龍輔&誉
このダンジョンは普通に潜ったら階層は浅く、敵も弱くて難易度は低いと分類される。現に何周目かのマラソンで、敵の弱さに龍輔は飽きてきていた。
だが――
「龍輔」と袖を引っ張られ、誉に目を向ける。
「どうした?」
「さっきから気になっていたんだ。どうして、こんな簡単なダンジョンに三つも四つもシークレットドアがあるんだろうって」
「……えっ!?」
ダンジョンの壁には、一見何もないように見える。
しかし探索スキルのある者が見れば、隠されたドアが存在するのだと言う。
「隠し扉が三つも四つもあったって?何で、それを俺に教えないんだ」
憤慨した調子で問い詰めると「だって」と小さく呟き、誉が視線を外す。
「龍輔、すごく緊張していたみたいだから、言い出せなかったんだ」
緊張していたわけじゃない。
周りの人間が、誉に危害を加えるんじゃないかと危惧していただけだ。
それが刺々しい雰囲気に見えたのならば、誉には謝らなくてはなるまい。
「悪ィ。お前と二人っきりでいると、こう、どうしてもナイト様な気分になっちまってな」
「ナイト様?どうしてだ」
本人には不思議がられたが、龍輔は口の中でゴニョゴニョ言って誤魔化すと、誉の振ってきた話題へと完全に逸らした。
「それより隠し扉だったな。次に見つけたら、入ってみようぜ。何か面白いアイテムや、変わった敵がいるかもしんねぇ」
誉も、それ以上は追求したりせず、こくんと素直に頷く。
「龍輔なら、絶対そう言ってくれると期待していた」
「そうか?」
札を買いに行く龍輔の後をくっついてきて、誉が笑う。
「他の皆と違って龍輔は俺の言うこと、いつでも信じてくれていただろ。今までも」
そうだったか。
ま、確かに悠平なら疑ってかかるだろうし、風花は気乗りしないかもしれない。
樽斗や烈夜など普段は誉を必要以上にアイドル持ち上げしている連中にしても、そうだ。
必ず皆、一旦は情報を疑う。
盗賊だけに用心深いのだ。
誉が嘘をつくはずもないというのに。
誉を信用しているか否かと言われたら、信用に値すると龍輔は確信している。
何しろ素直で、人の言うことを疑わないような奴だ。
他人を騙したこともないに違いない。
「よし、入るぞ。隠し扉を見つけたら、教えてくれよな」
誉のおかげで、退屈だった周回が俄然楽しみになってきた。
光が二人を包み、新たなダンジョンへと導く。
ダンジョン内は混雑の混戦状態だが、誤爆は少ない。
シンボルにさえ近づかなければ戦闘にもならないので、他PTの戦闘も視覚的に回避しやすいのだ。
ぎゅっと腕にしがみついてくる誉を見下ろし、龍輔は安堵の溜息を漏らした。
もう何周もマラソンしているが、こうして誉がピッタリ龍輔にくっついている限りは安心だ。
何がって、いやらしいオッサンオバハンのPE対策である。
ずっと警戒していたが、一向に誰かが誉に手を出してきそうな気配がない。
端から見ても誉が龍輔を好きなことなど、バレバレだったのかもしれなかった。
入るたびにダンジョンの構造は変化したが、階層は一緒だ。
敵も同じ種類が現れる。
だからこそ、隠し扉の向こうに期待した。
思わぬ強敵が隠れているのではないかと。
待望の扉を見つけ、勢いよく開いた先を見渡した龍輔は落胆の声を漏らす。
「…………な〜〜んにもねぇな?」
「いや……」
誉は足下に蹲って床を探っていたが、やがて床に小さな凹凸を見つけ、そっと手を伸ばす。
ガコンと割合近くで大きな音がして、一部の床が半回転したかと思うと巨大なベッドが姿を表わした。
「いやいや、ベッドって何だよ、ベッドって。エネミーないしお宝じゃないのかよ」
何の変哲もないダブルベッドだ。
上に登ってみたが、何かの仕掛けがあるようでもない。
枕元に紙切れを見つけ、誉が拾い上げる。
「いちゃいちゃしないと、出られない」
「え?」
「……と、書いてある」
「出られないって、扉ならそこに――」
振り向いて、龍輔は、そのまま軽く固まる。
どこだ?今さっき、入ってきたばかりの扉は。
慌てて誉の反応を見ると、誉も軽く固まっている。
「扉が消えた」
ポツリと呟き何度も首を振っているが、見えなくなってしまったものは見えてこない。
となると、部屋全体がトラップだったのか。
一旦入ると出られなくなる。
「って、そんなはずないよな。それじゃゲームオーバーじゃねぇか」
ベッドを飛び降りてペタペタ壁を探る龍輔とは対照的に、誉は落ち着いている。
荷物からドロップアイテムのクッキーを取り出すと、そろりそろりと龍輔に近づいた。
「なぁ誉、お前も探してくれ。お前のほうが探索スキル能力は上だろ?」と振り向いた龍輔の口に、すかさず何かが放り込まれる。
「んぐっ!?」
勢いでごくりと飲み込んだ彼は、それが何であるかを確認する前に深い眠りへと誘われた。
たちまちガーゴーいびきをかきはじめた龍輔の上に跨ると、誉は、ゆっくりと彼の服を脱がせにかかった……