参の陣:オオエド編
テトラの到着よりも、かなり遅れてレナと半蔵の二人はキョウ入りした。
夕暮れを過ぎ、あたりは薄暗くなっている。
「宿を取るに相応しい時間になったでござる」と独り言ちて、半蔵はスタコラと歩いていく。
向かう先には宿屋らしき店が建っていた。
宿屋の玄関に入るなり、レナが大声で呼びかける。
「失礼、店主!店主はおられますか。一晩の宿を取りたいのですが部屋は空いておりますか?」
宿屋の女中は現れるなり、はっとした表情で半蔵を見やる。
「如何いたした?拙者の顔に何かついているでござるか」
にこやかに問われ、女中は落ち着きなく周囲を見渡した後、聞き取れないほどの小声で答えた。
「い、いえ、なにも……部屋はお一つで、ようございますか?」
「うむ」と頷きかける半蔵を、強い口調でレナが遮る。
「いえ、二部屋お願いします」
「……では、ついてきておくれやす。お部屋は二階になりますぇ」
女中に案内されてレナがさっさと廊下を歩いていくもんだから、半蔵も慌てて後を追う。
「二つ部屋は合理ではなかろう」と小さく囁く彼へ振り向いて、レナが眉間に皺を寄せる。
「連れ合いでもない男女が一つの部屋で寝るなど、言語道断です」
「昨夜は同部屋で寝たではござらんか」
口をとがらせての文句も、レナには通じない。
「昨日は昨日、今日は今日です」
頑として言い張られ、半蔵も閉口する。
観光ではないのだ。部屋は一つにしたほうがいい。
万が一、見回り組が徒党を組んで襲撃してきたら、レナ一人では捌ききれまい。
二階の部屋に通された。
隣の部屋とは、土の壁で仕切られている。
レナと半蔵の部屋は隣通しであった。
ひとまず半蔵の部屋に集まって、小声での相談を始める。
「検問にテトラがいませんでしたね。何か、手違いがあったのでしょうか?」
「なに、状況に応じて作戦変更したのでござろうよ」と半蔵は、さして気にした様子もない。
レナは部屋に置かれた木製のランプへ火を灯すと、ガタガタと激しく音を立てて雨戸を占める。
「ここからは、どうなさるのですか?」
「そうでござるなぁ。お女中を捕まえて、降魔の生き残りを見たかどうかを尋ねるとしよう」
「判りました」と頷き、さっそく部屋を出ていこうとするのは半蔵が呼び止めた。
「宿へ入って即聞き込みは頂けぬぞ、レナルディ殿」
「ですが」との反論を手で封じ、にっこりと微笑んだ。
「まずは風呂へ入られよ。身なりを整えてからゆかれるとよい」
目線で頭上を示されて、カツラがずれているのだと本人も知る。
そういえば、さっき走った時に着物の裾も破けてしまったんだっけ。
それに――なにより汗臭い。
さっぱり汗を落としてから聞き込みに回ろう。
「では、風呂へいってまいります。着替えは……」
あちこち見渡すレナの真横を通り抜け、半蔵は手慣れた動きで浴衣を取り出す。
「これの着付けはお分かりか?」
「い、いえ……」と戸惑いこそすれ、男の手を借りるわけにはいかないと思い直し。
「いえ!一人で着てみせます」
きっぱり半蔵の助力を断り、レナは奮然と部屋を出ていった。
荒々しい足音が遠のいていくのを耳にしながら、半蔵は溜息をつく。
わからない場合は女中に頼めと言うつもりだったのだが、誤解されてしまったようだ……
ジパンの風呂は異国民のレナにとって、何から何まで不思議フィールドであった。
誰かを真似しようにも他の客がいないのでは、どうしようもない。
素早く湯を浴びて汗と汚れを落とすに留め、浴衣なる細長い布をグルグル体に巻き付けて退散した。
廊下を歩いて戻る途中、やたら周囲を気にしながら部屋に入る女を見た。
あれは、レナ達を出迎えてくれた女中ではないか。
気になったレナは曲がり角まで戻り、そっと様子を窺った。
やがて侍と共に廊下へ出てきた女中は、二階へ上がってゆく。
レナも極力足音を忍ばせて尾行した。
階段を登りきる一歩手前で再び様子を窺うと、二人はレナの取った部屋へと入っていった。
他人の部屋へ無断で入り込むなど、あからさまに怪しいではないか。
レナは一気に廊下を渡り、襖を勢いよく開けようとして――
「下がれ、レナルディ殿!!」と襟首を引っ掴まれて後ろに倒れこんだ。
直後、レナのいた場所を刀が薙いでいく。
同時に襖が勢いよく倒れ、侍が飛びだしてくる。
部屋の中には震える手で小刀を握りしめる、女中の姿も見えた。
「テメェらの運は、ここいらで終いじゃけェ。オオエドの犬どもが、飛んで火に入る夏の虫じゃァ!」
レナが立ち上がるよりも先に、半蔵が彼女を庇う位置で身構える。
「斬り合う前に一つ確かめておきたい。お主は壬生の手の者でござるか?」
「そうかと聞かれて素直に答える馬鹿が何処におるンじゃい!」
その答えが答えになっているようなものだ。
半蔵は頷き、すぐさま斬りかかる。
「うぉッ!?」
片手の一閃を侍が刀で受け止める間に、もう片手の手で手裏剣を投げつけた。
小刀の一撃に気を取られていた男が避けられるはずもない。
手裏剣は見回り組隊員の体に、ざすっと突き刺さる。
「んッ……どりゃああ!ナメた真似してくさる!!」
もはや男の視界に映るのは、自分の体に傷をつけた忍者ただ一人だ。
「ずぇいッ!!」
気合い一閃、必殺の一撃。
しかし、斬ったと思ったはずの半蔵が霞のようにかき消える。
「何ッ!?」
部屋の何処かで声がした。
「これぞ伊賀流忍術、変わり身の術!」
「チィッ……忍者っちゅうのは伊達やないっちゅうこっちゃか!」
突如始まった戦闘にて、残りの二人も黙って見ていたわけではない。
女中は窓と押し入れの双方へ視線を彷徨わせた挙げ句、押し入れへ逃げる選択を取った。
襖に手をかけ、がらりと開ける。
「逃がしません!」
そこへヒラリと浴衣をはだけて襲いかかったのはレナルディだ。
ロングソードが女中の頭上すれすれを薙ぎ、彼女に「ひぃっ!」と悲鳴をあげさせる。
当てるつもりはない。だが、逃がすつもりもない。
風圧で怯ませて動きを止めた瞬間に、彼女を畳へねじ伏せる。
「あうっ!」と叫んで小刀を取り落とした女中は、すっかり顔色をなくしている。
これ以上の恐怖を与えないよう、それでいて押さえる手に力を込めながら、レナは優しく説き伏せた。
「無益な血を流したくはありません、大人しくしていなさい。あなたには訊きたいことがございます」
その間、何度目かの攻防で足を払われた侍が数歩よろめいた後に尻餅をつく。
「っとっととと、どあぁっ!」
すかさず半蔵には、逆手に腕を捻りあげられた。
「だだだだッ、あだだだだだ!」
「誰に頼まれた?素直に言うならよし、言わぬであれば……折るッ!!」
「だぁれが、いだだだだだッ!」
部屋中に野太い悲鳴が響き渡っても、半蔵は手を緩めない。
「折るぞ。これは脅しではござらぬ」
「うるせェ、腕が折れたぐらいで俺が音を上げると思ったらイデデデ、デデェッ!」
「ふんっ!」
ゴリッと嫌な音がした。
半蔵が手を放すと、見回り組隊員は口から泡を吹いて悶絶してしまった……
「弱いものでござるな」
気づくと、レナが非難の目を向けている。
「……そこまでする必要はあったのですか?」
半蔵は、ひょいと肩を竦めて微笑んだ。
「なに、忠告を無視するのが悪いのでござる。それよりレナルディ殿、騒ぎが大きくなりもうした。この男を担いで引くとしようぞ」
咎められているというのに、反省の色は全くない。
レナは押さえつけた女中と半蔵を交互に見やり、確認を取る。
「この者からは何も訊かなくてよろしいのですか?」
「その者が知るのは、脅されて見回り組の手引きを仕方なく引き受けた……目的は拙者の捕獲。そうでござろう?」と、これは女中へ尋ねたもので、レナの手から解放された女中は力なく項垂れる。
「は、はい……オオエドの忍者、半蔵が来たら教えよと、言われておりました」
「どうして、すぐに判ったのですか?」とのレナの質問にも、彼女は半蔵をちらりと見やり、素直に答えた。
「人相書きを、渡されております……そっくり、でした。髪の毛を逆立てている処から、忍び装束をお召しになっている処まで」
言われて、レナの視線も半蔵を捉える。
見回り組の羽織を偽装しているけれど、下は紺色の忍び装束。
それなりに町娘の格好で出発したレナと比べたら、変装などしていないようなものであった。
「そう、ですか……人相書きが出回っていたのですね」
ふぅっと大きな溜息をついて、レナは浴衣の襟を掻き合せる。
うっかり異性の前で乱れた格好を見せてしまったことに、今更ながら羞恥心が芽生えてきた。
「それで……この男を連れて、どこへ行くのですか?」
「隠れられる場所であれば何処でも良いが、まずは降魔の里を目指すとしよう」
侍を抱えた半蔵は、レナの返事も待たずに窓枠を越えて出ていった。
耳を澄ませば聞こえてくる。店の者が騒いでいる声や、大勢の足音が。
二階での大乱闘は、宿にいた人々にも筒抜けだったようだ。
「お待ち下さい!」と叫んだレナも、窓から飛び降りた。
地面着地の衝撃は激しい痛みを彼女の素足へ与えてきたが、痛がっている暇もない。
前をいく半蔵は大通りを抜けていく。
大男を背負っているというのに、予想以上の速さだ。
浴衣の裾がヒラヒラとはだけるのを気にしながら、レナは必死で追いかけた。
そして二人は逃走の途中で「待ってくれだよぉぉー!」と泣き叫ぶ虎男にも追いかけられたのであった――
日はとっぷりと暮れ、表通りに人の気配はない。
三つの影はキョウの夜道をひた走り、ついには追手を振り切った。
レナの足が悲鳴を上げる寸前で、先頭の半蔵が立ち止まる。
「何となくナゴヤの方角に出てしまったでござるが、さて……いかが致そう」
「降魔の里とやらを……目指すのでは、なかったの、ですか?」
息も絶え絶えに尋ねるレナへ半蔵は首を傾げてみせた。
「その里の位置なのだが、拙者、実は知り申さん。竜魔殿に詳しく訊いておけばよかったでござるな」
今更だ。突っ込む気力もなくなり、レナは地べたへ座り込む。
それよりも、と半蔵の目が地べたに転がったワータイガーを見た。
「ラガナート殿、よく無事でござったな」
「あ、へぇ、お、おいら、もう、おなかペコペコで……」
言っている側から、ぐぅぅ……と情けない音をテトラの腹が鳴らす。
だいぶ息の整ってきたレナが「どこかで、また宿を取りますか?」と尋ねるのは手で制し、半蔵は周囲を素早く見渡した。
「それよりも……うむ、あそこで良いか。尋問をしておかねばな」
捕虜を背負って移動したのは、打ち捨てられた納屋の中であった。
「まずは……と」
男の股ぐらに手を突っ込んで、何やらごそごそやっていたかと思うと白い布を引っ張り出す。
そいつで捕虜の両手を固く結び、肩を捻ってやった。
「ぐぇっ。こ、ここはどこじゃァ?」
目を覚ました男に半蔵が微笑む。
「検問前にてござる。そして、お主は我らの捕虜となったのでござるよ」
「な、なんじゃあ、この手は!グルグル巻きやんけェ」
「それこそが捕虜の証。では、話を聞くと致そうか。大人しく話せばよし、しないのであれば拷問してでも口を割らせるでござる」
「ザケんな、んドリャア!そうですかってな具合に話し出すと思うとんのかい!」
両手を己の褌でグルグル巻きの二重結びにされた上、半蔵に押さえつけられているくせに、侍は凄みをきかせて睨んでくる。
「言うことを聞かぬと、こうでござる。こちょこちょこちょ」
そんな侍の足の裏を、半蔵はコチョコチョとくすぐってやった。
「うひぇっ!?う、うひひひひ、うひひっ、や、やめぇ!くすぐりにゃあ弱いんじゃァ」
「大人しく話してくれれば止めるでござるよ」
「だ、だァれが!!」
「なら仕方ないでござるなぁ。こちょこちょこちょ」
「うひぇぇ、あひゃっあひゃひゃひゃっっ!」
見てる方まで恥ずかしくなってくるような、情けない拷問だ。
侍は涙を浮かべて、もだえている。
「まだ言わぬでござるか?なら、首筋や脇腹もくすぐってやるでござる」
「ひぃぃいっっ、いうっ、いうからっ、あひゃひゃひゃ、やめ、やめぇぇ!」
くすぐる手を一旦休め、半蔵が問う。
「そうでござるか。では、まずはキョウの殿様の行方でござる。お主の知る情報を全て吐かれよ」
「キョウの城じゃ!城の、最上階に吊りさげてあるッ」
「酷いことをするでござる。食事は与えているのでござろうな?」
捕虜は激しく首を振った。
「お、俺ァ知らん!奴の世話をしてたンは、大地の御大じゃけんのォ」
大地の御大――
その一言に半蔵の眉が、ぴくりと跳ね上がる。
そう呼ばれる人物に一人だけ心当たりがあった。
だが、その御仁が住むのはナゴヤではない。オオエドだ。
かといって、ジパンで大地の性を名乗る者が彼以外にいるとも思えない。
「如何いたしましたか、半蔵様?」
レナの声で我に返った半蔵は「いや」と呟き、尋問を再開した。
「もう一つ。見回り組はキョウとナゴヤで、それぞれ何名配置されているのでござる?」
「言えんわい!仲間を売るようなマネ、誰がするかァ!!」
「ならば仕方ない、拷問を再開すると致そう。こちょこちょこちょ」
「ああはぁぁあっ!い、言う!言うからやめちょくれぇぇ!!」
再び泣かされた侍は、息も絶え絶えになりながら答えた。
「途中、降魔の襲撃もあったから初期の人数とは変わっとるかもしれんが……キョウに五十、ナゴヤに八十が全隊員数じゃけェ。それに新たに加わったのが柳一族!」
ハッとなる半蔵を見上げて、見回り組が勝ち誇ったように笑う。
「ヘッヘッヘッ。オオエドの犬と言えども、この名にゃあビビッたかいのォ~?」
「いや、やはりと思ったまででござる」
素っ気なく答えると、半蔵は男を押さえたままレナに言った。
「柳一族は正式に見回り組の仲間になったようでござるな。少し、厄介でござる」
「柳一族……」
レナは思考を巡らせ、検問で出会った青年を思い出す。
あの時も半蔵は警戒していたが、彼女にはどうも違和感があった。
ただ、その違和感が何かと問われると、言葉にするのは難しい。
「キョウ城陥落には、大地の御大が協力してござったのか?」
捕虜は黙って視線を逸らす。当たりのようだ。
「やはりか」と独りごちて、半蔵はレナを見た。
「レナルディ殿も此奴に訊き出しておきたいことは、おありか?」
「では、お訊きしましょう」と頷き、レナは男の側へ膝をつく。
「降魔忍者の残党は、ご存知ありませんか?どのように些細な情報でも構いません」
男はチラリと彼女の太腿へ目をやり、好色そうな笑みを向けた。
「もうちょい足を開いてくれたら教えてやらんことも」
問答無用で半蔵に足の裏をくすぐられて、取引も即座に終了だ。
「こっ、降魔なら、逃げ出して久しいだろうがッ。俺ァ、宿でオオエドの殿様ってやつを待ち受ける役目を負っとったんじゃ!」
涙目で叫ぶ隊員へ半蔵が重ねて問う。
「宿で?では、他にも役目を負った者達が町中に潜んでいると?」
「おぉよ、伊達に何十人も隊員がおるわけとちゃうでェ」
背後で聴こえる腹の音が、一段と大きくなってきた。
テトラの限界が近そうだ。
最後に半蔵は尋ねた。
「お主らは初め、どうやってキョウに入ったのでござる?降魔忍が見張っている、あの検問を突破するのは容易ではござらぬだろうに」
侍はニヤリと笑みを浮かべる。
「抜け道を、見つけよったんや大地の御大がのォ。ナゴヤとキョウを繋ぐ裏道じゃ。検問を通らずして、すぐに抜けられる」
「なんと、抜け道!そんなものがあるとは盲点でござった。一体、誰が作ったものでござろうか?」
驚く半蔵へ不敵に笑みを浮かべた隊員が「そんな事ァ、知らねェ。知ったこっちゃねェ……だが大地の御大がソイツを見つけてくれたおかげで」と言うのを半蔵が締めくくる。
「『キョウ侵入も楽になったっちゅうわけじゃい』……でござるか。大地殿は今、どちらにおられるのでござる?」
「今ごろはナゴヤに戻っとるはずじゃけん。役目が終わったら戻ってこいと隊長が命じとったんでのォ」
もう質問は終わりとばかりに、半蔵は立ち上がる。
立ち上がりざまに、見回り組隊員の首筋に手刀を入れて気を失わせた。
「おまたせ致したな、ラガナート殿。飯に致すとしよう」
「おぉっ!飯だがや?」
きょろきょろ辺りを見渡しても、飯屋は何処にもない。
きょとんとなるテトラの前に半蔵が差し出したのは、懐から取り出した握り飯だ。
「飯屋でなくて悪いのだがな、拙者が出掛け作っておいた握り飯を、お主に差し上げよう。少々硬くなっているかもしれぬが」
言い終わる前に勢いよくひったくられ、握り飯はテトラの胃の中へと消えていった。
「ぷひぇー、全然食い足りねぇ……けど、あんがとなぁ」
「見事な食いっぷりでござる」と満足げな半蔵を、レナが促す。
「それで……降魔の里を探すのですか?それとも、このままナゴヤへ足を運んでみるのですか。大地という男を探しに」
「いつまでも此処に留まるわけにもゆかぬし、戻るのも危険。従って、ナゴヤへ行ってみると致そう」
半蔵は立ち上がると、地に転がしてあった見回り組隊員から着物まで剥ぎ取って、素早く着替える。
突然の着替えに驚いて、レナは視線を外した。
頬が熱い。殿方の着替えに遭遇したのは、生まれて初めてだ……
「お主も一応、変装いたせ」と半蔵がテトラに渡したのは、先ほど自分が脱ぎ捨てた忍び装束だ。
「なんだべ?こんなん渡されても、おいらにゃサイズが合わねぇだよ」と悩むテトラの頭に、ぐるぐるっと装束を巻き付ける。
「わぁっ、何すんだべ!?前が見えねぇだよ、それに臭ェ、汗臭ェだ!」
文句のうるさい虎男の耳元で「我慢するでござる」と囁くと、半蔵は歩き出す。
その後を心持ち項垂れながらレナが続き、テトラも腹を擦りながらついていく。
ナゴヤ方面に続く検問へ近づく直前、半蔵が念を押してきた。
「レナルディ殿、ラガナート殿。検問では拙者が奴等と話をつけるでござる。お二人は怯えた顔でついてこられるとよい。そのほうが、よりらしく映るというもの」
「……判りました。ここは貴方にお任せします」
「わかっただぁよ」
素直に頷くテトラ、そして不承不承頷いたレナを背に、半蔵は歩き出す。
姿が見える距離まで近づいたあたりで、見張りが声をかけてきた。
「おい、止まれ!なんだ?お前らは」
「この二人は拙者が雇いし間者でござる。役目を終えたので、共にナゴヤへ戻ると致す」
「間者?宿屋は藤間殿が待ち伏せする手筈ではなかったか?」
訝しげに尋ねられても、半蔵は飄々と受け流す。
「急遽予定が変わり申した。藤間殿は宿で怪我を負い、拙者に伝言を預けたのでござる」
「な、なんだって?それで……藤間殿の怪我の塩梅は、どうなんだ!」
泡を食う見張りから視線を外すと、ふっと影を落として半蔵は黙り込む。
ややあってから、どこか悲壮感漂う表情で「明日が峠やもしれぬなぁ……」と呟いた。
「なっ……!よく知らせてくれたッ。おい、藤間殿の見舞いに行くぞ!」
見張りの何人かが急ぎ、キョウ方面へと走っていく。
「お前は壬生殿に伝言を急げ!」との叫びを最後に、走り去っていく面々を見送った後。
三人は悠々と検問を抜けて、ナゴヤの地を踏んだのであった。
-肆の陣へ続く-
