2.船着き場
ラグナルの大通りに面する、白くて大きな建物――これこそが冒険者ギルドの本部である。
冒険者ギルドは、全世界すべての冒険者を管理する組織だ。
と同時に、商会と連携して貿易都市ラグナルの治安を維持するという役目も背負っている。
一行が入口を抜けた先でも、ギルド内は大勢の冒険者で賑わっていた。
一番から十番まで割り振られた窓口を眺め、カイルはさっそく救援援助を求めた。
「すみません、緊急です!ラグナル商会の件について」
「商売関連のご相談ですか?」
カイルの弁を途中で遮り、眼鏡をかけた受付がジロリと睨みつけてくる。
「でしたら、二番フロアにお越し下さい。開業相談や商売間の揉め事、その他商業に関する問題は全てそこで扱っております」
「違います、このラグナル全てに関わる悪事の問題です!緊急に出動要請を」
食い下がるカイルに対して、やはり受付の視線は冷たかった。
「でしたら、五番フロアですね。国事、軍事に関する揉め事を受け付けております。そちらに向かい、ご相談下さいませ」
どこまでも役所仕事な受付では埒が明かない。
指示の通りに五番と書かれた看板の下がる扉まで急ぐと、部屋に飛び込んだ。
「失礼します!ラグナルに謀反の影あり!至急、ギルド員の派遣をお願いしますッ」
飛び込むと同時にカイルは叫んだ。
フロア内にいた面々の視線が、飛び込んできた一行を注目する。
その中の一人、神経質そうな顔のギルド員が不審者を見る目つきでカイルへ尋ねてきた。
「謀反だと?きみ、不用意な発言をするんじゃない。証拠はあるのかね」
「いえ……謀反は言い過ぎでしたね」
こほん、と咳払いをしてからカイルは言い直す。
「ラグナル商会へ賊が押し入りました。賊は商会の評判を落とすために公の次女であるミーナ様を拉致したと告白しております。賊の話を信用するならば、背後には相当大きな組織が控えているかもしれません。真相を確かめるためにも、船着き場に幽閉されている公女様の身柄確保をお願いします!」
ギルド員は、しばし思案したのちにカイルへ尋ねた。
「……ン、商会の評判を落とすのと公女誘拐が、どこでどう繋がるのか説明してもらえるかね」
「公女誘拐は連中を誘き寄せる囮だ」と言い返したのはカイルではない。
刹那の手により、目を覚ましたジャスラであった。
「商会は公に恩を売りたくてたまらないからな。公女ミーナを餌に警備員や店の連中を誘き出したんだ。まんまと引っかかってくれたよ……今頃は魚の餌になっているんじゃないか」
この話に驚いたのはギルド員やカイル、レナのみに留まらず、彼らの仲間であるはずのピートまでもが顔色をなくす。
「えっ、あいつらは誘き寄せるだけって話じゃなかったのか!?」
「誘き寄せた後、あの人数をどう勾留しろと?おかしなことを言うんじゃねぇよ、ピート」
「そ、そんな……俺、だって、商会の娘も警備員も殺さないってベイルさんが言うから、囮を引き受けたのに……ッ」
頭を抱えた少年を見て、なおもジャスラは「あまちゃんだな、お前は。だから、いつまで経っても三下なんだよ」とせせら笑っていたが、頬に一撃食らって吹っ飛んだ。
「オマエ!仲間まで騙すなんて最低だな!!」
言うまでもない。殴ったのはジェイドだ。
「全くだ。最低だ」と呟くギルド員の真正面に立ち、再三救援を促したのはレナだ。
「失礼します。私は聖都の聖騎士団団長で、レナルディ=セイナンス=アフラウディアと申します」
彼女が名乗った途端、ギルド員は一斉にざわっとざわめき、フロア中に緊張が張り詰める。
無論、彼女と真っ向見つめ合う形になったギルド員もだ。
目を見開き、硬直している。
ただならぬ反応にカイルや刹那も驚いたが、聖騎士本人は淡々と話を続けた。
「彼らの背後が何であれ、公女様が誘拐されたのは事実。彼らは公女様を船着き場へ隠したと白状しました。一刻も早い救助をお願いします」
「りょ、了解です!」
絶叫に近い返事をよこしたのは、カイルに態度悪く接していたギルド員だ。
「ただちに救援部隊を派遣します!!アフラウディア様におかれましては、こちらで我らの手際をお待ち下さい!」
「いいえ、私も現場へ急行します。港には彼らの仲間もいるでしょう。その時に役に立つのは私の剣……私が露払いをしますので、あなたがたは公女様の救助を第一目的にしてください」
「はいぃっ!これは過ぎた意見を!申し訳ありませんッでしたァァッ!」
顔面蒼白の直立不動で敬礼する彼の背後では、ギルド員らが武器を取り出したり防具を身に着けたりと慌ただしい。
「なぁ。ラグナルじゃ聖騎士ってのは何の権限もないんじゃなかったのか?」
ひそひそとジェイドが耳打ちしてきたので、カイルも正直な答えを返してやった。
「聖騎士としてのレナさんではなく、アフラウディア家が巨大な権限を持っている……そのように見えますね」
そこへレナが混ざってくる。
「何を話しているのです?ミーナさんと続二人も引き渡しました。改めて港へ向かいましょう」
カイルは「その前に、僕の推測を聞いていただけますか?」と待ったをかけて話し始めた。
僕の予想では、この大がかりな計画を立てたのはラグナル公本人ではないかと。
あ、待って下さいレナさん。こう思ったのには理由があるんです。
ご存じの方もいるかもしれませんが、ラグナル商会はかなりの権力を持っています。
ファーストエンドにおける全ての店は、商会から商品を買わないと商売ができません。
つまり商会が全ての商売の命運を握っているというわけです。
ラグナルは事実上、ラグナル公が治めている地です。
しかし商業の天下を取ったラグナル商会がもし、ラグナルそのものの支配に目をつけたとしたら…?
公にとって、かなり目障りな存在となるに違いありません。
お金と地位は人を欲という心で狂わせますから……
それにラグナルは貿易都市というだけあって、交易の盛んな都市です。
商業に長けた者が治めた方が、よりよく都市を発展させられると思いませんか?
もし、ラグナル商会の会長さんが、その点に目をくらませたとしたら……
そして公が、その下心に感づいたとしたら……?
「しかし、それと公女様誘拐とどう繋がるというのです」
レナの追及に、カイルは緩く首を振る。
「狂言ですよ。別の事件を起こして、商会の会長すり替えから目を逸らさせるという」
「会長のすり替えは、商会の信用度を落とすためじゃなかったのかよ?」とジェイドにも問われ、カイルは持論を並べる。
「えぇ。ですが一度二度の目撃だけでは信憑性が問われますし、信用度を落とす行動は何度も続ける必要があります。しかし、すり替えには一つの難点があります。それは身内の目……ミーナさんです。彼女をどうにかしなければいけなかった。だから、すり替え――というよりも殺害を目論んだのではないでしょうか」
周囲でも、ざわめきが起きる。準備しているギルド員が聞き耳を立てていたのだろう。
「それで……公女が囮なら、船着き場にはいない……の?」
刹那の疑問に「いえ、それは」と再びかぶりをふり、カイルの目は悩ましげにピートを見やった。
「賊の中でも情報が分かれています。たとえ罠であったとしても、真偽は確かめておかないと」
ぞろぞろ出ていくギルド員を見ながら、刹那がポツリと呟く。
「今……商会は、どうなっているのかしら。偽会長が逃げ出したなら、空っぽ……?」
「そうですね。無人というのも別の盗人が入りそうですし、一旦様子を調べておいたほうがいいかもしれません」
レナの目がジェイドを見つめている。
そうと気づいたジェイドも、力強く頷き返した。
「よし!まずは腹ごしらえだな、メシに行こう」
「そうではありません!」
レナは間髪入れず大声で叫び、改めてジェイドへ命じる。
「ジェイド、あなたは商会の様子を伺ってきてもらえますか?何事もないようでしたら、すぐ戻ってきて構いません」
「ジェイド一人で……?」と首を傾げたのは刹那やカイルだけではなく、本人もであった。
「オレが一人で?怪しいやつがいたら、どうするんだ。ぶっ飛ばしていいのか」
こいつを一人で行動させてはいけない――
恐らく、命じたレナを含めた全員が、そう思ったであろう。
「私が……一緒に行く。レナとカイルは……船着き場へ向かって」と名乗り出たのは刹那だ。
レナも「判りました」と頷き、友を案ずる。
「ですが、無理はしないでください。危ないと思ったら、すぐに退却してギルドへ応援を求めるのですよ」
「……えぇ」
こくりと頷く刹那を捨て置き、ジェイドは早くも外へ向かっている。
レナとカイルもギルド員の後を追いかけて船着き場へ急いだ。
いざ商会へ戻ってみると正門は開きっぱなしで、受付嬢の姿も見えない。
かといって全くの無人でもなく、わずかな気配を刹那が察知した。
「ジェイド……入口の左右に人がいる」
「おう」
ジェイドも感づいていたのだろう、真っすぐ前を見据えて大声を放った。
「そこに隠れている奴らぁ!バレバレだ、出てこいッ」
刹那は既に行動に出ている。
一瞬で入口までの距離を詰めると、隠れていた何者かに苦無を振るった。
「ちぃっ!」と叫んで転がり出てきたのは、皮の鎧を着込み腰にナイフをぶら下げた、どう見ても商人の類には見えない輩だ。
「何だ、オマエら!」
怒鳴りつけるジェイドにも、何処からか唸りをあげて炎の塊が飛んでくる。
「うわ、危ねっ!」
慌てて避けるも、炎の球はジェイドの頭上をチリチリ焦がしながら奥の壁にぶつかって爆ぜた。
族の中には魔術師がいる。改めて気配を探れば、いるわいるわ。
屋根の影に二人、立ち並ぶ木々の上に一人、煙突の中にも一人。
入口の二人は刹那が相手にしているからいいとして、自分は何処を最初に倒しておくべきか。
ジェイドは秒で考えをまとめて、屋根に飛び上がった。
「せやぁっ!」
たまらないのは、ピンポイントで見つかって正拳を叩き込まれた魔術師だ。
「へぐっ!」との悲鳴を残して屋根から転がり落ちる。
「こ、こいつっ」と驚くもう一人も下段の蹴りで動きを止めてから、拳の一撃で転落させた。
「ちぇあぁぁっ!」
奇声をあげて飛びかかってきたのは、木の上に隠れていた盗賊だ。
ナイフはジェイドの頬をかすめ、しかしカウンターで繰り出した回し蹴りが賊の胴を捉える。
「っはッ!」
受け身もままならず無様に落下した賊が、身体をくの字に折り曲げる。
「こんな人数でオレたちを止められると思うな!」
怒りの正拳が顔面に打ち込まれ、今度こそ盗賊も地上へ転落していった。
ジェイドも屋根を飛び降り、落下したばかりの賊の上に着地する。
「ぐへっ」との呻きを足元に聞きつつ、飛んできた雷の矢を「はぁっ!」と木々の間に紛れ込んで躱した。
入口の二人を倒した刹那も此方へ走ってきて、魔術師の一人を倒した後はジェイドへ魔法を放った魔術師の首筋へも蹴りを叩き込む。
動くものが一人もいなくなったところで、再びジェイドは気配を探る。
これ以上の気配を感じない。
待ち伏せしていた賊は、これで全部のようだ。
そのうちの一人の襟首を片手で引き寄せて、刹那は手荒く彼の頬へビンタをかます。
「う、うっ……?」
意識を取り戻した魔術師に尋ねた。
「あなた達は……商会の評判を落としたい組織の……人?」
「へっ。なんでそれをお前に」と言いかけた魔術師は、ジェイドに足を踏まれて「いだぁぁっ!」と悲鳴をあげる羽目に。
「正直に言え!言わないと足を説法でへし折るぞ!!」
ぐいぐい力を入れて魔術師の両足を踏んでいるが、それは説法と呼べるのか。
「やめ、やめ、て、くれぇっ……!なんでも話すからっ」
骨が嫌なきしみをあげたあたりで魔術師はギブアップ。
素直に答えると約束させた上で、刹那が尋問を始める。
「まず……あなた達を雇ったのは、誰?」
「俺達を雇ったのはラグナル公だ。商会を完膚無きまで叩き潰すよう命じられた。必要なら館に火を放っても構わないと仰っておられたよ。商会の館を焼けばで10C貰える手はずだった。途中、ミーナを殺せばプラス5C。ミーナでなくても関係者を殺せばプラス1C加算だ。どうだ?おいしい話だろ。流れの傭兵相手にしちゃあ、な」
にやりと笑う魔術師の顔を、ジェイドがぶん殴ったので話は途切れた。
「オマエ、人の命を何だと思ってるんだ!!」
全くもって同感だ。殴り飛ばすだけでは生ぬるい。
しかし、それにしても。カイルの推測通りだったとは、背筋が寒くなる想いだ。
領地を統括する者が人殺しを雇うとは、世も末である。
「なら……船着き場の公女は……やっぱり罠?」
他の奴を叩き起こし、ジェイドが尋ねる。
「おい!船着き場に公女はいるのか?いないのか?答えなきゃ神さんの事後承諾で腕を折る!!」
叩き起こされるなり恐怖の二択を突きつけられて、喉の奥を小さく鳴らした魔術師は次の瞬間、絶叫した。
「いっ、いない!いない!!公女は誘拐されていないッ、誘拐事件自体がラドの野郎を焚きつける嘘だったんだよォ!!」
「ラドを!?」と驚いた後、ジェイドが刹那を振り向いた。
「って誰だ?」
「ラグナル商会の会長よ……」と答えてやりながら、刹那の脳内は結論を素早く叩き出す。
船着き場で空振りした二人は今頃、ギルド員に責められているかもしれない。
「けどよ」とジェイドが呟く。
「ラグナル公が全部の犯人だとしたら、なんかおかしくねーか?だって公はラグナルの王様なんだろ?王様が命じりゃラグナル商会で一発で潰せるんじゃねーの」
そう簡単な話ではない。
規模の大きさを考えると、ラグナル商会を停止させるには何年も会議で取り決めせねばなるまい。
その一方で、全てを公の仕業とするのには刹那も疑問を感じる。
不穏な事件が多発して賊が頻繁に出没するのは、すなわちラグナル全体のネガキャンになる。
その時に責任を問われるのは公本人ではないか。
「コイツらを警備団に放り込んできたらよ、オレたちも船着き場へ行こうぜ」と誘われたので、刹那も頷く。
「行きましょう……」
謎解きは向こうでも行われていよう。情報の照らし合わせが必要だ。
一方、船着き場に向かったレナとカイルは、遠目に船乗りとは違う風貌の男たちを見つける。
ひとまずギルド員の足を止めさせて、物陰から様子を伺った。
頭にバンダナを巻いている者や、腰にナイフをぶら下げた者もいる。
あのナイフはきっと先端に毒が塗られているのだろう。
片目を刀傷で潰している者、三日月刀を背負っている者。
見かけで人を判断するのはよくないが、彼らはたった今到着したという風にも見えない。
レナが近くを歩く船乗りに尋ねたところ、ここ最近、連絡船が途絶えているのだという。
船から下りてきたのではないとすれば、彼らは何者なのか。
答えは簡単。
ラグナルの住民か、住民に雇われた傭兵盗賊の類だ。
いずれにせよ、奴らの目をかいくぐり囚われの公女がいる船を探さねばなるまい。
だが、どの船に囚われているのか判らない上、港はごろつきでいっぱいだ。
港に停まっている船は、全部で五つ。
そのうち、ボロ船は三つある。
一つはボロボロの小屋の前に停まっている船。
もう一つは、周りに腐った杭がたくさん浮いている場所に浮かんでいる。
残る一つは港の入口から一番遠く離れた水面に浮いている。
「たくさんありますね……ここは人海戦術でいきましょう」と提案するギルド員へ、レナも目配せする。
「では私が囮となっている間に、皆さんは手分けして船を捜索してください」
「お一人で、ですか?」と心配そうなカイルへも振り向き、力強く頷いた。
「一人のほうがいいでしょう。こちらの手勢が多いと知られれば、逃げられるかもしれません」
「判りました。お気をつけて」
お互いに頷きあった後、レナは物陰から飛び出した。
港のちょうどど真ん中で仁王立ちして、剣を構える。
「我が名は聖都聖騎士レナルディ=セイナンス=アフラウディア!ラグナルに巣くう悪漢ども、この名を恐れぬのであればかかってきなさいッ!!」
まるで正義の味方のような名乗りあげに、武器を手にした悪漢が次々に走ってきては、周りを取り囲んでいく。
「我々もいくぞ」と小声の合図で、ギルド員が物陰づたいに船へと動き出す。
カイルも行動を開始した。
向かうのはボロ小屋。
人が住んでいるとは到底思えないほどに腐り落ちているが、何かの手がかりがあるかもしれない。
港の中央へ視線をやると、ならず者を切り払い受け流すレナが見える。
あの分なら、速度をあげても気づかれまい。
扉の前まで近づいて判ったのだが、この小屋は、まだ廃棄されてはいなかった。
屋根の上に、朽ちてボロボロの看板がかかっていたのだ。
『竜巻サルベージ』と。
サルベージというのは、トレジャーハンターが海底に沈んだお宝を探す手法である。
ボロ小屋の近くにあるのは、同じく朽ちたボロ船しかないのだが……
穴の開いた屋根からは雑草が突き抜けて生えているし、小屋までの板は腐りかけているってのに、これが店とは驚きだ。
内心引きつつ、カイルは腐りはてた扉をノックする。
「す、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
すぐに扉は軋みをあげて開き、だらしない格好の中年女性が顔を出した。
「あいよー」
赤鉛筆を耳に差し、よれよれに薄汚れたシャツを着ている。
金色の髪の毛も薄汚れていて、全身すえた匂いに包まれていた。
「す……すみませんが、船を貸していただけますか?」
鼻呼吸から口呼吸に切り替えたカイルが尋ねると、女性は片手を差し出してくる。
「往復で1C」
「あ、はい」
カイルは言われるがままに代金を手渡す。
「トルネードー!客だよ」と女性が小屋の奥へ声をかけ、床を鳴らしながら男が現れた。
女性同様、身なりはだらしない。違うのは臭ってこない点ぐらいか。
そこそこイケている顔面ではあったが、仏頂面で女性へ話しかける。
「ジェナ、そいつは何処へ潜れって言っているんだ?」
「サルベージじゃないよ、渡し船なんじゃないのかい?」
中年女性ことジェナに尋ねられて、カイルも頷いた。
「は、はい。あちらの」と遠目に離れた船を指さし、「船まで近づけてもらえますか」とお願いする。
「また金にならん仕事を引き受けてくれたもんだな……」
ぶつくさ愚痴たれるトルネードの背を「うるさいね。1Cもらってんだ、金になった仕事だよ。文句言ってないで、とっとと働いたらどうなんだ?」とジェナはがめつく送り出し、顎でカイルをも促す。
「ほら、あんたも早く船に乗り込みな」
「はい」
実際に乗ってみると、ボロに見えた船は意外や頑丈なことに気づく。
ボロ船は途中で誰かに止められることもなく、すいすいと水の上を走っていく。
杭の近くまで来た。
もう少し近づけば、ひとっ飛びで船に乗り移ることができるだろう。
「すみません、もう少し寄せてもらえますか?」
カイルの注文に首を振り、トルネードは却下した。
「これ以上は近づけねぇな。藻が邪魔してやがる」
ボロ船にかけられた渡し板との距離は目視で飛び移れない距離ではない。
カイルは覚悟を決める。
「判りました。では……こちらでお待ち下さい」
「契約は往復だ、いいだろう」と偉そうに頷く彼を背に、腰を低く落とす。
船上は狭く助走をつける距離がないが、船が入れないんじゃ四の五のごねるのは時間の無駄だ。
カイルは心の中でタイミングをはかり、船板を蹴って勢いよく飛んだ。
「……っと!」
着地した直後に渡し板が大きく傾き、ひやっとしたのも一瞬で。
体勢を立て直したカイルの耳に、ドラ声が潜り込む。
「なんだぁ、てめぇ!真っ赤な格好しやがって!!」
横縞模様の如何にも海賊ですってな格好の奴に、こちらの服装センスをあれこれ言われる筋合いはない。
「残念だったなぁ、ここは囮だ!」と勝ち誇っての宣言に、カイルは薄く笑ってみせる。
「ここは、ではなく、ここも……なのではありませんか?」
直感があった。
飛び移った時、渡し板が沈みかけた。
成人青年が一人乗っただけで、この有り様だ。少女を連れた男が乗り込めるとは思えない。
恐らく、どのボロ船も同じであろう。船は全て囮に違いあるまい。
小さく舌打ちして、男がナイフを構える。
「商会の犬め、どこまで情報を掴んでいるんだか知らねぇが、ここへ来た以上は無事で返さねぇ……バラバラにして海に沈めてやるからな!」
「待ってください、僕は商会の犬ではありません」とした上で、カイルは交渉を持ちかけた。
このまま彼を倒してしまっては、真実が判らない。
「僕が知りたいのは」
しかし最後まで言わせてもらえず、ナイフで切りかかられて、スレスレで避ける。
ボロ船の上は戦うに適していない。かといってトルネードの船へ戻るには、こいつの存在が邪魔だ。
「……聞き分けのないッ。あなたがラグナル公爵の手先だというのは、判っているんです!」
いちかばちかの鎌かけに、賊は思いっきり引っかかり、ビクゥッと体を震わせる。
「なっ……ど、どうして、それが!?」
「有力な情報源がいたんです。ですが、どうしても判らないことが一つあります。何故、公爵は傭兵を雇ってまで商会を潰そうとしているのか……二人の間に何があったというんです」
「そんなの、俺達が知るかってんだ!」
再びナイフで襲いかかってきたので、カイルは軽く避けると手首を叩いてやった。
「あっぅ」と呻いて取り落としたナイフを、すかさず蹴とばして水中へ落とす。
「無駄です。僕とあなたの実力差は歴然……これ以上、抵抗しないでください」
今こうして話しているだけでも足元では水に浸かった板が靴を濡らしてきて、カイルは内心気が気じゃない。
賊と二人でドロ沼水泳をする趣味はないのだし、さっさと足場のしっかりした場所へ戻りたい。
「知らないなら知らないでも結構。あなたにはラグナル商会を襲った参考人になってもらいます。同行してください」
「だ、誰が」と言いかける男の両眼に二本の指を突きつける。
彼が動いた瞬間に目つき出来る位置で。
「あなたに選択権は、ないんですよ。どうか、僕が大人しく言っている間に従ってもらえますか」
脅迫はカイルの得意とする分野ではない。
しかし、叩きのめして海の藻屑にするよりは平和的な解決であろう。
「う……わ、わかった」
ナイフでの奇襲に二回も失敗した点から、やっと実力差が伝わったか、今度こそ賊は素直に頷いた。
カイルはトルネードの船へ叫ぶ。
「すみません、今から荷物を放り投げますから受け止めてください!」
「荷物?」と首を傾げたトルネードは、間髪入れず飛んできた大きな物体を「うぉ!?」と両腕で受け止める。
「テメェ、何しやがる!」と額に青筋立ててご立腹なサルベージ屋の横へ着地すると、カイルは悪びれずに謝った。
「すみません。ですが言葉で説明しても、あなたには断られる予感がしましたので」
「なんだと、テメェ!」
トルネードは一旦殺気立つも、すぐに大きな荷物――海賊服の男を船の上に放り出し、櫂を取る。
すかさず手持ちのロープで賊を縛り上げるカイルを冷たい目で睨み、サルベージ屋がぼやいた。
「……やっぱりろくでもねぇ客じゃねぇか。戻ってきたってこたぁ用事は済んだのか?」
「えぇ。すみません、打ち合わせと異なる行動を取ってしまって」
「構わねぇ。こっちの客を見る目がなかっただけだ」
客を目の前にして、よくそこまで悪態がつけるものだ。
こんな接客態度だから、店もボロボロになってしまったのかもしれない。
お互いに溜息をつきながら、カイルとトルネードはサルベージ屋まで戻っていったのであった……
