12.告白タイム始まったな……!
一年に一度の初臨海学校は残念ながら手の怪我で泳げなかった俺だが、やっちん達が気を回してくれたおかげで寂しい思いをしなくて済んだぜ。で、まぁ、夜、ちっと小野山と喧嘩したりもしたけどよ。月見里の機転で最悪の事態だけは回避できた。
さすが帰国子女、なのか?俺にゃあんな説得、全然思いつかなかった。
きっと、いろんな国でいろんなダチとつきあってきた経験則ってやつだな。
同時に判ったこともある。どうやら小野山は、俺の役に立ちたいと思っているってのが。
なら、さっそくだが役に立ってもらおうじゃねーか。
もちろん俺は忘れちゃいない。木村さんと小野山を臨海学校でくっつける大作戦を!
木村さんってのは三組の女子なんだが、小野山とは小中高と同じ学校だってんで、ずっと小野山に片想いしているんだ。
昨日は一緒じゃなかったから、今日いずれかのタイミングで合流して小野山と同じ時間を過ごさせてやりたい。
いっぺん告白して断られたらしいけど、そいつぁ過去の話ってやつで、今なら印象が変わっている可能性もあるだろ?
だが、その前に確認しておきたい。小野山自身の恋愛観を、だ。
あいつが女子に興味のねぇ硬派だったりゲイだったりした場合も考えとかねぇと、木村さんに二度目の失恋を味わわせちまう。
プライベートな話題だけに二人っきりで話したいんだが、問題は小野山が俺の誘いに頷いてくれるかだ。
なんせ臨海学校は海で泳ぐのが一番の楽しみだもんな。あいつだって楽しみにしていたっぽいし。
一日のスケジュールは朝飯後に自由時間、昼飯挟んで、も一回自由時間、んで夕食の後は各組ごとの企画がある。
企画は任意参加で、違う組のやつに参加するのもアリだ。
午前中の自由時間は何かと人目もあるし、小野山を問いただすのは午後の自由時間っきゃねぇ。
夜までには木村さんとの時間を作ってやりてぇしな。
頭ん中で計画をまとめて、皆と廊下に一歩出た途端。
「坂下」と声をかけてくる奴がいたんで、そっちを振り向いたら、なんだ小野山じゃねーか。
「キャ〜、小野山くんオハヨー!」
ほみほみが元気よく挨拶して、やっちん達も喜ぶ中、無言で会釈返しした小野山が俺一人に話しかけてくる。
「坂下。朝食の後に俺と同行してくれないか」
「お、おう」
まさか向こうから誘いをかけてくるたぁ、手間が省けて助かるぜ。
「え〜、いいなぁレンカ、あたしも混ぜて!」と、これは町原 芙美香さんこと、ふーみんが言ったんだが、俺が何か答える前に小野山が「いや、少し坂下と二人だけで話したいことがある。遠慮してもらえると有り難い」って断っちまった。
え?何だ?俺と二人っきりで話したいことって。
や、俺もお前と二人っきりで話したいことがあるんだけどよ。
ひとまず一緒に飯を食おうってんで、小野山も連れて食堂へ向かった。
先生の『よーし、今日は海で災害に遭った時の対処法を教えるぞー!』っつー海雑学講座をBGMに、朝飯が運ばれてくる。
この雑学講座は朝昼夜、全ての食事時にやるらしくて、先生もネタを探してくるのは大変だったんだろーなーとは思うんだ。
けど、誰も真面目に聞いてやってねぇってのが泣けるぜ。
「今日どうするー?」「そうだね、いっぱい泳ごっか!」
やっちん達も例に漏れず、先生の話など聞く耳持たずで今日の予定を立てるのに忙しい。
昨日は俺の話し相手になってもらったせいで、ほとんど泳げなかったんだよな、やっちん達。
今日はクタクタになるまで泳ぎまくってほしいぞ。
「んで、何だよ?ハナシってなぁ」と小野山に小声で振っても「あとで話す」とだけ返ってきて、ちらと隣を見ると真剣な表情してやがる。
なんだよ、ちょっとも漏らせないほど深刻な話題なのか?そーゆーのは俺じゃなく担任にでも話せってんだ。
ま、いいか。同行するって約束しちまったし。
食い終わった後は、やっちんらと別れて、俺と小野山は旅館に残る。
どこか二人になれる場所はないかと振られたんで、カラオケバーを教えてやった。
バーとついちゃいるが、酒さえ頼まなきゃ未成年も入店オーケーでカラオケできるって今朝ほみほみが言ってたんだよな。
旅館内探索は俺もやっときたかったんだが、ちっと昨夜はゴタゴタしてたんで、ほみほみの情報にゃ感謝だぜ。
バーなのにボックス席もあるらしい。もちろん、そこへ二人で入った。
「……で?何の話があるってんだ」
小野山は何曲かセレクトした後、頭を下げて謝ってきやがった。
「昨日は取り乱して、すまなかった」
「あー、いいっての。昨夜は俺が言い過ぎたんだしよ」
「……それで」と少しテレたふうに笑って小野山が切り出す。
「俺達は互いに理解が足りないと感じた。差し支えなければ教えてくれないか?お前は何が好きで何をされるのが嫌なのかを」
ハーァ?
そんなんダチとしてやっていくうちに、なんとなくニュアンスで伝わっていくだろうが。
わざわざ二人っきりの個室で訊くような質問かよ。
俺は大きく溜息をついて、逆に聞き返してやった。
「そう訊くってこたぁ他のダチのは把握してんのか?例えば木村さんとか林の好き嫌いをよ」
一番一緒にいるのを見かけるのは後藤なんだが、ありゃ〜あいつが子犬みたいに小野山につきまとっている印象を受けるんだよな。
小野山サイドでは、あんま歓迎してねぇっていうか、扱いがぞんざいっていうか……
けど思い返してみりゃ〜林や木村さん、伊藤さんらとも親しく接しているのを見た覚えがねぇ。
いつも一緒に下校してっからダチなんだと解釈していたんだが、もしや、この解釈自体が間違ってんのか?
「いや」と首を真横に小野山は繰り返す。
「俺は、お前の好き嫌いが知りたいんだ。それに」
「それに?」と促してやると、小野山は心持ち下向き加減に呟いた。
「あいつらは友人じゃない」
……ハ?
え、ちょっと待てよ。
お前ん中じゃ後藤達はダチとしてノーカンだったのか?
じゃあ何で、いつも一緒に下校してんだ!?大して家チカでもねーってのに!
曲が始まって、小野山が歌い出す。
歌うのかよ、会話途中で。
しかも、なかなかに上手いじゃねーか。
あぁー俺がお前だったら、席いっぱいに女の子を侍らせて朝までカラオケ大会で盛り上がるってのによ。
神は無駄な奴に二物を与えすぎだぜ。
棒立ち歌唱なのに、ちゃんと抑揚つけてっし、なにより声がいいんだよなぁ。
普段喋ってる時の声もいいんだが、歌っている時の声もだ。
くっそー、こいつ改めて考えるとモテる要素しか持ってねーじゃねーか!
歌い終わってマイクを机に置いた小野山が、ぽつりと吐き出す。
「……あいつらは全員、告白を断ったにも関わらず友人になろうと言ってきた仲だ」
一瞬モテ自慢かと思っちまったが、そうかそうか、なるほどねぇ。
木村さんがそうなら伊藤さんもそうだったってか。
女子トモは小野山に愛の告白を断られたから『友達でいましょうね』で妥協した間柄だと。
だから小野山は、未だ自分を諦めていないように見えて友達とは思えないと。そーゆーことか。
「けど、後藤や林は」
「全員だと言っただろ」
「は??」
「後藤も林も、恋人としてつきあってくれと告白してきた。断ったら友達でもいいからと言われて渋々許可したんたが、時々友達の距離感とは思えない真似をしてくる。だから……友人じゃないと言ったんだ」
「はぁぁぁ??友達の距離感じゃない真似って何だよ!?」
思わず大声を出しちまったが、店ん中だった。俺は慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
小野山は視線をそらし、それでも律儀に答えた。
「やたら股間や乳首を触ろうとしたり、俺が口をつけた物を欲しがったりといった……無論、二人きりの状況のみで、だが」
ゲゲェ。そんなダイレクトに変態行為かましてくんのか。
あいつら、チョーヤベェ奴らだったんだな……!
「げ、ゲイなのか?あいつら」
額に汗をにじませる俺を見て、小野山がかぶりを振る。
「林は判らない。だが後藤は告白する際、何度もゲイではないと断っていた」
他にもセクハラや浮ついた発言をかましてくる自称友人が多くて辟易していたところに俺という、邪な下心を抱いていない人間が現れた。
ってわけで俺はめでたく、こいつの友人に認定されたみてーだ。
その理論で言うと、月見里も友人認定されてんな。
じゃー桜丘さんは?
勉強会での距離感を思い出す限りじゃ、何らかの感情がありそうなんだよな、桜丘さん側には。
「さ、桜丘さんは?彼女もダチじゃねーのかよ」
「いや、友人だ。だが、お前ほどじゃない」
何が俺ほどじゃないってんだ?
また曲が始まって、小野山が歌う。や、一人で何曲歌う気だよ。
「次、俺が入れっからな」と断ってデンモクを見てみたら、五曲ぐらい予約が入ってやがったんで全部消してやった。
こちとら、お前のリサイタルが聴きたくて入ったんじゃねーっての。
ま、上手いのは認めっけどよ。
歌の途中で、俺の動きに気づいた小野山がクスッと微笑んだ。
そういや、こいつがこんなふうに笑うのも、あんま見たことねーや。
今まで気のおける友人が一人もいないってんで、あいつらが一緒にいる間は、ずっと緊張してたんかなァ。
歌い終わった小野山が、ふぅっと一息吐いて、俺の横に座り直す。
「何が好きで何が嫌いなのかを知りたいと思った相手は、お前が初めてだ。俺は、お前に興味があるんだ。坂下」
ちょ……ちょっと待て。
なんか距離がえれぇ近いし、真面目な顔で思わせぶりなコトを言うのはナシだろ?
頬が猛烈火照ってくんのを自分でも感じながら、俺は逆に聞き返した。
「な、ならよ、俺も聞きてーんだが、お前の好みのタイプって、どんなんだ!?」
「好みのタイプ?いや、ないが」
「は?ないって、ないこたないだろ!あんだろ、ひとつぐらいッ」
「いや……本当に、ないんだ」と呟いて、小野山は俯いた。
「俺は誰かを好きになるとか、裸を見て興奮するとか、そういった感情が一切わかないんだ。だから誰に告白されても、他人事にしか聞こえなくて困っていた」
なんだとー!?
せっかくモテる要素満載で生まれておきながら、アセクシュアルだったのかよ!
勿体ねぇ、ガチ勿体ねぇ!ホント、天は何でこいつにモテ要素を与えちまったんだ。
「じゃあ、別に木村さんが嫌いだから告白を蹴ったってんじゃねぇんだな?」
思わず考えたことが口をついて出ちまった。
そうだ、小野山がアセクシュアルなんだったら、どんなに時が経っても、これ以上の仲になれっこねーじゃねーか。
だって木村さんは恋人になりたいんだろ?でも、小野山は恋愛を必要としてねーんだ……
「あぁ」と素直に頷き、だが、とも小野山は続けた。
「あいつらの欲求へ応えられないのに恋人になっても、お互いつらいだけだ」
わかった。
そこまで考えての拒否だったんなら、俺から言えることは何もねぇ。
木村さんにも、それとなく伝えておこう。
小野山は超がつくほどの硬派だから、恋愛にゃ興味ねーんだってな。
なーに、嘘も方便だ。
本当の事を言うのはアウティングになっちまうし、こうやって二人だけで告白するってなぁ、俺以外には知られたくなかったんだろうぜ。
「曲、始まったぞ」
おっといけねぇ、歌わなきゃ。
歌ウマの前で俺の下手くそな歌唱力を披露すんのは、ちっと気が引けるが仕方ねぇ。
カラオケを選んだのは俺だもんな。まぁ、ホントは歌う気なかったんだがよ。
けど、客観的に見たら俺らは男女のツレなわけで……店長の変な勘ぐりで先生に誤解をチクられても困るしなっ!
歌い終わった後も、俺はマイクを手放さずにオリジナルソングを続けた。
「俺の〜好きなもんは焼き肉とスケボーだぁぁ〜♪嫌いなもんは〜説教とベタベタ構われんのでぇ〜適度な距離感保って仲良くしようぜサンキュゥ!可愛い女の子はぁ〜全員俺のモノにしたぁぁ〜〜い♪優しい子が好物ですぅぅ〜♪」
滅茶苦茶なリズムだってのに、小野山は手拍子を併せながら笑っている。
今日のこいつは、やたら笑顔を見せてきやがる。俺が心を許せる友人だから、なのか?
そもそも、なんで俺限定なんだ。相談相手。
告白で知り合った仲じゃねーってんなら、月見里や桜丘さんだって良かったんじゃねーの?
まぁ……桜丘さんとは、これ以上仲良くなっても嫌だけどよ。彼女とは俺が仲良くなりてーんだ。
単に純粋な気持ちで俺と友達、或いは親友クラスまで仲良くなりたいと思ってくれたのかもな。
そんならそれで応えてやるのがダチってもんだぜ!
何曲か交互に歌い終わった後、小野山がポツリと想いを吐き出した。
「こんなふうに悩みを相談できるのも、お前だけだ。だから……これからもよろしく、坂下」
今度こそ俺は「おう!」と、どもらずに頷き返して、やつの顔を見てニッカと笑ってやる。
ばんばん頼りにしてくれよ、小野山。俺も、お前の悩みを聞いて悔い改めたんだ。
今後は、お前を利用しようとするんじゃなくて、フツーにダチとしてつきあってやるってな!