SENGOKU

序章 三.第二の人生

見知らぬ店の二階で輝竜におかゆを持ってきてくれた女性は、鈴 鈴鈴りん りんりんと名乗る。
改めて彼女からも、ここは戦国という名の世界だと知らされて、輝竜は腕を組んで考え込む。
異世界トリップなんてフィクションだけの出来事かと思っていた。
まさか自分の身に起きるなんて、今でも信じられない。
しかし窓の外を覗いてみると、彼の生まれた現代日本とはかけ離れた景色が広がっている。
一見すると日光江戸村のようでありながら、異なるのは店側のみならず住民らしき人々も着物で出歩いている点か。
比芽の安否を尋ねると、彼女は城にいると言われた。
無傷でピンピンしているとのことで一旦は安堵したものの、城勤めの戦士でなければ面会は無理だとも言われて不満が募る。
お城の姫君になったのだと言われたって、輝竜から見りゃ比芽は同郷の同級生でしかない。
鈴鈴と平行線な口論を繰り広げた挙げ句、文無し宿無しの現状をどうするのか問われた輝竜は、ひとまず、この店『歌仙』の二階での居候を決め込んだ。

居候といったって、宿代はきっちり請求される。
この世界で、どうやって賃金を稼ぐのかといえば、戦士組合なる場所で依頼を引き受けろと鈴鈴は言った。
輝竜の身分は戦士。戦士は妖機獣なる相棒を伴って、人々の困りごとを解決する職業らしい。
だが、自分には相棒がいない。
そもそも妖機獣とは何なのか。
一から百まで全部聞き出そうとする輝竜に辟易したのか、鈴鈴は説明を全て組合に丸投げし、今こうして輝竜は組合へ向かっている。
組合は歌仙と同じ通りにあった。
表の看板にも、でかでかと『戦士組合』と書かれた一階建ての平屋だ。
戸口は開けっ放し。誰かに尋ねようにも周囲に人がいないので、入るしかない。
「すみませぇ~ん……」
恐る恐る中へ入ってみる。
受付と思わしき対面に座った着物の女性が、にこやかに微笑んできた。
「あら、あなたは……立花 輝竜様ですねぇ。お城のほうから伝達を戴いております~。あなたに相棒をご紹介するとのことでぇ、紅様がお迎えに上がりますから、少々お待ちくださいませ~」
「は?」
知らない名前が出てきてポカンとする輝竜を置き去りに、女性の背後ではファックスのような機器がカタカタ鳴り始める。
機器を操作し終わった女性が再び此方へ振り向き、名乗りを上げた。
「私は戦士組合の受付を預かっております、組合員の由衣と申します~。此方で戦士の皆様への依頼を斡旋しておりますので、どうぞお見知りおきを~」
「あ。はい。立花 輝竜です……よろしくお願いします」
反射的に頭を下げてから、この人は何ユイというんだろうと考えた。
初対面で下の名前だけ名乗る人なんて初めて見た。
とりあえず、ここで待っていれば紅様とやらがやってきて、詳しい説明をしてくれるようだ。
ぐるり見渡したら椅子があったので、腰掛けて待つこと数分。
やがて表通りからバイクの排気音と思わしき騒音が近づいてきた。

ドキュキュキュキュキュッ!!
ガッシャーーーンッ!!!

……やがてハンドルさばきを誤ったらしいドリフト音が聴こえたと思いきや、何処かの壁へ激突したとしか思えない轟音が鳴り響き、「な、なんだ!?」と輝竜が慌てて表へ飛び出す。
真っ黒な煙をモクモクと吹き出すバイクから、颯爽と降りてきた影二つ。
「やぁ、遅刻しなくてよかったよ」
ふわさっと前髪をかきあげて、あちこち焦げついたイケメンが呟く。
大事故を起こしたばかりなのに平然としているのもさることながら、モクモクと燃え続けるバイクに通行人が誰一人として反応していないのにも驚きだ。
「え、あの……だ、大丈夫なんですか……?」
呆然とする輝竜の肩を少々乱暴にバシバシ叩いてきたのは、同じく着物のあちこちが焦げついた大柄な男性だ。
「なぁーに、長次郎の運転が下手くそなのは日常茶飯事じゃ!それより輝竜!よう来たのぉ、組合に!どうだ、身体は治ったか?」
察するに焦げてチリチリパンチパーマになったイケメンが長次郎で、眼の前の男性が紅様か。
よくよく顔を見あげて、そうだ、この人は城でウロウロしないでくれと言ってきた人じゃないかと輝竜も気づく。
「は、はい。すっかり元気です」
「そりゃ~よかった!では、さっそくだがついてきてもらおうか。お主に相棒を紹介するでの」
「あ、あの」と言いかける輝竜を放って、紅某はずんずん歩いていく。
詳しい説明は城で、ということだろう。急いで追いかけた。


眼の前にそびえる城は、霧崎城というらしい。
ここに比芽がいるのだと聞かされ、しかし姫に会えるのは城直属戦士だけだと、鈴鈴と同じことを言う。
改めて男は紅 大作と名乗り、名乗り返そうとする輝竜は「知っている」の一言で省略された。
一通りの個人情報は比芽経由で聞いたとも言われた。
プライバシーも何もあったものではないが、この世界へ輝竜と比芽を呼び出したのも城の連中のようだし、身辺調査されるのは当然か。
と思っていたら、大作が輝竜の耳元で囁いてくる。
「正直に言うとな、お主は予定外の召喚だったんじゃ」
「は?」と、またまた目を丸くする彼に、大作も苦笑する。
「我々が転生召喚したかったのは姫様だけでのぅ。お主を含めた他三名は術に巻き込まれたということになろうなァ」
比芽以外は余計なお荷物だとでも言いたげだ。
いや、その前に何と言った、このデブは。
転生――召喚?
転生とは生まれ変わり、一度死んでいるのを前提とする。
ということは、だ。
やはりバス転落は夢などではなく、あの事故で自分たちは死んでいたのだ!
そして、この世界へ生まれ変わりという形で召喚された。
ただし本来、召喚で転生するのは比芽だけだった……?
ここへ来たのが偶然の巻き込みだとしても、二度目の人生だと言うのなら、それはそれで受け止めよう。
だが美桜や陽太は、その二度目の人生でも命を落とした。三度目の転生は、ないのか。
「……お主の友人には悪いことをした。すまんの、守ってやれんで」
ボソリと謝罪を呟き、一瞬は大作も暗い顔になるが、すぐに顔を上げた。
「あの戦いで、お主は生き残った。咄嗟に誰かを庇うなど、誰にでも出来る所業ではない。故に我々はお主に戦士の役目を与えたんじゃ。共に姫を守る戦力となってくれぃ」
あの戦いとは、いきなり城に飛び込んできた巨大針鼠大暴れの件だろうが、戦えと言われたって、こちとら平凡な高校生だ。
武器がなければ相棒とやらも不在、なにより、これまでの人生で誰かと喧嘩した記憶が一回たりとてない。
幸い、この世界には機械文明があるようだ。銃か何かを貰えれば――或いは、戦えるかもしれない。
そんな期待に満ちた目で大作を見つめる輝竜へ力強く頷き、大作は言った。
「相棒無しで戦えと言われたって、お主も困るであろう。そこで、だ。お主に新しい相棒を与える。来い、飛丸!
窓の外を巨大な影がよぎる。
大作が窓を開け放ち、そこから入り込んできたのは巨大な針鼠であった。
「……なっ……っっ!?」
驚きすぎて「な」の形で口を硬直させた輝竜へ大作が笑いかける。
「こやつが自ら言うたんじゃ、お主の相棒になりたいとな。妖機獣が途中で相棒を替えるなど前代未聞だが、こちらとて戦力は一つでも欲しいからのぉ。それに、こいつは不知火の」
「って!ちょっと待ってよ!こいつは、こいつはっっ」
大作の弁を遮り、輝竜は叫ぶ。
こいつは、陽太と美桜の死ぬ原因を作った奴じゃないか。
比芽にも襲いかかってきた。こんな凶悪無比な化け物と手を組むなんて出来ない。
「ウム、言いたいことは判るぞ。だが、あの時点では、此奴は不知火の手先として動いておったんじゃ。故に、お主らも我々の仲間だと受け止めたんだそうだ」
城の中にいた上、戦士と仲よさげに会話していたんじゃ仲間と思われても仕方ない。
理屈の上では判る。問題は理性で納得できるかだ。
ずっと黙っていた妖機獣が話に加わった。
「おう、ぼうず。俺が憎いか?まぁ、憎いよな」
喋るのは散々城で聞いたから、今更驚きもない。
しかし、殺害者本人から憎いか?などと尋ねられるとは思ってもみず、輝竜の反応は遅れる。
「だが、霧崎比芽の暗殺は不知火 蒼炎の出した命令でな。切香と俺は奴の配下であるが為、従わざるを得なかったんだ。許せよ」
敵の手先が何を思って寝返った上、おまけで転生してきた少年の相棒を希望するのかと言えば。
「任務に失敗した以上、俺達に戻れる場所はねぇ。戻ったら俺も切香も蒼炎の奴めに処分されるだけだ」
ぽりぽり頬をかいていた飛丸が、ニヤリと笑みを浮かべる。
「それに、切香では俺を使い切れぬ。型通りにしか戦えぬのでは、な。咄嗟の判断で姫を守れたお前なら、或いは俺を使いこなせるかもしれん。そう考えての乗り換えよ。お前にとっても悪い話ではあるまい?」
「な……なにがっ」
言葉にならない輝竜へ大作も重ねて言い添えた。
「今から相棒を探すとなると、野良妖獣をとっ捕まえて飼いならさねばならんでのぅ。時間がかかるんじゃよ、妖機獣の育成は」
戦士になる者は幼い頃から共に育ってきたか、長い飼育で完全に息を合わせた相棒を連れているのが常だ。
はっきり言うと、妖機獣不在で戦士になろうとする者なんて居ない。
「け、けど、それじゃ、切香って人は……!」
飛丸が輝竜に乗り換えたら、切香は相棒が不在になるのでは?
輝竜の疑問へ答えたのも大作で、「そうだの、切香には野良妖獣を飼育してもらうしかあるまい。不知火の元へ戻れんとあっちゃ」と下がり眉で苦笑した。
切香は城下町内にある長屋練なる場所に居住を決めたそうだ。
宿屋に居候の輝竜とは異なり、家賃がいらない反面、生活水準は最下層との話である。
元敵という立場上、虐げられた環境に置かれるのも致し方ないのだろう。
住民に妥協されたのだ。野に放すぐらいなら、手元で監視したほうがマシだと。
そして戦いはおろか妖機獣の飼育ですら、どうやればいいのか判らない輝竜にも選択の余地はない。
飛丸を相棒に迎え入れて、組合の依頼で戦い方を覚えるしかない。
そうしないと霧崎の城下町に輝竜の居場所はなくなり、最悪、野に放たれてしまうかもしれない。
ここまでの大作の言い分を聞く限りだと、こちらに求められている立場は戦士の一択だ。
城下町の住民として、穏やかに暮らすなんてのは希望したって無理だろう。
戦うのは怖い。
されど、比芽と二度と会えなくなるのも嫌だ。
城直属戦士になれば、彼女との再会だって訪れよう。迷っている場合じゃない。
「わ、判りました……やります、俺、戦士になります!」
強い眼差しを向ける輝竜を見て、大作は満面の笑顔になる。
「ウム、期待しているぞ!」
「決まりだな」と飛丸も頷き、ふわりと宙へ舞う。
表へ出ていくのを見送りながら、妖機獣は普段、専用の宿舎で待機するのだと大作に教わった。
戦士組合で引き受けられる依頼は一回につき、一つだけ。
一人で受けてもいいが、誰かを誘っての受諾が安全だろうとも助言された。
そうは言われても、この世界じゃ一人ぼっちだと輝竜が反論すると、まずは歌仙にくる戦士へ声をかけろと大作は笑う。
歌仙には自分の妹、茜や友人の木葉も多々立ち寄るから、彼らにも話を通しておくと約束してくれた。
とりあえず、一人ぼっちで過酷な依頼を引き受けることにならず済みそうだ。
大作から貰った城下町の地図をお土産に、輝竜は意気揚々と歌仙へ帰っていった。


-続く-