SENGOKU

序章 一.刻かける

町中にカンカンカンと激しく鐘の音が響き渡る。
「門を閉じよ、絶対に逃すでないぞ!」といった喧噪で包まれる中、暗闇を駆け抜ける影が一つ。
後を追いかけるのは城の精鋭戦士たちだ。

――深夜の惨劇は唐突に幕を切って落とされた。
奥の寝屋へ駆けつけた侍たちが見たのは、自ら生み出した血の海に沈んで事切れる城主。
そして、血に濡れた刀を下げて静かに微笑む不知火 蒼炎の姿であった――

「くそッ、奴は何でこんな真似を!」
逃走する不知火を追いかけるのは城の精鋭戦士が一人、くれない 麗羅。
女だてらに名門武家の生まれ、鉄扇を振り回す。
相棒の妖機獣、兎月と戦えば向かうところ敵なしの強さを誇る。
だが、その彼女でも不知火の凶行は止められなかった。
殿が凶刃に倒れるまで怪しい物音など一切せず、見回りの者が血溜まりに倒れた見張りに気づいて、ようやく発覚したぐらいだ。
謀反を起こしたのが不知火だというのも、信じられずにいた。
奴は武家の出でありながら立場は技術師、刀など所持していないはずであったのに。
否、そればかりではない。
奴は殿――霧崎城が城主、霧崎 左之助の寵愛を一身に受けていたのだ。
いずれは城の跡継ぎにするといった話を、麗羅は左之助から聞かされたこともある。
だが現実として不知火は刀で左之助を惨殺し、城詰めの戦士が駆けつけるよりも早く城を飛び出た。
完全に後手に回った戦士は、相棒を呼び出す暇すらなく追撃を命じられる。
しかし、この騒ぎだ。
いずれは彼らも追いつくか、或いは気を利かせて先回りし、門前を守っているやもしれない。
「無駄口を叩いている暇はないぞ、麗羅!今は一刻も早く追いついて、たたっ斬る!それだけよ」
勇ましいことを言いながら、追手の最後尾をドスドス走っているのは兄の大作だ。
力自慢の彼に欠点があるとすれば、太り過ぎが故の鈍足であろう。
不知火に追いつくどころか味方からも、ぐんぐんと距離を離されている。
不意に頭上を覆う影。
見上げると、闇夜でも青く輝く羽根を羽ばたかせながら巨大な鳥が皆々へ呼びかけていた。
「戦士の皆々様ー!奴めは東之門へ向かっておりまするー!騒擾様も、そちらで待ち構えております!」
あれは城専属戦士が騒擾 阿澄の相棒、御隣保酢おりんぽすではないか。
すでに門で守りを固めていたとは大した先読みだが、妖機獣に伝達を任せたのは失敗であった。
というのも――
全くの反対側、これまで駆け抜けてきた方向から「ぎゃあぁ!」だの「し、不知火ッ、何故こちらへ!?」と言った侍の怒号や悲鳴が聴こえてきたからだ。
「なんじゃとォ!?」
最後尾の大作が振り返る。
目の前に広がるは、煌々と輝く赤い炎。火事が城下町を包みこんでいた。
不知火の相棒、残荊棘ざんばらの仕業に違いあるまい。
「くそ、てっきり東之門から逃亡すると思っていたのに!」
身を翻し、麗羅は号令をかける。
「皆、西之門へ向かうよ!」
東之門は港城へ続く道、西之門の先にあるのは森と小さな祠、そして祈祷師の住まう家ぐらいだ。
これもまた陽動ではないかと内心疑いながら、大作も回れ右。今度は先頭を走り出した。
「がはは、続けィ皆の衆!」
さらに前方から走り寄ってくるのは、彼の相棒にして妖機獣の熊五郎だ。
腹に三日月模様を持つ、漆黒の巨大な熊が二足歩行で走ってくる。
「大作どーん!ワッシもお供しますけェ!」
「よっしゃあ!お前と俺が組めば、さしもの不知火とてボッコボコじゃあ!」
「ウチも、ウチもやったるで!」と叫んで、共に走ってきた巨大兎にまたがると麗羅の速度は上がる。
「兄ィ!あたしは先に行く、皆も後からついてきなッ」
返事を待たずに夜の町を疾走した。

――西之門。
逃亡の不知火を待ち構えるのは、槍や弓矢を構えた門兵だけではなかった。
「ヘッ!てめぇと戦う日がくるとは思ってもみなかったぜ」
刀を構えて吼えたのは目つきこそ悪けれど、れっきとした霧崎城の直属戦士、牙隆がりゅうだ。
騒擾率いる侍軍団が東之門で守りを固める間、彼だけは西之門へ向かった。
策ではない。勘だ。
深夜に暗殺を執行するような輩ならば、安直に東へ向かわないのではないか。そんな予感がした。
彼の足元には低い姿勢でキャンキャン騒ぐ、白い毛並みの子犬がいた。
「うぅ~、がるるる!これいじょう、ちかづいてきたらぁ~かみついちゃうぞっ」
途端、相棒には「うるせぇ!さがってろ」と蹴っ飛ばされて、「キャウン!」と悲鳴をあげるハメに。
二人のやり取りを眺め、不知火が薄く笑う。
「使い捨てが災いしたな。日頃、妖機獣は大切に扱っておけばよかったものを……そこな相棒と二人で私を止められると思わぬことだ」
だが、牙隆もさる者。
へっと鼻で笑い、立ち止まった不知火を嘲り返す。
「一騎討ちだ……刀と刀での勝負、まさかお武家様ともあろうものが断ったりしねェよな?」
不知火が答えるよりも先に、ふわっと彼の背後に舞い降りた影が一つ。
二ツ首の巨大な蛇。無論、ただの蛇ではない。
「おう、月読つくよみ。てめぇもだ。一騎討ちを邪魔するんじゃねぇぜ」
月読と呼ばれた女性――蛇の上にまたがった忍びは、ふっ……と笑いを漏らす。
「一騎討ち、ね……こんな事態になっても、あなたは変わらないのね」
「あァ。こちとら年中戦いに飢えているもんでな。さぁ、やろうぜ……不知火」
牙隆に刃先を向けられた不知火は黙して佇んでいたが、やがて口を開いた。
「武士であれば、こう答えるのだろう。"応"……と。だが、私は武士ではない。技術師だ。だから、答えは"否"だ」
「この包囲網で逃げられると思っているのか!」と牙隆の背後で陣を組む兵士が騒ぎ出す。
一対一を断られた以上、相棒を呼び戻す暇なんか与えていられない。
「構ぇい!」
塀の上からは矢が一斉に降り注ぎ、一方で槍を構えた兵士たちは後方へ下がって門に張り付く。
不知火の妖機獣が如何に強かろうと、奴は空を飛べない。死しても門を守る覚悟が彼らにはあった。
牙隆とて、むざむざ逃がす気はない。不知火を進ませまいと斬り込んだ。
「死にやがれッ!」
目にも止まらぬ一閃。
――しかし、必殺を込めた一撃は不知火に掠りもしなかった。
ふわっと音もなく奴の身体は宙を舞い、難なく避けた。
「何ッ……!?」
いや、違う。背後に回り込んだ蛇が不知火の襟首を噛んで、己の背へ導いたのだ。
「月読……?」
戸惑う牙隆を見つめ、蛇――双成ふたなりにまたがった月読が嗤う。
「ごめんなさいね。けれど、ここで不知火様を討たれるわけにはいかないの」
「まさか月読様、我々を裏切るとでも申すのですか!」と背後で兵士が叫び、動揺を隠しきれないまま牙隆も吼えた。
「てめぇ、てめぇは霧崎に恩義があるんじゃなかったのかよ!?」
「恩義なんて……恋の前には無意味だわ。忠義のないあなたには判るのではなくて?」
到底納得のいかない、ふざけた返事を最後に双成が舞い上がる。
ぶわっと一面を覆う砂埃に目をやられながらも、牙隆は力の限り叫んだ。
「ッッッざッけんなァーーー、月読ーーーッ!」

こうして。
霧崎城は、まんまと謀反者を取り逃し、ついでに城専属の精鋭戦士までもを一人、失ったのだ。


――処は変わり、牙隆らの住む"戦国"とは異なる世界にて、今日も朝から勢いよく家を飛び出す元気な少年の姿があった。
「ギャー、完全に遅刻じゃん!いっつも起こしてっつってんのに起こしてくんないんだからー」
寝坊を完全母親のせいにしながら駆けていく、この少年。
名を立花 輝竜きりゅうという。青銅学園高等部に通う二年生だ。
口元にはパンくずを張りつけて、頭は寝癖でピンピンはねていたし、鞄の中身は教科書すら入っちゃいない。
いつもの角を抜ければ駅まで一直線。
懐から定期券を取り出し、改札口を走り抜けた。
「っしゃぁ!」
滑り込みセーフ!
今にも閉まろうかというドアへ駆け込むと同時に、背でドアの閉まる音を聴く。
電車が走り出して、ようやく輝竜は一息ついた。
「っぶね~」
毎日やっているから慣れたものだ。当然、まわりの迷惑なんて知ったこっちゃない。
背中を押されて迷惑そうなサラリーマンの視線を一斉に集めながら、びっしょりかいた汗を手で拭う。
鞄は空っぽだが、問題ない。
本日の授業は丸一日、社会見学だ。
牧場を見学するとのことで、普段の退屈な授業を嫌う輝竜が張り切るのも当然である。
張り切りすぎて、昨夜は全然寝付かれず、それで寝坊したわけだが。
やがて電車が新宿駅に止まるや否や、人の波に押し流されるようにして降りた。
駅を出て徒歩五分以内に見えてくるのが我が学校、青銅学園だ。
すでに門の前にはバスが停まっており、ぎりぎり間に合ったようでもある。
門の向こうで男女二列に並んで出発を待つ同級生の注目を浴びながら、輝竜はゴールイン。
「っしゃー!間に合ったーっ」
全力の雄叫びに、どっと笑いが沸き起こる。
「もう、立花くん。朝から笑わせてくれるよね」
女子の一人に笑顔で窘められて、輝竜もテヘッ☆と笑って誤魔化す。
「間に合えば全てヨシ、だろ?」
「よしじゃない、よしじゃ」と叱る先生も顔が笑っている。
バスは生徒たちを乗せて出発した。

高速道路に入ると景色も単調な灰色に切り替わる。
バスの中ではバスガイドや生徒がカラオケに興じ、輝竜は隣に座った女子とお喋りで盛り上がっていた。
「な、牧場ってぐらいだしナマチチも飲めるのかな?楽しみだよな、ナマチチ!」
女子は「なまちち?」と小首を傾げる。
霧崎 比芽ひめ。輝竜の同級生であり、お金持ちの娘でもある。
長く伸ばした黒髪は、さらさらのロングストレート。
無化粧でありながら垢抜けており、しかもクラスでは飛び抜けて愛らしい顔つきをしている。
おっとりした性格まで併せて、一番の人気者だ。
出発前に席取り合戦が白熱したのは公然の秘密である。
「輝竜~、それを言うならセイニュウだろ?」と間違いを前の座席の男子に正されても、なんのその。
「生の乳って書くならナマチチだって間違っちゃいね~だろ」とやり返す。
比芽は、くすくす笑っている。つられて前の座席の男子も笑い、輝竜もニッコニコ満面の笑顔だ。
このまま何事もなく牧場へつくと誰もが思っていた。
そりゃそうだ。高速道路で起きる事故に自分が巻き込まれるなんて、普通は考えない。
運転手だって事故を起こすなんてのは考えになく、だから突如、前面を塞ぐ巨大なものには虚を突かれた。
そいつはパッと見、巨大な針鼠――とでも言えばいいのか?
赤と黄色と緑の尖った毛が順番に生えた巨大な針鼠だ。
そんなもんが高速道路を走るバスの進路妨害をしてくるなんて、運転手は自分でも自分の目を疑う。
「うわぁぁぁ!」
咄嗟にブレーキを踏んだが間に合わない。

ガンッ!

と激しい音を立てて巨大物体とぶつかった直後、前面のガラスは粉々に砕け散ってバスが軌道を狂わせる。
猛スピードで、道路脇にある壁にガリガリと車体をこすりつけた。
そんな状態になりゃ、乗っている生徒や先生も「キャー!」「な、なんだぁぁ!?」と大混乱。
「オラッ、落ちちまえ!」と誰かが外で叫ぶ声を聴いたのが最後で。
バスは後ろから押される形で勢いよく壁を突き破り、道路の下へと落ちていった……

もくもくと黒煙、続き赤い炎が立ちのぼる事故現場を遠目に眺めるのは、空中に留まりし針鼠だけではない。
その背に乗った青い髪の少女もだ。
「任務完了、かのぉ?」
針鼠の問いに、少女は首を真横に否定。
「まだだ。姫は戦国へ転生する。向こうで始末をつけよう、飛丸」
チッと小さく舌打ちし、飛丸と呼ばれた針鼠は悪態をついた。
「ここで殺しとけば終わりだと抜かしとらんかったか、不知火めの野郎は」
無表情に空を見上げ、少女が答える。
切香きりかも、そう考えていた。けど魂が今、一つ二つ飛んでいった。戦国へ」
「一つ二つ?姫君は一人だと思っていたんだがな」
針鼠が首を傾げるのにもお構いなく、切香は手をあげる。
それを合図とし、音もなく二人の姿は掻き消えた。消防車やパトカーが現場へ辿り着くよりも早く。


輝竜と比芽を乗せたバスが転落するよりも、少し前。
戦国と呼ばれる世界で、一つの動きがあった。
亡き城主の穴を埋めるべく、そして打倒不知火の意思を固めんとばかりに霧崎城には祈祷師が集められていた。
西に住まう占術師、津鬼門 譲つきもん ゆずるによる予言が伝えられたのだ。
左之助の魂を引き継いだ娘が異世界に出現した。
彼女を、この世界へ呼び出せれば霧崎城も安泰だ。
だが不知火が先手を打ち、手の内の者へ彼女の暗殺命令を出したというのだ。
もはや一刻の猶予もない。
祈祷師は一心に祈りを捧げ、前城主の寝屋に描かれた巨大な魔法陣が怪しく光を放つ。
やがて祈りが最高峰を迎え――魔法陣には人影が出現した。
「おぉ……!」
城仕えの者達が見守る中、呼び出された人影が不安げに左右を見渡す。
「……え?あ、あれ?ここは……」
美しい黒髪を長く伸ばした少女。
霧崎 左之助の魂を受け継いだとされる姫君で、名を霧崎 比芽という。
「がぁっはっはっ!さすが左之助様の魂を受け継いだだけはあるわい、なかなかに可愛いではないか」
喜ぶ兄を制し、麗羅が短く叫んだ。
「待ちなよ、兄ィ!」
比芽は一人ではなかった。
すぐ側で、もう一つの影が立ち上がり、やはり周囲を見渡しながら呟いた。
「え、バスは?どうなったんだ、何だココ?」
キョロキョロしている少年こそは同級生の立花 輝竜。
「じ、事故ったはずなのに、どうして?」
その背後では戸惑いの表情で呟く少女と、両手をグッパーと握ったり開いたりする少年がいた。
「お、落っこちたのに怪我一つしてないなんて、信じられない……!」
全員、比芽と同様おかしな衣類に身を包み、魔法陣の上で困惑している。
一体何の手違いか、それとも、これが彼らの運命だったというのか。
なんと比芽を含む計四名の異世界人が、戦国へ転生してきてしまったのだ――!


-続く-