FES

ジパン狂乱

参の陣:オオエド編

半蔵たちと別れて朝早くに宿を発ったテトラと竜魔は、キョウへ向かっていた。
「正直に言って、あんたが一緒に来てくれて良かっただよ。おいら一人じゃ不安だで」
テトラは愛想笑いで話しかけるが、竜魔の反応はない。
黙々と無言で隣を歩いている。
こちらが話しかけてやっているのに、無愛想な奴だ。
少し途方に暮れた時、不意に竜魔が口を開く。
「礼を言われる筋合いは、無い」
テトラのほうを見もせずに、淡々と続けた。
「俺は、お前達を利用しようとしているだけだ……俺自身の望みの為に」
足を止める。
キョウへの入口である検問は、目と鼻の先に迫っていた。
検問前には見張りが二人。
どちらも白地に青い模様が入った揃いの羽織を着ている。
背中には見回り組の文字が入っているから、どちらも隊員で間違いない。
そっと遠目で眺めているうちに、キョウ側から二人ばかり検問へ向かって歩いてくる。
隊員は常に二人で組み、交代制の見張りを立てているようだ。
「奴らの前に飛び出して、威嚇してくれ。もし襲ってくる者があれば俺が何とかしよう……気は、進まないが」
なんて提案を竜魔にされて、テトラは驚いた。
てっきり二人がかりで奇襲するのだとばかり思っていたのに。
「お、おいらが一人で?威嚇を?無理だぁよ……おいら、そんな迫力ねぇだし」
尻込みするテトラをじっと見据え、竜魔は断言する。
「お前の外見は、立っているだけでも威嚇になる。ジパンの民は異種族を見慣れていない。特に獣人は怪異の類と取るだろう」
検問は木材を組み合わせて作られたバリケードで、ワータイガーが体当たりすれば簡単に壊れそうではある。
見張りも二人しかいないのだ。抜刀されたら即座に逃げればいい。
だが、それでもテトラは辞退した。
「む、無理……怖い……だ、だって刀って刃物だべ?斬られたら痛いんだべ?」
やはり視線を逸らさずに竜魔が問う。
「……お前の背の斧は飾りなのか?冒険者なら、行動せねばならん場を見極められるようになれ」
ふぅと溜息をついて、向かうのは検問だ。
「あ、でも……おいら……」と、まだウジウジするテトラを置き去りに。
近づいてきた旅客姿に気づいた見張りが、問いかけてくる。
「なんじゃぁ、お前。キョウに何用あって通りたいと抜かすんじゃぁ」
「人を、訪ねにゆくのです」と、竜魔は低く応える。
「ほんじゃぁ身分証明証を見せてもらおうかぁ」との追加にも、懐へ手をやり――
「そんなものは、ないッ!」と一気に斬りかかった!
「ぬぐあッ!?」
顔面を真一文字に切り裂かれた見張りが、よろよろと後退する。
「んどりゃぁ!おんし、儂らを見回り組と知っての狼藉か!」
もう一人の見張りを小刀で突き刺す真似をして、相手が怯んだ隙に後方へ退くと、口の中で呪を唱えた。
「……闇の眷属よ、我が肉体に力を!」
竜魔の腕が、脚が、胴体が大きく膨らむ。
次第に黒く禍々しいものへと変化を遂げてゆき、空を突き抜けんばかりに巨大化した魔物は、検問を踏み潰す。
「きさん、降魔の生き残りかぁッ!」と叫ぶ見張りは遠目に見ても腰が引けていたが、それでも刀を取り落とさないのは、さすが侍と言えよう。
威嚇すら尻込みして辞退してしまったテトラとは大違いである。
ズシンズシンと足音を響かせて、黒い魔物がまっすぐ突き進んでゆく。
抜刀した見張りは勿論のこと、顔面を斬られて血まみれだった見張りまでもが追いかけていき、あとにはテトラ一人が残された。
「……だーれもいなくなっただ。まぁ、えぇか」
冴えない独り言を残しつつ、テトラはぶっ壊れた検問をまたいでキョウ入りした。

キョウの町並みは静まりかえっている。
表通りを歩く人の影はない。
一歩踏み出した直後、宿場から出てきた町人と、ばったり出くわした。
「ひぃぃ!」「ぎぇぇ!」
二つ同時に悲鳴が飛び出す。
互いに反対方向へと逃げ出し、テトラは目に入った民家へ飛び込んだ。
「んなっ!?」
驚いたのは、その民家にいた人物だ。
「なんじゃぁ、こいつぁ!妖かしけェ!近藤さん、大変だ!妖かしが日中堂々現れよったぞォ!」
まずい。ぎゃんぎゃん騒がれたせいで、通りを走って駆けつける足音が一つや二つでは済まない。
「ち、違ぇだ、おいらバケモンじゃねぇ、ワータイガーだぁ」と言い訳したって、聴く相手でもない。
逃げる暇なく見回り組の羽織を着込んだ連中に、テトラは囲まれてしまった。
「ひぃ、やめてけろ、おいら悪いワータイガーじゃねぇだ」
ぶるぶる震えるテトラを見据え、羽織軍団の中でも威圧感を漂わせる男が不敵な笑みを浮かべる。
「獣男……降魔が脱出の手助けをしたのは獣の皮を被った男と聞いている。その者、かなりの手練れであるというが……貴様なのか?」
だが、すぐに「いや……どう見ても、貴様ではないな」と撤回した。
目の前にいるのは背中を丸めて、ぶつぶつ口の中で泣き言を呟きながら震え続ける哀れな虎男だ。
「まぁ、よい。この虎男を牢へ閉じ込めておけ」
男が踵を返した、その一瞬をついた行動だった。
「おいらは……おいらは……おいらは、バケモンじゃねぇだぁぁーーーー!」と叫んで、テトラが走り出したのは。
「待ちィや!どこ行くんじゃ、こらぁ!」
「逃がすと思うてんのか!?見回り組がをナメなやぁ!」
たちまち殺気立つ組員たちへ「追いかけよ!」と命じ、隊長格と思わしき男も走り出す。
本人も行き先の判らない逃走へ入った虎男を全力で追いかけた。


一方、こちらは昼過ぎに出発した半蔵とレナルディ。
のんびりした歩調で検問までの道を歩いた。
遅すぎる分には全く構わないが、早く着きすぎてはいけない。
「向こうでは偽名で話すと致そう。それと、レナルディ殿。話し言葉はジパンのキョウ娘風味でお願いするでござる」
お前の"ござる"言葉は変えなくていいのか?
それにジパンのキョウ娘風味と言われても、異国からやってきたレナには、さっぱりだ。
ジパン娘の口調など、どれも同じに聴こえる。
「……判りました。演技は苦手ですが、精進致します」
本当は判っていないのだけれど、半蔵が返事を待っているようにも感じたので、そう答えておいた。
宿屋がまだ背後に見えている道の真ん中で、半蔵がいきなり足を止める。
「ところで、いつまでついてくる気でござるか?お二人方」
つかず離れず、かといって見失わない距離で後ろを歩いてきた二人組の旅商人、その一人も足を止めた。
立ち止まった男が、編み笠を片手で上げながら微笑んだ。
「やっぱ判ってしもたか?さすがは本場の忍者はんや」
もう一人は、半蔵の威嚇にも構わず歩みを進めてくる。
そのまま半蔵の横を通りすぎていった。
半蔵は去っていく青年を一瞥した後、立ち止まった男へ向き直る。
「何用で我らをつけまわしているのでござるか?」
男は片手で編み笠をゆっくり取りながら、もう片方の手を腰に伸ばす。
腰には長刀を差していた。商人が持つべき武器とは言い難い。
「白々しい事、言わんといてや。もう判っとるんやろ?」
「まぁなでござる。お主、見回り組の隊員でござろ?」
「そや。しっかし、いずれはバレる思うとったけど、検問行く前にバレるたぁ思わんかったわ。ま、えェわ。こそこそ隠れて後をつけまわすんは、俺の主義とちゃう。ここでキッチリ足止めさせてもらいまっせェ!」
抜刀する隊員を眼窩に収めつつ、半蔵がレナへ叫んだ。
「もう一人が検問に向かったでござる!奴が検問へ着く前に足止めをお願い致す!拙者は、こやつを!」
検問までの道のりは、まだまだ遠い。
そして半蔵が促すまでもなく、レナはとっくに走り出していた。
「お待ちなさい、そこの商人!」と叫びながら。
走りながら着物の走りづらさに、内心舌打ちする。
これなら普段の格好、プレートメイルに長ズボンのほうが、まだマシと言えよう。
風圧でカツラは飛んでいきそうだし、太腿の辺りで布の破けるような音も聴こえたが、立ち止まって確認する暇はない。
「待ちなさい!そちらはキョウですよ!キョウは壊滅したのでしょう?誰に何を売りつけようというのです!」
大声での誰何に、先を歩いていた商人が足を止めた。
ふぅっと小さく溜息をつき、上から下までレナを眺め回す。
沈黙の相手に、レナは再度尋ねた。
「言えないのですか?あなたが真の商人であるならば、隠す必要などないはずでしょう」
「……君こそ、キョウへは何をしに行くつもりなんだ?」
「尋ねているのは此方です!」と大声を張り上げられて、観念したのか青年が編笠を取る。
だが、幸か不幸かレナルディには見覚えのない顔であった。
「警告しておこう。異国人はジパンから出ていけ」
突然の撤退勧告に「なっ!?」と驚く彼女へ、なおも青年は晴れやらぬ表情で伝えた。
「ジパンの揉め事はジパン人で解決する。冒険者の手は必要ない」
「貴方に、そのようなことを言われる筋合いはありません!私は私の信じる理で、この国の暴動を収めに来たのです」
頑として拒否するレナに再び深い溜息をもらし、青年がぽつりと呟く。
「……では、仕方ない。強硬手段を取らせてもらう。見回り組の駐屯所で君を監禁する」
片手を懐に入れている。いつでも武器が取り出せるような体勢だ。
相手が戦う気満々、しかも監禁などといった卑劣な手を使うと言われて、黙っていられるような女ではない。
レナは即座にロングソードを引き抜き、名乗りを上げ――ようと、した時。
「待たれーい!そこな二人、待つでござるよー!」
聞き覚えのある声に、レナは振り向いた。
「半蔵様、もう決着をつけられたのですか?」
「拙者とて、伊達に頭目は張っておらぬでござるよ。見回り組の一人や二人、拙者の敵ではござらぬ!」
えっへんと胸を張って威張った後、不意に凄みを帯びた顔で青年を見る。
「さて……柳一族が見回り組につく理由を教えてもらうとしようか?」
見れば青年も、じりじりと後方へ下がっている。
二人は顔見知り、それも半蔵の態度を見る限りだと、あまり友好的な関係ではない。
油断なく身構えながら、そっと半蔵が囁く。
「レナルディ殿はご存知ないか?冒険者ギルドに所属する忍びの噂を」
「忍者が数人所属するのは存じております。ですが顔と名前までは」
答えながら、前方の殺気が膨らんでいくのにはレナも気づいていた。
一瞬たりとも気が抜けない。隙を見せたら終わりだ。
「ならば、覚えておかれよ。目の前の此奴は柳一族の頭目……名を楼と申す。成りは小さいが、腕は拙者と互角……いや、上かもしれぬでござるぞ」
楼は懐から手を動かさぬまま、半蔵は暗器を握りしめたまま睨みあう。
永遠の時が続くかと思いきや、緊張のひとときは意外にも早く終焉を迎えた。
検問の方角から、何者かが猛烈な勢いで走ってきたのである。
「たッ、助けてくれーッ!!」
男は血まみれ、おまけに着物が破れて髪も乱れている。
右手は二度と物を持てそうにないほどの大怪我を負っていた。
「こ、降魔の、降魔の生き残りが抵抗しやがって……死ぬ、殺されちまう!」
男は崩れるように座り込み、楼へ哀願してきた。
検問方面からは、絶えず絶叫が響いている。
加えて獣の咆吼も聴こえ、咄嗟にレナルディが走り出した。
「どこへゆかれる、レナルディ殿!」
本名で呼びかける半蔵を振り向きもせずに、叫び返す。
「様子を見て参ります!」
彼女だけを行かせるのは危険だ。
半蔵、そして楼も走り出す。
近づくほどに、何が起きているのかがよく判った。
検問の近くで大勢の者が争っているのだ。
「あれは……竜魔殿、でござるか」
「なっ……どうして、竜魔様が変身を!?」
驚く二人を捨て置いて、楼は歩む足を緩めない。
「降魔の生き残りは倒すしかない……」
「待つでござる!お主には情というものがないのでござるか!?」
半蔵が止めても、楼は悲しげな視線で呟いたのみだ。
「……情で仕事は出来ない……」
だっと走り出した楼を追うように、半蔵もレナの横を駆け抜ける。
「拙者は竜魔殿をお助けするでござる!どさくさに紛れて、お主はここを抜けるでござるよッ」
「ま、待って下さい!それでは作戦が――」
呼び止めても止まらず、半蔵は瞬く間に争いの場へと飛び込んでいってしまった。
争っているのは見回り組の連中と黒き怪物化した竜魔だ。
竜魔に楼が斬りかかろうとしているのを半蔵が食い止めようとするも、見回り組隊員の妨害で思うようにいかない。
争いは検問の真ん中で行われており、とてもドサクサに紛れて通り抜けられそうにない。
なおも通り抜けるチャンスを伺っていると、竜魔が移動を始めた。
検問を踏みつぶし、ゆっくりした動きでキョウへ侵入していく。
戦いの場も移動していき、ついにはキョウの敷地内へとなだれ込んでいった。
半蔵と楼は竜魔を追いかけていき、見回り組の隊員らも彼らを追って去ってゆく。
……と思っていたら、半蔵だけが戻ってきた。
「拙者一人では、どうにもならぬでござる。仕方ない、当初の予定通り竜魔殿には囮となってもらうでござる」
諦め早ぁい。


何時間と逃げ続けていたのだろうか。
箱に紛れ、腐臭漂う路地に隠れ、体勢を崩しただけで見つかり、また逃げる。
日は夕暮れに差し掛かり、それでも追われ続ける。
如何な獣人といえど体力は無限ではない。
テトラの足は悲鳴をあげ、恐怖で心臓が破裂しそうになっていた。
どこまで逃げても音が追ってくる。草で大地を蹴る、あの足音が。
「な、なんでおいら、こんな目に……っ」
ぽたりとテトラの涙が地面を濡らす。
「貴様が無駄に逃げ回るからだ」
また、あの声だ。とうとう幻聴まで聴こえるようになったか。
涙でかすむ目を声の方へ向けて、テトラの喉が小さな息を吐き出す。
「散々手を焼かせおって……来い、牢へ貴様を放り込んでやる。処刑は貴様が降魔と関係あるか否かを調べ次第だ」
このままでは、身に覚えのない冤罪で処刑されるかもしれない。
テトラが絶望に暮れた、その時。
ポクポクと聴こえてくる蹄の音がある。
音のほうを見やると、馬に乗った人が――
もとい、ケンタウロスの背に乗った人が、こちらに近づいてきた。
テトラには見覚えのある馬男だ。
あれは聖都の聖騎士、グリフィルスではないか。
思わず、力いっぱい叫んでいた。
「たっ、助けてくんろぉぉーーーー!
突然叫んだ虎男に手前の男は眉をあげるに留まったが、背後を振り向いた時には驚愕の表情を浮かべる。
「馬……?いや、馬と……人、か?」
馬の胴体に人間の上半身が生えた妖かしが、ぐるぐると汚い布を顔に巻きつけた人間を乗せていた。
夕暮れ時に、このような異形と遭遇して、驚かないほうがおかしかろう。
「誰が馬だ!」と怒鳴ったグリフィルスを男は鼻で笑い、刀の背で己の肩を叩いた。
「ほぅ……話す馬か。百鬼夜行には刻が早いぞ、物の怪どもが。まとめて牢へぶち込んでくれるわ」
「だから俺は馬じゃねぇって言っているだろうが!!」
ブチ切れる馬男の前で、侍がテトラの首筋に刀を押し当てる。
「大人しくついてこぬ、というのであれば……虎の首が落ちるぞ」
「ひぃっ」と短く悲鳴をあげるテトラを一瞥し、グリフィルスは首を軽く振った。
「誰もついていかないとは言っていないだろ。俺達を監禁できるもんなら、監禁してみるといいさ」
刀を鞘に収めて、男が顎で虎男を示す。
「その威勢の良さ、いつまで続くか試してやろう……牢の中で、な。あぁ、こいつも乗せていけ」
グリフィルスはテトラも己の背に乗せると、侍の後ろを大人しくついていった。

城に連行されたテトラ達は、それぞれ別の檻へ入れられる。
テトラは三つある檻の一番手前に入れられた。
各々の武具は取り上げられたが、布でぐるぐる巻きの人物だけは、そのままの格好であった。
布は埃だらけの汚れまみれだったので、見回り組の連中も触れたくなかったと見える。
通路とテトラを隔てるのは木材で作られた格子だ。
壁は石造り、殴ったぐらいでは壊せない。
薄暗く黴臭い檻の中には、トイレらしき穴が空いている。
薄汚れた布団も隅に敷かれていた。
彼らを連行してきた侍とは、地下牢へ入る前に別れたっきりだ。
見張りは三人いた。
階段に腰を下ろす一人、残り二人は近くに置かれた椅子へ腰掛けている。
もちろん、全員が見回り組の隊員だ。
半日走り通しで疲労困憊なテトラは、汚い布団に寝転がる。
黴の匂いが激しく鼻腔を突いてきたが、起き上がる気力もない。
ぐったり横たわっていると、一番向こう側の檻で誰かの話す声が聴こえた。
「おーい、見張りの皆さんよ。こんな汚い部屋に俺達を閉じ込めて、どうしようってんだ?」
グリフィルスの声ではないから、顔に汚い布を巻きつけていた奴か。
見張りがすっ飛んでいき、ゴンゴンと柵を叩く音がする。
「うるせぇぞ、黙っていろ。黙らねば斬る」
「そう怖い顔すんなよ。俺はあんたらと敵対する気なんか、これっぽちもないんだ。なぁ、ここを出してくれたら、俺んチにある秘蔵の酒をご馳走してやってもいいんだぜ?」
酒、酒か。
テトラの耳が敏感に反応する。
ここから出してやったら、彼は自分にもご馳走してくれるのだろうか。
いや、しかし――見張りを油断させる嘘かもしれない。
見張りが椅子へ戻っていくのが見えた。
黙らなかったのに、布ぐるぐる巻きは斬られなかった。
ひとまず、いきなりの処刑はないと知ってテトラは安堵する。
しばらくして、また布グルグル巻きが喋りだす。
「なぁ、グリフィ。捕まっちまったが、どうする?」
なんと彼は、馬男の知り合いだった。聖騎士にも変な仲間がいるものだ。
「貴様っまだ騒ぐか!」と見張りが大声を張り上げて、しかし布男も黙っちゃいない。
「おっと、いいのか?」
「いいのかとは、何がだ」
「俺を突っついてよ。俺ァよ、疫病にかかってんだぜ?お前のエモノにも、俺の病原菌がべったりくっついちまったかもなぁ~」
疫病――と聞いて、テトラの耳がピクピク動く。
冗談ではない。
さっきまで同じ場所に座っていた相手が、伝染病を患っていたなんて。
汚い布団に身を横たえたまま、テトラは自分の額、喉元、胸、腹と順に触れていき、異常がないのを確かめる。
熱はないし、妙な痺れも感じない。感染してはいないようだ。
「な……っ何、だと……!?」
「さっきから、ずっと痒くてたまんねぇや。外しっちまおうかなぁ~、この布」
「や、やめよ!くそ、おい、外すんじゃないぞ!外したら貴様を斬るッ!」
そうだ、まったくだ。布を外したら感染威力が広がってしまう。
見張りに移すのは構わないが、おいらだけは巻き込まねぇでくんろ。
知らず、テトラの手は布団を強く握りしめる。
「オーギュ!お前、どうして……待っていろ、すぐに治してやる!」
すぐさま隣の檻から激しい破壊音、これは馬男が脚力でもって柵を破壊したのであろう。
「貴様ァ!!我らの前で堂々脱走とは、なめるのも大概にしろ!」
「うるせぇ!俺の邪魔をする気なら容赦しねぇッ」
大声で怒鳴り合う声、刀を鞘から抜き取る音に、テトラの耳も激しく反応する。
どうしよう。今、動くのは、こちらにまでとばっちりが来やしないか。
布団を握る手に汗が滲んできた。
「三人程度が俺に勝てると思うな!」
ぱっかぁん!と景気の良い音が鳴り響き、重量のあるものが壁と激突する。
続けて、重たいものが地に伏せる音も聴こえた。
テトラは布団をかぶって、しっかり耳を塞ぐ。
おいらは関係ねぇだ、おいらだけには向かってこねぇでくんろ。
そうこうしているうちに、いきなり自分の処の柵が弾け飛んだ。
馬男が此方へやってきたのだ。
「……おろ?」
今しがた気づいたようなふりをして、テトラは起き上がる。
不敵な笑顔が脱獄を促してきた。
「お前も来い。城を滅茶苦茶にかき回してやろうぜ」
「馬ぁ、おいらも助けてくれるだか。ありがてぇこっちゃ」
いそいそと背中に跨ったら、鋭い目で「今度、馬って言ってみろ。お前だけ振り落として帰ってやる」と威嚇されたが、彼とて聖都の聖騎士だ。
丸腰の者を戦場で振り落とすなど、無情な真似をするはずがない。
「お前も乗れよ。一気に行く」
疫病患者まで乗せようとしている。
やめてくれと言いたかったが、テトラは途中で言葉を飲み込んだ。
頭上を走ってきた見回り組の一人が階段を降りてきて、「貴様ら!」と叫んだ直後に馬男が蹴りかかるもんだから、振り落とされまいとしがみつくので精一杯だ。
布男が飛び乗ってきて、号令をかける。
「駆け抜けろ!」
「おうっ!」
勢いよく階段を駆け上がり、そのまま抜刀した侍軍団の中へ突っ込んでゆく。
布男も馬の背を飛び降り、いつの間にやら拾ってきていた刀を抜いた。
調子のいい奴だ。どうせならテトラの分も拾ってきてくれると有り難かったのに。
「お、おいら手ぶらだぁよ!ど、どうすりゃ」と言いかけるテトラは勢いよく振り落とされて、尻もちをつく。
「あいたっ!」
馬と呼んでいないのに落とすとは酷いじゃないか。
しかし、文句を言おうにも「適当に武器を奪え!」と叫んだケンタウロスは抜刀した軍団へ躊躇なく襲いかかっていき、テトラはポツンと残された。
目の前では大乱闘が繰り広げられている。
ここにいても、自分に出来ることは何一つない。
そっと足音を忍ばせて、ゆっくり後退していくと、あとは一気に外へと飛び出していった。