俺がサンタになってやる!

去年は母ちゃんと二人っきりの寂しいクリパだったんだけど、今年は違うんだなぁ〜これが!
ダチを四人も呼んでのトランプ大会、アンド我が家のカラオケも引っ張り出しての大騒ぎだぜ。
ごちそうだって出来合いケンタのチキンは卒業だ!
手作りケーキと、それからメインディッシュも、ちゃ〜んと鶏肉をローストに焼いてやった。
母ちゃんも驚いてやがったぜ。
一度も家事を手伝わない俺が、チキンばかりか芋やサラダまで用意したってんで。
だがな、俺だって驚いたよ。
料理は苦手だって言っていた小野山が、手慣れた包丁さばきを見せやがった時にゃあ。
もっと修行すりゃあ、将来は料理人になれんじゃねーの?イケメンコックとか言って。
ま、そんなこたぁどうだっていいんだ。
月見里の持ってきたボドゲは俺達の理解を越えた難解さでパスさせてもらったが、トランプでひとしきり盛り上がった後のカラオケ登場で一番喜んだのが月見里だった。
そんなに歌うの好きなのかよ?と聞いたら、そうじゃない、日本のカラオケセットに興味があったんだときやがった。
海外のカラオケと日本のカラオケって何か違うのか?
よくわかんねー着眼点だが、ま、いっか。
うちのはJOY SOUNDなんで、新曲から懐メロまで何でもござれだ。
元々母ちゃんが歌いたくて入れたんだけどよ、最近は殆ど使ってなかったんだよな。
月額払ってんのに勿体ないったらなかったぜ。
だが今日、再び日の目を見られたのは偏に月見里のおかげだ。
テレビにマイクを繋げば準備完了、あとは通信で好きな曲を選ぶだけってやつで。
自宅カラオケを前に「ねね、誰から歌う?何歌う?」と桜丘さんのテンションも爆上がりで、マイクを俺達に差し出してくる。
すかさず俺はリクエストした。
「まずは桜丘さんの歌が聴きてぇ!」
だが、彼女はニッコリ笑って「え〜、トップは緊張するよぉ〜。ハイ、佐藤さんパース!」とマイクを佐藤さんに押しつけた。
こういうことを言うヤツってなぁ、大概が歌ウマなんだぜ。俺の経験則によると。
でもって歌ウマなヤツはトップを嫌がるんだよ。
だって最初に上手いヤツが歌っちまうと、次が続けにくくなるだろ?比較されちまうから。
佐藤さんも「え、えぇぇぇ……」とマイクを持ったまま固まっているし、ここは一番の歌ヘタであろう俺がトップを仕切ってやる。
「っしゃぁ!誰も歌わねーってんなら、俺の十八番を聴かせてやらぁ」
マイクを奪い取ってやると、佐藤さんは安堵の表情を浮かべてパチパチ盛大な拍手を贈ってくれる。
やっぱトップは緊張するもんな。佐藤さんのシャイな性格を考えても、二、三番目が妥当だろ。
一応マイクの音量は絞ってあるんだが、それでもご近所に俺の音痴な歌声が響き渡っちまうのは、クリスマスパーティってことで勘弁してくれや。
がなりたてるといったほうが正しい俺の歌に、皆の手拍子が被さる。
まぁ、曲が悪いのか、それとも俺の歌が下手すぎるのか、結構バラバラな手拍子だけどな。
桜丘さんや月見里は笑いすぎて涙が出ちまっているし、小野山は滅多に笑わないこともあってか、佐藤さんもウットリ見入っちまうほどの、い〜い笑顔を見せてやがる。
「ふぅっ、次は誰が歌う?月見里いっちょいっとくか?」
マイクを差し出してやると、「うん、下手だけどごめんね」とマイクを受け取った月見里が予防線を張ってきやがった。
大丈夫だ、どんなにヘタクソだろうと俺以下ってのは、そうそう見ねぇから。
なにしろ俺は店舗版の採点で、伝説の三十点を取った女だぜ?しかも全力で歌っての三十点だ。
あの時は場の空気が白けきって、ハンパなく居たたまれなかったなー……こうやって笑い飛ばしてくれるダチのほうが有り難いってもんだ。
月見里は最初の一音を出遅れて「あっ」てなったんだが、そこは御愛嬌。
前奏なしのアカペラフレーズってな歌いにくいもんだし、失敗したとしても気づかなかったふりをするのがダチの優しさってもんだろ。
カラオケってなァ合唱曲と違って、何が何でも音に併せて歌わなきゃいけないもんじゃねぇ。
たとえ途中経過が遅れていようと、最後に言葉残りがなきゃ合わさったことになるんだよ。
ぶっちゃけ心がこもってりゃ多少音痴でも許される。
それがカラオケってもんだと、俺の母ちゃんが力説していたぞ。
まぁ音痴でも度が過ぎた音痴は許されねーだろうけどな、俺みたいな。
最初の出遅れがなかったかのように途中で持ち直した月見里は、最後綺麗に終わりきった。
「イェーー!上手いじゃねーか、月見里!」
俺は全力拍手で褒め称え、月見里も嬉しそうに「ありがとう」と微笑む。
「英語部分の歌詞、全部歌えるんですね……すごいですっ」
佐藤さんにも褒められて、月見里は「あ、うん。この曲はYouTubeで知って、何度も聴いて覚えたからね」と、お気に入りを匂わせてきやがった。
そうか、月見里はネットで曲を仕入れてんのか。
ネットが参考書も、ここまでくると筋金入りだな。
かくいう俺の曲収集場所は、母ちゃんとやるカラオケかラジオが主体だ。
「次、誰?」と月見里に訊かれて、「あ、歌います」と手を上げたのは佐藤さん。
おお、やっと歌う勇気がフルチャージされたか、ワクワク。
曲が始まったんだが、最初っからハイテンポかつラップの早口しかも低音で、正直佐藤さんの可愛い声には似合ってねぇっていうか歌詞についていくのがやっとって感じで、すっげぇ息苦しそうに聴こえるんだが、もっとゆっくりな曲のほうがいいんじゃねぇか?
とはいえ、これが佐藤さんのお気に入り曲だろうし、俺が余計な文句をつけんのも野暮だよなぁ。
あと言っちゃなんだけど歌詞が意味不明というか……まぁ和製ラップみたいだし、こんなもんか?
しばしポカンと聴いていたんだが、サビの部分で桜丘さんが「あ、ここ聴いた覚えがある」と小さく呟くのへ月見里も「僕も聞き覚えがある……多分YouTubeで」とか言い出して、やべぇ知らないのは俺だけか!?と小野山へ目をやると、スンッとでも言いたげな無表情で手拍子を併せているのが見えて、ホッとした。
さすが俺のマブダチンコ。俺が知らない曲は、お前も知らないよな。
曲が終わって一気に息を吐き出した佐藤さんへ俺は声援を送る。
「ヒュー!まさかのラップ、かっこよかったぜ佐藤さんっ」
「あ、ありがとうございます。あの……この曲、坂下さんは知ってますか?」
ここで、うっかり知ったかぶりをかますと取り返しのつかない事態に陥るのは、過去のカラオケで散々経験済みだ。
俺は素直に「知らねぇ!」と答え、傍らでは桜丘さんと月見里も同意とばかりに頷く。
「そうですか。Bling-Bang-Bang-Bornっていうんですけど……マッシュルの主題歌で」
うん、番組名まで教えてもらったのはありがてぇが、全然判らねぇ。
結構TVは見ているつもりなんだがな……バラエティーとスポーツに偏っているとはいえ。
桜丘さんや月見里も首を傾げているとこを見るに、多分アニメだな。アニメに違いねぇ。
「次、歌っちゃお」
マイクは桜丘さんに渡って、これまたアップテンポの前奏が流れ出す。
だが、今度の曲は前奏部分で聴き覚えがあった。こいつぁ、やっちんの好きなK-POPじゃねーか!
ヤンキーに人気なのかと思いきや、桜丘さんみたいな可憐美少女にも人気がありやがるたぁ……
次にカラオケやる前までには俺も網羅しとかなきゃだな、K-POP。
高いキーが桜丘さんの鈴を転がす美声と相まって、讃美歌の如きハーモニーへと昇華された。
桜丘さんは是非ともカラオケ配信してくれ。たとえ有料でも俺は絶対聴くからな!
「やべぇ、涙出てきた……ブラボォー!」
俺の賛美に「やだ、褒めすぎ」と苦笑し、桜丘さんが小野山へマイクを渡す。
「小野山くんは何を歌うの?」
小野山は俺を見て、桜丘さんを見つめ、佐藤さんへも視線をやって、困ったように天井を見上げた。
そういや以前カラオケに入った時、こいつの持ち歌は全部、昭和歌謡だったんだよな。
大方父ちゃんか母ちゃんとカラオケに行って、曲を覚えたクチなんだろう。
ここまでに俺達が選んだのは、如何にも今時の若いやつが好きそうな曲ばっかだ。
判るぜ……?歌いづらい、お前の気持ちがよ。
「もしかして歌うのは苦手?」などと月見里に気遣いされたあたりで、俺は声をかけてやった。
「誰かと曲が被っちまった時は演歌か民謡だ、俺と演歌のデュエットやろうぜ小野山!」
かぶってなくても演歌や民謡、童謡は一息入れるのにピッタリだ。
あんまハイテンポの曲ばっかり選んでっとマンネリになっちまうし、トイレで席を立ったり飲み物を取りに行く暇もありゃしねぇ。
小野山は嬉しそうに頷き、俺に選曲を委ねてくる。
よし任せろ、お前にも歌えそうな昭和歌謡でのデュエットを選んでやらぁ。
――いや、待てよ。古い曲をフルコーラスすんのは、他の皆が白けっちまうか。
んじゃあ、奥の手発動といこう。
「昭和の演歌デュエットメドレーいくぜぇ!」
「え〜、なんでそんなの知ってるの、坂下さん」と桜丘さんが笑い、月見里にも「メドレーで歌えるんだ!すごいなぁ」と驚かれた。
だよな、それが今時の高校生の反応ってもんだ。だが、俺は歌えちまうんだなぁ〜これが。
何故なら、俺の母ちゃんの十八番も昭和歌謡だからだ!
メドレーの長所は、どんどん曲が変わっていく為、全く知らない人が聴いても飽きない点だ。
そしてサビの連続だから、通しじゃ知らない曲でも何となく歌えちまう。
尤も小野山は耳コピで覚えた俺よりも、しっかり歌えていた。さすが十八番と言うべきか。
だが昭和歌謡云々の前に、三人とも小野山の歌唱力で呆気に取られちまっている。
だよな〜。普段ボソボソッとした喋りで如何にも歌下手っぽいヤツが歌ウマとか何の冗談だよってなぁ、俺も初めて聴いた時は驚かされたもんだぜ。
終わった後も、しばし部屋は静まり返り、やがて、ほぅっ……と感嘆の溜息を佐藤さんが吐き出す。
そいつを合図に「う……上手いね!」と月見里が素直な感想を述べる横では、桜丘さんも「ね、今度はフルで聴いてみたい!いっぱい歌って!」とリクエストしてきて、すっかり小野山リサイタルのフラグが立っちまった。
小野山は皆の賛美やリクエストを黙って聞いていたが、ふるふると首を横に振り、「いや、交代で歌っていこう」と素っ気ない。
いや、まぁ、そうなんだけどよ。他に言う事ねーのか?全員に手放しで褒められてるってのに。
呆れる俺を、小野山がジッと見つめてくる。
ん、なんだ?もしかして俺が褒めるのを待っているってか?
何と言おうか迷っている間に、小野山がポツリと呟く。
「……坂下も上手かったぞ。まさか全部知っているとは思わなかった」
え。
「そうだね。坂下さん、演歌だと上手いんだね!」とは桜丘さんの褒め言葉で。
続けて月見里や佐藤さんが「うんうん。他にも聴いてみたいから、次は演歌で」だの「もしかして、実力を隠していました?演歌が真の持ち歌だったんですね、坂下さんの」だのと褒めるのを見て、小野山が僅かに口元を綻ばせる。
なんだ、その満足そうな顔は!
俺への賛辞なんざ、どうだっていいっつーの。今は、お前のターンだろうが!
くっそー、こいつ、なんだこいつ、何ヶ月交流しても、ぜんっぜん考えてることが読めねぇ!
今までにいなかったタイプなのだけは間違いねぇ。掴みづらい野郎だぜ、お前ってヤツぁ。
ともあれ、今のデュエットで疲れたんで、俺は一回パスして紅茶を煎れに立ち上がる。
その間、他の皆にはカラオケをやっていてもらおうと思ったんだが、なんでか小野山までついてきやがった。
「なんだ?紅茶煎れんのぐれぇ一人で出来っから、お前は向こうで待ってろよ」
台所で湯を沸かしつつ、シッシと邪険に追い払っても出ていく気配がねぇ。
なんなんだよー、もぉー。
些かムッとなる俺の前に、すっと箱が差し出される。
なんだ、これ?見上げたら、小野山が笑顔で言った。
「……メリークリスマス。プレゼントだ、坂下」
は?
え?
プレゼントはナシって事になったんじゃなかったのかよと突っ込む前に、何を思ったんだか俺の耳元でボソボソッと「お前だけに渡しておきたい。他の皆には内緒だ」なんて囁きやがるもんだから、この野郎、不意討ちにも程があんだろ!
「て、テメェッ!近づきすぎだ!?」
泡食う俺の拳は空を切り、余裕綽々で避けた小野山が内緒話を締めくくる。
「それじゃ、先に戻っている。プレゼントは、お前の部屋にでも仕舞っといてくれ」
んがーっ!
なんだ、その満面のドヤ顔!ムカツクゥゥーッ!
プレゼントはありがたく受け取っておくけど、あとで覚えてろよ小野山ァッ!
湯沸かしポットに負けないぐらい怒りでカッカとなりながら、俺は紅茶を全員分煎れたのだった。

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