7.友情と揺れる乙女心!?

いや〜、一週間ボッチだったのが嘘みてぇだ。小野山サマサマってやつだな!
え?何の話かって?
や、小野山とダチになって佐藤さんと一緒に遊んだ翌日にはよ、なんでか俺が小野山とダチになったのをクラスの全員が知ってやがったんだ。
どこが噂の出どころなのかねぇ……まぁ、あいつ目立つもんな。でかいし。
その側に俺がいたら、嫌でも目に入るってもんだ。
一番最初に俺へ確認を取ってきたのは、やっちんだった。
それをきっかけに他の子とも話すようになって、今じゃ俺も晴れて女子グループの一員ってもんよ。
正しくは、やっちん率いるヤンキー女子グループで、佐藤さんは含まれない。
いいんだ、それでも。ボッチよかぁマシってもんだろ。
佐藤さんは大抵クラスのオタクとつるんでいて、あっちはあっちで大弓さんをリーダーに楽しくやっているみたいだ。
普段は交わらねぇ派閥が出来ていやがんだが、こないだの学校行事、合同修学じゃヤンキーとオタクの共同制作っつー夢のコラボが実現した。
ついでに、やっちんと高柳が対立するハプニングもあった。
佐藤さんや小川さんと俺たちが楽しく話してるとこに首を突っ込んできた、アイツが悪いんだけどよ。
俺や佐藤さんを頭から小バカにするアイツに、やっちんは言った。
「私の友達を悪く言う人は大嫌い」だと、そりゃ〜もう、はっきりと。
友達だぜ、友達。やっちんにダチだと認められたんだって改めて思うと……へへっ。嬉しくて涙が出らぁ。
「もう二度と話しかけてこないで」って絶交宣言までかましていて、あん時の高柳の呆然とした顔ったら、なかったぜ。
いつも一緒につるんでいたから、てっきり高柳とやっちんは恋人同士なのかと思っていたけど、本人曰く、そうじゃないらしい。
なんとなく向こうが好意的に話しかけてくるってだけの仲なんだそうだ。
考えてみりゃあ、ボッチになっている間、俺を悪しざまに罵ってきたのは高柳率いるバカ男子ぐらいなもんで、やっちんや佐藤さんら女子は、ただ俺をシカトしていただけだった。
高柳のカノジョだってんなら、やっちんもあの時、俺を罵る側に回っていたっておかしくねぇよな。
一組は長らく高柳がリーダーを気取っていたようだ。
確かにクラス中を見渡しても、高柳以外で発言力が強そうなのは、やっちんぐらいで他は男子も女子もパッとしねぇもんなぁ。
その高柳が俺を無視するよう女子に指示を出していたと知った時にゃあムカッ腹も立ったんだが、まぁいいさ。
こうやって皆と仲良くなれた今となっちゃ。
あぁ、皆ってのは、モチロン女子の皆だ。男子はお呼びじゃねぇ。
佐藤さんとの勉強会も、どこからか話が漏れていて、やっちんには今度混ぜてほしいと頼まれている。
もちろん断る俺じゃねぇ。今度やっちんちでやるって約束したぜ。
部活が終わる時間帯になると、廊下で俺を呼ぶ声が聴こえてくる。
「レンカー!一緒に帰ろー!」
元気いっぱい駆け寄ってくるのは同クラの細川 水琴ほそかわ みことさん、通称ほみほみ。
やっちんグループの一人でありながら、華道部に所属するヤンキーお嬢様だとは本人談。
ぶっちゃけお嬢様っぽさは微塵もねぇけど、クリンクリンのパーマを栗毛に当てていて、目元パッチリ睫毛が長く、全身キューティクルなやっちんとは違うタイプでいながらパッと見目立つ、一緒に歩いているだけで自慢したくなるような子なのだ。むふふ。
「ねね、来月の臨海、休み時間に何するか決まった?決まってないんだったら一緒に遊ぼ!」
中間テストを無視して来月の臨海学校に意識が飛んでいるあたり、さすがヤンキー自称は伊達じゃねぇ。
「いいねぇ、じゃあ砂のお城を作っちゃうか!」とか言いだした後藤を、すかさず「えー?砂遊びとか小学生じゃないんだし!」とバッサリ一刀両断したのは伊藤さんだ。
二人とも小野山のダチで、俺のダチでもある。
後藤は、こめかみにソリを入れて気合いの入った五分刈りだけど、ヤンキーじゃねぇとは本人談。
伊藤さんは三つ編みおさげの小柄な女子だ。
「なんだよ、じゃあ何して遊ぶんだよ」
ちょっとばかりムッとなった後藤をとりなすように口を挟んだのは、木村さん。
今日もショートボブにクリーム色のキュロットスカートが、よくお似合いだぜ。
「昼間はスイカが一つ五百円で売られるらしいよ。スイカ割りしろってことじゃないかな」
「おー!スイカ割り、いいねぇ」と、あっさり機嫌を直した後藤の横で「金とんのかよ!」と叫んだのは林だ。
ツーブロックってのは格好いいんだけどよ、なんかいっつも服のセンスがイケてねぇんだよな、こいつ……
今日も白Tの上に分厚い迷彩ベストを羽織っていて、見ているこっちが暑くなってくらぁ。
もうすぐ七月になろうってのに長袖のベストはねぇだろうよ。七月っつったら夏だぞ、夏。
しかも迷彩カラー。サバゲやってんじゃねーんだからよォ。もっと街なかで似合う服をチョイスしようぜ?
「一玉五百円だから安いほうじゃない?」と伊藤さんが笑い、ちらっと小野山を見上げた。
「ね、小野山くんは何をやってみたい?」
じっと伊藤さんを見下ろして、何十秒後かに小野山がボソッと答える。
「皆がやりたいものでいい」
考え込んだ割に、ありふれた答えだが、これでこそコイツだ。
ダチになってからというもの、小野山が自分から何かをやりたいと主張する姿を一度も見たことがない。
いつもダチの誰かが何かを提案して、それに乗っかるタイプなんだ、こいつは。
こういう地味男タイプは大勢の中のひとり、いわばモブに収まるもんだが、小野山の場合、影が薄いようでありながら一学年で一番目立つという矛盾極まる存在になっていやがる。
この間の合同修学でも、こいつを巡って一悶着あったんだ。
や、二組は別体育館だから一緒じゃなかったんだけどよ。
小野山に想いを寄せる女子は、俺が予想していた以上に多かったってハナシだ。
調理実習中に、やっちんが「いっくんのかわいさ」について語っていたら、いきなり五組の女子が突っかかってきてよォ。
周りのダチっぽい女子にはアヤちんって呼ばれていたけど、どー見ても同学年とは到底思えないケバさだったぜ。
んで、そいつとやっちんが喧嘩始めちゃって大変だったってワケ。最終的には先生にSOSして喧嘩両成敗してもらったんだ。
しかもよ、喧嘩の内容が「どっちがいっくんに相応しい女子か」ってんだぜ?そんなの小野山本人に訊かなきゃ決めらんねーだろ。
俺の推量じゃ、どっちもどっちかな。小野山に似合うのは、もっと大人しくて優しい、家庭的な女子がいいんじゃねーか。
やっちんは可愛いけどガチャガチャ騒がしいのが欠点だし、アヤチンに至っては臭ェ化粧を落としてから出直せってんだ。
大人しくて家庭的――知らず、俺の視線は木村さんへと向けられる。
そう、合同で知っちまったんだ。彼女も小野山が好きだってのを。
夜、眠れなくて体育館の二階をブラブラしていたら偶然出会ってよ、想いの丈を聞かされちまったんだ。
なんでも小野山とは小中同じ学校で、ずーっと片思いしていたんだと。
んで高校も同じだってんで思い切って告白したら、好きじゃないから付き合えないと断られちまったらしい。
今は友達に収まっているけど本音じゃ全然諦めきれないと涙する木村さんを見た直後、彼女を応援したい気持ちが俺の中で沸き起こった。
こんな健気な子を泣かすなんて男の風上にも置けねーぜ、小野山ァ。
大体なぁ、好きじゃないから付き合えないって、どういうこった?
今は好きじゃなくても、付き合った後で好きになる可能性だってあるだろーが。
それとも、小野山は木村さんが嫌いなのか?でも、だったらダチになったりしねぇよなぁ……
ちなみに木村さんは料理が大得意だった。チョイ味見させてもらったんだが、俺のカノジョになってほしいぐらいの腕前だったぜ!
今度の臨海学校で木村さんには良い想い出を残してやりたい。けど、何をすりゃ〜二人の気持ちが近づくんだかサッパリわかんねぇ。
そもそも、小野山の心自体がドコ向いてんだかなぁ。
俺が女子に訊いた限りじゃ、一人として交際を受け止めてもらった子がいないとか、なんとか。
めっちゃ好みのボーダーが高いのか、それとも恋愛にゃキョーミねーお年頃なのか?
もったいねぇ、実にもったいねぇ。俺が、お前だったら女子全員と仲良くなってるってのによ。
あれこれ帰り道で話し合った末、臨海学校の休み時間は遠泳とスイカ割りと砂遊びを全部やろうってんでまとまった。
一人、二人と道が分かれていき、やがて俺は小野山と二人っきりになる。
「……今度の中間」
ぼそっと小野山が話しかけてきたので、先回りで頷いてやる。
「おう、勉強会すっか。そうだ、やっちんに誘われてんだよなー。カノジョんチでやろうって。お前も来いよ」
「やっちん……?」と首を傾げて黙り込む小野山に助け舟を出してやった。
「俺のダチだよ。望月 弥恵だから、やっちんな」
――しばし、間が空いて。
小野山が、ほんの僅か口元を緩める。
「クラスにも友達ができたのか、良かったな」
あ、そういやコイツにゃ伝えてなかったっけ。俺がクラスで脱ボッチした経緯ってやつを。
この際、礼を兼ねて教えとくか。
「おうよ、お前のおかげでな!」
「俺の……?」
戸惑う小野山の背中を叩いて、俺はニッカと笑ってやった。
「おうよ、お前とダチになったおかげで、やっちんも俺に興味持ってくれてよ。今じゃ、ほぼほぼ同クラ女子全員とダチになれたんだぜ」
最初は、やっちんのグループに属する女子と。
んで合同を通して佐藤さん達オタクグループや、特定のグループに属さない女子とも仲良くなった。
休み時間は小野山の好み云々で盛り上がり、昼休みは一緒に弁当食いながら小野山の部活状況で盛り上がる。
ぶっちゃけ小野山に関する雑談しか交わしてねーんだが、彼女たちの乙女らしい妄想や感想を聞くのが楽しいんでヨシだ。
どの子も小野山が好きで好きでたまらないんだなってのが、こっちにまで伝わってきて、微笑ましくなってくらぁ。
「まさに小野山サマサマってな。これからもよろしく頼むぜ、Myダチンコ!」
俺の礼に、小野山は複雑な表情を浮かべて黙り込む。
ややあって、ボソッと吐き出したのは疑問だった。
「その、やっちんとやらは、本当にお前と仲良くなりたくて友達になったのか……?」
や、そこはあえて突っ込まないで欲しかったぜ。
俺だって、ちょっとは思ったんだからよ。
やっちんが俺に近づいたのは、俺を利用して小野山と仲良くなりたい魂胆じゃねーかって。
けど、いいんだ。きっかけは下心だったとしても、そのうちホントに仲良くなれっかもしんねーしなっ。
それに、やっちんは勉強会に混ぜてほしいと言ったが、小野山を誘ってほしいとは一言も言ってねぇ。
こいつを誘ったのは、あくまでも俺の考えだ。連れていったほうが、絶対やっちんも喜んでくれるだろうしな。
ハッキリ言うと、やっちんが俺を利用しているんじゃない。
俺が小野山を利用して、こいつを好きな女の子たちと仲良くなろうとしてんだ。
けど、こんなヤマシイ下心は本人に訊かせるもんじゃねーから黙っとく。
知ったら、俺とダチで居続けらんねーだろうからよ。
こんな姑息な手を考えついちまうほど、すげーんだ。一年女子の小野山くん好き好きパワーってやつァ。
たぶん本人も把握しきれていないんじゃねーか?自分がどんだけ女子に人気あるかってーのが。
モチロン小野山自身とも、もっと仲良くなりたい気持ちはある。
あるが、しかし、女子と話せば話すほど、小野山へ向ける俺の気持ちは嫉妬で凝り固まっていっちまうんだ。
ごめんな、小野山……お前は何も悪くねぇってのに。
内心のモヤモヤを吹き飛ばす解決策は一つっきゃねぇ。
小野山にカノジョをあてがう。特定の恋人さえできちまえば、他の女子も諦めるはずだ。
眉間に皺を寄せて俺を案じる小野山へ、俺は笑顔で応えた。
「はじめの一歩なんざぁ、なんだっていいんだよ。どんなことだって大事なのは継続、だろ?」
俺の答えにハッとしたかと思えば、口元を押さえて考え込んだ後。
小野山は頭を下げて謝ってきた。
「すまん。お前の友人を疑ってしまった」
「い、いやぁ、いいってことよ!やっちんを知らないんじゃーお前が警戒すんのも無理ねーよ。勉強会で紹介してやっから一緒に行こうぜ?イイヤツなんだ、とっても!」
また、しばしの間を置いて、小野山が俺を見る。
「……他にも誘っていいか?」
会ったことのない子と俺とで、女子二人に挟まれるのを警戒してやがんのか……
意外とガードの堅いヤロウだぜ、佐藤さんとやった時は気にしてなさそうだったのによ。
けど、ここで駄目だと言ったら勉強会そのものをパスされそうだしなァ。
仕方ねぇ。許してくれよな、やっちん。
「おう!お前もダチを連れてこいよ。あ、けど初めておじゃまするお宅だし、何人入れるか判んねーから一人二人で抑えめにな!」
俺ンチみたいな一軒家ならいいんだが、アパートだったりすると、騒がしくすんのは、やっちんにも両隣にも迷惑かかっちまう。
騒がしいやっちんの顔を脳裏に思い浮かべながら、俺はコクリと素直に小野山が頷くのを見届けた。

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