Chapter1-1 風のフェイ
フェイランド=クーが彼を見つけたのは、よく晴れた日のことだった。
見たこともない丸くて白い物がプカプカと海の上に浮かんでいて、その中には男が座り込んでいた。
真っ黒な服に身を包み、頭に巻いた緑のバンダナが奇妙に目立っていた。
目つきが鋭くて一瞬驚いたけれど、よくよく近づいて見てみれば、それほど怖くもなさそうだった。
「なぁッ、お前、そんなトコで何やってるんだ?」
興味津々話しかけると、こちらを眺めて、しばし黙り込んだ後、男がポツリと答えた。
「流れてるのさ」
「流れて、る?」
「何をするわけでもなし、俺は流されている」
そう答えて、今度は彼の方から切り出す。
「ところでぼうず、ここはどこだ?なんて星なんだ」
「ここは海の真ん中だ!エル・ラーの北北東ってとこかな?」
「そうじゃねぇ、この星の名……いや、いい。忘れてくれ」
ふるふると首を振って、男が話題を仕切り直した。
「質問を変えよう。ぼうず、このポッドを見た事はあるか?」
この、と彼の乗った白くて丸いものを指さされ、フェイは迷わず即答する。
「ポッドォ〜?その変な船、ポッドっていうのか?初めて見た!」
くすっと笑って、男が呟いた。
「なるほどな」
「何だよ、何が『なるほど』なんだよ!」と尋ねても、彼は手を振って「何でもねぇさ」と誤魔化すばかりで何も教えてくれない。
話が逸れていたと気づいたフェイも、軌道を戻した。
「で、さっき流されてるって言ってたよな!てことはお前、漂流してんのか?」
「漂流というか、墜落というか……ま、似たようなもんだ」
「やっぱなぁっ。行くアテないんだったら、俺と一緒に冒険しようぜ!」
唐突な誘いには、しばし間が空いた。
だが、すぐに男は「いいねぇ……俺も生き方を探していたところだったのさ」と小さく呟き、腰を上げた。
その拍子に、バンダナから茶色い耳が見え隠れする。
まるで、野を駆ける獣のように長く垂れ下がった耳が。
「よろしくな。ぼうず、名はなんて言う?」
「俺はフェイ!フェイランド=クーっていうんだ。お前は?」
「ヒョウ」
「ヒョウ?ヒョウ、なんてーのさ?」
「セカンドネームなんざねぇ、ただのヒョウだ」
「おっ、お前!ひょっとして、もう称号持ってるのかぁ?すげーなっ」
何かを合点して喜ぶフェイに、ヒョウが釘を刺す。
「おい、勘違いしてんじゃねぇぞ。俺はお前の星の住民じゃねぇ……よその星から来た漂流者だ」
「よその星?」と言って、フェイは首を傾げる。
どうも、この男、ヒョウは先程から時折、訳のわからないことを混ぜてくる。
ポッドなんて呼ばれる船は首都でも見た覚えがないし、「星って、あの夜空に輝いて見える星の事?」だとしたら、とんでもない酔っぱらいか夢想者だ。
夜空に輝く星に生き物が住んでいるかどうかなんて、フェイは今までの人生で一度も考えたことがない。
今も呆れた表情でヒョウは「やれやれ……こいつぁ宇宙の説明から始めないと駄目か」と小さくぼやき、こちらを馬鹿扱いしてくる。
「ウチュウってなんだよ!ちょっと大人だからってバカにすんなっ」
怒るフェイに肩をすくめ、ヒョウは言い直す。
「ま、いい……説明したって、ぼうずの頭じゃ理解できっこねぇだろうからな」
「ぼうずじゃないよ、フェイ!!」
「ハイハイ。で、フェイ……そのオンボロいかだは、どこへ流れていく最中だったんだ?」
どこまでも呆れた態度を崩さないヒョウに、フェイは頬を膨らませて答える。
「おんぼろじゃないやい!ラ・グーの森を目指して進行中なんだっ」
首都バールから海路を取って、ラ・グーの森まで行く途中だったのだ、ヒョウを見つけたのは。
陸地を歩いても、ラ・グーの森まで行けないこともない。
だが、フェイがあえて、お手製の筏で航海に出たのは理由がある。
「何で海路をとった?」とヒョウに尋ねられて、フェイは自信満々答えた。
「意味なんてないよ。冒険ってのは楽しまなきゃ、ね?」
フェイの答えを聞いた直後、ヒョウが身体を折り曲げて忍び笑いを漏らすもんだから、ますますフェイは膨れっ面になる。
「何だよー、何がおかしいんだよーっ」
「悪ィな……どうやら俺とお前は気が合いそうだって思ったのさ」
目尻に浮かんだ涙を拭って言われても、ちっとも気が合いそうに思えない。
「もーっ、何だかなぁっ」
「そうむくれんなよ。俺は少なくとも、お前を気に入ったぜ」
言うが早いか、ひょいっと白い船からフェイの筏へとヒョウが乗り移ってきて、フェイは思わずバランスを崩す。
「わっわわわわ!?」と海へ転落しそうになるのは、ヒョウが片手で抱きとめて事なきを得た。
「よろしくな、フェイ」
「あ、うん。こっちこそヨロシク、ヒョウ!さぁって、それじゃ西南に進路変更〜!目指すはラ・グーの森だぁっ」
「その森には何があるんだ?」と、ヒョウ。
フェイは満面の笑顔で答えた。
「知らないから、冒険するんだってば!まだ見ぬ未開の地への冒険、わくわくしちゃうよなっ!?」
――こうして、フェイとヒョウを乗せた筏は無軌道な波に運ばれた。
その晩、嵐に飲み込まれて、見知らぬ島へ漂着するまで――
「ここどこぉ!?」と些か情けない声がフェイの口を飛び出して、改めて二人は周囲を見渡す。
辺り一面、緑の草木で覆われた何も無い島だ。
そう、何もない。家らしき建物や、杭で繋がれた船すらも。
咄嗟にヒョウの脳裏に浮かんだのは、無人島――という予想であったが、フェイの反応は違った。
「これって、ひょっとしたらラ・グーへ行くよりも、ずっと冒険心わくわく気分?ねぇっ、ヒョウ!さっそく冒険してみようよっ。色々と歩き回ってみるんだ、レッツゴー!」
さっきまで狼狽えていたというのに、立ち直りが早い。
さすが手作りの筏で一人、冒険に出ようと考えるだけはある。
頭を掻きながら「まぁ……ここでじっとしてても、しゃあねぇか」と呟き、ヒョウはフェイの後を追いかけた。
この惑星、名は何というのか不明だが、文明レベルは相当低いと推測される。
見た目、七、八歳ぐらいの少年が宇宙船を知らないってんじゃ、よくてD、それともEか。
今だって島には人っ子一人いない。やはり無人島なのか。
嵐に巻き込まれるまで、他に島や行き交う船が見つからなかった点からも、海へ出る住民自体が少ないのであろう。
ふと、ヒョウがフェイを見やると、少年は目を瞑って無言で突っ立っている。
つい先程まで冒険だ何だと騒いでいた割に、それらしき行動を何もしていないではないか。
「おい、フェイ……」
軽く肩を揺さぶってみたが、少年が目を開ける気配はない。
「フェイ!」
今度は力強く耳元で叫んだら、フェイがパッチリ目を開いた。
「んわっ!?……なんだよぉ、耳元で怒鳴んなよな〜」
「ぼ〜っとしてんじゃねぇ。冒険しようっつったのは、お前だぞ?」
訝しげに眉を潜める相手にも、フェイは「ぼーっとしてないやい!風と話してたんじゃないかッ」と叫んで、ますますヒョウを困惑させた。
「風と……?お前、頭大丈夫か?」
「ぶー!ヒョウには聞こえなかったのかよっ!」
「……聞こえねぇよ、そんなもん。ふざけてねーで先行くぜ」
さっさと踵を返したヒョウの後を追いかけながら、フェイも同じく首を傾げていた。
海の上で見つけた時から変なやつだと思っていたが、こうやって行動を共にすればするほど変なやつだ、ヒョウは。
あの場所は、まだ調べられる箇所があったのに、さっさと奥へ行ってしまうなんて勿体ない。
ぽつぽつと咲いた花は甘くて美味しそうな香りを振りまいていたし、赤や黄色の小鳥たちが空を飛んでいた。
彼らの囁くお喋りは大抵が他愛のない内容で、今日のご飯は何にしようかしらとか、そんなものばかりだ。
それでもフェイが話しかけると、ここは『月明かりの島』という名前だと教えてくれたし、島に人が住んでいることも教えてくれた。
――それら全てを聞き逃したくせに、ふざけた奴扱いしてくるたぁ、本当に変なやつっ。
けど、ここで彼と別れるのは面白くない。
一人よりは二人のほうが、きっと冒険は楽しくなる。
問題は、ヒョウが、こちらへどれだけ歩み寄ってくれるか、だけど。
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