキレる劫火を置き去りに、グリフィルスも雑木林へ戻っていった。
劫火たちが離れた直後、戦いは突如始まった。
柳一族が牙を剥いてきたのである。
「何故です、どうしてこのような真似を!?」
小刀の滅多斬りに防戦一方となりながら、レナが尋ねても返ってくるのは殺気だけだ。
降魔の面々は充分な間合いを取り、油断なく身構えている。
編笠を脱いだ三人は黒の忍び装束に身を包み、柳一族であると明かしてきたばかりか、救援要請が嘘だと伝えてきた。
風を切って飛んでくる手裏剣がテトラに当たる前に、志摩が打ち落とす。
「この程度で不意討ちになったと思わないことだね!」
「その割にゃ~、そこの白妖精は事態が飲み込めてないみたいだけど?」
軽口を叩いて唐草が突っ込んでいくのは、ねこむーちょだ。
「え、え、なんでちゅ?なにがおきて」と、おろおろする彼を竜魔が横抱きにかっさらい、急所狙いの一撃から救い出す。
「やはり……な」
襲われる前の違和感は間違っていなかった。
攻撃を外すと同時に、唐草は姿を消す。
もう一人の女性もまた、木々の間に隠れたのか気配を断った。
姿を見せているのはレナに斬りつけている少女だけだ。
「やぁん、竜魔しゃん格好いいでちゅ。さすが、ねこの王子たま」と場違いにテレるねこむーちょを、そっと地面へ降ろすと、竜魔は口の中で呪を唱える。
ロングソードで防戦するレナの助けに入ったのは志摩だ。
横手から斬りつけるも少女には易々よけられて、反撃の一撃には此方も身を捻って避ける。
「す、すみません!」
「気をつけて、やつら毒を使うよ!」
短く忠告を飛ばした志摩が、助走なしに木を登ってゆく。
だが、彼女の動きに見とれている暇はない。
「だぁぁっ!?」と重たい一撃を斧で受け止めて、テトラが体勢を崩す。
不意討ちというだけではない。初めて見る忍者の動きに、レナ達は翻弄されていた。
だが降魔は、さすが忍びだけあって彼らの動きにもついていけている。
ざっと幹を揺らして落ちてきた女性が、地面に叩きつけられる直前で体制を立て直す。
「逃さないよ!」と、同じく地面に降り立った志摩が彼女を追いかけ、再び木々の合間に消えた。
少女は小刀を振るう飛鳥に押されていたが、こちらも茂みに逃げるのを飛鳥が追う。
そこへ駆けつけたのは、グリフィルスとジェイドだ。
「団長、ご無事ですか!」と駆け寄るケンタウロスへ頷くと、レナは彼の背にねこむーちょを乗せた。
「あなたが守っておやりなさい」
「判りました!ねこ、落ちるんじゃないぞッ」と命じられて、ねこむーちょは、しっかりグリフィにしがみついた。
「わ、わかったでちゅ」
だが、走り出そうとした目前に「ぐっ」と呻いて志摩が墜落してくるもんだから、聖騎士は急停止。
「大丈夫か!?」と気遣う暇もあらば、何処かで唐草の声がした。
「松葉、やれッ!」
雑木林に甲高い指笛が響き渡る。
異変は直後に起きた。
「うっ……ぐ、ぁ、ぁぁぁああっ!!」
「ぎっ!?ぐぅ、ううぅぅううあああ!!!」
月斗とジェイドの二人が、同時に頭を押さえて苦しみだしたのだ。
「な、なんだべ?どうしただ、月斗」
慌てて駆け寄ったテトラは次の瞬間、月斗に力いっぱい首を絞められて仰天した。
「ぐげっ!?な、や、やめでぐでぇぇ」
「月斗!?」と驚くグリフィルスも間一髪、風圧を感じて後ろに飛び退いた。
「……なんの真似だ、ジェイド!」
拳を構えて荒い息を吐いているのはジェイドだ。
瞳は光を失い、口からは血の混ざった涎を垂らすジェイドの傍らへ唐草が降り立つ。
「月斗も、えぇいっ、テトラを離せ!」
月斗はテトラを掴んだまま、ひらりと宙を舞ってグリフィルスの攻撃を躱す。
獣人一人を片手で掴んでいるとは思えない身のこなしだ。
何処からか、落ち着いた女性の声が響く。
「これぞ柳流が妖術『傀儡の舞』……我らを倒さぬ限り、切れることはない」
ジェイドの傍でくないを構えた唐草が、口元に笑みを浮かべた。
「さぁ、始めようぜ……!殺し合いをよォ!!」
「この草どもが!俺達に協力する気がねぇんだったら引っ込んでやがれッ!」
その唐草へ一直線に突っ込んできたのは劫火だ。ぶつかるかという寸前で身を屈めて足を払う。
「――甘いッ」
しかし、敵も然る者。
足を払ったと思った瞬間には、丸太を残して消え去った。
忍び同士の戦いでも勝負は互角、どちらに軍配が上がるかは双方の実力次第だ。
「こそこそ無駄に隠れてんじゃねぇ、さっさと出てきやがれ!どうせお前らは、ここで終わりなんだからよッ」
怒鳴っても騒いでも相手が出てくる気配はない。
姿を消した忍者の気配は、同じ忍者とて嗅ぎつけるのは至難の業。
ざざざ、と茂みが動く。
志摩が気がついた時には、背中を掴まれて視界が一回転する。
直後には鈍い痛みが背中にきた。
おまけに腕を決められていたから、満足な受け身も取れなかった。
「くっ」と呻いて身を横たえる志摩の首を狙っての膝落としは、劫火の蹴りで寸前回避された。
「……やるじゃん、殿様の腰巾着」
唐草の憎まれ口に、劫火は険悪な表情でやり返す。
「てめぇらは一人たりとて逃さねぇ。全部吐いてもらうぞ」
わざわざ始末に出向いてくれたというんなら、こちらとしても好都合。
見回り組を一人一人締め上げるよりも、有効な情報が得られるであろう。
「拷問しようっての?素直に教えると」
「死ぬ前には吐かせてやるよ!」
掴みかかった手は空をかき、唐草の気配は木々に紛れる。
志摩を抱えて飛び退いた直後、劫火は何処かにいるであろう飛鳥と竜魔へ叫んだ。
「どっちか、この女を守りやがれ!俺は操っている女を探すッ」
テトラを掴んだ月斗の相手は、レナとグリフィルスのコンビが当たっている。
息をつかせぬ剣と槍のコンビネーションだというのに、ひょいひょい身軽に避けて、かと思えばテトラを盾に使ってくるもんだから攻めづらい。
「テトラ!何をやっている、さっさと振り切れッ」と怒鳴っても、返ってくるのは苦しげな呻きばかりで埒が明かない。
「テトラの救助を優先しましょう!」
一旦飛び退いたレナが、くるりと身を翻し、一転して突っ込んでいく。
狙うのは月斗の右腕、テトラを掴んだ手の関節だ。
「グッ、ガァァ!」
操られている身だというのにレナの狙いを見破ったのか、月斗が無茶苦茶にテトラを振り回す。
「がっげっごっぼっ」
振り回される方も、たまったものではない。
テトラの首は圧迫され、意識が上のほうへ登っていき――視界が真っ白になる、直前。
「いいっがげんに、じろぉぉぉぉーーーー!」
月斗の身体が思いっきり空を舞い、数秒後には墜落した。
息を荒げるテトラへ「テトラ!受け取れッ」とグリフィが投げつけたのは鉞だが、虎男は受け取るどころか手で払い除けた。
「こんなもん、いるかぁ!俺様を怒らせた罰、ドタマかち割って思い知らせてやるぜェェ!」
起き上がる前に月斗の上で馬乗りになり、顔面を滅茶苦茶に殴りつける。
「ガァッ!」「うら!」「ゴゲッ!」「どりゃぁ!」「ガハッ!」「ガハハ!」
「やりすぎるなよ!」と心配する部下の背を叩き、レナが促す。
「次はジェイドです、彼も動きを押さえませんと」
ジェイドは降魔の二人と戦っている。
二人がかりの攻撃でも完全にかわされている上、時折混ざってくる柳忍者の横槍もあって、あちらも思うように攻められないようだ。
「私が後ろを取ります。あなたは正面で囮を」
大回りに走っていくレナへ頷き、グリフィルスは真横から突っ込んでいく。
だが正面へ気を取られた一瞬を突かれ、真上の音に反応し損ねた。
「――隙あり」
ねこむーちょめがけて影が降ってくる。
手には薄気味悪い緑色に濡れた、くないを携えていた。
「にゃあぁぁっ!?」
咄嗟にカバーしようと腕をクロスするが、その腕をザックリやられて「ぎにゃあぁぁぁ!!!」と二度の悲鳴をあげて、ねこむーちょは転がり落ちる。
「何っ……やられたのか!?」
「びえぇぇ!痛いでちゅ、ズキズキするでちゅ!ジクジクするでちゅ!うわぁぁぁんでちゅ!誰か助けてでちゅー!」
死角の攻撃に慌てるグリフィルス、座り込んで泣きわめく白いぽわぽわの真横を、黒い一撃が通り抜ける。
そいつは腕の一振りで周りの木々を根こそぎ薙ぎ払い、まともに食らった少女忍者は血や臓物やら色々なものを口から吐き出しながら吹っ飛んだ。
断末魔一つ残さずに、遥か遠くのほうで小さな身体が横たわる。
「びぇ?」と驚くねこむーちょを背に乗せ直してやりながら、グリフィルスは場を逃れた。
あれは降魔だ。どの忍者かは判らないが、むごい真似をする。
ジェイド、及び唐草と戦う二人にはレナが加わり、若干押していた。
グリフィが離れた後も、妖獣は手当たり次第に木をなぎ倒している。
忍者が木々に隠れるというのであれば、隠れる場所をなくすつもりか。
たまらず地上へ降りてきた女忍者へ突っ込んでいったのは劫火だ。
「さっさと楽になっちまえ!」
後方に飛び退く柳の忍者、だが劫火は動きを併せて地を蹴った。
逃げようとする忍びの腕を掴んで引き寄せると、膝蹴りを顔面に打ち込んだ。
相手が女でも容赦ない。さすがは忍者。
「がはッ!!」
鼻血をふいてよろめく彼女のいる場所を、ぶっとい丸太棒が急襲する。
為す術もなくぶっ飛んだ柳忍者は、林の幹に激突する。
否、丸太棒に見えたのは降魔術にて黒い魔物と化した竜魔の尻尾であった。
幹に嫌というほど背中を打ちつけた忍者は、ぴくりとも動かない。
手加減無しの一撃だ。よく見ると、既にこと切れていた……
降魔術を解いた竜魔へ劫火が近づく。
ちらっと女忍者の死体を見てから、咎めるような口調で言った。
「やりすぎなんじゃねぇのか?」
そう言いたくなるのも当然で、雑木林はすっかり丸裸。
竜魔一人のせいで軒並み伐採された。
おまけに情報を吐かせる予定だった柳一族は、一人残して全員殺してしまった。
竜魔は無言だ。
だが瞳は憂いを帯びており、微かに涙で滲んでいる。
これ以上責めるのも落ち込ませてしまいそうで、劫火は残りの文句を飲み込んだ。
「ぬが?あれ?」と、向こうでは我に返ったらしい月斗やジェイドが首をひねっている。
残った一人、唐草は降参したのかレナやテトラに囲まれた状態で座り込んでいる。
捕虜二人を引きずって、シェスカも雑木林へ戻ってきたようだ。
「ほら、これで隠しておけよ」
劫火は全裸の竜魔へ己の上着を手渡すと、皆のほうへ歩いていった。
捕虜二人の首根っこを掴んだシェスカが雑木林まで戻ってみると、そこには腕を押さえて泣きわめくねこむーちょと、顔がぼこぼこに腫れ上がった月斗がいた。
ねこむーちょの腕は真っ赤な血で、ぐっしょりと染まっている。
「け、怪我をしたのか?」
恐る恐る尋ねるシェスカを泣き濡れた目が見上げた。
「うぇ、うえぇ、腕をやられたでちゅう。なんか力も抜けてきたでちゅう、じくじくしまちゅ。きっともう、ねこは死ぬんでちゅ。シェスカおねーたん、さよならでちゅ……」
「そ、そんな!」と慌てるシェスカの真横で、聖騎士団長が膝をつく。
「大丈夫、あなたは死にません。すぐに治して差し上げます」
ねこむーちょを安心させるかのように微笑み、レナルディは口の中で呪文を唱える。
温かい光が彼女の掌に宿ったかと思うと、光は掌から傷口へと移り、腕全体を包み込む。
「あー、レナひゃんレナひゃん、おれの顔もなおひてくだしゃるとありがたいんすけど?」
レナの肩をトントン突っつく月斗は、ぐいっと勢いよく肩を掴まれて回れ右。
「お前は俺が治してやる」
有無を言わさず仏頂面なグリフィルスと向き合わされて、月斗は顔面を覆う眩い光に「まぶひっ!」と目を細めた。
ねこむーちょは「わーいわーい、すっかり元気でちゅ!」とご満悦だ。
怪我の治療ばかりか解毒まで施されて、ぽわぽわの毛まで復活した。
「ふふ、良かった。毛並みも元通りですね」
膝の上によじ登ってきたねこむーちょを撫でてやると、レナは彼を抱きかかえて地へ降ろす。
一瞬ちらりとねこむーちょの様子を見たグリフィルスは、すぐに視線を忍者――柳一族の生き残りへ移した。
唐草といったか、降参こそすれど生意気な目つきは生気を失っていない。
「えらい潔く降参しやがったな。だが、ここから不意討ちしようったって、もう誰も油断しねぇぞ。たった三人で勝てると思っていたんだったら、俺達も舐められたもんだぜ。伝説だなんだと持ち上げられて天狗になっていやがったのか?」
眼光鋭く睨みつけてくる劫火を見上げて、唐草が肩を竦める。
「勝てると思ったから三人で来たに決まってんだろ。異国の民には弱者も含まれるって、あの人が言っていたしな。それに……ま、これはいいや。追々判ってくると思うし」
少年忍者の肩に掴みかかり、劫火は逃げを許さない。
「いいや、ここで全部何もかも洗いざらいしゃべってもらうぜ。まず、楼が俺達の敵にまわったってのは本当か?」
「……俺達、とは?」
「冒険者ギルド、ならびに今ここにいる俺達だ」
「それは何とも言えないね。あんた達が、どの派閥についているのかが判らない以上」
つ、と視線をそらした少年の顎を掴んで、劫火は自分のほうへ向き直らせる。
「判っていて仕掛けてきたんじゃないのかよ?」
「俺達の任は、あくまでも異国の民をジパンから追い出すこと、それだけだ」
意外やあっさり己の任務を話す忍者に、シェスカは吃驚する。
命がけの戦闘をやりあったばかりだし、酷い拷問でもしない限り言わないんじゃないかと思っていたのに。
尤も、彼が真実を話しているとも限らない。降参したと見せかけて、襲いかかってくる恐れもあった。
「大地 神太郎がナゴヤ入りしたってのは、本当か?」
「なんだ、大地様が見回り組についたのも知っていたのか。もうナゴヤにいないよ、今頃はオオエドにいるんじゃないかな」
劫火の脳裏を能天気忍者の笑顔が横切り、しかし同時に浮かんだ杞憂を振り払う。
双方オオエド住民だ。もし何処かで出会ったとしても、半蔵が大地を説得できるやもしれない。
「太古の神社も私利私欲に負けて見回り組についたってか。お前らといい、伝説も地に堕ちたもんだ」
「あんたにそう見えてるんだったら、あの人の思い通りだね。尤も、大地様の策も異国の民がいないってのが条件なんだけど」
四面楚歌な状況に置いてもなお、少年は減らず口を叩く。
「俺達異国民がいちゃ、都合が悪いのか?」
聖騎士の質問に、唐草は苦笑交じりに答えた。
「壬生は異国民を受け入れようとしているナゴヤの殿様を嫌っている……信頼を得るには、それに見合うだけの行動も必要なんだ。ただ、あの人の考えは壬生とも異なるみたいだったけど」
「あの人?さっきから言っているが、あの人とは誰なんだ?」と、これはシェスカの問いに。
少し口ごもった後に、唐草が答える。
「……頭目だよ。さっきも言ったけど、俺達にあんたら異国民を追い出すよう命じたのは頭目なんだ」
「今、彼は何処に?」
レナの問いを「言えないね」と冷たく突き放し、ぼそっと付け足した。
「どこで誰が見ているか判らないからね、余計なことは言えないのサ」
シェスカに首根っこを掴まれた二人の捕虜へも目をやり、「そいつらのトドメをさしといてくれたら、話せないこともないけど」などと非道な交換条件を出してくるのへは「ふざけんな!」とジェイドがお怒りだ。
「俺達は殺すつもりで捕らえたんじゃない」と憤るグリフィルスにも、やはり唐草は素っ気ない。
「へぇー。俺の仲間は、あっさり殺したくせに」
それを突かれると痛いが、混戦で忍者相手に手加減など出来るはずがない。
ましてや二人を殺したのは妖獣と化した竜魔だ。
恐らく、あの姿での手加減は無理なのではあるまいか。
涙ぐんでいた竜魔を思い出し、劫火は額に手をやった。
気を取り直して、グリフィルスが矛先を変える。
「俺達を追い出したいだけだったら、戦わなくても良かったはずだ。無駄に戦ったせいで、お前の仲間は命を落としてしまった」
極めて道徳的思慮な意見に、「俺、最初に言ったよね」と唐草は口の端を吊り上げる。
「殺し合いだって。これは、そういう戦いなの」
「随分と割り切っているんだな……それもシノビの教えってやつか?」
気難しい顔でケンタウロスに睨まれても、唐草の調子は変わらない。
「そ。異国の民には判らないだろうけどね。まぁ、柴と松葉を殺したことなら謝らなくたっていいよ。殺し合いなんだしさ」
「追い出すのと殺すのって、だいぶ違わなくね?」と、さらに突っ込んだ質問をしてきたのは月斗だが。
「追い出すってのは、要するに相手がココから居なくなるってことでしょ?だったら死んでようが生きてようが、どっちだっていいじゃん。それに生かして帰すのって面倒なんだよね。だからさ、殺してから海に捨てようと思って」
あっけらかんとした表情で唐草が答える。
殺人が悪事だとは、へとも思っていないようだ。
「は……っ!?」
これには異国民、ならびに地元民も呆気にとられて彼を見た。
真っ先に我に返ったのはレナルディで、思わず声を荒らげて怒鳴りつける。
「人の命を何だと思っているんです!」
「人の命、人の命っていうけど、それが何だっていうわけ?それにさ、あんたらだって殺したじゃん。俺の仲間。それで命とは尊いものだって言われても、説得力ないんだよね」
二度も殺人を責められて、竜魔が鬱になっていやしないかと劫火は心配したのだが、彼は全くの能面で立っていた。
ややあって口を開いたのは謝罪ではなく、唐草への問いであった。
「……人命の在り方については楼殿も同じ考えなのか?」
「さぁ?あの人の言うことって、時々ワケわかんないんだ。だから聞かないようにしている。もちろん、あの人の命令は聞くけどサ」
同じ一族でも考え方は、人それぞれということか。
それでも人間味の欠落した少年を見て、シェスカは一人、心を痛めた。
