参の陣:ナゴヤ編
ジェイドとカイルはバラク島を出発して、ラグナルの港で久我 十三郎の所持する『地下船』に乗り込んだ。
『地下船』とは名前が示すとおり、地下を掘って進んでいく船であった。
見るからに自慢げな久我が語るには、機械都市の「はいてく技術」とジパンの「からくり技術」を駆使して作られた最新型の船なんだそうな。
壁に埋め込まれた謎の鉄材や、あちこちで意味もなく回り続ける歯車群に二人が見とれている間に、船はもりもりと地中を掘り進み、ナゴヤ城の裏側へと顔を出した。
――そして今。
二人は久我に連れられて、ナゴヤ城の廊下を歩いているというわけである。
なお地下船の乗り心地は お世辞にも良好とは言えず、始終お尻が痛かった点をつけ加えておく。
「おげぇー腹減ったァ」とお腹を押さえて呟くジェイドの顔色は悪い。
船の中で散々吐いた挙げ句、今も体調は悪いまんまだ。
神聖魔法の『キュアー』も船酔いには効果がなかったと見える。
「これがジパン、ですか……窓に紙を貼るのは、どういった効果があるのですか?」
「趣やで、趣。あと、お財布にも優しい設計や」とカイルに答えたのは、前を行く久我だ。
はぁー……と満足の溜息を漏らし、カイルは深呼吸する。
空は澄み渡り、空気がおいしい。
ラグナルの街並みは活気があって賑やかだったけれど、ジパンのお城は静寂に包まれている。
時折、腰に刀を差した侍とすれ違い、その都度お辞儀を返しながら綺麗に磨かれた廊下を歩いた。
「な、なんだか、来るまでに疲れちゃったでちゅ……」などと年寄りじみた事を呟いているねこむーちょは、久我の腕にしっかと抱きかかえられている。
「マァマァ。まずは殿様に会ってもろて、今後の予定でも決めよーやないか」
「失礼、殿様とは?」と遮ってきたカイルへ振り向き、久我が笑顔で講釈を垂れる。
「せやな、他の国でいうところの王様や」
「王族とお知り合いだったのですか!?」との反応には首を振り、「ん?いや、ワイも殿様に会うんは今日が初めてやで。冒険者を連れてこいーっちゅう依頼を出したんは、殿様の部下や」と断った。
「そうだったんですか。その方、部下の方は何というお名前ですか?」
カイルの追加質問にも久我は「劫火いうんや、殿様の忠実なる部下にして強ゥい忍者やで」と答え、突き当たりの襖を勢いよく開ける。
中で待機していた者が一斉に、こちらを振り向いた。
濃茶の忍び装束に身を包んだ女性が一人と男性が三人。
一人だけ中央の高い座椅子に座っているのも男性だ。
そいつだけは皆と違う格好をしている。
髪はモジャモジャ、鼻の頭にちょこんと眼鏡を乗っけている。
やたら肩幅の広い羽織を着て、モジャモジャ頭には赤くて長細い帽子を被っていた。
見るからに奇妙な格好だ。年の頃は……年齢不詳に見える。
「何だ、あれ?変なヤツがいるぞ!」と叫んで部屋に入り込んだジェイドは座の者に思いっきり睨まれたが、変な帽子を被った人だけは気にする様子もなくニコニコしている。
無礼には構わず、さりとてジェイドを嗜めるでもなく久我は「万寿屋が店主!久我 団十郎が第三の子息、久我 十三郎や!劫火はんの命により、頼まれとった冒険者をお届けにあがったでぇ!!」と叫んで、ねこむーちょを抱きかかえたままカイルを促す。
カイルは会釈をしながら部屋へ入り、後ろ手に襖を閉めた。
「よう来はった。俺ぁ、ナゴヤを取り仕切っちょる堀田
変な帽子を被った人は、殿様だった。
殿様は視線を久我に据えてニコリと笑う。
「ほな、冒険者の諸君。右から順にご挨拶~や!」と久我に促されて、カイルは姿勢を正す。
「はじめまして。僕はエンクウジの師範を務めるカイル=ディ=シルフィナと申します。ナゴヤの危機を、そちらの久我さんに伺い力をお貸ししたいと考えました。よろしくお願いします」
肌は色白、緩いウェーブのかかった金髪に碧い眼と、異国民丸出しの風貌だ。
おまけに真紅の胴着に赤いリストバンドと格好まで奇抜で、ジパンの町並みでは軽く目立ちそうでもある。
その隣で「おっす!オレは僧兵術師範、ジェイド=ライヤーだ!」と元気な挨拶をかました青年も、負けず劣らず派手な格好だ。
がっしりとした肉体を白地に赤いマークの入った胴着で包み込み、髪の毛は明るいブラウン、青い瞳は好奇心で輝いている。
最後に自己紹介したのは久我に抱きかかえられたままの、ねこむーちょであった。
「ねこむーちょでちゅ。いじめちゃ嫌でちゅ」
途端に忍びが、どよめいた。
「驚いた……生き物だったのか!」
「なんでちゅか、その反応は。失礼しちゃうでちゅ。ぷんぷん」
本人はむくれているが、真っ白でぽわぽわした毛の生えた猫っぽいものが、先ほどまで久我の腕にだっこされていたのでは、ぬいぐるみと間違われても致し方ない。
「すまぬ。あまりに愛らしいので一見そうと判らなかったのだ」と謝る忍びには、ねこむーちょも「あらやだ、そうでちゅか?てれるでちゅ」と、まんざらでもない。
「では、我らも名乗っておこう」
ナゴヤ城に仕える忍びは甲賀と呼ばれる流派であり、皆、濃い茶色の忍び装束を纏っている。
向かって殿の側から順に女忍びの葵芽、静女、男忍びの鳶猿、五郎。
今は席を外している頭目の劫火も、城駐在の忍びであるという。
「ほんじゃ、挨拶も一通り終えたし現状を話すとするかのォ」
堀田の仕切りで、カイルたちはナゴヤの現状を知る。
「今のォ~ジパンは喧嘩をやっちょるんじゃ。これというのも壬生のバカタレが先走りよってなァ。や、壬生というのは俺の部下での。見回り組を任せとった侍や。部下の面倒がなっちょらん言われたら、その通りで、いや面目ない。ほんで、ジパンは大混乱。どやろ、判うて貰えたきに?」
なんとも砕けた説明だが、要は堀田の部下である壬生とやらが暴走したので国中大混乱になった、という事らしい。
「この騒ぎにキョウやオオエドは、どう対応しているのですか?」とカイルが話す中、それぞれの前に膳が置かれる。
「うひょー、飯だ飯!」と騒ぐジェイドは、またしても忍者から冷たい視線を浴びせられながら、全く気にせず飯をかっ込んだ。
カイルの疑問に答えたのは鳶猿だ。
「キョウ城は落ちた……見回り組が落としたのだ」
「えぇっ!?」と驚くカイルへ頷き、忍びが言うには、キョウ城は現在見回り組に制圧され、降魔忍群は行方知れずになっている。
もちろんキョウの殿様も消息不明。
堀田は直ちに劫火を検問へ向かわせ、降魔の残党探索を命じた。
「なんで降魔を探すことにしたんだ?」とはジェイドの疑問だが、それにも鳶猿が答える。
「見回り組は柳一族も味方につけた。我らだけでは、この二つに勝てぬ……故に圧倒的な力を持つ、降魔を味方につけるのだ」
戦う前から勝てないと断言できるほどに実力差があるというのか。
いや実際、壬生の暴走が城の誰にも止められなかった点を踏まえても、戦力差は明らかだ。
殿様も帽子を手に取ってパタパタと仰いだ後、付け足す。
「さらにはの、困ったことにオオエドの殿さん。つまり井妻之殿がナゴヤに向かっとるけん。お忍びでなァ~。一体どないな格好で来るか見当もつかんよって捕まえられるかどうか……」
降魔探しのついでにオオエドの殿が検問を通過したかどうかも、劫火へ調べさせてみた。
まだ報告は届いていないが、調べるのに手間がかかっているのだろうと締めて、殿様は物憂げな溜息を漏らした。
「今回の内乱は、ナゴヤが起こしたもんや。ナゴヤの罪はナゴヤが償う。俺はそう考えちょる。けんど、壬生は強くての~。どう動いたらエェのか判らんのや。おんしら、ついた早々で悪いんやが、探して欲しいお方がおるきに」
そこで一旦言葉を切り、お茶を一口飲んでから続けた。
「探して欲しいんは降魔の……頭目、竜魔殿を探して欲しい。俺らが見回り組に対抗するには力が必要きに。少しでも、な。なんぼ敗れたちゅうても、奇襲でなければ降魔の力は侮りがたし。見つけて、仲間に引き入れれば、俺らに勝機も見えるはずやでぇ」
「けど、そいつは劫火が探してんだろ?オレたちが行く必要あるのか?」
殿様が相手だろうとジェイドは遠慮がない。堂々のタメグチだ。
「うむ。だが、劫火には井妻之殿の行方も頼んどる。どっちを優先するゆうたら、あいつは井妻之殿を優先するやろなぁ」
必ず来ると判っている者と消息不明な者。どちらが探しやすいかと言われたら、断然前者であろう。
堀田の推測にも一理ある。一区画の統治者と忍者のリーダーじゃ、身柄確保の重みも違う。
カイルは頷いた。
「判りました。では、彼らの特徴を教えて頂けますか?」
「降魔の民は闇を体内に降ろす『降魔術』という術を使える。降魔術を使った者は、巨大な妖かしへと変化するのだ。竜魔殿は黒き魔物に変化すると聞いたことがある」
葵芽が淡々と話す横では、猿鳶が言葉を繋ぐ。
「降魔忍群の忍び装束は濃い緑色だ。だがオオエドの半蔵でもあるまいし、竜魔が忍び装束で歩いているとは思えぬ」
「何、服装で判らずとも問題はない」と言い出したのは五郎で、「ん?なんでだ」と首を傾げるジェイドには自信満々言い放った。
「竜魔という男、ひと目見たら忘れられんほどの男前だと聞くぞ!」
「ふーん」
自分から振っておいて、ジェイドは淡白な反応だ。
却ってカイルが「判りました。ハンサムな方をお見かけしたら、竜魔さんかどうかを尋ねてみましょう」と気を遣ってしまう有り様だ。
正直に言って男前だと言われても、カイルにも見分けがつくかは不安だったのだが、訊かれて名乗れば本人で間違いあるまい。
「竜魔しゃんなら知ってまちゅ」
意外な声が意外な主からあがる。
「ほ、本当ですか?ねこむーちょさん」
驚くカイルへ頷くと、ねこむーちょは胸を張る。
「以前ねこがジパンへ遊びに来た時、竜魔しゃんが案内してくれたんでちゅ。ねこなら見てすぐ判るから、安心していいでちゅよ」
「へぇー、そうなのか!親切なヤツだな、竜魔って!」
ニッカと笑うジェイドに、ねこむーちょも嬉しそうに笑った。
「でちゅでちゅ。早く会いたいでちゅ」
「それで……有力な手がかり、最後に見かけた場所などの情報は一切ないのでしょうか?」
カイルの問いに、しばし天井を眺めて考え込んでいた堀田がポンと手を打つ。
「最後に見かけた~っちゅう情報なら入ってきとるでよ。チャイナロウスと城下町との境目付近で、黒い魔物が暴れとる~っちゅう話や。さっき窓の外を眺めておったら、そないな事を見回り組の連中が叫びながら下の大通りを抜けていきよったんや」
「見ておられたのですか!?」
「なんですって!?そのような喧騒、我々には聴こえませんでしたが」
城内忍者にも初耳の情報だったようだ。
一斉にざわめく部下を横目に、久我も突っ込んだ。
「そない重要場面を見とったのに、な~んで言わんかったんです?」
「今の今まで忘れちょった。すまん、すまん」
自分の頭をぽかんと叩き、殿様はおちゃめに笑ったのであった。
「うむ、お主らが城におらん間の出来事でよ。なーんとなく見とったら、なーんとなく聴こえたんじゃ」
そして、なーんとなく部下にも伝え忘れたんだとしたら、この殿様、相当ボケている。
気を取り直して、カイルが話を進めにかかる。
「と、とにかく急いでチャイナロウスへ向かいましょう。今ならまだ、竜魔さんに追いつくかもしれません」
ねこむーちょもコクリと頷いた。
「ねこも行くでちゅ。降魔の術なら、ねこも見たことあるでちゅ。すごかったでちゅ、とっても真っ黒くて大きなモンスターでちた。爪も鋭くてシッポまで生えていたでちゅよ!」
「おっし、じゃあ行こうぜ!」と立ち上がったジェイドを眺め、静女が眉をひそめる。
「殿。この者たち、非常に目立つのではありませぬか」
「そうやなぁ。俺もずっと気になっちょったがに」
妙な帽子をかぶった人に言われたくないが、しかし金髪碧眼で真っ赤な道着は遠目にだって悪目立ちしよう。
だが、意外にも地元民からの反論があがる。あげたのは久我だ。
「無理に変装したトコロで目立つもんは目立つやろ。それに、チャイナロウスでなら異人も大丈夫や。あそこ自体が異質な場所やさけ」
「そうかのォ~……そうかもしれんのォ~」
あっさりと言いくるめられ、殿様はウンウンと頷いている。
「なんやったら、ワイが道案内したってエェで?ジパン人のワイと一緒やったら、誰も疑わへんやろが」
「あれ、久我たんも一緒に行くんでちゅか?」
「お願いします」と久我へ頭を下げるカイルへ久我も笑いかける。
「エェって、かしこまらんでも。乗りかかった船やがな。ほな、行ってきまっせ殿様~!」
かくして冒険者一行は、降魔忍者を捜して城を出発したのであった。
