肆の陣:検問制圧
大広間に並べられていく膳を眺めながら、オーギュは手ぬぐいで顔を拭いた。
グリフィルスも手を拭いながら、彼の隣で膝を折る。
「はぁ~、しかしキョウの民を救う戦いが、ここまで長引くたぁな」
「当然だろ。内乱とはいえ戦争なんだ。一日二日で終わるはずあるまい」
「や、一日二日で終わるたぁ、俺も思ってねぇよ」と言い返しつつオーギュは首筋も拭いて、さっぱりする。
二人の会話へ割り込んできたのは、寝転がっていたねこむーちょだ。
「オーギュしゃんってば無精髭で万年汚いんでちゅし、ねこみたいにお風呂に入ってくるといいでちゅよ」
「いやぁ、風呂に入るほどには汚くねぇんだな、これが」
ひらひら手を振って、オーギュも他愛ない悪口を受け流す。
不意にグリフィルスが立ち上がった。
「あっ……だ、団長。どこへゆかれるのですか」
廊下をいくのはレナルディで、手には浴衣の入った籠を抱いている。
「お風呂をいただこうかと思いまして。あなたは、どうなさるのですか?」
「あ、は、はい、飯を、いえ食事をいただこうかと」
「そうですか。では、失礼しますね」
にっこり微笑み立ち去っていくのを、いつまでも眺めるグリフィの背に二人分の軽口が飛んでくる。
「お前、ああいう時は背中を流しますっつって一緒に風呂へ突撃すんのが部下の役目だろうがよ」
「でちゅたら、ねこも待っておくべきでちゅた。レナたんとのお風呂は楽しそうでちゅ」
瞬きの合間に現実へ引き戻されて、グリフィルスは力の限り怒鳴りつけた。
「ばっ、馬鹿野郎!そんな不埒な真似が、できるかぁぁぁっ!」
ぎろっと睨みつけられて、ねこむーちょも慌てて撤回する。
「今のは軽い冗談でちゅよぅ。真面目に取っちゃいやんでちゅ」
この二人といるのは、からかわれるだけでろくなことにならない。
耳まで真っ赤に染めあげたケンタウロスは奮然と出ていき、最後まで「団長が入っているからって覗いたりすんじゃねぇぞ~!」と、からかわれたのであった。
「……聞いたか、今の」
「おうよ」
聖騎士が去った後、こそこそと廊下を歩く二つの影あり。
月斗と久我は外へ出ると、一目散に風呂場を目指して走り出す。
壁沿いに聞き耳を立てるだけでも、水音やら桶の音やらが響いてきて、二人の興奮を高めてきた。
「へっへへ……レナさんの裸かぁ。染み一つない白い背中、たわわなデカパイ……」
着物の上から見ても、彼女の胸が大きいのは丸わかりだった。
「つるりとしたお尻に、くびれた腰、ほんでもってぇ、吸い付きたくなるほど滑らかなうなじ、やでぇ」
いざ覗かんと窓の外で背伸びをした直後。
「おやぁ?お二人とも、そこで何を眺めているのでござるか?」
和やかな声が背中にかかり、二人揃って勢いよく振り向いた。
「なっ!は、半蔵さん!?」
「如何にも。そこは風呂場でござるが、面白い光景でもあり申したか」
「い、いや、その、別におもろいこっちゃあらへんでぇ」と、久我が言い訳するのも何のその。
半蔵ときたら屋敷全体に響き渡るんじゃないかってな大声で追及してくるもんだから、たまらない。
「二人で覗くからには、さぞ仰天の景色が広がっているのでござろうなぁ。そう、例えば聖騎士団長殿の一糸まとわぬ御姿といった」
そこから先は、劫火の「貴様らぁッ!何やってやがんだ、ナゴヤの恥晒しが!」といった怒号でかき消され、近寄ってこられる前に久我と月斗は逃げ出した。
「ひえぇぇ!ちょっとした好奇心じゃんよ、そんな怒らなくても」
「せやせや!風呂のぞきは男の浪漫やでぇ!」
「何が浪漫だ、馬鹿野郎!」
ぐんぐん劫火が迫ってくる。さすが忍者、足が速い。
「月斗、散開や!二手に分かれて逃げるでぇ」と、こちらも悪知恵にかけては負けちゃいない。
二手に分かれられて、劫火が躊躇したのも一瞬で。
「んなろッ。十三郎、テメェだきゃあ逃さねぇッ!」と伸ばした手が久我の襟首を引っ掴む。
「ぐぇっ」と呻いた久我は劫火にのしかかられ、地べたで「反省してもらうぞ、てめぇは飯抜きだ!」との極刑を耳にした。
一方の月斗は裏庭へ回り込むも、ばったり竜魔と遭遇する。
竜魔は手桶を持って佇んでいたのだが、じっと無言で見つめられているうちに、何やら責められているような気分になってくる。
「え、えと……すんません」
ひとまず謝ってみたが、ひたすら無言が続くばかりだ。
完全に動けなくなった月斗の襟首を、ぐいっと引っ張りあげる者がいて、思わず「ぐえぇ」と苦悶の声が出た。
「貴様!我らが団長の湯浴みを覗くとは、よほど命がいらんようだな!!」
怒りマックスでキレ散らかした声の主など、振り返って確認するまでもない。
同じく聖騎士団所属のケンタウロスであろう。
「ごごご、ごめん、ごめんってば!覗いてないから、覗く前に終わっちゃったから、命だけはご勘弁っ!」
釣り上げられた格好のまま、ひたすら平謝りする月斗であった。
覗き魔二人がひっ捕らえられて屋敷の中へ入っていく様子を見届けてから、竜魔は裏手の水撒きを再開した。
外での騒ぎは屋敷内にも響いてきて、食事についたカイルは大きく溜息を漏らす。
「全く……はめを外しすぎでしょう、二人とも」
「けど、いいんじゃないか?」と言ってきたのはシェスカだ。
合流してからというもの、彼女は始終引け腰気味で皆との距離を取り、休憩に入っても独りぼっちを貫いていたので、こうして食事に誘ったのだが、全く弾まない会話にカイルは内心四苦八苦していた。
そのシェスカが今は、歯を見せて笑っている。
「あの二人、同郷なんだってな?仲が良くて羨ましいな」
「えぇ、同じナゴヤの民同士で通じ合う何かがあるようですね」
うんうんと相槌を打ちながら、シェスカが箸を置く。
「こうやって騒げるのも今だけかもしれないし、あんたも仲の良い人がいるんなら、その人とふざけあっておくといいぞ」
「そう……ですね」
検問二つ、さらに駐屯所も制圧した上で、キョウ城を奪回。
言うのは簡単だが、長い道のりだ。
ヒット&アウェイのおびき寄せ作戦とはいえ、少しも気が抜けない。
心の休息は必要だ。誰にとっても。
だがカイルが仲良しだと呼べるのは、先ほどから一秒も休まず飯を食い続けているジェイドだけであろう。
くちゃくちゃ噛む以外は「んがっふごっ」といった鼻息しか聴こえないのでは、話しかけるのさえ躊躇われた。
汚らしい食事を眺めているぐらいなら、シェスカと弾まない会話を繰り広げていたほうがマシだ。
「私は少し休んでくる。あんたは、どうするんだ?」
シェスカも食事を終えてしまった後だ。
「あ、あぁ。では僕も少し休ませてもらいましょう……」
急いで白米をかっ込むと、味噌汁で流し込んで腰を上げた。
布団の敷かれた部屋へ入ってみると、ねこむーちょが壁の端から端へゴロゴロと転がっては往復している。
「柔らかいでちゅー。ふかふかでちゅう」
草の匂いがする床も表面がざらついていて面白かったのだが、布団の気持ちよさは段違いだ。
「あはは、楽しそうですね。ねこむーちょさん」
ついでだからと、ねこむーちょにも触れてみた。
ぽわぽわした毛が気持ちよい。
つい夢中になって撫でてしまいそうだが、じっと自分を見つめる視線に気づいてカイルは顔をあげた。
「どうしましたか、シェスカさん?」
「あ、その……」
どこか照れたように視線を外す彼女には、ねこむーちょが誘いをかける。
「シェスカおねーたんも触ってみまちゅか?それとも布団でごろごろしてみまちゅ?」
「あ、で、では失礼して」
ぽわぽわとねこむーちょを撫でて、シェスカはそっと呟いた。
「……本当に、ふわふわなんだ……」
「そうでちゅ。ねこまんと族は、皆ぽわぽわなんでちゅ」
優しい手触り。今まで感じたことのない温もりに感激したシェスカは、時間を忘れて撫で続けた。
どれだけ外が騒がしかろうと、しっかり疲れを解きほぐしてから、レナは風呂を出る。
黄色い実が浮かんだ風呂は、さわやかな香りに包まれていて、身も心もすっきりした。
「ふぅ……」
ただ、一つ文句をいうなら湯が猛烈に熱かった。
水で薄めて何とか入れたものの、ほてった身体を何処かで冷ましておきたい。
布団のある部屋へ向かう途中で、ふと気づく。
真正面で此方を凝視したまま、棒立ちしているケンタウロスの存在に――
いや、棒立ちになるほどの衝撃であったのだ。グリフィルス側にしてみれば。
あのレナが、いつも毅然とした態度を崩さず服装の乱れも一切なく、どれだけ訓練しても汗一つかかず、一分の隙さえ見せたことのない団長が、頬を赤く火照らせて、額に汗を浮かべながら手で仰ぎ、少しばかり着崩れした浴衣姿で歩いてくるなんて信じ難い。
夢を見ているのではなかろうか。グリフィルスは我が目を疑った。
「どうしたのですか、グリフィルス」
ぽんと濡れた手が己の肩へ触れてきて、「あ……」と小さく呻いたグリフィは、まともに見てしまった。
極至近距離にいるレナの胸元を、真上から。
谷間が見えた瞬間、若きケンタウロスの全身を衝動が走り抜け、「……ぅあ」と慌てて後退りするのへは容赦ない煽りが襲いかかる。
「おいおーい、グリフィ。どうしたんだぁ、ボケっとしちまってぇー」
廊下へ身を乗り出して囃し立てているのはオーギュではないか。
「それだけ疲れているのです」と野次を制し、レナは忠実なる部下へ微笑んだ。
「あなたも休むといいでしょう。一緒に行きましょうか、寝室へ」
寝室の一言がレナの口からこぼれた直後、グリフィルスの視界は真っ白に染まる。
「うわぁぁぁッ!失礼ッ、しますッッ!」と絶叫して廊下を疾走していく背中を、レナはぽかんと見送った。
「…………え?」
オーギュは「あぁ、心配せんでください。ありゃあ団長に優しい声をかけてもらって、緊張しちまっただけなんで」と一応フォローしておいてから、友を追いかける。
蹄の音を高らかに、グリフィが脇目も振らず飛び込んだのは、突き当たりの空き部屋だ。
間髪入れずに追っかけてきたオーギュが、興奮収まらぬ身体を煽ってくる。
「いいもん見ちまったなぁ、グリフィ?これで心残りもねぇってもんだ。あぁ、いや、むしろ将来への楽しみが出てきたってか?」
「な、な、なにを、言って」
薄暗がりでも、よく判る。
グリフィルスが顔を真っ赤に染めているのが。
「へっへ、寝室っつってたよな団長。お前と二人で寝ようってよ、あっちから誘ってくるたぁ驚きだねぇ」
「ふ、二人じゃないだろ、他の奴だっているだろうが!」
「何人いようが関係ねーよ。どうだ、一つの布団に二人でくるまって寝てみちゃあ」
「も、もうやめろ!これ以上言ったら、いくらお前でも絶交だぞ!!」
ぶんぶん振り回すのは首ばかりではなく、尻尾も勢いよく揺れている。
そこへ「いいだなぁ、あんなお綺麗な人とイチャコラできるんだべか?馬ァは」と混ざってきたのは誰であろう。
廊下の騒ぎを聞きつけて、興味津々ついてきたテトラだった。
「そりゃそうだ、なんたってこいつは、あの人が最も信頼している部下だからよ」とオーギュまで話を盛ってきて、グリフィルスが反論する前に押し留めた。
「……お前もさ、自分をあんま過小評価するもんじゃねぇぜ。団長は、お前を認めているし、お前を気に入っている。だからこそ、お前がジパンに飛んだのを心配したんじゃねぇか」
「んだんだ。興味なかったら、おいらの話に乗ってもこねぇべな」と部外者たるテトラにまで念を押されては、認めざるを得ない。
下半身の猛りも収まってきたグリフィルスは、しばし考えた。
これから先、自分は団長の為に何ができるのかを。
彼女のためになるのであれば、囮だって人質になるのだって怖くない。
だが、その前にレナが何を望んでいるのかを知るのが先決だ。
まずは謝っておこう。うっかり取り乱したせいで、何も言わずに逃げてしまったことを……
存分に疲れを取った後は、再び居間へ舞い戻り、作戦の続きを決める。
オオエドへ向かうのは半蔵と腎蔵。カイルとオーギュも同行。
雑木林で待ち受けるのは竜魔と飛鳥、それからレナとテトラと月斗。ねこむーちょも待機する。
検問へ突撃する囮役は劫火と志摩とグリフィルス、ジェイドとシェスカもだ。
「ワイは外させてもらうで。戦いは苦手じゃけんの」
久我は忍者屋敷での居残りを申し出た。
なにしろ彼は呉服屋の三男坊、商人の息子である。
刀で戦えないこともないのだが、他と比べると格段に弱い。
「仕方ねぇな。お前は此処で俺達の帰りを待っていやがれ」
死なれるよりはマシだと考えたのだろう。劫火も納得した。
「じゃ、行ってきますぜ頭目」
竜魔に頭を下げて腎蔵、それからオオエドへ向かう面々も玄関へ向かい、半蔵が最終確認を取る。
「向こうへついたら焚き火を燃やすのであったな。煙が見え次第、作戦開始をお願い致す」
「よっしゃ」と劫火も頷き、カイルたちは出ていった。
オオエド方面の森へ向かう途中で、半蔵は連れ沿う降魔の忍者、腎蔵に尋ねた。
「オオエド出身である拙者が行くのは当然として、何故お主までもが同行するのでござろうか?」
腎蔵は気のない素振りで、面倒くさそうに答える。
「この森を知り尽くしてるのは降魔だけだ。オオエドの穴を知っているのも、な。俺の役目は道案内だ」
言われてみれば、半蔵は森に足を踏み入れたことなど一度もない。
森はモンスターの領域であり、狩りを生業とする者でもない限り、森へ行く機会もなかろう。
「俺達は普段、森で修行してっかんな。どこに何がいるかも知ってんだ。ま、あんたらは息を潜めて見つからないよう努力だけは怠らねぇようにな」
「了解。道案内、任せたぜ」と手をあげてオーギュが応える。
ジパンのモンスター生態には多少興味があったが、今は時期が時期、好奇心を燃やしている場合ではない。
カイルも大人しく腎蔵の後をついていき、城下町の外壁に一箇所だけ空いた穴から抜け出すと、森へ入っていった。
――森の中は薄暗い。だが、歩けないほどでもない。
鬱蒼と木々が生い茂り、道案内がいなかったら延々と彷徨ってしまいそうなほど深い緑に囲まれている。
最初の忠告を守り、しかし目は野兎や栗鼠などを追いながら、カイルは地面に落ちた小枝や木の実を踏まないように歩いていく。
この森はいい。人の手が一切入っていない。
獣道がないのを見るに、狩人さえも、ここには来ないのであろう。
そうだ、降魔の修行場だと腎蔵は言っていた。なら、降魔ではない半蔵が訪れるはずもない。
「焚き火を起こすんだったよな。だったら今のうちに枯れ葉やなんかを拾っとくか」
オーギュの提案に、半蔵は懐から小袋を取り出す。
「これに詰め込むとよかろう」
「お、サンキュ」
途中途中で枯れ葉や枯れ枝を拾いつつ、一行は腎蔵の道案内に従って、外壁沿いを半周した。
そこには、降魔がいうところの穴が待ち受けていた。
「ほぉ。知らなかったでござるなぁ、このような抜け道があろうとは」
驚く半蔵に腎蔵が言う。
「幾重にも渡る内乱で、キョウやオオエドの外壁にゃあ穴が開いてんだ。こっからなら検問を抜けらんねぇ貧乏人だってオオエドに入れるってもんでよ」
「初めて知ったでござる。井妻之様は何も申しておられなかったでござるからなぁ」
何度も感心する半蔵を、腎蔵は冷ややかに見つめている。
内心、危機感の薄い首都住民に呆れているのかもしれなかった。
或いは――世の中が見えていない、オオエドの殿様に対する失望か。
ひょいと跨いで穴を抜ければ、その先はオオエドの城下町だ。
「さぁ、ここからの道案内は、あんたに任せるぜ」と道を譲られて、半蔵が前へ出る。
「うむ、任されよ」
半蔵が皆を引き連れてオオエドの町外れまでやってくる頃には、既に侍が二人ほど待機していた。
突然妙な小道から姿を現した一行に一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐ元に戻った隊長格が半蔵に話しかけてくる。
腰に一振りの刀を差して、威風堂々とした侍だ。
「半蔵殿、お待ちしていた。キョウを取り戻すとの話を承り、我らの力をお貸し致そう」
「おぉ、犬神殿が来てくださるとは心強い」と喜ぶ半蔵へ硬い表情を崩さぬまま犬神が問う。
「それより一つ、気にかかることが。殿は……井妻之様は、ナゴヤへご到着なされたのであろうか」
「殿の消息は依然として不明でござる。拙者の部下も伝をよこさぬし、心配でござる」
あまり心配していなさそうな口調だが、犬神は何も言い返さずに背後へ目をやった。
「九重殿も助太刀致す。制圧の際には、部下を回すと致そう」
「うむ、頼りにしているでござるよ」
犬神に目で促されて、半蔵が連れを紹介する。
「犬神殿、九重殿。こちら我々の手助けを致す方々でござる。降魔の腎蔵殿、カイル殿、オーギュ殿」
「降魔の……」と言いかけて、女侍は、すぐに言い直した。
「いえ、降魔忍群も手を貸してくださると。これは頼もしい味方でございますね。私は九重 九十九と申しまする」
「皆の衆、こちらはオオエド城が侍、犬神 真之丞殿でござるよ」と今更ながらに手前の侍を紹介されて、カイルとオーギュも頭を下げる。
「ときに半蔵殿は何か存じませぬか?」と九十九に問われ、半蔵は首を傾げた。
「何をでござる?」
「神古神社に応援を要請したのでござりまするが、返答が無く困っておったのでございます」
半蔵はしばし考え込む素振りを見せた後、あからさまに話題を逸らした。
「それはそうと、伝書の内容は理解されたでござろうな?」
「当然でございます。ここに、こうして来ている限りは」
ややムッとしながら、腰の刀を軽く叩いてみせる。
彼女は腰に二本差している。ジパンでも比較的珍しい、二刀流の使い手だ。
「ここで火を焚き、様子を見に来た見回り組どもを、片っ端から斬り伏せればよろしいのでございましょう?」
「その通りでござる」
「ならば、我らにお任せあれぃ。見回り組と戦うは、我らオオエド武士の本分でございます」
きりっと明後日を睨みつけて格好つけている。
戦場経験の乏しさを感じたが、あえて何も突っ込まず、オーギュは小袋から枯れ葉をぶちまけた。
「そんじゃ焚き火を起こすとしますかね」
「ここでか?」と、犬神。
「ここにてござる」と、半蔵が頷く。
「ここであれば、周りに飛び火する心配もござらん」
「だが……検問から離れすぎているのではないか?」
犬神の杞憂も尤もで、ここと検問では、かなりの距離がある。
しかし半蔵は頑として己の意見を曲げなかった。
「少し離れたほうがよいのでござるよ。大通りでの戦闘は巻き添えを出しかねぬのでなぁ」
すでに日は昇り、大通りには道を行き交う住民で賑わっていよう。
「ここにも民家は、あるようですが……」
カイルの心配には、九十九が首を振った。
「ここいらの住民には、宿へ避難するよう呼びかけてありまする。何の心配もございませぬ」
山と積まれた枯れ木の上で、半蔵が石を擦り併せて火花を飛ばす。
何度かカチカチやった後、ようやく火がついたのを確認してから風を仰いだ。
初めは小さな赤い点であったものが、全員で仰いでいるうちに大きな炎へと変わっていく。
細く、長くたなびく白い煙を見つめながら、半蔵が誰に言うともなし呟いた。
「早めに見つけてくれると有り難いのでござるがなぁ……」
あちこち見渡していたオーギュが、半蔵に進言する。
「なぁ、焚き火から離れといたほうがいいんじゃねぇか?武装した軍団が近くにいたんじゃ、向こうだって警戒するだろ」
「確かに」と頷いたのは犬神だ。
「各々、死角となる場所で待ち受けると致そう」
「判りました」
カイルが家と家の隙間へ入っていくのを見ながら、オーギュと腎蔵は民家へ上がり込む。
九十九は少し迷った末、民家の真後ろへ回った。
「誰もいないのもおかしいでござる」と呟いた半蔵が焚き火のそばでしゃがみ、残る犬神はというと。
オーギュらと対面の民家へ入っていき、戸口で息を潜めた。
待つこと、数十分。
やがて大通りの方角から、わぁわぁ騒ぎながら近づいてくる足音が聞こえてきた。
見回り組の羽織を着た侍が、五人ほど走ってくる。
「五人か……少ねぇな」
低く悪態を呟きながら、オーギュは脇差しに手をやった。
先頭を走る隊員が急停止して、大声で叫んだ。
「おい!ありゃあ、オオエドのオトボケ忍者じゃねぇかッ」
「如何にも、拙者は半蔵にてござる」
笑みを絶やさず半蔵が立ち上がり、ぐるり一周を見回り組に囲まれる。
「こんな外れで何やってやがる!芋でも焼いてやがったのか!?」
ずいっと裏手から姿を現したのは九十九だ。
「知れたこと!我らは見回り組討伐隊!貴様らを退治する為に、ここで火を焚き待ち受けていたのだ!!さぁ、この刀の錆になりたいのならば、今すぐかかってくるがよい!」
堂々の名乗りに見回り組は勿論のこと、オーギュやカイルも驚かされる。
てっきり奇襲で襲いかかるのだと思っていたのに、真っ向勝負を挑むとは。
「ケッ!何が見回り組討伐隊だぁっ。たった二人で何ができるっていうんだよぉ!」
全員が抜刀したタイミングで、オーギュも脇差しを抜いて飛び出した。
「二人じゃねぇぜッ、そりゃぁ!」
「ぬぐぉ!」と横合いから斬りつけられて、隊員の一人がのけぞったのを合図として。
「二刀流白刃剣、九重 九十九。参るッ!」
九十九も刀を抜き払い、戦いの火ぶたが斬って落とされた!
