Chapter1-5 月のミディア
私は待っていた。
長い間、彼らが訪れるのを待っていた――
足音が近づいてくる。
彼らが近づいてくる。
月が私の身体を映し出す。
私は自分の身体を両手で抱きしめた。
エデンの案内で、一行はミディアと対面する。
まず、目に入るのは枝を広げた恐ろしく巨大な樹木であり、その中央に彼女はいた。
「すげぇ!木から人が生えてるぞ!」と叫んだフェイの頭を、間髪入れずエデンがぶん殴る。
「こりゃ。なんて事を言うんじゃ、このガキはっ」
「あたっ!だって〜」
頭を擦りつつ、フェイが不満に口を尖らせるのも無理はない。
ミディアは彼が言ったとおり、樹木の幹から生えるような形で存在していたのだから。
上半身は人間の身体だが、下半身が幹に埋まっている。そのようにも見える。
髪は真っ白で、それでいて声と顔つきは少女の如し若さを宿している。
その口元が僅かに苦笑し、次なる言葉を発した。
「正直な方ですね。私の名はミディア。お待ちしておりました、フェイ……そして、エリー」
「なっ、なんで、あ、あたしの……名前をっ!?」
驚くエリーへ微笑み、ミディアが言う。
「時が……あなたを私に引き合わせてくれたのです。風と共に」
「風……?」
不思議な言葉には三人とも首を傾げる。
ミディアの視線は、ひたとフェイに合わさり、彼に告げた。
「はい。フェイ、あなたは彼らを連れて旅立たねばなりません。それがあなたの宿命なのです」
まるで神託のような厳かな宣言に、ヒョウが口を挟む。
「……おいおい、大丈夫かい?あんた」
フェイからヒョウへと視線を移し、ミディアは頷いた。
「私は正気です、異星の方。あなたは正直に言って、予想外の来訪者でしたが……風が、あなたを選んだというのであれば仕方の無いこと。この場への来訪を歓迎いたしましょう」
はっきりヒョウを異星人扱いしたのは、この星では彼女が初めてだ。
妙に神がかった口調は気になるけれど、宇宙の概念があるのなら話は早い。
「やっと、まともな知識を持つ生命体に出会えたな。俺が異星人だってわかるなら、宇宙船の存在も知ってるんだろ?教えてくれ、宇宙へ出る技術は、この星にはあるのか?」
少し間を置いて、ミディアがヒョウの問いへ答える。
「ホワイトアイルは……科学文明そのものが遠い過去に失われました。あなたの求める物は、フェイの旅路にかかってくるでしょう」
「なになに?俺の旅路が何だって?俺、どっか行かなきゃいけないってワケ?」
首を突っ込んでくるフェイへ微笑み、ミディアは頷く。
「まだ見ぬ土地、まだ見ぬ世界。世界の果てと呼ばれた『奈落の滝』へ旅だってもらいます、風のフェイ」
「へ?なにそれ?」
全く判っていないフェイにかぶせる形でエリーが叫ぶ。
「奈落の滝だってェ!?あんた、ミディアとか言ったかいッ。フェイを、どーしてそんなトコに行かせるってんだい!」
フェイには優しい笑みを向けていたミディアも、エリーと話す時には真顔へ戻る。
「多くの物を知り、多くの事柄を理解する為です。そして、それはフェイにしか許されない旅なのです」
現地人だけで話が進んでいると気づいたヒョウも口を挟む。
「奈落の滝ってのは、そんなにヤバイ所なのか?」
「地の果てと呼ばれとる場所じゃよ。その向こうは断崖絶壁、落ちたら地獄まで一直線じゃの」と答えたのはエデンで、ヒョウは「ハッ、古くさい迷信だねぇ。断崖絶壁を落ちたって地獄にゃ続かねぇだろ。落ちたら死ぬってだけで。今時そんなのガキだって信じねェぜ?」と小馬鹿にしてきた。
「悪かったね、信じててッ」とむくれるエリーらを全て無視して、ミディアがマイペースに話を続ける。
「炎のエリー、そして大地のエデン。あなた方もフェイと共に旅立つ仲間なのです」
「ヒョウは?」と聞き返したフェイには、いっときの間が空いた。
ややあって静かに首を振ったミディアを見て、フェイが騒ぎ出す。
「え〜っ!?ヒョウも一緒じゃなきゃ俺、旅になんか出ねーぞっ!」
「……何故?」とミディアに問われ、フェイは元気よく答えた。
「なんでって、だって俺達一緒に旅するって約束したもん!」
そこへ「約束か……別に、ここでサヨナラしたって俺は構わないんだが?」と混ぜっ返してきたのはヒョウ本人で。
「えっ!?ヒョウは、一緒に行きたくないの?」
驚くフェイをほったらかしに、ヒョウはミディアへ尋ねる。
「ミディア、フェイの旅路の先に宇宙船を製造できる技術があるってな確証はあんのか?」
「どういう意味ですか?」
「そのまんまだよ。俺は未開地で一生を終えるつもりはねぇ。船が造れるなら、それに乗って出ていくつもりだ」
元々フェイの誘いに乗ったのも、現地人の案内で何処かの街へ辿り着ければよいと踏んでの判断だ。
この惑星に宇宙船を作る技術がないと判った今は、フェイの旅とやらに賭けるしかないが、そこでも見つからないってんじゃ旅に同行する意味自体なくなる。
そして、あるというのなら、宇宙船を作って出ていく。ここの現地人と一生を共にする予定は全くなかった。
だが――彼の発言は、彼が思うよりも深く、エリーとフェイの心を傷つけた。
フェイは涙をためた瞳でヒョウを見つめ、エリーは呆然とした表情で立ち尽くす。
しかし「フェイとエリーを捨てて?」とミディアが尋ねても、全く動じないところを見るに、ヒョウは二人が見せた動揺に気づいてもいないようだ。
「捨てるも何も、こいつらは偶然知り合った程度の仲じゃねぇか」
「……二人の信頼に気づいていないようですね。少なくとも、私より二人を見れば明らかでしょう。彼らの目を見てご覧なさい」
促してやって、やっと気づくような有り様だ。
この異星人は恐らく、ミディアが考えるよりもずっと、他人の心の動きに疎いのであろう。
長らく孤独で捨て置かれていたか、或いは心を成長させられるような環境にいなかったのかもしれない。
今も「あんたの、その自信は何だ?予知か、それとも同情か」と噛みつく姿勢を崩さず、素直に他人の感情を受け止められずにいる。
哀れな人。
予言に含まれず、人の心にも疎い者を混ぜて、何が起きるかはミディアにも予測がつかない。
それでも、フェイの旅には連れて行くしかない。フェイが、それを望む以上。
「これは同情ではありません。ましてや、予知でも。フェイは、あなたを選んだ……ただ、それだけです」
力なく項垂れるミディアへエデンが問う。
「ミディア、儂も行かねばならんのかのぉ。奈落の滝に」
「えぇ。エデン、長い間ご苦労様でした。あなたが彼らを導いて下さい。先人が残した過去の遺産へと」
過去の遺物というワードに反応したのか、ヒョウが叫んだ。
「ってこたァ、宇宙船技術は間違いなくあるんだなッ!?その、奈落の滝ってトコに!」
勢いの激しさに押されつつ、ミディアも渋々認める。
「ある、かもしれません。しかし、もう失われているかもしれません」
そこへ「嫌だよ!!」と叫んだのはフェイで、何が嫌なのかとミディア、それからヒョウも見つめる中、大声で拒否した。
「そんなモン、俺は探しに行かないっ!!」
落ち着かせようとミディアが声をかけるよりも早く、フェイの頬を涙が伝い落ちる。
「だって……だって、それを見つけたらヒョウは、どっか行っちゃうんだろ!?だったら俺、探さない!ヒョウが、どっか行っちゃうなんて、俺……俺、嫌だよ!」
なおも「フェイ、何故一緒についていくと思わないのですか?彼が、この星を出ていくのであれば、あなたも同乗すればいいでしょう。まだ見ぬ世界を知る……旅は、とても長いものとなるでしょう。あなたは、それを知らねばならない」と宥めすかしにかかるミディアに、エリーの疑問がかぶさる。
「何のために?」
ヒョウが出ていくショックからは立ち直ったようだが、そのかわり感情の見えない真顔を向けられて、内心驚きながらもミディアは答えを与えてやる。
「これからの為に。今は、そうとしか言えませんが……」
「うっさんクサイ話だねぇ……どうするんだい、フェイ?」
真実は判らずとも、最終的な判断を決めるのがフェイだというのは、エリーにも伝わったようだ。
しばし沈黙していたが、やがてフェイはヒョウを見上げた。
「なぁ、ヒョウ。星の外って、どんなんなんだ?」
「お前が宇宙船のありそうな場所へ俺を連れていってくれたら、教えてやらない事もないな」
答えになっているようで答えてもいないような返事のヒョウを横目に、エリーが突っ込んだ質問をかましてくる。
「何でフェイじゃないと、いけないんだい?フェイ以外の奴は、行っちゃいけないのかい?」
「……風が、フェイを選んだのです。選ばれた以上、フェイでないと行き着くことは不可能でしょう」とミディアは答え、目線でエデンに助けを求める。
これ以上は問答しても無駄だ。
ミディアは抽象的にしか神託を伝えられないし、抽象的ではフェイも理解できまい。
だが理解できなくても、フェイが旅立つのは運命で定められた行為であり、旅立たない選択は与えられていない。
旅立ちを決めた彼らを見送りながら、私はそっと溜息をついた。
嘘をついてしまった罪悪感。
きっと彼らの乗る船は、奈落の滝まで行きつかないだろう。
途中で嵐に見舞われ、大破するに違いない。
私は知っているのだ。
何故なら、私は未来を視ることができる者……試練の巫女だから。
それでも試練の巫女として、彼らを大海へ放り出さねばならなかった。
フェイは旅先で、ある人物と会う未来を持っている。
そして風の使い手として、その者を導かねばならない。
奈落の谷の先で、全てを滅ぼす邪悪が生まれるのを阻止する為に。
その者こそが、この星を救う人物なのだ。
この滅びゆくホワイトアイルの未来を、救う勇者なのだ――
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