肆の陣:検問制圧
「伊賀の半蔵、参る!」
刀を持つ腕を半蔵に掴まれた挙げ句、投げ飛ばされた見回り組の隊員は、受け身を取り損ねて背中から叩きつけられる。
「あぐぁっ!」
隣に立っていた隊員も「ぐぅっ」と呻いて片目を押さえた。
指と指の間を滴るのは一筋の血だ。
「やぁぁぁーッ!!」
その隊員に九十九が斬りかかり、一刀のもとに斬り捨てた。
「お前達などに、二刀を抜くまでもないッ!」
「くっ……ちょーしにのんなや、くらァッ!!」
斬りかかってきた隊員の凶刃も、九十九は僅かに身を反らしてかわしきる。
「お前達の刀など、かするものか!」
逐一煽るもんだから、見回り組隊員は「くそアマァァ!」とばかりに九十九へ集中。
隙だらけの背中へ襲いかかったのは、隙間から抜け出たカイルだ。
「ぐへぁ!」
ぶん殴られた隊員は民家の壁に激突する。
「多勢に無勢で女性一人に襲いかかるなど、あなた方は、それでも武士なのですか!」
「うるせぇ!不意討ちしてきたテメェが言うなァッ」
上段からの振り下ろしを円の動きでかわすと同時に、拳を顔面へ突き入れる。
「げぼはっ」とよろめいて、刀を取り落とした隊員を見据えながら、カイルは断言した。
「志なき刃など、エンクウジには通用しません!」
「く、くそ、こいつらやりよるど!」と、一人が身を翻す。
「追うのか!?」と尋ねたオーギュへ「逃せ!」と九十九、しかし半蔵は「逃さぬ!」と叫んで追いかける。
これにはオーギュも判断つきかねて「え、どっちだ!?」と叫ぶ懐に、刃が斬り込んできた。
「おっとぉ!」
余所見は厳禁だ。
致命傷とまではいかなくとも、腹を斬られて血が飛び散った。
「くっ……やべぇ」
傷を押さえて後退するオーギュに「けぇっ、ちょこまか避けよってェ」と憤っていた隊員が、悲鳴をあげて目を押さえる。
まただ。何処からか飛んできた礫が侍の目を潰したのだ。
恐らくは、物陰に隠れた腎蔵の仕業であろう。
「ちぃぃ、なんかおるでぇ!」と狼狽える隊員の顎を、容赦なくカイルの拳が突き上げる。
「ごほぉ!」とよろけるのを横目に、投げ飛ばされた奴が復活。
「んどりゃぁぁ!」
勢いよく突っ込んできて、大きく薙ぎ払う。
オーギュは「危ねぇッ!」と叫びながら、地を転がって何とか避けきった。
立ち代わり入れ替わりの乱戦で、味方の位置も把握しきれない。
遠くで悲鳴があがり、近くでは呻きが聴こえる。
やがて一つの足音が遠ざかっていったかと思うと、入れ違いに走り込んできたのは六人ばかりの隊員だ。
「まだまだ!伊賀の忍術、とくとお見せしよう!」と遠目に叫ぶ半蔵を追いかけ、オーギュらも戦場を移す。
「焚き火の近くで戦うんじゃなかったのかよ!」
言いながら、オーギュは援軍の一人へ斬りつける。
一閃は避けられて、「きえぇぇい!」と返しざまに斬りつけてきた刀を受け止めたのは、走り込んできた犬神だ。
「仕方あるまい!半蔵殿を孤立させるわけにゆかぬッ」
オーギュが割り込んで一人引きつけたが、半蔵を囲むのは五人と多い。
「てめぇ、オオエドの侍がまだおったがよォ!」
いきり立った隊員はオーギュから犬神へと狙いを定めて、斬りかかる。
その背後へ飛び蹴りを食らわしたのはカイルだ。
「げっほぉ!」
不意討ちを避けきれず、よろめいたところを犬神の一撃で敗れ去った。
卑怯だの何だのと言っていられない。前に進んだ分、検問との距離も縮まった。
全員倒しておかないと連戦になってしまう。
仲間を焦らせた半蔵は五対一でも焦りを見せず、手前の侍へ蹴りかかると見せて寸前で蹴りの軌道を変える。
「ぐぁ!」と叫んで刀を取り落としたのは左手にいた隊員だ。
腕が妙な角度に曲がっている。蹴りの一撃で折れたのであろう。
右側で「き、きさまッ!」と叫んだ隊員は最後まで言い終わらせてもらえず、犬神の一閃で流血を迸らせた。
胸を横一文字に掻っ捌かれたのだ。
一歩二歩よろめいたのを最後に、どうと地に倒れる。
残してきた四人が追ってこないのにカイルは気づいたが、戻ろうにも新手の一人に行く手を阻まれる。
「ちょこまか不意討ちばっかしよってよぉ!斬り捨てたるわァ!」
「ふっ」と薙ぎ払いを最小限の動きでかわすと、お留守な足元へ足払いをかけてやった。
無様にすっ転んだ奴の顔面には九十九の刀が振り下ろされて、断末魔も残さず事切れる。
残り三人のうち一人は逆ひねりに腕を掴まれて、投げ飛ばされる。
投げ飛ばしたのは勿論、半蔵だ。
落ちてくる首筋に蹴りが叩き込まれ、くぐもった呻きと共に悶絶した。
「半蔵殿、しかとトドメを刺してくだされ!」との九十九の文句にも、にっこり笑って言い返す。
「否!命までは取らぬが拙者のモットーでござるよ」
こんな状況で何を言っているのか。
直後、悶絶していたはずの隊員の身体が一瞬跳ね上がり、一気に力を失った。
その頭に深々と突き刺さるのは、飛びくないだ。
トドメを刺したのは腎蔵に違いない。
ここへ至っても、まだ姿を現さず物陰での援護に徹している。
如何にも忍びらしき所業に、しかし半蔵は内心舌打ちした。
一人ぐらいは捕虜として残しておかないと、内情を知ろうにも知れないではないか。
「もう一人おるど!」と辺りを見渡す侍は、九十九の刀を間一髪で避けると反撃に転じる。
「きさん、武士ば誇りが捨てよっとぉか!」
「捨ててはおらんっ!」
返す刀を避けざまに、薙ぎ払いをお見舞いしてやった。
血の海へ倒れ込んだ相手など、九十九は見届けてもいない。
手傷を負ったオーギュを助けんが為、彼へ向かった隊員に背後から斬りつけた。
目まぐるしい混戦も、やがて決着がつき、犬神が刀を鞘へ戻す。
六人を討ち倒して最初の場所まで戻ってみると、そこにも死体があちらこちらに転がっていて、焚き火のそばには腎蔵がいた。
「ひのふの、計十一人。この調子でやっつけていこうぜ」
各々頷き、安息のひとときが訪れる。
「オーギュ殿、手当を致す」と九十九に手招きされて、オーギュは彼女の側へ座り込んだ。
「あぁ、すまん」
包帯を巻きつけての応急処置だ。
こんな時、聖騎士のどちらかがいれば一発で治ったのになとオーギュは考え、じくじく痛む腹に手をやった。
消えかかっていた焚き火を仰いで、煙をたなびかせる。
「劫火殿は気づいてくれたであろうか……」
空を見上げて、ぽつりと半蔵が呟く。
犬神は念入りに死体を調べている。
「何か気になることがありましたか?」
覗き込んできたカイルへ首を振り、「いや……何か持っていないかと見たが、何もないようだ。それよりも」と遠方へ目を凝らす。
「これだけ騒いだというのに、検問が静かだと思わぬか?」
ここからだと検問は見えない。
しかし耳を澄ませてみても、喧騒すら聴こえてこないのはおかしい。
「検問には多くの隊員が居るはずでござるが……配置換えでも行われたか」
この短期間で?
首を傾げるカイルやオーギュをよそに、九十九がとんでもないことを言い出した。
「半蔵殿、こうしていても埒があかぬ。我々も検問に向かってみましょうぞ」
作戦を台無しにするつもりか?
――と言わんばかりの冷ややかな目つきで腎蔵が彼女を眺めるのに反して、半蔵はあっさり同意する。
「様子を見に行ってみるでござる」
腰を上げたのは半蔵だけで、他は動かない。
「俺は御免だぜ。全員で向かって罠でしたってんじゃ洒落にもなりゃしねぇ」とは腎蔵の言い分で、オーギュも座ったまま辞退を申し出た。
「俺も此処に残る。怪我しちまったんじゃ、うまく動けそうにねぇしさ」
「では僕と九十九さん、半蔵さんで様子を見てきましょう」
カイルが腰を上げ、犬神を振り返った。
「あなたは念のため、此処に残っていて下さい」
「よかろう」と頷き、犬神は焚き火の前に陣取った。
九十九・半蔵・カイルの三人は近づくにつれ、検問の様子が見えてきた。
検問の内側、つまり検問より向こうのキョウ側には人だかりが出来ている。
検問は劫火たちが突撃する手筈だったのだが、仲間の姿は何処にも見当たらない。
突撃し終わった後か、或いは捕らえられたか、やられた後か。
人垣の中央にいるのは術師のようだ。
僧伽梨と呼ばれるジパン式のローブを身に纏い、編み笠を被っていた。
半蔵たちがオオエドへ到着よりも前――
劫火は同行する仲間に言った。
「最初に言っとくが、俺は無謀な奴や自分勝手な奴が嫌いだ。もし無謀な真似をやらかす奴が出たとしたら、俺は遠慮なくそいつを切り捨てる。助ける気もしねぇ。自分の身は自分で守れよ、判ったな?」
遠慮もへったくれもない、直球で剛球の死刑宣告だ。
やがて、目の前に検問が見えてくる。
見張りの数は十名前後と聞いていたが、検問の中央に立ち塞がるのは五名ほどだ。
「少ねぇな……?」と訝しがるケンタウロスの背を軽く叩き、志摩が警戒を呼びかける。
「気をつけて。地面の中に気配を感じるよ」
「地面の中?地下に、か?」
グリフィルスは気配を探ろうとしたが、ジェイドに邪魔される。
「それより煙が上がるまで待機するんだろ?何処に隠れるんだ」
「こっちだ」と劫火に手招きされて、一行は近くの茂みに潜んだ。
改めて検問方面の気配を探ってみると、確かに何が地中にいる。
正確な数は判らない。だが、警戒しておくに越したことはない。
じっと息を潜めて茂みで待てども待てども、一向に煙が上がってこない。
「まだオオエドに着かねぇってのか?遅すぎるぜ、半蔵の野郎」
劫火がイライラと貧乏揺すりを始める。
茂みに潜んでから、ゆうに二時間は経過しているはずだ。
そろそろ煙が上がってくれないと、短気な彼が飛びだして行きかねない。
否、短気なのは劫火だけではない。
グリフィルスまで、カツカツと神経質に地面を蹴っているではないか。
「計画を水に流すつもりかい?甲賀の頭目も西の騎士様も、案外気が短いんだね」
志摩に煽られ、あからさまに苛ついた表情で劫火は黙り込む。
ケンタウロスも地面を蹴るのをやめてくれたが、小さく罵るのだけは忘れなかった。
「煙なんぞで引きつけなくても、ここで囮になりゃあ数減らしになるだろうが」
素直ではない仲間の態度に志摩も苛つかされて、襲撃前からチームワークはガタガタになりつつあった。
――さらに待つこと一時間。
煙は一向に上がらない。
シェスカは空を見上げて思案する。
考えたくはないが……まさか、トラブルが起きたのではあるまいか。
「チッ。やばいな、尿意が……」
いや、トラブルは真横で起きていた。
劫火の貧乏揺すりが激しくなっている。
「が、我慢するんだ」と慌てるシェスカの耳が、どでかい怒号を聴き取った。
「オマエら!地面に隠れて待ち伏せするって卑怯だぞ!正々堂々見張れ!!」
「ジェイド!?」
なんとしたことか、一緒に隠れていたはずのジェイドが検問前で騒いでいるではないか。
同行していた忍びにも気づかれないうちに接近していたとは驚きだ。
見張りに刀をちらつかされても、ジェイドに引く気配はない。
「チッ、あのバカが……!」と劫火が飛び出すのにつられて、シェスカも茂みを飛び出した。
「なっ……!何を考えているんだ、二人ともッ」
叫びはしたが、志摩は飛び出さずに茂みでしゃがみ込む。
考えろ、考えるんだ、この作戦を成功させる方法を!
考え込む彼女をほっぽって、蹄の音を高らかにグリフィルスも駆けていった。
検問の前では、ジェイドと見張りが喧々囂々言い争っている。
「なんじゃあワレェ、変な髪の色しよってからに!」
「待ち伏せたァ何の話じゃ!俺らが見張っとんのが見えんのかいッ」
ギャアギャアがなりたてられようと一歩も退かず、ジェイドは仁王立ちで言い返す。
「オイ、地面に潜っている奴!もうバレてんだ、出てこい!」
劫火を追い抜いて駆けつけたグリフィルスも加勢した。
「そうだ、気配で判っているんだ!さっさと出てこいッ」
煽りつつ検問奥の地面へ目を凝らしてみると、不自然に盛り上がっている箇所が幾つかあった。
異形の怪物出現に、見張りは動揺をあらわにする。
「馬ぁ!?馬が喋りよったぞ!こん物の怪がぁっ」
振り返りざまに「馬じゃねぇ!」と怒鳴った時、オオエド方面の空で煙が上がるのを、しかと見た。
「あれ?なんだ、芋でも焼いてんのか?」
ジェイドも煙に気づいたか、彼の指差す方向を見回り組の見張りもつられて見上げて大騒ぎ。
「な、なんでぇ、ありゃあっ!」
「焚き火……いや、火事、か!?大きいぞ!」
「ど、どうする!?こっちに燃え移ってきたら!」
口々に騒ぎ立てるのへは、ジェイドが突っ込んだ。
「ここらへんの家って木造なんだろ?燃え移ったら大火事になるんじゃねーか」
「くッ……お、おい!誰か様子を見に行ってこい、様子を!」
などと騒ぐのを横目に、ジェイドが盛り上がった地面へ近づこうとする。
「あ、こら、勝手に入るんじゃねぇ!」と止めようとする隊員は、別の見張りに「そいつらは放っとけ!それよりも火事だ、火事を先に調べるんだ!二市、三サ、四朗、五助は俺についてこいっ!残りはココで待機してろ、いいな!」と呼びつけられて、二市やら五助と思わしき面々が「おう!」と火の元目指して走ってゆく。
走っていった連中が地平線の影に消えた頃、歩調を緩めて検問へと近づいてきた劫火が叫んだ。
「グリフィルス、ジェイド、今のうちに検問突破だ!」
突然の大声に「んなっ、何ィ!?劫火やてぇ!?」と驚く見張りの顔面を、ジェイドは思いっきりぶん殴る。
「気をつけろ、地面にいるやつが」とグリフィが言い終えるか否かのうちに、地中から飛び出す影が五つ!
「ばれていたんじゃ仕方ねぇ……土竜部隊の恐ろしさ、とくと味わえェ!」
駆けてくるスピードを一向に緩めず、劫火はまっすぐ検問に突っ込んでいく。
「この、ナゴヤの恥さらしどもが!くたばりやがれッ!!」
「抜かせるかァ!」
検問の真ん中に立ち塞がった目つきの悪い男が、彼の突撃を迎えうつ。
だが、ぶつかる寸前で劫火は地を蹴って後ろに飛んだ。
再度地を蹴り、前のめりに突っ込む形で男に体当たりする。
「ぬぅおっ!」
男もこれは避けきれず、二人はゴロゴロと転がった。
「くらいなっ!」と何かを投げつけたのは志摩で、「くらうかァッ!」と僅かな動きで避けた見張りには槍の一撃がお見舞いされる。
「ぐぁっ……」と腹を押さえて後退する相手へもう一丁、今度は顔面を一突きしてやった。
一人倒してから、グリフィルスは名乗りをあげ損ねたと気づいたが、もう名乗っている暇もない。
土竜部隊と名乗っていた連中は一旦姿を現したものの、すぐさま自らの空けた穴へと飛び込んでゆく。
「あ!逃げるのか」と怒鳴ったジェイドは次の瞬間、足を引っ張られて無様にすっ転んだ。
地中だ、地中から突き出た手がジェイドの両足を掴んでいる。
「こんにゃろ、何すんだ!」と手を殴ってみたが、一向に離さない。
そればかりか「ふははぁ!背中ががら空きだぜ!」と背後に飛び出た男が、隙だらけの背中を爪で引っ掻いてきた。
「いでぇ!」
激しい出血によろめくジェイドを庇ったのはシェスカだ。
しかし「このっ!」と振り回した刀は当たらず、敵は再び穴へ潜り込んでしまう。
「シェスカ、そいつに構ってねぇで一人でも多く倒しやがれ!」と劫火は言うが、こうもボコボコ地中に逃げられては倒すどころか当てるのさえ至難の業だ。
馬乗りとなって目つきの悪い男と格闘していた劫火にも、てらてらにハゲた頭の見張りが突っ込んでいく。
「殿様の腰巾着が!捻り潰したらぁーッ!!」
「ッ!」
刀を一閃、捉えたとばかりにニヤリと笑ったハゲオヤジの顔が、一瞬にして驚愕で歪む。
確かに斬ったはずなのに、忍びの姿はすぅっと霧が如くに霞んでいき、消えてしまったではないか。
「チィ、変わり身の術かィッ」
慌てて周囲を見渡すも、劫火の気配は一切感じられない。
「忍者どもに構うなや!狙いを、あいつらに絞らんかい!」と叫んだ見張りが向かうのは、治癒の呪文を唱えていたジェイドだ。
「せやぁっ!」と気合いの入った薙ぎ払いをかわし、ジェイドは後ろに飛び退いた。
先の深手は、とうに治っている。こちらとて、伊達に僧兵ではない。
「チキショウ、神さんの手を煩わせちまった……オマエら、絶対に許さねぇからな!」
その真正面に飛び出てきたのは土竜部隊で、爪の一撃で目玉を引き裂かれるのは野生の勘でさけたものの、ジェイドはバランスを崩して「あわわっ」と、またも転倒してしまう。
その隙を逃さず刃先を向けて突っ込んでくる隊員の両目へ、横合いから間髪入れずに砂が飛び込んできた。
志摩だ、志摩が地面を蹴って砂を飛ばしたのだ。
「ぬぁっ!」
思わず刀を取り落とす見張りへ斬りかかる寸前、志摩は後ろへ飛び退いた。
寸前まで彼女のいた場所を刀が薙いでいき、一刀を外した見張りはシェスカへと狙いを変える。
完全に混戦になったと思わしき頃合いで、劫火が号令を出した。
「こいつぁやべぇ。思ったより強いな、一旦引くぞ!」
「お、おう?」と困惑のジェイド、傍らでは「わかった!」とシェスカが怒鳴って返す。
見張りの一人を追い込んでいたグリフィルスも身を翻した。
このまま戦っていても勝てそうな気になっていたが、作戦を思い出したのだ。
「逃がすー思うてんのかァ!?甘いわボケがぁ!」
背を向け後退する……と見せかけて、劫火は、いきなり方向転換。
「帰る前に、もう一人ぐらいは倒しとくか」
再び検問目指して走り出す。
「んな…ッ!?」
正面衝突する寸前で隊員の顔面に手を置くと、全体重をかけて捻りを加えた。
くぐもった声が掌から漏れてくる。
顔を掴まれていた男が、どう、と倒れた。
「え、あれっ?引くんじゃなかったのか」と慌てるシェスカには片目を閉じて、軽く笑う。
「倒しながら逃げるんだよ、判ったか?」
「む、難しいな」と考え込む彼女の肩を軽く叩き、馬男とジェイドが走ってくるのを確認後、またしても大声で挑発した。
「土竜部隊なんて名乗ってやがったけど、潜るしか脳がないんじゃ大したことねぇなぁ!」
もりもりと地面を掘って追いかけてくるのが二人。
血相変えて走ってくるのは二人ほど。
思ったよりも引きつけられなかったが、土竜部隊は全部で五人しかいないようだし、内二人を引きつけられたのであれば上々だろう。
「雑木林まで走るぞ。遅れんなよ」
グリフィルスとジェイドが横を走っていくのを見届けた後、劫火は逆走する。
追ってきた一人へ膝蹴りをかましてから、皆の後を追いかけた。
「こんなんじゃ足りないぜ!俺達の首がほしけりゃ、全員で追いかけてきなッ」
判断つきかねて狼狽えているシェスカへ「おら、悩んでいる暇はねぇぞ。雑木林まで撤退だ」と声をかけるのも忘れずに。
