15話
行きに通ってきた石段は崩れ落ちてしまったが、シュガー曰く、道は一つだけではないという。「この遺跡、外から見るとそうでもないけど、四方穴ぼこだらけなのよね」
四方向入り放題な割に、生き物の姿が見えないのは何故か。
しゅういちの疑問に答えたのも、シュガーであった。
「まず第一に、食べ物がない。けして環境がいいわけでもない。ここで暮らすぐらいなら、外で暮らしたほうが、よっぽどいいでしょうね。私は食べなくても生きていけるし、あいつは……常時自分の世界に戻って補給していたから」
「どうしてカルキを"あいつ"って呼ぶんだ?」と、ソルトが横入りする。
シュガーは流し目でソルトを一瞥し、肩をすくめてみせる。
「あいつ下級のくせしてさ、偉そうなのよね。だから、名前でなんて呼んでやんない」
作ったものに見下されるとは、カルキも気の毒な。
だが、次にしゅういちの口を飛び出したのは彼女への労りではなく純粋な好奇心だった。
「もっと教えてくれるかな、マグリエラのことを」
「うん。でも、詳しくは船に無事戻ってから」
ひょいひょいとシュガーは身軽に石段を登る。
かと思えば横道へ曲がり、細かく入り組んだ通路を迷いもせずに歩いていく。
ソルト達が通ってきたのとは違う道だ。
「君は、この遺跡の内部に詳しいんだな。ずっと、ここに住んでいたのか?」
尋ねるしゅういちに、後ろも振り返らずにシュガーが答える。
「そうよ。呼び出されたのは、なんて言ったかな、ラグナル?って処にあったお屋敷だけど。そこから船に潜り込んで、この島に流れ着いたの。あいつは、私より前から潜り込んでいたみたい。ここを根城にしていたのかもね」
カルキは仲間がいたようなことを言っていた。
ここが彼女の転送出発点だったのかもしれない。
「カルキは転送自由だと言っていたけど、君達サンミに、その権限は与えられていなかったのかい?」
「不思議なことを聞くのね」と、シュガー。
振り返り、まじまじとしゅういちを眺める。
「人間と、そうじゃないのとが同じの扱いなわけないじゃない」
なるほど、マグリエラとは人間が生き物の頂点に立つ世界のようだ。
帰りたくないとシュガーが考えるのも当たり前だと、しゅういちは納得する。
ぐねぐね曲がりに曲がりまくった通路を抜けた先は、急斜面の坂道が待ち受けていた。
「人間には厳しいかもしれないけど、しっかりついてきてね」
と、シュガーが言うのへは否定し、しゅういちは歯を見せて微笑む。
「大丈夫だ。人間よりは、多少体力があるからね」
「えっ?しゅういちは、人間でしょ?」
「いや、亜種族だよ」
なんて会話を聞きながら、二人を追いかけるソルトは、すっかり無言になっていた。
先ほどから、しゅういちがシュガーとばかり話していて気に入らない。
好きと言ってくれたのに、ほったらかしとは酷いじゃないか。
遺跡を抜け、森林を抜けた先で浜辺が近づいてくると、まばらに人影も見えてくる。
「誰?」と怯えるシュガーに、しゅういちは言ってやった。
「仲間だよ」
近づいてきたしゅういちに、イーが片手をあげた。
「よォ、遅かったじゃねーの。島にいた連中、軒並み一掃しといたぜ」
帰り道、一度も海賊に襲われなかったのは、イーが敵をなぎ倒してくれたおかげらしい。
陽動役を任せた記憶なのだが、先陣切って戦ったとは彼らしい。
「船も無事だ」と振り返るイーにつられて、三人も船を見る。
傷一つ、ついていない。
そればかりか船の周りには、むごたらしい死体の山が築かれていた。
どれも余所の海賊だ。防衛組が頑張ってくれた成果であろう。
「ありがとう、おかげで楽に帰ってこれたよ」と礼を言うしゅういちへ、イーは質問で返してくる。
「そいつ、なんだ?そいつが幻のお宝か」
「あー……うん、多少違うけど、似たようなものかな」
「なんだ、はっきりしねぇな?」と首を傾げるイーへ、しゅういちは重ねて言った。
「彼女の紹介と、それから重大発表もあるから、まずは全員食堂へ集まるよう伝えてくれ」
さぁ行こう、と肩を叩かれ、仏頂面のままソルトは、しゅういちの先導に従った。
その後をシュガーが続き、浜辺に残っていた海賊も乗り込むと、船はゆっくり波間へと消えていった。
食堂に集められたギルドメンバーは、どの顔も落ち着かない様子で椅子に腰掛けている。
「全員集合ってこたぁ、成果があったか、それともサッパリだったのか、どっちだ?」
腕組みのシトゥへ、ミトロンが笑って応える。
「なんか一人増えてたみたいだし、それがそうじゃないのォ?」
「へぇ。どんな奴だった?」と、これは他のメンバー、イェルの問いに。
「俺もちゃんと見てないんだけどサ、イーサンの話じゃ女の子だって」
ミトロンが答えた時、ちょうど扉が開いて、しゅういちとソルト、それからもう一人が現れた。
「みんな、静かに」
しゅういちの一言で、食堂は一気に静まりかえる。
「まずは遺跡探索の結果だが――成果はあった」
途端に「うぉぉぉっ!」と全員が、どよめき、その反応に満足したか、しゅういちは頷くと、傍らに立つ少女へ視線を送る。
「この子が、そうだ。幻の調味料、名前はシュガー」
どわっと全員席を立ち、シュガーの前に群がってくる。
「うぉぉ!ホントにいたんだ、幻の!」
「シュガーちゃんか、かわゆなお名前ちゃんね」
「やっぱ甘いの?ちょ、ちょっと舐めてイイ?」
「おいテメェ、そいつは失礼ってもんだぞ!」
どの顔も興奮でテラテラ輝き、どれもがゴツイ筋肉ゴリマッチョなもんだから少々気持ち悪い。
シュガーは内心ドン引きしながら、しゅういちを見上げて尋ねた。
「この船のルールって、ある?あったら、教えて欲しいんだけど」
「そうだな。この船、というかギルドのルールは『最低限のマナーを守って皆仲良く』だ」
皆のほうへも視線を向けて、強く言い放つ。
「最低限のマナーに乗っ取り、彼女を強引に舐めたりするのは禁止だ。もちろんシュガーの許しが出たなら、その限りではないけれど」
こう言っておけば、使いすぎて枯渇したりすまい。
彼女は本人曰く全く甘くないそうだが、海上での塩は水分補給代わりにもなる。
シュガーとて、マッチョな男どもにベロベロ舐め回されるのは本意じゃあるまい。
「ありがと、しゅういち」
心底ホッとした表情をうかべて、シュガーが呟く。
「許しなんて、滅多に出さないと思うけど」
しゅういちには「君もマナーを守ってくれよ?」と念を押され、すかさず頷いた。
「最低限のマナーってのは、嫌がることをしない、喧嘩しない、物を壊さない……とか、そういったやつでいいの?」
「そうだ。常識的な行動の範囲で頼む」
もう一度頷きながら、シュガーは、そっと考える。
この世界の常識なんて全く知らないのだが、この船で暮らすうちに判ってくるだろうか。
ガタガタと席に座り直す一同へ、しゅういちが話を続ける。
「実は、もう一つ、重大発表がある」
「へぇ。そういや帰ってきた時にも言ってたな。で、なんなんだ?」
急かすイーを横目に、しゅういちは全員を真っ直ぐ見つめて言った。
「ソルトと俺は、互いに好き同士であると判明した……よって、今日からソルトと俺は恋人関係とする!」
一瞬の静寂を置いて。
全員が「え、えぇ〜〜〜っ!?」と驚愕する。
それまでむっつり黙って立っていたソルトも、やはり驚いた顔で、しゅういちを見上げる。
重大発表があると言っていたのは聞いているが、まさか自分達の関係を発表するとは思わなかった。
てっきり、カルキの件を報告するのだとばかり。
「正式に俺の恋人となった以上、ソルトへの性的な手出しは全面禁止だ。イーサンは特に自重するように」
名指しで厳重注意され、イーがむくれて反発する。
「なんだよ、それ。一体いつの間に愛を誓いあっちゃったワケ?」
「あーなるほど、二人っきりで愛の逃避行を」と言いかけたミトロンは、イーに睨まれ口を閉じる。
「二人でいた間に愛が産まれたか」
ぼそりと呟く風の横で、ハルも声を張り上げた。
「マスター!俺がコクッた時は恋愛に興味ないって言ったじゃないですかァァァッ!」
しゅういちは申し訳なさそうに頭をさげて、ハルに謝ってくる。
「あの頃は本当に興味がなかったんだ、恋愛そのものに。けど、今は……ソルトが好きなんだ。どうしようもなく」
「一体二人っきりの間に何が起きたんですかい?」と、興味津々なのはポロミアス。
「別に何もないよ。ただ、好きだという気持ちが爆発したのは、二人っきりでいたおかげかな」
たちまちノロケ始めるマスターに、食堂は騒然となった。
「ソルト、お前もそうなのか。お前もマスターが」
イチの問いに、ソルトは頷く。
仏頂面は影を潜め、今や満面の笑みを浮かべながら。
「うん。ここへ来た時から、ずっと気になっていた。最初は、ただの好奇心だった。今は、しゅういちを俺のものにしたい。しゅういちに近づかれるのが嫌だ。しゅういちには、俺だけを見ていて欲しい」
ストレートな愛の告白には、再び全員が「おぉう!?」と、どよめいた。
子供だとばかり思っていた相手が"愛"を理解していたこと。
そして、恋愛に無頓着だと思っていたマスターが遂に目覚めたこと。
幻のお宝まで見つかって、今日は目出度いこと尽くめだ。
一部メンバーの悲哀は、この際捨て置いて「宴会だ!」そう、お祝いをしなければ。
隅っこで膝を抱えていじけるハルなど、最早そっちのけで皆が盛り上がる。
見よ、「宴会か、いいな」とマスターも乗り気ではないか。
「あっ、どうせなら宴会は本拠地に戻ってからやりませんか!?」
トントン拍子に話がまとまって、船は一路本拠地へ。
「よぉし、腕が鳴るぜ!宴会料理の真髄ってもんを見せてやらぁ!」
ホイやクックが腕まくりして大騒ぎするのを見ながら、ソルトは、そっとマスターへ囁く。
「部屋は、どうするんだ?」
「部屋?部屋が、どうかしたのかい」
きょとんと尋ね返すしゅういちに、もう一度催促する。
「俺達、恋人同士になったんだろ。だったら部屋も一緒にするべきだと思うんだ」
真っ赤に染まったソルトの頬を見て、ようやくしゅういちも彼が何を望んでいるのか思い当たり、「そっ……」と一旦は詰まったものの言葉を絞り出す。
「そう、だな。うん。俺達は恋人同士なんだし、部屋は、一緒のほうがいいよな。そうしよう。シュガーの私室も作らなきゃいけないし、本拠地へ戻ったら船を改装しなきゃな……」
恋人というのは互いに好きだと言いあって、そこで終わりではない。
そこから始まり、新たな関係を築いていく。
恋人となったからには、最低限のマナーで禁止していた数々の行為も解禁となろう。
主に性的な行為が。その為にも、部屋は一緒にしておいたほうがいい。
しかし、まさかそれをソルトに教えられるとは。
彼は少年に見えるけど少年ではないのだと、改めてしゅういちは思い知らされたのだった。
