SENGOKU

第一章 一.気が合わない

「へぇ!妖機獣をもらったアルか、なら宿代もいずれ払ってもらえるアルね」
歌仙へ戻って報告した輝竜への、鈴鈴の一言目がコレであった。
「それでさぁ、茜さんや木葉さんと組めって言われたんだけど……」
ぐるっと見渡しても、客は一人もおらず。閑古鳥が鳴きまくって寂しい店内だ。
「茜と木葉?なら昼時まで待つネ」と鈴鈴は笑い、念を押す。
「輝竜も今後は飯代を払ってもらうアル。今日まではツケでヨロシ」
「わ、わかったよ」
そこへ厨房から顔を出したオッサンが、がなり立ててくる。
「輝竜だったか、居候と決まったからにゃ~おめぇにも店を多少は手伝ってもらうぜ?」
歌仙の店長で、名を稲葉 庄之輔という。
ねじり鉢巻を頭に巻き、ぶっとい眉毛が印象的な、ごっつい身体のオッサンだ。
「おめぇは戦士だから昼間と夜の仕事は勘弁してやらぁ。けど明日からは薪割り、頼んだぜ!」
「ま、薪割りって?」と輝竜は慌てる。
薪がどういった物か知らない都会っ子だからして、当然割ったこともない。
しかし、それ以上の説明は与えられず、店内で呆然と立ち尽くす。
さらには「ほらほら、ぼーっとしてない!二人を待つまで掃除を手伝うアル」とばかりに鈴鈴からは箒を手渡されてしまった。
仕方ない。さっさか箒を動かすふりで誤魔化していると、どこか遠くの方で二つ鐘がなる。
「ごっはんごはんー!鈴鈴さぁーん、お昼ちょーだい!」
元気よく店内へ入ってきたのは、金髪の女の子だ。
着物ではあるのだが、裾丈が短く健康的な太ももを曝け出している。
それでいて色気はゼロ。美人というよりも可愛い、そんな雰囲気を全身で放っていた。
「今日もやかましいアルねー。何にするアルか」
「おにぎり!それとお茶もちょうだい?」と注文していたかと思えば、輝竜に手を振ってくる。
「あ!新しい人?こんにちは、茜ちゃんだよ☆あなたは、だぁれ?」
「え?あ、はい。立花 輝竜です」と敬語で答えてから、相手の名前を反芻した。
「って、茜?」
「うん、茜ちゃんだよ☆」
「えっ、きみが茜!?」
「うん。茜ちゃんだよ☆」
うっかりアホな問答を繰り広げてしまったが、いや、驚いた。
鈴鈴も庄之輔も黒髪だから、てっきり黒髪しかいない世界かと思いきや、この子はキラッキラの金髪だ。
茜なんて日本人みたいな名前なのに、金髪をショートボブにまとめ、瞳は青い。
それでいて言葉は通じる。
転生ってのは転移じゃない。
この世界の住民として生まれ変わったんだと、改めて輝竜は思い知らされた。
「そうそう、茜、こちらの輝竜は戦士になったアル。依頼を受けたら手伝ってあげてほしいアル」
鈴鈴に言われ、茜は、じぃぃ~~っと輝竜を見つめた後、にっこり笑った。
「そうなんだ……じゃあ、同じ依頼を受けた時は、よろしくね!」
「あ、は、はい」
「あっ、敬語はナシでいいよ?同じぐらいの歳みたいだし。私のことは茜ちゃんって呼んでね!」
「お、オッケ~」
いやに距離が近い子だ。だが、悪い気はしない。
「オッケーなんて知っているんだ。もしかして、港城から来たの?」とも訊かれて、ぽかんとする輝竜の頭上を鈴鈴の声が通り抜ける。
「違うネ、輝竜はお城の姫様と一緒に転生してきたアル。転生戦士アルよ!」
「転生戦士!?なんだか判らないけどかっこいい!」
キャッキャする二人に厨房からも声が飛ぶ。
「鈴鈴ー!おにぎりできたぞ、さっさと持ってけ!それと、茶も煎れろ!お喋りに花を咲かせてんじゃねぇッ」
「判ってるアル、うるさいネ!」とやり返して厨房へ走っていく鈴鈴を見送りながら、茜が輝竜の真正面に腰掛けてきた。
「ね、ねね。転生戦士ってことは妖機獣持ってないんでしょ。どうやって手に入れたの?お城でもらったの?」
「あーうん。そんなとこ」
「なんて名前?」
「あ、えっと飛丸っていうんだけど」と、そこまで答えた時。
上から下まで黒尽くめ、忍び装束に身を固めた少年が店を訪れる。
少年は小さく「……飛丸、だと?」と呟き、しかし店内にいる輝竜を全く見もせずに奥の席へと腰掛けた。
「あっ!こーのーはー、こっちきてぇ!」と茜が騒いだって、当然のようにシカトだ。
あれが木葉か。
人懐っこい茜と違って、感じの悪い奴である。
だが、あれやこれやと相手の性格にケチをつけていられる余裕は輝竜にない。
女の子と二人っきりで依頼を引き受けるのにも抵抗があった。
といっても、女子と二人っきりが嫌なんじゃない。
茜は輝竜よりちっこいし、手足も細いしで、いくら戦うのが妖機獣だからと説明されたって不安がよぎる。
もし飛丸と自分がやられたりしたら、誰が彼女を守るというのか。
一匹になってしまっては、きっと彼女の妖機獣も苦戦しよう。
思い切って声をかけてみようと輝竜が席をたった、その瞬間を狙いすましたかのように「よぉ、ここにいたのかよ木葉」と入ってきたのは、これまた背の高い男だ。
その足元にじゃれているのは小さな白い子犬で、真っ黒な瞳が愛らしい。
おにぎりの乗った皿を手に鈴鈴が厨房から現れ、「牙隆、なんの用アルか」と尋ねる。
「何のって、昼飯時に飯屋に来ちゃ~悪いのかよ」と軽口でやり返し、牙隆と呼ばれた男は木葉の対面へ腰を下ろす。
「なにか用か」と木葉にも訝しがられて、牙隆は肩をすくめた。
「明日、戦士訓練するってんでな。若手を集めてこいって言われたんだよ、大作に」
「大作が?」「お兄ちゃんが?」
木葉と茜がハモる。
「あぁ。大作と俺と麗羅でテストしてやっから、てめぇら全員参加しろ。あぁ、そこの輝竜っつったか、お前もな」
いきなり挨拶抜きで話しかけられて、なんとなく耳を傾けていた輝竜はビクッとなる。
「お、俺もですか?」
「そうだ。若手っつったろ。不知火が暴れまくったせいで、だいぶ殺られちまったからな……人手不足なんだよ」
口の端を吊り上げた笑みで睨みつけられて、輝竜の心臓はキュッと縮まる。
なんせ牙隆の人相ときたら、お世辞にも人当たりが良いとはいえず、ヤクザばりに目つきが悪いもんだから。
本人に睨んでいる気はなくても、見つめられた方は睨まれているような気分になってしまう。
「判った。集合場所は城前の庭でいいのか?」
木葉が頷き、ひょいと白い子犬を抱きかかえあげた。
「そうだよ、ぼくとうっちーとだいごろーがあいてするから、きをぬいちゃだめだからね!」
舌っ足らずな声が答え、今のは誰の声かとキョロキョロする輝竜に、子犬が口を開閉させる。
「きりゅーっていうの?ぼく、じんざ。よろしくねぇ」
「え?」
つぶらな瞳と目があった。
子犬は喜びに輝き、舌を出してハッハッと息をしている。
その首あたりをつまみ上げ、牙隆は子犬を肩に乗せた。
「伝言は以上だ。遅れずに来いよ」
「飯は食わないアルか?」との追っかけ質問には「いらねぇよ」と手を降って答えると、さっさと去っていった。
「え、っと、じんざって?」
まだ声の主を見つけかねていた輝竜には、茜が教える。
「さっき白い子犬がいたでしょ、その子の名前だよ☆」
「え、じゃあ……」
「そう。あのコも妖機獣アル」と鈴鈴が言葉を引き継ぎ、眉間に皺を寄せた。
「牙隆の相棒アル」
「え……」
その言葉の意味が浸透するまで、少々時間はかかったものの。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!?」と大声を出す輝竜に、「騒ぐほどのことか」とバッサリ返したのは木葉だ。
「え、けど、あんな怖い顔の人の相棒が子犬ってマジで?」
泡くっての反論にも「妖機獣を姿で舐めているようじゃ戦士などやっていけない」と、素っ気ない。
「大丈夫だよ☆神坐だけは弱いから」とは茜の弁。
「けど、うっちーと大五郎は強いから、飛丸にも言っておくといいよ」
「うっちー?」と首を傾げた輝竜に頷き、茜が答える。
「うん。うっちーは麗羅お姉ちゃんの相棒で、大五郎が大作お兄ちゃんの相棒なの」
茜と輝竜が喋っている間、木葉は一人会話に加わらず「鰯の蒲焼きをくれ」と注文、鈴鈴も「好了、飲み物はどうするネ?」と尋ね返し、ほうじ茶の追加注文を受けて厨房へ走っていった。
隙を見て「あ、あのさぁ」と輝竜も木葉へ声をかけたのだが、これがまた、まるっきりの無視。
木葉は窓の外を眺めており、輝竜など空気のごとし扱いだ。
さっきの牙隆だってナチュラルに声をかけてくれたってのに、こいつの態度は何なのだ。
「ちょっと!木葉さん!」
声を大にしたって無視。徹底している。
見かねて茜までもが「木葉~呼んでるよ?」と促しても無視無視の無視。
唯一反応したのは、鈴鈴の「おまちどうさま!鰯の蒲焼きに、ほうじ茶アルよ」にだけで、箸を手に食べ始める。
真正面へ腰掛け直し、輝竜は木葉を睨みつけた。
こうなったら根比べだ。向こうが気になって仕方なくなって、声をかけてくるまで睨んでやる。
だが――
食べ終わった木葉は懐から財布を取り出し、こう述べた。
「十二円、ここに置いておくぞ」
これには輝竜が根負けた。
「ちょっと!?」
立ち上がる輝竜を置き去りに、鈴鈴が「毎度ありー!」と送り出す背中を見送る羽目になった。
「な……なんなんだよ!あいつっ」
これだけ声をかけまくったのに徹底的に無視されたのなんて、生まれて初めてだ。
感じが悪いなんてもんじゃない。
鈴鈴や牙隆と会話している以上、耳だって聴こえていよう。完全に意図的、悪意でのシカトだ。
「いつもは、あんなんじゃないんだけどネ」と呟き、茜が慰めてくる。
「木葉ってね、人見知りさんなんだ。あたしと仲良くなるまでも結構時間かかったし。だから、明日の戦士訓練で頑張ってるとこ見せて気を引くといいよ」
別に仲良くしたいわけじゃない。
無視されっぱなしってのが、むかつくだけだ。
だが――大作に言われた助言が脳裏をよぎる。
お城勤めの戦士が茜と木葉を同行させろと勧めるのだ。この二人は若手の中でも実力者と見ていいだろう。
もしかしたら、輝竜が何者か判らず警戒しているだけかもしれない。
明日の訓練で本気を見せれば、あるいは気を許してくれるかも?
淡い期待にかけて、明日は訓練に参加する気持ちを固めた輝竜であった。

霧崎城の東後方に、妖機獣の住む獣舎がある。
歌仙を出た木葉は組合に立ち寄らず、長屋にも帰らないで、こちらへやってきた。
『幻夢』と札のかかった檻で立ち止まると、ぼそっと囁いた。
「今日、輝竜と会った」
がさりと身動きした影が、此方へ目を向ける。
「そうですか……どのような者でしたか?」
「ぼんくらだ」と切り捨てて、木葉は檻の中へ入った。
「一度で話を把握できない、見た目で判断する、馴れ馴れしい……うまくやっていける気がしない」
「ですが、若手が少ない今。妥協は必要です」と応え、檻の中の獣――幻夢は、そっと相棒を尻尾で包み込む。
柔らかな毛に身を委ねながら、木葉は要件を伝えた。
「明日、城で戦士訓練を行うそうだ。俺達も参加しよう」
「えぇ。それは構いませんが、輝竜という者も強制参加なのでは?若手は全員強制参加だと兎月が申しておりましたよ、昨日」
ちらと幻夢を見上げ、木葉は物憂げに答える。
「奴がいようといまいと関係ない。訓練を全うするのみだ」
ふっと頭上で息が漏れる。
幻夢が溜息をついたらしかった。
「……えぇ、精進しましょう。今年はどんな趣向を凝らしてきますやら」


-続く-