SENGOKU

序章 二.異なる世界にて

霧崎城の城下町には、長屋練と呼ばれる区画がある。
区画一帯に細長い建物が並び、一定間隔の壁で区切られた部屋ごとに貧乏人が押し込められていた。
その一つで、身動ぎ一つせずに項垂れた格好で座り込む少年がいる。
もう何日ずっと、そうしていただろうか。
「よォ……元気出せっつわれても無理だろうが、いつまでそうしているつもりだ?」
開け放たれた入口に影が落ちる。
顔をあげなくても判る。この声は牙隆だと。
小さな気配が近づいてきて、そっと少年の掌を舐めた。
「このは。つくよみは、ぜったいぼくとがりゅ~で、つれもどすから。だから、ね……?」
小さな子犬、神座じんざと目があい、ようやく木葉このはは顔を上げる。
不知火 蒼炎が謀反を起こした。
城主殺害の翌日には城下町全ての住民が知る大事件となり、月読が不知火と共に逃亡したと聞かされた時、木葉は足元から崩れる感覚に見舞われた。
まさか、何故、姉が。
姉が不知火と交際しているのは知っていたが、それと霧崎への恩義を秤にかけるのは間違っていよう。
それ以降、月読が長屋に帰ってこない点や城詰めの皆が口を揃えて言う事実に、木葉は強く打ちのめされる。
姉と暮らした日々を何度も思い出した。
今日は野菜が安かっただの、米が値上がりしただのといった、どんな他愛ない雑談でも月読は嬉しそうに喋り、それを聴くのが自分にとって一日の楽しみであったように思う。
彼女が洗濯物を干す後ろ姿や、野菜を切る姿を見て育った。
血の繋がりはないけれど、姉には家族の温かみを与えてもらった。
城直属の戦士に任命された日の、月読の嬉しそうな笑顔までもが脳裏に浮かんだ瞬間、目の前が涙で滲んだ。
何故、どうして蒼炎は謀反を起こした。
いずれは彼が霧崎城を継ぐのだとばかり、思っていたのに……
「……そう、だな。だが……」
泣いて泣いて、とうとう涙も出なくなった目をこすり、木葉は立ち上がる。
「……月読は、俺の手で取り戻す。牙隆、お前には任せられない」
「ヘッ。泣きべそかいていた割には強気じゃねェか」と嗤う牙隆を真っ向睨みつけ、外に出た。
「月読は、お前を嫌っている。お前が連れ戻しに行くのは、行くだけ無駄だ」
そうだ。
姉は、月読は、これ以上ないってぐらい牙隆を嫌っていた。
確か物心のつく五歳頃だっただろうか。
朝、戸を開けた瞬間に姉の「きゃぁぁぁあ!?」という悲鳴が響き渡り、驚いた木葉が飛び出してみると、汚水にまみれた姉が泣きそうな顔で突っ立っていた。
戸口を出て一歩の場所に、妖獣の糞や尖った剣山が置かれていた日もあった。
ある日、犯人を突き止めようと夜通し見張る木葉が目撃したのは、長屋の屋根に登って汚物の入った盥を木葉たちの住む戸口頭上に仕掛ける牙隆の姿であった……!
翌日どうして、そんな真似をするのかと問い詰めたのだが、このお隣さんは、ふてぶてしい笑みと嫌味ったらしい罵倒を返すばかりで答えらしい答えをもらったことなど一度もない。
さらには姉曰く、木葉と暮らす前から、しょっちゅう牙隆の嫌がらせを受けていたという。
壁に残る数々の修復跡も、お隣さんの陰湿な嫌がらせが原因であった。
やがて月読が牙隆の仕掛けを全て避けきれるようになるまで、嫌がらせは、ほぼ毎日続いた。
一体、姉の何が気に入らなかったというのだろう。
木葉から見た月読は、よく気が回り、優しくて働き者で頑張り屋な女性だったのに。
姉が霧崎城を出ていったのは不知火への恋心のみならず、こいつのせいでもあるんじゃないかと木葉は勘ぐったのであった。
「勘違いすんなよ?俺が不知火の城へ行こうってのは、あいつの奪還が目的ってんじゃねェ。不知火 蒼炎、あの野郎を完膚なきまでボッコボコに叩きのめしてやりてぇからだ」
今だって姉より不知火との戦いを優先しており、神座のいう救出劇は、まるでオマケ扱いではないか。
不知火は脱走後、東の野に無雷城と名付けた城を建てて暮らしているのだと、紅 大作経由で聞かされた。
すぐ攻め込まないのは、城の電子警備が予想以上の手堅さを見せているそうだ。
しかも奴は港城で大勢の助っ人を雇い、城下町は無頼漢がうろつく無法地帯と化している。
そんな場所へ牙隆が突っ込んでいったら、よくて返り討ち、悪ければ月読まで奴の出鱈目な戦いに巻き込まれかねない。
『壊し屋』なる異名を持つ、この男は妖機獣を捨て駒に使うのだと、これも大作の受け売りで知っている。
とてとて後ろをついてきて、今は無邪気に尻尾を振る子犬を木葉は哀れみの視線で眺めた後、大通りの方角へと歩き去った。


――さて。
その頃、霧崎城では予定外な異世界人が三人ほど転生召喚されていた。
口々に現在地を尋ねてくる少年少女へ「ここは戦国、お主たちから見れば異世界にあたるかのう」と答えたのは津鬼門で、それを聞いた子供たちの動揺が収まると思えば、そうでもなく。
「はぁ?異世界?寝言いうなよ」と、さっそくの文句が男子の一人から飛んでくる。
「知ってる、私!これってドッキリでしょ!?カメラどこ?」
比芽ではない女子の決めつけには、城の武士たちも首を傾げるばかり。
内一人、黒髪を長く伸ばして後ろで一つまとめにした少年などは、すたすた奥へ歩いていき、「おー、この窓、セットじゃないんだ!」と勝手に窓を開け放ったりする始末だ。
「ふぅむ、障子窓が珍しい世界なんじゃろうか」
顎を撫でつつ、大作は窓にご執心な少年の肩へ手を掛ける。
「窓を開けるのは構わんが、うろうろしないでくれるとありがたいのぅ」
「え?あ、ごめーん。なんかこういうドッキリで和風セットって珍しいなと思ってさ!」
さっきの少女と同じ言葉を彼も口にする。
「ドッキリ?」と大作が首を傾げれば、「そう、ドッキリでしょ」と少年は笑う。
「マジかよ、輝竜ー。じゃあ、さっきバスが落ちたのもドッキリだってぇのか?」とは津鬼門の答えに不満を示していた少年の問いに、比芽がハッとした表情で口元に手を当てる。
「そ……そうよ、バスが落ちたのは夢じゃなかったんだわ」
「バスが落ちたのがドッキリだとして、他の皆は?それに、どうやって私たちだけ連れてきたの?」
もう一人の女子も訝しげに尋ね返し「そんなの俺が知るかよ」と男子が答えた処で、四人全員の視線が侍たちへ向けられた。
「ねぇ、そろそろネタバレしてもいいんじゃない?」
輝竜が、そう尋ねた時。
ヒュゥッと甲高い音がしたかと思う暇もなく背後の障子窓が派手に飛び散り、四人は揃って悲鳴をあげた。
ほぼ同時に麗羅が「うっちー、やるよ!」と叫び、間髪入れず手前の襖を蹴破って飛び込んできたのは、これまた巨大な兎で、少年少女は「ひぇっ!?」と後ずさる。
「よっしゃあ、予想通りや!麗羅姐さん、ぶちのめしたろかッ」
しかも巨大兎が言葉を話すもんだから、子供たちは開いた口が塞がらない。
一方で、窓から飛び込んできたカラフルな針鼠と青い髪の少女を侍たちが取り囲む。
侍が全員刀を構えているのに対し、少女は全くの手ぶらだ。
「え、え?何が始まったの」と狼狽える異世界人たちには「動くんじゃないッ!」と誰かの叱咤が飛び、思わずビクリと首をすくめる間に戦いの火蓋が切って落とされた。
「チョイヤー!覚悟せぇ、不知火の手のモンがぁっ」
先手を切ったのは巨大兎だ。
兎の背後に回り込んだ大柄な女性は「うっちー、絶対逃すんじゃないよ!」と叫んでいる。
兎の飛び蹴りを易々とかわし、針鼠も叫んだ。
「こんな見え見えの攻撃に当たってやれるかよ!喰らいなッ」
くるんっと一回転した直後、赤や黄色や緑の針が無数に兎へと飛んでいく。
しかし兎もさる者、「ちょこざいなー!」と怒号一声、針を避けきった後は、さらに間合いを詰めて針鼠の背後へ飛び降りた青い髪の少女へ走り込む。
だが彼女を掴もうとする一歩手前で「うぉっと」と叫んで飛び退る。
直後、兎が走り込む予定だった場所にはピシャーン!と雷が落ちてきて、あまりの眩しさに輝竜たちは目を焼かれた。
今、彼らの立っている場所は針鼠にも巨大兎にも近くて危ない。
いきなり始まった戦いのせいで逃げそこねたというのもあるが、二匹の巨大な動物たちが目まぐるしく動き回るせいで、動くに動けないといったほうが正しい。
「兄貴!あの子たちを逃がしてやって」
戦いの最中、麗羅に頼まれた大作が相棒を呼ぶよりも早く「御隣保酢ちゃぁぁん、出番よぉっ!」と叫んだのは誰であろう、抜刀の構えで隙を伺っていた騒擾 阿澄だ。
そして一秒とかからず輝竜たちの足元スレスレの畳をぶち破り、階下から飛び出してきたのは極彩色の大きな鳥で、またしても少年少女は度肝を抜かされる。
「おまたせ、阿澄ちゃんっ。さぁ、あんた達、あたしの背中に乗ってェ~!ここから脱出するわよォ」と鳥に言われても、すぐに動けるもんじゃない。
まず人間サイズの鳥、着ぐるみでも作り物でもない生き物が言葉を喋っているってのが、意味不明で理解に苦しむ。
それから目の前で繰り広げられる針鼠と巨大兎の戦いに止む気配がない点も、彼らの足を竦ませるに充分な状況であった。
「むむむ、むり、無理っ。無理だよぉ」と涙ぐむ少女に「そ、そうだよな、俺もパス」と少年が同意し、傍らの仲間を見やる。
「輝竜、お前だって無理だろ?こんなのに乗って、あれの間を抜けるなんて」
そうなのだ。鳥の言う脱出経路は、どう考えても外を示しており、外へ行くには大怪獣対決を突っ切っていかねばなるまい。
だが、時は待ってくれない。
「御隣保酢ちゃぁぁ~ん、姫だけでも無理やり連れておいきなさぁい!」
侍が声を張り上げて、巨大な鳥も後ろを向いて比芽を促した。
「さぁ、お姫様。あたしの背中に乗ってちょうだい!あなたが死んだら、このお城はオシマイなのよぉ~」
言われた比芽は勿論、他三人も呆然と鳥を見つめた。
「お、ひめ、さま……?」
「え?死んでって、え……?あれ、撮影じゃなくて?」
「そりゃ……比芽ちゃんはヒメって名前だけど……」
あははと力なく笑い、へたり込んだ少女が比芽を見る。
「比芽ちゃん、どうする?乗ってみる……?」
「え、えっと……それじゃ美桜みさちゃんも……」
じりじり針鼠が、こちらへ近づいてきているのに気づいた輝竜も叫んだ。
「や、やばいよ、あいつ、こっち来てる!このままだと俺達も巻き込まれるぞっ」
「え、でも、俺達には当たらないんじゃないか」との仲間の憶測にも「バカ!陽太、さっき言っただろ、あの鳥が死ぬかもって!」と怒鳴り返す。
「死ぬかもじゃなくて、死んだらオシマイってシナリオなんだろ!?」と、陽太と呼ばれた少年が言い返した時。

ピシャーン!

真横から飛んできた雷が、陽太の身体を直撃した。
「あ……ば……っ」
――それが、最後に彼の発した言葉であった。
ばたりと崩れ落ちた少年を「え、あ、おい、陽太っ!?し、しっかりしろ!」と輝竜が抱きかかえても、返事は来ない。
陽太の口から吐き出されるのは黒い煙だけだ。
「う……うそ?嘘、だよね?」と美桜に聞かれたって、比芽は答えられない。
いや、それどころじゃない。
針鼠の背後に立つ青い髪の少女が、ひたと此方に視線を合わせているではないか。
駄目だ、目を逸らせない。
「霧崎 比芽。恨みはないが不知火の命令だ。殺す」
抑揚のない声で無表情に非常識な言葉を放たれて、比芽の目は驚きで見開かれた。
「え……?」
「やれ、飛丸。確実に仕留めろ」
ぼいんぼいんと不規則に跳ねながら巨大兎の猛攻を避けた針鼠が、大きく飛び上がる。
「小娘、悪く思うなよ。これも命令なんでなぁッ!」
自分めがけて無数の針が飛んでくるのを、どこか他人事のように比芽は眺めた。
一秒が、やけに長く感じたのは気のせいだろうか。
――気がつくと、輝竜に抱きかかえられた格好で畳を転がっていた。
「……ぐ、ぅ……」
耳の奥には彼のあげた呻きが入り込み、比芽は慌てて輝竜へ呼びかける。
「た、立花くんっ!?」
遠くで「ぐほぉ!」と針鼠のあげた苦悶の声や「よくもヒメさん狙うたな!許さへんでぇ、このトゲトゲ野郎ッ」といった兎の怒号も聴こえたが、それらを一切無視して比芽は返事のない輝竜を揺さぶった。
「立花くん、立花くん!しっかりして!?」
「動かすんじゃない」と誰かの手が比芽の肩を掴んできたかと思いきや、銀色のふさふさした何かが輝竜の頭をすっぽり包み込む。
続けて誰かの手で立ち上がらせられて、改めて状況を把握する。
足元には血まみれの輝竜が倒れており、銀色の毛並みの巨大な狐が彼の身体に抱きついていた。
「立花くん!」
顔色をなくす比芽の耳元で、年老いた男の声が囁く。
「安心めされよ、姫。今、蘭丸が彼の傷を癒やしておりまする」
だが振り返った比芽の目に入ったのは、年老いた侍だけではない。
「……美桜、ちゃん……?」
先ほどの針攻撃を受けて全身血まみれの大怪我を負ったのは、輝竜のみならず美桜もであった。
輝竜が背中を集中してやられたのと比べると、美桜は、もっと悲惨だ。
眼球や鼻柱、唇と至る箇所に針が突き刺さり、顔面はおろか制服も真っ赤に濡れていて、断末魔を上げる暇すらなかったに違いない。
奇しくも比芽を庇う、その行動に出たおかげで輝竜は背中の怪我だけで済んだと言えよう。
いつの間にか戦闘の喧噪が止んでいるのにも気づかず、真っ青な顔で比芽は立ち尽くす。
「……すまなんだ。姫のご友人を助けるには、一歩手が届かず」
目の前で巨漢に頭を下げられたって棒立ちのままだ。
どうして、何故、といった言葉が比芽の脳内を、ぐるぐると回り続ける。
半ば意識を失いつつ、誰かの手に引かれながら、凄惨な戦いの場から連れ出された。


輝竜が目を覚ましたのは何処とも判らない部屋に敷かれた布団の上で、起き上がると同時に周囲を見渡した。
「ひ、ヒメッ!?ヒメ?っつーか、どこだ、ここ!」
身を起こしてから気づいたのだが、背中の痛みが、すっかり消えている。
確か、あの時。無数の針が自分たち目掛けて飛んできた時。
輝竜は何かを考えるよりも早く、比芽へ飛びかかった。
彼女を抱きかかえた直後、背中にグサグサと鋭い痛みを感じて、それ以降の記憶がない。
きっと、気を失ってしまったんだろう。
ここに寝かされていたのは大怪我でも負って、誰かに治療してもらったのかもしれない。
やっぱり、あれは当たるとヤバイやつだったんだ。比芽は無事だろうか?
輝竜が襖を開けるのと、階段を登って誰かがやってきたのは、ほぼ同じタイミングだった。
「あれ?もう気がついたアルか。さすが蘭丸の治癒は、よく効くアルね~」
アルアル連呼しながら、おかゆの乗った盆を持って現れたのは、お団子状に髪の毛を結い上げた女性であった。


-続く-