FES

ジパン狂乱

参の陣:ナゴヤ編

「え~、ミナサマ。手前に見えますのが有名なナゴヤ城でゴザイマス。ジパンでも有数の財産を誇り、屋根の上に飾られた鯱は何と純金製とか!……全員、ついてきとるか~?」
ナゴヤ城をバックに片手をあげてポーズを取った後、久我は一同の顔を見渡す。
ナゴヤ城を眺めていたカイルが片手を軽く挙げた。
「はい、ついてきています。見れば見るほど見事なお城ですね、惚れ惚れしてしまいました」
「せやろ」と笑う久我を先頭に、カイル、ねこむーちょ、ジェイドと続いて一行はナゴヤの城下町へ出た。
寂れた様子の大通りを早足で通り抜けていく。
忍びたちの反応から考えて、見回り組が表通りを叫んで通り過ぎたのは、かなり前だ。
今から行って間に合うのか――
といった考えは、前方に大きな川が見えてきた辺りで全員の脳裏から吹き飛んだ。
川向こうの橋付近が大騒ぎになっていたからである。
風に乗って奇妙な叫び声も聴こえてくる。
「かっぱっぱーーーッ!」
橋を渡った先の通りにウジャウジャいるのは、見回り組の隊員どもだ。
「かっぱっぱ」と叫んでいた若者は、その見回り組と戦っている。
素手での戦いにしては、なかなか健闘している。
いや、しかし。それよりも何よりも。
カイルは遠ざかっていく大きな影を、ぽかんとした表情で見守ってしまった。
「な……なんですか、あれは?」
間髪入れず「竜魔しゃんでちゅ!」と叫んだのは、ねこむーちょだ。
「襲われているでちゅ!早く助けないと」と言うが、助ける緊急性を感じないのは、どうしたことか。
黒く巨大で禍々しい雰囲気のモンスターが、ズシーンズシーンと地響きを立てて歩いていく。
見回り組隊員が次々と斬り掛かっても無視して歩いていくさまは、全くのノーダメージと思われた。
橋の上で誰かが叫んでいる。
「術をかけよ!降魔術は精神力が源だ、消耗させれば術も解ける!」
そうこうしているうちに黒い魔物の姿が忽然と消えた。
「へ!?」と久我が目を凝らしても、先ほどまで威圧感をもたらしていたモンスターの姿は何処にもない。
まるで雲をかき消すが如く、唐突に姿を消してしまったのだ……
見回り組の軍団が、西へ向かって一斉に走り出す。
彼らの追いかける前方を走っていく人影があった。
あれが先ほどまで魔物だった者の正体だろうか?
「追わせるか~ッ、かっぱっぱぁぁ!」
かっぱっぱ男が阻止しようと頑張っているが、一人では多勢に無勢だ。
「まずいです、このままでは竜魔さんが捕まってしまいます!」
我に返ったカイルの号令で、ジェイドたちも「待てぇ!」と走り出す。
「竜魔しゃんが危ないでちゅ!降魔の術が切れちゃったんでちゅよぅ!!」
しかし、チャイナロウスの町並みは複雑だ。
網の目状に道が張り巡らされている。
家が増えるごとに道も作り直され、加えられ、さらに複雑化を増していく。
それ故に、地元の人間ですら迷ってしまうことがあるというから驚きだ。
その入り組んだ細道の一つへ、男が逃げ込んでいく。
これは厄介な追跡になりそうだ。見回り組にとっても、カイル達にとっても。
見回り組の一部が、男の逃げ込んだ道へ入っていく。
「あかん、見失ってまうで!」と狼狽する久我の前で、ねこむーちょが手招きした。
「大丈夫でちゅ、こういう時は右手を壁につけて歩くと出口に出られるって言うでちゅよ!?」
それは迷路の脱出方法だ。
ねこむーちょの戯言をまるっと無視して、カイルが指示を出した。
「道が網の目であろうと、必ず何処かで一つになるはずです!皆さん、分散しましょう!」
「や、分散したらヤバイで!ここはワイの山勘で見つけたるわぁ~!」
久我が突進していった細道とは違う道を走っていくのは、ジェイドだ。
「ならオレも勘で探す!どっかで合流したら合流しようぜっ」
残ったねこむーちょは、かっぱっぱと叫んでいた青年へ目をやった。
「あの人を追いかけるでちゅ!」
彼は明らかに竜魔を助ける方向で戦っていた。
少なくとも、敵ではない。
追いかけて状況を知ることもできよう。
「行きましょう!」と頷いて、カイルはねこむーちょと共に細道へ飛び込んだ。
何度目かの曲がり角で青年を見失った後は迷いに迷い、だんだん何処を走っているのかも判らなくなる。
何度も見回り組と正面衝突しては逃げ回り、数えるのにも疲れてきた細道と細道との接点でジェイドや久我と合流しながら、カイル達は袋小路で、ようやく目的の男を見つけた。
――が。
先頭のカイルが「きゃあっ!?」と乙女の如き甲高い悲鳴をあげるもんだから、ジェイドは思わず耳を疑った。
「なんだ?今の声、オマエか!?」
「いや~ん、チンチンぶらぶらでちゅ」
ねこむーちょが両手を頬にあてて恥じらうのも尤もで、目の前の男は紛うことなき全裸だ。身に何も着けていない。
髪の毛は乱れ、体中に無数の刀傷を負いながらも、男は戦闘意欲が抜けていないのか身構えている。
鼻筋が通っており精悍な顔つきで、男前と言っても過言ではない。だが、今は陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
「ど、どどどど、どうして裸なのでしょう?」
顔面真っ赤になって視線を逸らすカイルを捨て置き、ジェイドが誰何する。
「オイ、オマエ!オマエが竜魔なのか!?」
全裸の男が構えを解いた。
彼が竜魔なのは間違いないが、何故裸で袋小路にいたのだろうか。
「ほなー、まずは此処を抜け出すでぇ」と踵を返して、久我はしばし立ち尽くす。
アカン。
此処までの道のりを全く覚えていない自分に愕然とした。
それもそうだ、あれだけ蜘蛛の巣が如く入り組んでいたんじゃ覚えきれるわけがない。
「そ、その前にっ……これを、どうぞ!」
両目をつぶったカイルに道着の上を手渡されて、竜魔はぼそっと礼を言う。
「……すまない」
そして道着を腰に巻きつけた。
「カイル、オマエなんで恥ずかしがってんだ?」とのジェイドの疑問には「あなたこそ、どうして直視できるんですか!?」との答えが返ってきて、ますますジェイドは首をひねる。
いくら全裸ったって竜魔は同性だ。恥じらう意味が分からない。
「おーい!こっちだ、俺についてこい!!あいつらから逃がしてやるぞ!」
『かっぱっぱー』と叫んでいた青年が、少し離れた先で手を振っている。
ねこむーちょの後をつけてきたのだろうか。
刻々と変化する目まぐるしい状況には、ついていくのも一苦労だ。
だが、いつまでも此処にいるのが危険なんてのは全員が判っている。
「よっしゃ、渡りに船や!おい竜魔はん、あんたも来てもらうで!!」
ぐいぐいと久我に腕を引っ張られ、しかし竜魔は力なく首を振った。
「……俺に、構わないでくれ」
「なんやて!?」
カイルも説得に加わった。
「ここにいるのは危険です、ひとまずは僕達と一緒に逃げましょう!」
懸命な誘いにも、竜魔は首を振るばかりで動こうとしない。
「オマエを探しているヤツがいるんだよ!いいから来い!」とジェイドに怒鳴られたって、やはり動こうとせず下を向いた。
「……探している御仁に伝えてくれ。降魔忍群の竜魔は死んだ、と」
断固として同行を拒否する理由が判らず、一行は途方に暮れた。
「安全な場所まで移動しましょう。見回り組に見つかったら、次は殺されるかもしれません」
カイルと目を合わそうともせず、竜魔は小さく呟いた。
「奴等に殺されるというのであれば都合がいい……検問境の見張りを何とかした以上、俺の役目は終わったのだから」
励ましも叱咤も、どう言えば伝わるのか。
生きる気力のない相手には、かける言葉も見つからない。
そっと久我の手を振り払った竜魔が、行き止まりの壁の前で立ち止まる。
「あ、あの、キョウの城が落とされて気落ちなさるのは判ります。ですが」
「判るなら放っておいてくれ。俺の死に場所は、ここと決めたのだ」
にべもない。
カイルの説得は竜魔の耳に一つも届かず、さりとて次第に近づいてくる足音や「こっちやが!こっちゃのほうへ消えよったがに!」といった怒号は、どう考えても友好的なものではない。
かっぱっぱ青年は、少し離れた場所で立ち見の見物を決め込んでいる。
「何でもいいけど早く行かない?もうすぐ見回り組がココも嗅ぎつけてくるぞ~」
「判っとるわい!せやけど竜魔はんが駄々こねとるんや!」
竜魔を追いかけて、他の面々も説得を始める。
だって彼の自殺に付き合う気など、更々ないのだから。
「オマエ、自分勝手だなー!勝手に死ぬんじゃねーよ」と憤るジェイドを制し、なおもカイルは呼びかける。
いざとなったら首に縄を引っ掛けてでも引きずっていかなければ、竜魔とは二度と会えなくなる予感がした。
「あなたが捕まって死ぬことに何の意味があるんですか?お願いです、一緒に逃げて下さい!」
「逃げて、何になる……?俺にはもう、何も残されていないというのに」
哀しげな瞳で見つめられて言葉に詰まったカイルの代わりに、ねこむーちょが前へ回り込んで竜魔の手を取る。
「死ぬなんて悲しいことを言わないでくだちゃい。竜魔しゃんには、ねこがいるでちゅよ?死んだら花見もできないって言うでちゅ」
「ねこ。今は真面目な話をしとるんや。ちっと黙っとき?」
久我に遠ざけられて、ねこむーちょは「なんででちゅ!ねこを仲間はずれにしないで下ちゃいっ」とご立腹だ。
「さっきから聞いとりゃ死ぬ死ぬ言うて、そらぁ~死ぬのは個人の勝手やけどな。残された降魔忍群は、どないしたらエェねん?お頭も殿様もおらん状態やったら路頭に迷ってしまうやんか」
「その殿を見殺しにしたのは、この俺だ……!」
一瞬であるが鋭い殺気を放ったかと思うと、すぐさま陰鬱な表情に戻って竜魔は俯いた。
「俺は自身が許せん……殿を守れなかった責任、死を以て償うつもりだ」
「せやけど殿様が死んだかどうか、あんさん、ちゃんと確認したんか?城は墜ちた、降魔忍群はバラバラに逃げた。そこまではワイも噂で聞いとったけど、キョウの殿様の死体があがったっちゅう噂は聞いとらんで!」
久我のツッコミに竜魔は沈黙する。
「死んどるかどうかも判らんのに、勝手に責任取られたらキョウの殿様かて困るやろが!どうせ責任取るんやったら殿様の生死確認ぐらいは、したらんかいッ!」
仁王立ちで胸を張る久我を一瞥した後、やはり陰鬱な調子のまま竜魔が応えた。
「……だが……俺一人では……」
「一人じゃありません!僕達もいますッ」とカイルが叫ぶ。
久我も、ここぞとばかりに畳み込む。
「殿様、ホンマは死んだなんて思うてへんのやろ?死んでないならえぇな~思うてんのやろ?」
「そうでちゅ、一緒に行くでちゅ。竜魔しゃんの目で確かめるんでちゅよ、皆が生きているかどうかを!」
ねこむーちょにグイグイと腕を引っ張られて、竜魔はようやく頷いた。
「殿さえ見つかるならば、後はどうとなっても構わぬ……同行しよう」
問答も終わったと見て、かっぱっぱ青年が話に加わってくる。
「近くに俺んちの実家があるんだ。まずは、うちに退避しとけよ。な?」
青年は羅 月斗ら げっとと名乗り、一行を先導する。
「ありがとうございます、助かります!」
後を追いかけてカイル、そしてジェイドも「判った!」と走り出し、「はぐれないよう、がんばりまちゅ」と、ぽてぽて走るねこむーちょは途中で久我が抱き上げて、最後尾を竜魔が追いかけた。

来た道を左へ曲がり、右へと曲がり、くねくね斜めった道に入ったかと思えば大きな道へ出る一歩手前で左の道に入り、さらには、さらには……数えきれないほど道を右折左折したあげく、全員はぐれることなく町の外れに建つ道場へと飛び込んでいた。
一行が飛び込むと同時に、開いていた門が大きな音を立てて閉められる。
見る暇もなかった看板には、こう書かれていた。
『川流河童拳・本館』――と。
「な、なんとか逃げ切れましたね……」
ぜぇぜぇと息を切らして座り込むカイルの横では、ねこむーちょも「疲れたでちゅぅ」と呟いて地面に寝転がる。
「……ね、ねこは疲れてへんやろ?走ったんは、ワイやし……」
久我も同様、すっかり足が棒になった。
次第に息切れがおさまってくると、見知らぬ青年に質問する余裕が生まれてくる。
「あの、ありがとうございます。どうして見知らぬ我々を助けてくれたんでしょうか?」
カイルの問いに、月斗はニッカと歯を見せて答えた。
「どういたしまして。まぁ、あんな状況だったら助けるのが普通ってもんだしね。見回り組には皆、むかついてんだ。一泡ふかせてやりたいんだよ」
格好いいことを言っているけど、歯に青のりがついている。
気になって仕方ないのだが、あえて視線をずらしながらカイルは尋ねた。
「そ、そうなんですか……ところで此処は、あなたの実家と仰っていましたが、立派な建物ですね」
門の中は広い庭になっていて、人型のマトやら杭やらが立ててある。
庭では月斗と同じ服装の男達が、マトや杭を相手に拳の修行を行っていた。
庭をまっすぐ進んだ先には小さな門があり、そちらが母屋になっているようだ。
庭だけでも結構な面積がある。
正門も木材を組み合わせて作られており頑丈に見えた。
これなら見回り組が攻めてきても、長時間は持ちこたえられるんじゃないだろうか。
「へへ、お褒めいただきありがとさん。川流河童拳ってのが、うちの流派の名前なんだよね」と、月斗。
「へんな名前でちゅ。ぷっきゅっきゅ」
「ヘッ、ねこまんとにだきゃあ言われたくないね!」
「ムキーッ!ねこまんとのドコがヘンだと言いたいんでちゅか!?」
なんて大人げないやりとりをBGMに聞き流しつつ、カイルは竜魔へ微笑みかける。
「ここでしたら、落ち着いて策を練られますね」
「あぁ……これからどうすればいいのかも、朧気に見えてきたようだ」と頷き、竜魔もカイルへ微笑んだ。
そこへ混ざってきたのは、さっきまでねこむーちょと子供みたいな口喧嘩をしていた月斗で。
「つ~か、アンタそもそもナゴヤへは一体何しに来たんだ?」
まるで状況を判っていなかった物言いには、全員が呆気にとられた。
「へっ?助けたんは、こん人が何者か知っていての行動とちゃうんかい」
怪訝に尋ねた久我へ月斗はパタパタと手を振って否定する。
「いんや。多勢に無勢で追われて困っていたみたいだから、助けただけ」
あの黒い大きな魔物を見た上で、魔物側を助けようと考えるの自体が、ぶっ飛んでいる。
「すげェな、オマエ!いや、すげーよ!」とジェイドに肩をバンバン叩かれて、月斗は「だろ~?」と調子に乗りまくりだ。
器が大きいのか、それとも考えなしの単細胞なのか。きっと、どちらもだ。
褒め称えた後、じっと月斗を見つめてジェイドは付け足した。
「それと、オマエ。オマエの顔、どっかで見た覚えがあんだよなぁ」
だが「そう?俺って有名人じゃん」と月斗が茶化して真面目に取り合わないところを見るに、ジェイドの勘違いかもしれなかった。
竜魔は少し口ごもった後に答える。
「とある者に検問を突破しろと頼まれたのだ。検問に立つ見回り組の気を引き囮となれ……と。ナゴヤへ来たのは成り行き上だ。チャイナロウスにまで足を伸ばすつもりはなかったのだが……迷惑をかけて、すまない」
謝られて「え?いや、俺は全然迷惑かかっていないし」と慌てる月斗や「あぁ、それで役目は終えた~ちゅうてたんかい」と納得する久我の傍らで、ねこむーちょも突っ込んでみる。
「誰に頼まれたんでちゅか?」
だが、竜魔はあっさり首を横に振った。
「それは言えぬ。相手が誰であろうと、依頼主の名を明かすことはできん」
「え~。竜魔しゃんの意地悪っ。教えてくれてもいいでちゅのに」
プンとふてくされるねこむーちょはカイルが「意地悪ではなく守秘義務ですよ」と取成してから、本題を切り出す。
「実はナゴヤのお殿様に頼まれて、竜魔さん、あなたを探していたんです。見回り組と戦うために降魔忍群のお力を貸していただけないでしょうか」
「見回り組と……だが降魔は落城と共に散り散りとなり、皆の行方も判らぬ。ナゴヤの殿には悪いのだが、力になれそうもない……」
項垂れる竜魔へ、またしても月斗が横入りしてくる。
「里は?城は落ちたみたいだけど里はどうなんだ。それともやっぱ、里も壊滅状態?」
気落ちしている相手に言ってはいけない禁句事項を、平然と言ってのけている。
お人好しのくせして、相手の気持ちを思いやる事はできないようだ。
すっかり鬱状態に戻ってしまった竜魔が答えた。
「里に残るのは、腕の未熟な者や老人ばかりだ。戦力になれぬ」
「そっか。だったらオレたちが手伝ってやるぞ、散り散りになったっていうオマエの仲間探しをよ」
スナック感覚で安請け合いするジェイドにも、竜魔は落ち込んだ調子で頭を振る。
「……だが、手がかりは何もない。探すといったところで、何処から探せばよいものか」
どうにか彼の気分を持ち直させようと、ことさら大きな声でカイルは言った。
「久我さんは先ほど仰っていました!キョウのお殿様が死んだという噂は聞いていないと。僕も、あなたのお仲間やお殿様は死んでいないと思います!手がかりがないのでしたら現場百遍、キョウを虱潰しに探してみませんか!?」
キョウ城は現在、見回り組の手に落ちている。
だが、散り散りになった降魔忍群がキョウを離れたとも考えにくい。
殿様が行方不明な以上、彼らだってキョウを中心に探し回っているのではあるまいか?
「せやせや」と久我も調子を合わせて、竜魔を慰めた。
「いっぺんキョウへ戻ってみよやないかい。案外、殿様やあんさんの部下も里のほうへ戻ってきとるかもしれへんで?」
「しかし……検問は見張りが強化されていよう。俺が、暴れたばかりに」
鬱々と呟く竜魔を見、ジェイドが結論づける。
「それよりよ、竜魔を無事に見つけたんだし一旦ナゴヤ城へ戻んねーか?殿さんにも報告しなきゃ駄目だろ」
だが、待ってほしい。
外は見回り組でいっぱいだ。彼らの目を盗んで城へ戻るのも一苦労である。
「あ、だったら、お前ら変装していけよ。俺んちの門下生ってことにすりゃあ難なく検問も通れるぜ?」
ナイス提案をかましてきたのは、地元民の月斗だ。
「いいんですか!?助かります!」
ぎゅっとカイルに両手を握りしめられて、そっと手を引き抜きながら、月斗は快く頷いた。
「なーに、乗りかかった船ってやつだよ。俺んとこは異国からの門下生も多少いるしさ」
これで外見の問題はパスできそうだ。あとは――
「またあの長い細道を抜けていくのもなんですし、検問へ行くまでのショートカット、つまり裏道のようなものはありますか?」
カイルに尋ねられて、月斗は「裏道?裏道って、どことどこを結ぶ?チャイナロウスは裏道だらけだけど」と首を傾げる。
そして裏道という単語をカイルが口にした瞬間、竜魔はビクリと身体を震わせた。
「……裏道など、作らなければよかったのだ……」
呟く竜魔を不思議そうに眺めた後、月斗は話を続ける。
「そうだな、最短距離は裏門から抜けた細道だ。ぐるっと回っていけば、曲がり角を何度も曲がらなくて済むぞ」
「そんな近道あったんか!」と驚くナゴヤ住民にも片目をつぶってみせる。
「うちは対外試合よくやっているしさ。なるたけ体力温存して行こうってんで、今じゃご近所マップを作れる程度にゃ詳しいぜ」
ひとまずは月斗の案を採用して、一行は川流河童拳の道着を借りることにした。
「しっかし、改めて見ると……派手やなぁ~」
びらっと広げてみて、さも嫌そうに久我がぼやく。
袖のない、頭からすっぽり被るタイプの胴着だ。
布地の色は赤で、腕を通す穴の部分に白い線が入っている。
背中には丸で囲んだ『河』の一文字が、でかでかとプリントされていた。
下はズボンになっており、これまた色は真っ赤っ赤。帯は黄色だから、遠目にも目立つカラーリングだ。
「道着なんて派手でナンボだろ?」と顎でカイルを示し、月斗が着替えを急かしてきた。
「それよっか、出かけるなら早く着替えろよ」
「ねこの分もありまちゅか?変装、してみたいでちゅ」
足元からのお願いに、月斗は、ぶいぶいと手を振る。
「あぁ、お子様サイズは置いてないんだ。お前は縫いぐるみとでも言ってテキトーにごまかしときゃ大丈夫だって」
「誰が縫いぐるみでちゅか!失礼しちゃうでちゅ、ぷんぷん」
ねこむーちょがプンスカ怒っている間にも、一人だけ沈んでいる奴がいる。
いわずがもな竜魔だ。裏道発言以来、ずっと落ち込んでいるようだが……
「……裏地を……」との呟きを拾って、ジェイドは何気なく尋ねてみた。
「裏地ってなんだ?オマエも抜け道を知ってんのか?もしかして、どっかに作ってみたのか?」
ビクッと顔を上げてジェイドを見た後、竜魔は僅かに頷いた。
「……あぁ、そうだ。キョウからナゴヤへ抜ける道を、城下町に引いた」
「へー。それもショートカットってやつか?そっかー、キョウも此処みたいに迷路になってんだな!」
ジェイドの間違いを「いや……そうではない」と否定で正し、竜魔は言い直す。
「殿のご命令で、検問を通らずしてナゴヤへ入る為に作ったのだ。だが、作るべきではなかった。今となっては、後悔してもしきれない……」
暗く落ち込む竜魔、それから雑談に花を咲かせるジェイドをも久我が促した。
「おぉい、そこでボソボソ話しとる忍者!あんさんも着替え~や。それと、そこの大食漢!あんさんも、さっさと着替えんかい」
「おー。んじゃ着替えっか!」
ジェイドは己の道着をバサッと脱ぎ捨てて、渡された道着をスポッとかぶる。
胸元や肩まわりがパッツンパッツンに窮屈な気もするが、背に腹は代えられない。
竜魔も着替え始め、久我に至っては既に着替えが完了している。
カイルは真っ赤に頬を染めながら、もぞもぞと庭のすみっこで着替えた。
外で着替えるなど本音じゃ恥ずかしくてたまらなかったのだが、母屋で着替えさせてくださいと申し出るのも図々しいと思ったのだ。
腕を上手く通せず脱臼しそうになりながらも、なんとかハデハデ道着に自分の身体を詰め込んだ。
心持ち項垂れて、小さな溜息と共に「ジパン人って……小柄な人が多いのかな……」と呟きながら。
「さーて。そんじゃ、しゅっぱ~つ!」
皆が着替え終わった頃合いを見計らい、声高らかに何の用心も警戒もないといった顔で、月斗は裏口を開けて表に出た。


-肆の陣へ続く-