恋香の家で遊ぼう

一週間クラスでハブられるという最悪イベントを乗り越えて、このガッコで、やっと友達ができた。
それがコイツ、小野山 育だ。
やたらデッケェんだが、でかい図体に似合わずシャイなのか、口数がめっちゃ少ない。
それでいながら、アホな先輩に絡まれていた俺を助けてくれたんだ。イイヤツだよな!
クラスは隣、1−2。今日、初めて顔を併せた相手を助けるなんざ、なかなかできるこっちゃねーぞ。
俺にだって出来るかどうか、わかんねぇ。
同じ一年生とは思えないほど、冷静沈着且つ男気溢れてんじゃねーか!すげぇぜ。
さっそく下校時にとっ捕まえて俺んちに連行した。
早く母ちゃんにも教えてやりたいしな、新しいガッコじゃ友達が出来たって!
帰り道、なんでか同クラの佐藤さんもついてきていたから、一緒にな。
彼女とは一週間、一度も話した記憶がねぇ。いつも下向き加減で、目を合わせてくれないんだよな。
かといってボッチでもなく、休み時間は友達二人とキャッキャ笑い合っているんだ。
話してんのは漫画とかゲームとか、おうちで遊ぶのが好きな子の趣味かな。
まぁインドア系は、大体同じ趣味のやつとつるむよな。前のガッコでも、そうだったし。
俺はゲームも漫画も彼女たちほど詳しくねーから、混ざりたくても混ざれねぇや。
やっちん達は、あっちはあっちで男女混合グループを作って、よろしくやっているみたいだ。
俺だけが、どのグループからも弾かれて孤立しちまった。やっぱ初日での失敗はデカイわー。
だが、そんなボッチ飯も今日で終わりだ。ダチが一人できた以上は!
隣クラだけど、昼休みどっかに集まりゃ問題ねーよな?へへっ。屋上飯、一度やってみたかったんだ。
あー、明日からの学校生活が待ち遠しいぜ!

あ、ここ、俺ンチな。
一軒家の三人家族、父ちゃんは年中あっちゃこっちゃ出張しまくってっから、ほとんど家にいねぇ。
ってんで、専業主婦の母ちゃんは、いつも暇こいてるワケ。
前のガッコでも友だちを連れてこいこいって言われてたんだけど、ダチがいねぇなんて、とても言えなかった。
言えば必ず返ってくるのは小言だからよ。「お前の口が悪いせいだ」っつー。
わかってんだよ、俺の口が悪いのは!けど、今更かわいこぶった喋り方したら、却って気持ち悪いじゃねーか。
「たっだいま〜!」
ドカーンと勢いよく扉を蹴って開けると、小野山、それから硬直している佐藤さんも招き入れる。
「こらー、恋香!また蹴っ飛ばして開けてー。扉が壊れるって、なんべん言ったら判るの!?」
母ちゃんが飛び出してきて、すぐ来客の存在に気づいたのか「あら、お客さん?」と小さく呟いた。
俺は、すかさずVサイン。
「母ちゃん、やったぜ!転校一週間目でダチができた!」
「まぁ!まぁまぁまぁ、お友達?わぁ、やっとお友達を、うちに連れてきてくれたのね!やだ、あの紅茶まだあったかしら?」
母ちゃんはバタバタ台所へ走っていき、その間に二人を居間のソファに案内する。
「……綺麗な家だ」
ポツリと呟いた小野山がソファに腰掛け、佐藤さんは玄関で突っ立ったままだ。
「佐藤さんもソファに座ってくれよ」と俺は顎で小野山の隣を指したんだが、彼女は、そろそろと小野山の斜め前に座った。
隣は威圧を感じて怖いのかな。でっけぇもんなぁ、小野山。
俺は小野山の真正面に腰掛け、それとなく二人の様子をうかがう。
小野山が珍しげにアチコチ見渡しているのと比べると、佐藤さんは頑なに絨毯を見つめ、両手を硬く握りしめて縮こまっている。
緊張してんのか……ダチでもねぇのに無理やり誘っちまって悪かったかなぁ。
よっしゃ、まずは軽いトークで緊張を解きほぐしてやっか!
「なぁ、お前らに訊きたいんだけど、お前ら、なんか部活やってんのか?このガッコ、部活がいっぱいあって、どれに入ったらいいのか全然わかんねーんだよなー。オススメ部活があったら教えてくれや!」
佐藤さんはビクッと体を震わせて、ますます縮こまり、小野山が答えた。
「空手部に入った」
「空手!なるほど、お前でっけぇもんなー。先輩を一発でノしちまったし、やっぱ試合でも強ェんだろー?」
「……まだ試合には出ていない。高校の試合には」
「高校の試合には?ってこたー、小学中学の試合にゃ出たってか」
答える代わりに、小野山はコクリと頷く。
小中高と一貫して空手をやっている割に自慢しねぇたぁ慎み深いぜ。
チラと横目で佐藤さんを伺うと、両手を頬にあてて小野山に見とれている。
小野山のことは知ってるんだ。こんなでっけぇやつ、隣クラでも、めちゃ目立つもんな。
「……坂下は、なにが好きだ?それによって勧められる部活も変わる」
おっと、佐藤さんばっか見てる場合じゃねーや。
俺は小野山に答えてやった。
「俺の趣味?そーだなー、今一番ハマッてんのはスケボーだ!」
高校でボッチになっちまった俺は、趣味に出来そうなもんを片っ端からやってみて、スケボーにガチハマりした。
自分との戦いっつーのか、技を覚えんのが超楽しい。上手く出来たらガッツポーズも出ちまうぜ。
俺が答えた後、しばしの沈黙が空いた。
やべ、部活にあう趣味を聞いたのに、スケボーって答えられたら小野山だって返事に困るよな。
スケボー部なんてなさそうだし。
そこへ母ちゃんが紅茶のカップを盆に乗せて、台所から現れた。
おお、この気まずい空気を打ち払ってくれる我が家の女神様、なんとかしてくれ。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ、お二人とも恋香のお友達?いえ、遊びにいらしたんですから、お友達ですよね、うふふふっ。こちら、おっきぃわねぇ〜。しかも男の子!?いえね、この子ったら昔から女の子の友達ばかりで、いえ、女の子だから女の子の友達が多いのは当たり前なんですけど、まぁ〜、高校生になって初めての男友達だなんてねぇ!ね?あなた、お名前なんておっしゃるのかしら。よかったら、おばさんに教えてくださる?」
お、おい、母ちゃん、接近しすぎの顔近すぎだろ!?
小野山、困って視線そらしてんじゃねーかよ!
「おい母ちゃん!」
「それにしても背がお高いわねぇ〜、うちの人より大きな高校生って初めて見るわぁ。ね、あなた、何かスポーツやっていらっしゃるの?恋香とお友達になるからには、やっぱりスケボー関連かしら!あなたほどの好体格なら、きっと青空にも映えるでしょうね!今度あの子とやっているとこ見せてくださる?」
勢いに押し負けるようにして、母ちゃんを見ないようにしながら小野山がボソボソ答える。
「い……いえ……スケートボードは、やっていません」
「あら〜、ごめんなさいね、勝手に決めつけちゃって。じゃあ、そうね、バスケでしょう!どう、当たった?この身長ならダンクシュートも映えるでしょうね!」
母ちゃんにグイグイ間合いを詰められて、小野山は、すっかり蛇に睨まれた蛙状態だ。
「い、え……その……」
「あらあら、違った?うーん、難しいわねぇ。でも、この子とお友達になるぐらいだから、絶対スポーツ系だとおばさん思うんだけど。あっ、判った!今度は絶対自信あるわ、柔道か空手でしょう!見るからに腕っぷしが強そうですものねぇ」
「は、はい……空手、です……」
「わぁ、やったぁ!大当たり!うふふっ、それにしては大人しい方ねぇ。恋香、うるさくってごめんなさいね。でも悪い子じゃないんですよ、私が言うのもなんですけど、優しいところもあるんです。この間だって雨に濡れて病気になりそうだった子猫を拾ってきてねぇ〜、うちじゃ飼えないからっていうんで飼ってくれる人を夜まで探し回ったりしたんですよ」
ちょ、何を喋るつもりだァ!?
やめろ、小野山も佐藤さんも突然の娘自慢でポカンとしてんじゃねーか。はーずーかーしぃー!
「ねね、この子、学校ではどうですか?真面目に授業を受けていますか?もしサボッていたり爆睡していたら、遠慮なく手刀を首筋に叩き込んで起こしてやってくださいねぇ。大丈夫、ちょっとやそっとじゃ怪我しないぐらい頑丈な子ですから!あ、でも、あなた、えぇと、お名前なんでしたっけ?あなたの席は恋香と近いのかしら。うふふふ、本当に大きい……うちの恋香と並ぶと凸凹コンビって感じ!ねぇ、あなたから見て恋香は」
「母ちゃん!母ちゃんがまくしたてるから、小野山、全然喋れねーだろ!」
「あら〜小野山さんとおっしゃるの!小野山、何さん?」と、母ちゃんの飽くなき好奇心は留まるところを知らない。
「小野山 育だよ!紅茶ありがとう、ほら、出てった出てった!俺達これから一緒に遊ぶんだよ、母ちゃんは邪魔邪魔!」
「あーん、私にも小野山くんと喋らせてぇ〜」
散々喋っただろうに、まだ喋りたりなさそうにしている母ちゃんの背中を押して、リビングから追い出した。
はぁー。うるさかった。
昔、女友達を呼んだ時と全然態度が違うじゃねーか。男だってだけで、あそこまではしゃぐか?フツー。
つーか、佐藤さんの存在はガン無視かよ。
厳密にゃーダチじゃねぇけど、俺の授業態度を知りてーなら彼女に聞くべきだろ。同クラなんだし。
ふぅーっと大きな溜息をついて、小野山が袖で額の汗を拭う。
「……あれが、お前の母か」
「おう。うるさくてごめんなー?二人ともビックリしただろ」
「は……はい」と小さく佐藤さんが頷き、ちらっと俺を一瞬上目遣いに見た。
が、すぐに視線は絨毯へと戻り、口元を引き締める。
うーん。母ちゃんの登場で余計怖がらせちまったみたいだ。
紅茶も、すっかりぬるくなっちまったし。
えーと、それで何の話をしてたんだっけ?
そうそう、お勧め部活を訊いたんだった。けど、よく考えたら漠然としすぎだったわ、この質問。
二人とも今入ってる部活しか知らねーだろうし、答えようがないわな。
よし、話題を変えよう。
「なぁ、今日はこのまま勉強会と洒落込もうぜ!ほら、宿題出てんだろ?わかんねぇとこあったら、お互いに教えあおうじゃねーの」
俺の名案に「宿……」「……題?」と、二人が声を揃えて俺を凝視する。
なんだよ、その反応。たった今、宿題の存在を思い出したような顔しやがって。
「そういえば、天馬高校……でしたよね、坂下さんが前いた学校って」
ぽつんと呟き、佐藤さんが俺を上目遣いに見つめる。
「勉強……教えてくれるんですか?」
おー、やっと話してくれるようになったか!
休み時間に聴いた可愛い声が俺にも向けられる日がくるたぁ、誘って良かったぁ〜。
俺はドン!と胸を叩いて答えた。
「おう!何でも聞いてくれよ、教えられるとこは全部教えてやっから!で、どこがわかんねぇんだ?小野山、お前も遠慮なく聞いていいぞ」
自慢できるほど得意ってんじゃねーが、前のガッコじゃ中間順位はキープしてたかんな。
簡単な箇所なら俺でも教えられるはずだ。
鞄から数学の教科書を取り出すと、小野山はボソッと答えた。
「全部判らん」
「は?」
全部って何が?
聞き返す俺に、絶望的な目を向けて小野山が言うにゃ。
「何が書かれているのか、どういう意味なのか、最初から最後まで読んだが何から何まで理解できない」
……いや、数学だよな?英語や古典じゃなくて。
何がどう理解できねぇってんだ?日本語、それも現代の標準語で書かれてんのに?
驚く俺の横で佐藤さんも英語の教科書を取り出して、ぽそぽそ話す。
「単語は判るんですけど……文章に繋げようとすると、順番がわからなくなって。すみません」
あー、わかったぞ。
要するに、こいつら、勉強の組み立て方そのものが判んねぇってのか!
どうやって受験を突破したんだか謎極まりねーが、そいつを聞いたらコッチの頭まで痛くなりそうな予感がするし、やめとこう。
「まずは理解しようとすんじゃなくて覚えるんだ。数学や科学なら定義を、古典や英語なら文章の形式をさ」
「え?」
きょとんとする佐藤さんに、人当たり良く笑顔を向けて解説してやる。
中間と期末のテストは、記憶力を試すもんだと思ったほうがいい。
どうせガッコを出ちまえば、ほとんどが必要なくなる雑学だ。
理解できねーんだったら、テストを突破できる方向に切り替えたほうが楽ってもんだろ。
「何故こうなるか?は、後でじっくり考えりゃいい。お前らは、まだ一歩も踏み出しちゃいねーんだ。勉強の第一歩は形を覚えることから始まるんだよ。なんだってそうだろ?やり方が判んなきゃ、出来るもんもできねーんだ」
小学校だって算数は九九を暗記させるだろ?
とにかく記憶に刻んじまえば、すらすらっと出てくるようになる。
応用するにしたって基本を覚えてなきゃ、なんにも出来ねーぜ。
そういう意味じゃ教科書を読み上げてノートに書かせる授業ってのは、初歩の勉強法としちゃ合っている。
この二人の様子を見た後だと、あの授業にも納得ってもんだ。先生も苦労してんだねぇ……
問題は、こいつらが授業中きちんとノートを取っているかどうか、だが――
「ノート見せてみろ、小野山」
「え」と固まる小野山の腕から鞄をかっぱらい、「ま、待った!」と慌てる彼の手を逃れてノートを取り出す。
「うわー、きったねぇ字だな!」
思わず声に出しちまったが、そう言いたくなるほどミミズがのたくった文字なんだから仕方ねぇ。
これを読まされる先生も気の毒だろ。何書かれてんのか判んねーんじゃ、採点しようがねーぞ。
ジロッと小野山を睨んでやったら、小野山は視線をそらす。こいつ絶対、家で復習しないし宿題もやってねーな。
続けて佐藤さんを横目に伺うと、がっちり鞄を抱きしめて警戒している。
安心しろよ。女の子に恥をかかせる真似は、しねーから。
まぁ、だが、ノートを他人に見せられんねーってのは、彼女も小野山と似たりよったりってこった。
意外だな……俺が来る前までド真ん中最前列にいたんだし、眼鏡かけてっし、真面目そうなのに。
「ノートってな、あとで読み返すためのメモだぜ?こんなきったねぇ字で書いてちゃ、困るのは自分だぞ」
俺のお説教に小野山は下を向いて黙っていたが、ややあって顔を上げると、結論を求めてきた。
「それで……俺はまず、何を覚えるべきなんだ?」
「そうさな、基本の計算式を全部。けど一気にやったら頭がパンクすっから、少しずつ覚えていこうぜ」
俺の提案に、小野山も、ほんのり笑顔になる。
よしよし、やる気があるだけ、やる気のない奴よかぁマシってもんだ。
千里の道も一歩からってなもんで、今日から一個ずつ暗記開始といこうじゃねーか。
微笑んだ小野山に見惚れる佐藤さんへも声をかけた。
「ほら、佐藤さんも!佐藤さんは英語だったな、単語は判るみてぇだから基本の文法を覚えてこーぜ」
「あ、あのっ……た、単語も暗記は、必要、ですよね……?」
ビクビクしながらも勇気を出して質問してくれたんだ、もちろん俺は笑顔で答える。
「おう。ガッコのテストってやつはなぁ、生徒の記憶力を試すモンなんだ。求められてんのは解じゃねぇんだ、暗記なんだよ。ちなみに出そうな範囲は先生が授業でヒントをチラチラ出してっから、見逃さないようにな!」
「か……解……?解って、解答、ですよね……?」
よく判っていない様子の佐藤さんへ首を振り、言い直す。
「解ってのは問題を解くまでの途中経過だよ。何故、この答えになるのかってのを試行錯誤するっつー。ホントは勉強すんなら解を理解しなきゃ意味ねーんだが、テストに絞って言うなら、そこは捨て去っていい。こうなったらこうなるってのを暗記するんだ。佐藤さんの場合は英文だったな、んなら文法における単語の順番を覚えていこうぜ」
言い直しても、やっぱ佐藤さんは判んなかったのかポカンとしていたけど、ややあってポンと手を打ち頷いた。
「……暗記、すればいいんですね」
「そうそう」
とりあえず、要点だけ判っときゃいい。まだスタート地点に立ったばっかなんだし。
問題を深く掘り下げていくのは、もっと後、基礎を完璧に暗記してからだ。
えぇっと、うちのクラスは英語と現国で出てたんだっけか、そのニ教科の教科書とノートを俺も鞄から取り出す。
ノートを広げた途端に影が落ちてきて、なんだ?小野山が身を乗り出してきたのか。
俺の文字が汚いかどうか確認しようってんだな?ふふん、そんなに見たきゃ〜じっくり拝みやがれ。
じっくり、数十秒はノートを眺めた後。
小野山は驚いたように俺の顔を見て、もう一度ノートへ目を落として、さらに、もう一度俺の顔を見て無言で頷く。
何、一人で納得してんだ。俺も身を乗り出して、真正面でメンチを切った。
「なんなんだよ、顔に似合わねぇ字だって言いてーのか?」
ふるふると首を真横に振って、小野山が答える。
「いや。繊細で美しい字だと思ったまでだ」
な……何だよ。突然。そんな真顔でベタ褒めされたらリアクションに困んだろーが。
畜生、男なんかに褒められたってのに、頬が熱くなってきやがった。
佐藤さんも俺のノートを横で盗み見していたけど、すぐ宿題に取り掛かっちまって、うぅっ、沈黙が気まずい。
カリカリとノートに文字を書く音だけがリビングに響く。
何か話そうにも頬の火照りが全然収まんなくて、下を向くしかない。ちくしょー小野山のやつ、後で覚えてろ。
あぁ、母ちゃん、こんな時こそ我が家の女神様の出番じゃねーか?
そろそろ、お茶菓子片手に戻ってきてくれると嬉しいんだけど!
俺が台所へ目をやった直後、母ちゃんがヒョコッと顔を出して「あら〜、静かになったと思ったら、お勉強会を始めたの?勉強熱心なのね〜、おばさん感心しちゃう!うふふふっ。あっ、これ、お菓子だけど皆で食べてちょうだい」とホントに戻って来るもんだから、死ぬほどビビッた。
さぁ、ここからは、また母ちゃんのターンが始まるぜ。
だが、そんなのは小野山に押し付けて、俺は佐藤さんの小声で聞き取りづらい質問に答えてやる。
小野山は教科書の数式例文と睨めっこしながら必死に計算しているんだが、母ちゃんが先に答えを出したり趣味を聞き出したり女の子の好みを訊いたりしてっから、ありゃ〜全然頭に入んねーな、問題も解答も数式も。
宿題をやる意味がねぇ。まぁ、仕方ねーか。今は。
最終的に小野山を救ったのは、俺が教えた宿題の答えをノートに書き終えた佐藤さんだった。
「終わりました!」と、彼女にしては大きな声で宣言して、続けて俺に頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「いやいや、なんのなんの。可愛い女の子に教えるんだったら、いくらでもカテキョしちゃうぜ」
俺は、ふんぞり返って彼女を見やる。
佐藤さんは、それ以上は何も言わずに玄関へ向かう。
ありゃ、お世辞に無反応?可愛いって言われんのは好きじゃねーのか。
やっちんとかは友達に言われて喜んでたから、ここのガッコの女子は容姿を褒められんのが好きなのかと思ったんだけどな。
佐藤さんは見た目通り、誠実派なのかもしんねぇ。
いいねぇ。真面目な女の子も俺のストライクゾーンだ。
佐藤さんが帰るのを見て、小野山もノートや教科書を鞄に詰め込んで立ち上がる。
「お、おじゃましました……!」と慌ただしく玄関へ逃げる小野山を、母ちゃんが追いかけた。
「あぁん、もう帰っちゃうの?最後に、もう一つ!うちの恋香って、どう?あなたから見て可愛いかしら?それとも子供っぽいかしらねぇ」
おい!何聞いてんだよ、母ちゃん!
もしかして、俺が母ちゃんの無駄話をスルーしている間も俺とのコイバナを振ってたのか?小野山にっ。
ジョーダンじゃねーぜ!小野山とはダチになりてーんだ、断じてカレシじゃねぇ!
「やめろ母ちゃん!二人とも、もう帰るんだから!」
「また遊びに来てちょうだいね!待っているわー!」
最後まで追いすがる母ちゃんの声を背に、俺は二人を外へ送り出す。
あー、もうっ。第一印象最悪だよ、俺ンチ。全部母ちゃんのせいで。
勉強を妨害された小野山はモチロン、佐藤さんもギャンギャンやかましい環境に嫌気が差したんじゃねーか?
けど、また遊びに来てくんねーかなぁ。今度は勉強じゃなくって、二人の好きな趣味で一緒に遊んでみてぇ。
チラッと二人を見ると、小野山の口からは意外な一言が呟かれた。
「勉強会、次もやろう」
「へっ!?」
あんだけ妨害されまくっていたのに、また勉強会をやりてーだって!?ドMか、小野山ァ。
佐藤さんもコクリと頷いて、「坂下さんのご都合が良ければ、また、よろしくお願いします」と頭を下げた。
マジかよ……佐藤さん、あんたもイイヒトすぎるぜ!
俺は勢いよく頷いた。
「おう!お前らの都合に併せて、やろうぜ勉強会!」
勉強会以外でも集まりたいけど、しばらくは勉強会になりそうだ。ま、いっか!
なんとなく佐藤さんともダチになれそうな予感が、今の俺にはあったのだった。フフフ。

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