おうとほうかい

六話 勇者出現!

逃げまどう群衆。炎をあげる街……
阿鼻叫喚の地獄絵図を水晶球が映し出している。
その様子を一瞥すると、ダークエルフは椅子から立ち上がり窓を見た。
煙が立ち上る、その場所こそが今、水晶に映し出されていた街なのだ。
ゴルゴル王国・宮殿内。
ダークエルフのダートは、口の中で何かを唱えると水晶球に呪詛をかける。
すると水晶に映っている魔物の数が、さらに何倍もの数を増す。
人という種族は地上から消え去ればよい――


「せぃッ!」
アキラの一撃で吹き飛んだ魔物は壁に激突後、フラフラしながら空に舞い上がる。
背後に目をやると、身をすくめて動けなくなっている女性がいた。
「大丈夫!?」
「あ、あ、あ、あ、ありがとう、ございます」
「へへっ。無事でよかった!」と喜ぶアキラの背中に、バサッバサッと羽ばたきが降りてくる。
たちまち女性は顔色をなくして「あ、あぁっ!!」と引きつった悲鳴をあげた。
「……うわ……空飛んでる……人……なの……?」
呆然と眺めるアキラの背後で、恐怖に耐えきれなくなったのか女性が絶叫する。
「イヤァーーーッ!!」
飛んできた奴は、先ほどまで叩きのめした怪物よりは、ずっと人間に近い容姿だ。
ただ、背中に白い羽根が生えていて、頭上には光り輝く輪っかがあるというだけで。
ふわっと地上へ舞い降りた何者かは、ふっと鼻で笑う仕草を見せた。
「……やれやれ。姿を見ただけで悲鳴とは。人間というのは、どうしてこうも異種族を認めようとしないのか」
「しゃべった!?しゃべれるのっ?キミ!」
「当たり前でしょう。人という種に言葉を教えたのは、わたし達なのですから。天上におわすゼファー神の使い……人は、わたし達を天神族と呼びます」
悠然と答える姿は、どこか神々しく、さして信心深くもないはずのアキラの目を捉えて離さない。
「てんじん……ぞく?綺麗~」
「お褒めに与り光栄です。お礼として、苦しまず死ねるようにしてさしあげましょう」
優雅に会釈した天神族は、アキラが我に返るよりも早く攻撃に転じた。
「善神ゼファーの名において、いでよ光の御子よ!邪悪なる人間を光の炎で焼き尽くせッ!!」
天使の掌から放たれた虹色の光線がアキラを焼き尽くすよりも早く、物陰から飛び出してきた影が剣を一閃して光線を四散させた!
「何っ!我が魔術を四散させるとは、何者だ!?」
退けェッ、愚族!神の誓いを破り天上へ逃げた貴様らに、この地上を好きにはさせぬ!!」
「なんだと!?愚族とは、まさに人間、地上を汚す野蛮な種族に愚族と言われる筋合いなどない!」
「ダークエルフの配下となりさがった貴様が言えたくちか!大人しく去るならよし、去らぬなら切り捨てるまで!!」
突如現れた金髪の青年と天使のやりとりには、アキラが口を挟む隙間もない。
ポカーンと間抜けな顔で眺めている間にも、天使は憎々しげな表情で青年を睨み、掌に光を集め始めた。
「生意気な!我が最大の呪文で消し去ってくれる!!」
「貴様の呪文など俺には一切通じんッ!」
「効くか効かぬかは試してみれば判ること!!聖光砲!!!
天使が両手を天にかざすと、雲が割れて青空の覗く谷間から、先ほどよりも太い光線が青年めがけて降り注ぐ。
だが、それもまた剣の一振りで、あっけなくかき消された。
「ば、馬鹿な……呪文が一切効かないだと?お前、お前の持つ、その剣は一体……」
よろよろと後退する天神族を睨みつけて、青年が答える。
「ブレイクブレイズ。貴様も天界の者なら、名前ぐらいは知っていよう」
「ブ、ブレイクブレイズだとッ!?何故貴様ごとき人間が、それを手にしている!」
「答える必要などないッ!」
みたび一閃。
天使は「ぎゃぱぁぁぁあっっ!!!!」との悲鳴を残して、縦に唐竹両断真っ二つとなった。
突然のスプラッタには、間近で見ていたアキラと見知らぬ女性も、それぞれに「うげぇ!?」「ひぃッ!」と悲鳴をあげる。
「哀れな奴だ……ダークエルフの戯言に乗せられて天上界から降りてくるとは」
独り言を呟く青年に、アキラは食って掛かる。
「ちょ、ちょっとぉ!キミ、どーせ斬るなら縦割りじゃなくて横に斬ってよ!あんなもん見ちゃったらボクとこの人、しばらくご飯食べらんなくなるだろ!?」
じっとアキラを見て、青年がぽつりと尋ね返した。
「なんだ?お前。この国の人間じゃないな、ジパンから戦乱観戦にでもきたのか?」
「なんだじゃないだろ、この人殺し!」
「お前、あれが人に見えたのか?あれは天神族だ」
「知っているよ!だからって真っ二つにしなくっても」
お取り込み中の処を割り込んで、女性が青年へ頭を下げた。
「あの、ありがとうございます!ありがとうございます、勇者様!」
「……気にするな。民が無事でならば、それでいい」
剣を鞘に収めて微笑む青年に、女性は何度も頭を下げて泣きじゃくった。
「ああ、ああ……勇者様、勇者様、ありがとうございます、うぅっ……」
いきなりクレームを申し立てた上、お礼一つ言うのさえ忘れた自分を棚上げに、アキラはむすくれる。
自分の時とは態度も物腰も全く違う青年に対して。
ムカつきながらも、改めて彼を観察した。
年齢は自分と大差ないと思われる。十代後半ぐらいだろう。
ホーリーやシドと同じく金髪碧眼。
顔の作りは悪くない。イケメンと称しても、差支えあるまい。
その辺の軽いねーちゃんならコロリと騙せるだろうなぁと、アキラは考えた。
ブレイクブレイズだと言っていた剣は、岩で作られたような鞘に収められている。
去っていく女性を見送った後、青年がアキラへ振り返った。
先ほどまでのイケメンスマイルは何処へやら、眉をひそめたしかめっ面で。
「おい、そこの男女。聞きたいことがある」
「誰が男女だ!ボクにはアキラって名前が、ちゃんとあるんだよっ!」
「お前の名前など、どうでもいい。シド、或いはホーリーという男を知らないか?この街に来ているはずなんだが」
「人に物を聞く時は――って、えっ?ホーリー?シド?キミ、あいつらの知り合いなの!?」
まさかの名前が飛び出して、驚くアキラへ青年は頷いた。
「ああ。あいつらに……いや、正確にはホーリーに此処へ来るよう指示を出されていた」
すると、彼がホーリーの奥の手だったのだろうか。
アキラは頭をかき、正直に答えた。
「あー……途中まで一緒だったんだけど、ボクだけはぐれちゃって」
「この街にいるのは間違いないんだな?」
念を押されて「うん」と答えた途端、踵を返された。
「そうか、じゃあな」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!どうやって二人を捜すの?今、街ん中は大混乱だよ?どこもかしこも魔物に襲われていてさ」
話している途中で、どこか遠くの方から「あぁっ、あぁ~~きらっすぁ~~~~んっっ!」という間抜けな声が聴こえてきた。
「ん?あのマヌケ面に間抜けな声は……」
きらきら涙をこぼしながら駆け寄ってきたホーリーは、抱きつく一歩手前でアキラの蹴りをくらって吹っ飛んだ。
「あぁん、アキラさん~酷いですぅ」
鼻血を流しての抗議に、アキラもキレ顔で怒鳴り返す。
「うるさい!キミ達がはぐれちゃったせいで、こっちなんかキモイもん見ちゃったんだからね!」
「そんなの僕のせいじゃないですよぉ~」
一連のやり取りを黙って見守った後、大きく溜息をついた青年も会話に加わる。
「ホーリー。相変わらずだな、その見境のない女好きは」
「へ?あっ、アーサーじゃないですか。間に合ったみたいですね♪」
「アーサー?」と尋ねてきたアキラへホーリーは満面の笑みで紹介した。
「あぁ、紹介しときましょうアキラさん。彼は僕の幼馴染でアーサーといいます。アーサー、彼女はゲート通過者のアキラさん。ダークエルフ打倒の旅で一緒にパーティーを組んでいる仲間ですよ」
「ダークエルフ打倒の為のパーティーだと?……なるほど、それで此処にいたのか」
上から下までアキラを眺めて、ふむと納得したかのように頷いた。
「格闘術を身につけているのか?」
「あ、うん。それよりもキミ、ホーリーの幼馴染だったんだぁ。へぇー。ホーリーのねぇ……ひとまず、よろしく」
「あぁ」と彼女と握手した後は、アーサーの視線も幼馴染へ戻る。
「ホーリー、シドは?一緒だと言ってなかったか。それと仲間だが、他に誰がいる?」
「えーとですね、ゴルゴル王国の若き王女様とダークエルフのお姉さん、それから賢者の末裔のお姉さんです♪」
「ダークエルフだと!?」といきり立つ友人に「あ、ダークエルフだけどエルクさんは僕らの味方ですよ」とホーリーは宥めにかかる。
「それとシドですが、あなたが来てくれたんなら探す必要なんて」
「探せ!!」
激しい剣幕で怒鳴られて、咄嗟に「はいっっ」と返したホーリーは、真っ先に走り出したアーサーの後をアキラと共に追いかけた。

その頃、エルクは魔物の群れに囲まれて孤立奮迅していた。
魔法は無尽蔵に使えるものではない。
目前の魔物をまとめて倒した後、彼女は膝をつく。
目眩が始まり、全身をけだるい感覚が包み込む。
倒れてたまるか、そう思いながらもエルクの意識は遠のいていった――

裏道を抜けようとしたシドとクレアも、魔物の大群に道をふさがれていた。
今は向かってくる魔物をシドが防いでいるが、そう長くも持つまい。絶体絶命だ。
「クレア、向かってくる奴を叩き落としているだけじゃ埒があかねぇ……今から俺があいつらの元へ飛び込む、その隙にお前は逃げろ」
捨鉢な作戦に出ようと考える相手を、クレアは必死で止めた。
「駄目です!ホーリー様と合流するまで死んではなりませんっ」
「ホーリーが来たって何にもならねェ!足手まといになりこそすれ戦力にならねぇ、あいつはそーゆー奴だッ」
話している間にも一匹二匹突っ込んできて、まとめて棒で叩き伏せる。
何をもってホーリーに期待しているんだか知らないが、彼の弱さならシドが一番知っている。
なにしろ剣術は全く身につかず、槍術の練習も途中で投げた男だ。とことん武術に向いていない。
「そんなことはありません!ホーリー様には、わたくし達を捉えてやまない御加護があります!」
「加護ってなカリスマか?なら、なおのこと奴にそんなもんはねぇッ!あんま奴に夢を見るんじゃねぇぜ、姫さんよ」
ホーリーのカリスマなんぞ、生まれて一度も感じたことがない。
シドから見た彼は、いつもヘラヘラ笑って、人の嫌がるような軽口ばかり投げかけてくる、最低最悪のご近所さんだ。
一刻も早く縁を切りたくて、だから街を出た。まさか、こんな処で再会するとは思ってもみなかった。
「夢ではありません!ホーリー様なら、必ずきっと今の状況を何とか――」
黒い影がクレアの背後へ回り込む。
「しまった、後ろかッ!?」
シドの棒も届かない位置に降り立たれて、鋭い爪がクレアに襲いかかる!
だがバラバラに切り裂かれたのは、クレアではなく魔物であった。
「この剣さばき……アーサーか!?」
「アーサー?剣士アーサーなのですかッ!」
二人まとめての呼びかけに、剣を構えたアーサーが応える。
「シド、話はあとだ!姫様、この場に留まり一歩も動かすにいて下さい。敵を一掃致します!」
「は、はい」
勢いに気圧され、その場に立ち尽くすクレアとシドを横目に、アーサーは叫んだ。
「吼えろブレイクブレイズッ、全てを斬りさけ!!」
アーサーの手元で剣がブー……ンと唸りをあげ、光り始める。
次の一閃で空が裂けた。
まるで、そこだけぽっかり穴が空いたような白い空白へ魔物が次々吸い込まれてゆく。
やがて白い空白が閉じると、後には何事もなかったかのように青空が広がった。
宣言通り、魔物は一掃されたのだ。
「すご……」と呆けるアキラの真横で、ホーリーが満足げに頷く。
「ブレイクブレイズは魔具ですからねぇ。あれも魔法の一種ですよ」
「助かりましたわ……剣士アーサー、あなたのおかげで」
お礼を言いかけるクレアの声は、アーサーの「シド!!」という叫びでかき消された。
きょとんとするシドの胸へ飛び込むと、アーサーは潤んだ瞳で縋りつく。
「どーして出ていったんだ!?俺が、俺がどんな思いで、お前を捜し回ったと思ってんだよ!コンチクショーッ!!」
あまりにもあまりなギャップに「こ、こんちくしょ~?」と驚く皆の前で、痴話喧嘩のような会話は続いた。
「俺の、俺のバックを奪った奴は、お前しかいないってのに……もう、どこへも行くな!一生、俺の側にいてくれ!!」
「何だお前、俺を捜して街を出たってのか?酔狂な奴だぜ」
「お前がいなくなってから毎晩、体が疼くんだよぅ。この体の疼きを癒せるのは、お前しかいないんだシド!」
ぎゅうぅっと抱きつくアーサーの頭を撫でてやりながら、シドは「やれやれ……」と軽く溜息をつく。
アーサーに懐かれるのは、まぁ、悪くない。先に手を出したのも、こっちなんだし。
「か、体の疼きって……ナニ?」
ひそひそ尋ねてくるアキラには、のほほんとした表情でホーリーも軽く流すしかない。
「いや~、大人になったら判るんじゃないですかねぇ」
アーサーを宥めていたシドが、こちらを見やる。
「それよりホーリー、エルクと賢者はどうした?あいつらもはぐれたのかよ」
「おっと、そうでした!こんなところで和んでいる場合じゃないですね」とホーリーも我に返り、クレアが音頭を取る。
「急いで探しましょう!剣士アーサーがわたくし達の仲間となるならば、二人を助け出すのも困難ではありません」
「剣士アーサー?この人、そんなに有名人なの?」とのアキラの疑問へ頷き、クレアは穏やかに微笑む。
「我が国では向かうところ敵なしの剣士様ですわ。覇王アーサー、勇者アーサーとも呼ばれています」
ホーリーも意外な人物と知り合いのようだ。
いや、彼らは同郷の幼馴染なんだっけ。
三人の中ではアーサーだけが突出して強いように見えるのは、武器のせいだろうか。
「……シドさん。やっぱりホーリー様は、お力になりましたよね?あの方には神の御加護があるのですわ」
クレアには勝利の笑みで語られて、シドは肩をすくめた。
「まぁ、そういう事にしといてやるよ」
一行は町中を走り回って二人を捜す。
その結果、彼らが見つけたのは魔物の死体の上に突き刺さった杖と、その杖に巻かれていた手紙だけであった。
手紙にはこう書かれていた。
賢者とエルク、二人を助けたければ王宮まで来い――と。
そうするまでもなく一行は王宮へ向かう。
道中魔物に襲われることもなく無事に辿り着いた。
不気味に静まりかえる王宮内……決戦の時は近い!


To Be Countinued!